昨日は前職の同僚の送別会でした。

1年以上ぶりにお会いするかたもいらっしゃったので、とっても懐かしく
楽しい時間を過ごせました~。









でまぁ転職もよくある話ですけど、
なんであれ自分が納得して次に進めればいいよなぁと思う今日この頃。

色々な感情が出てくるけど、
感情も自分なりに消化して、
翌日までもやもやさせたくないんですよね。
何かに執着するのって意味ないし。

アーユルヴェーダの考え方って、
いろんな宗教のいいとこどりをできる日本人には
かなり合っていると思っていて、
ちょっと極端かもしれないけど、
何か食べても、消化さえできればいいんだよ!
っていう考え方。


消化力のことをアグニといい、
アグニが強いとか弱いという言い方をします。

なので、ドクターの診断では、
『あなたはアグニが弱いからナッツは控えてください』とか
『あなたはアグニが強いから、肉でも大丈夫!』という風に
消化力が強いか弱いかで判断し、
消化できるものを食べましょう言われています。

また、その個人が一生アグニが強いわけでもなく、
昨日飲み過ぎて胃もたれしてて、、、なんていう日はアグニも弱くなっており、
食べ過ぎのサインなのです。


その時は、無理して食べたりせずに、
アグニを強めるために、
白湯を飲むなどするのだベターです。

では、消化しきれなかった食べ物は?
気になりませんか?

消化できずに体内に残るものを、
未消化物といい、アーマと呼びます。
(すべてサンスクリット語)

病気を引き起こすのは、
すべてアーマによるといわれています。

身体は、口にしたものからしか作られないので、食べたものは血となり骨となり筋肉になるわけですよ。

そりゃ食べ過ぎたら、出さないと体重も増えるでしょw
まぁいくら食べてもすべて消化できれば、問題ないです!w

なので、自分のアグニが消化できる量を知ること。が一番大切だと思っています。

あと、アグニは火なので、女性はとくに、身体を冷やさないこと。

身体の芯部と表層部の温度は6度くらいの差があるといわれていて、その冷えをとるという意味で冷え取りが流行ってますから
身体を温めれば、アグニも保たれるし、アーマの残りませんので、

ほんと食べ過ぎと、冷えにはご注意を!

 

 

最近、体幹トレーニングのとあるポーズを毎日するようにしてて、
多分3ヶ月くらい続けてるんですけど、
素晴らしいことに、
お腹が引き締まってきたんですよね!

ウエスト3センチほどダウン。

それ以外に食事も色々とこだわり持って選んでることもあるけれども。


3ヶ月で変化したことが、
見た目で細くなったこと以外に、
見えない部分の効果をかなり感じていて、
なんか腹が座ってきたんですよね

あんだけ、へなちょこだった私が❗

人間の脳って空白を埋めようとする働きがあるから、あることないこと勝手に、(便利に?)思い巡らすことができるんですよね。(o^O^o)

つまり、心配する必要ないのに、
無駄に心配してみたり、
勝手に不安になってみたり。

前の私は、勝手に心配して、
勝手に不安になって、
勝手に悲しんで、
さぞ面倒でした。

ちょっと前の私に言ってあげたい笑

失敗しても、別に死にませんから笑

腹が座るという言葉があるように、

なんか、色んなことが起こってもぶれなくなってきたんですよね。

あれーまたか✨くらいな感じ笑

ドーンて笑

なので、不安とかって、私が勝手にもくもくと綿あめみたいに作ってたんだということに気づいたんです。





私綿あめ製造機やな笑



ということは、逆もいけるんじゃない?
と思って、ワクワクすることを一生懸命想像してます

まぁ体幹トレーニングはきっかけに過ぎないけど、思考は身体がから変えることが出来るんですよ!というお話でした。

ちゃんちゃんニコニコ










 

改めて昔を振り返ってみたのですが
中学では、勉強以外の学びが凄く多かったんです。

 

勉強って、先生に教えてもらうだけじゃなくて、
互いに教え合うものなんだっていうことを身体で学ぶことができた3年間でした。

 

私の場合、中学受験だったわけなんですけども、
たしか10倍くらいの競争率で、
滑り止め無しの本命一校受験で見事合格グラサン

 

結構凄いでしょ❗
(受験トークは結構価値あると思うので、また別でゆっくりしたいなー。)

 

そして個性を伸ばすことが教育方針の学校で、

あの3年間があったから今の私があります!断言ニコニコニコ

 

林間学校でフォークダンス踊ったり、
3キロ遠泳というハードな伝統行事で瀬戸内海を2時間泳ぎ続けたり、
修学旅行で結構高い山に全員で登ったり、
勉強以外のことをいっぱい経験できたのが本当に幸せだったなぁと思います。

 

 

入学式での校長先生の挨拶を今でも覚えていて、
『キモイという、言葉は言わないようにしましょう。』

っておっしゃってられたんです。
しかも3年間みんなちゃんと守ったんですよね。

 

ほんと先生に恵まれていて、教師と生徒という関係性においては、
教えるー指導を受ける
という立場が普通の構図だと思うんですけど、

先生も私たちからいろんなこと感じて勉強してた気がするんですよね。

 

特に英語の先生は、

3年間担任を持ってくれていたのですが私たちの卒業のタイミングで、
みんなより好きになれる生徒はおらん、やりたかった翻訳の仕事に挑戦するー!爆  笑

って言って先生辞めましたもんね。

 

凄い勇気感じたもんな。

 

学びって、新しい知識を先生から教えてもらうだけじゃなくて、

クラスメイトから学び、自分で考えて学ぶことなんですよね。

 

英国アーユルヴェーダカレッジでも、
アーユルヴェーダの勉強の仕方は、

1/4は先生から

1/4は自分で

1/4はクラスメートから

1/4は時間が経つことによって経験で学ぶ

と教わりました。

 

その言葉も、自然と納得できて、印象に残っているのも、
体感して記憶があったからなのかも。

 

私は何事も体験して身を持って学ぶタイプなんですけど、

言われたこととか、本で読んだことをそのまんま、はいそうですか。

って頷くんじゃなくて、

何かしら自分で調べてたり、聞いたり、体験して、

時間が経つことでやっと腹落ちしたわ照れ

ってなることが多いのも、

中学の時にいろんな経験をさせてもらったからかもしれませんドキドキ

 

 


 


昨日に引き続き今日も主食インドカレー食べてました。

今日は八重洲で有名な南インドカレーのダクシンです~❗





そこで、同僚のピュア一言!

バイトしたいよね。ありがとうって言われたいよね。

うーん、確かにっ!
実はいい行いをすることは、アーユルヴェーダの教えの一つ。

それはディナチャリヤと呼ばれるものです。

ディナチャリヤとは、サンスクリット語で一日の過ごし方という意味です。

一日の過ごし方ってなんやねん!ってなるかもですがそんな堅苦しいものではなくて、
そもそも感覚器官は老化するもの。

その老化のスピードを緩やかにしたり、
感覚器官を強化することが目的なんです。

つまり、今風に言うと究極のアンチエイジング!
しかも、毎日がアンチエイジング!

逆の意味では日々の行為や行動だけで老けるんやで~ってことですね。

ディナチャリヤには身体へのアプローチと(鼻の洗浄とか、オイルマッサージとか)、
心へのアプローチ(吉相物をみるとか、やさしい言葉を話すとか)があります。

ありがとうと言われるような行為を行うことも、ディナチャリヤの一つなのです。

なんでそれがいいのかって?

言霊とか波動の話になるんですけど、
自分が発する波動がありますよね。

波長がちがうと伝わらないですよね?

波長が合うものだけが、共鳴しますよね?

共鳴って、響き合うことだと思うんです。

自分の行いは返ってくると言われるのはそのためです。

なので、感謝されることが少ないなと感じるとき、
人との交流がないなって感じるとき、
やべ、今日一人しかしゃべってない...みたいなとき、
(会社にいるとありがち笑)

自分からありがとうって言ってみるのはどうでしょう?(* ´ ▽ ` *)

ではではー!

 

こんばんは。

 

今日は、アーユルヴェーダのカレッジのクラスメートと、

私たちの主食であるインドカレーを食べてましたw

おいしそうでしょドキドキ

 

そんな仲良しな私たちはアーユルヴェーダのセラピストコースに入学したからと言って、

みんなもともと美容や健康にあるわけではありません!

 

しかも、バックグラウンドも多種多様で、

みんながみんなセラピストになりたくて入学するわけでもありません。

 

それに共通点があるかと言われると、ぶっちゃけ特にないですし!w

 

 

私の場合は、、、

アーユルヴェーダに興味を持つ子になるであろう片鱗が実は幼稚園くらいから

ありました。

 

私の記憶がある時点から兎にも角にも好奇心旺盛で、

物がなんで動くのか?とかに興味があった子でして

ラジカセのボタンを片っ端から押しまくって壊したり、

祖母のシャネルの口紅を全部くるくると出して、どうやら折って壊したり、

アイロンは熱いから触るなって言われたそばから、べちゃーって触って火傷する、

みたいな子供でした。

 

幼稚園でもアリの巣をつついていっぱい出てくるのを見てた気がします。。。

やばいよねw

 

今になって思うと、毎日がなんで??うーんだらけで、

一つ一つ自分で確かめてたんだと思いますゲラゲラ

 

小学校に入ってからも、

なんで私は、この家に生まれたなみちゃんで、

友達の◯◯ちゃんじゃないんだろう?

とか

 

◯◯ちゃんと入れ替わったらどんな感じなんだろう?

 

というようなことを、トイレに入りながらずっと考えてたことを覚えています。

 

この時点で、宇宙の中での自分の立ち位置を考えていますねw

 

そんなこんなで、小学6年生のとき受験勉強の合間に、

手塚治虫の『ブラック・ジャック』や『火の鳥』を熟読してたんですね。

もちろん『ブッダ』も!

大和和紀の『あさきゆめみし』なんかも読んでましたが、その時の影響が

かなり大きくて、

宇宙の偉大さ・魂の存在・定められた運命が存在すること・

今世で生まれた使命が存在すること

を自然と感じていたんでしょうね。

 

育った環境も影響していて、家の裏が畑で、道路の向かいは田んぼというところに

住んでたので、つくしを採ったり、ザリガニ採ったり、蛇の抜け殻を集めたり、

真っ黒になりながら外で遊んでました。

 

そこで、いろんな動物が車にひかれた姿をみてかわいそうと思ったり、

モンシロチョウを卵から育てて、蝶になって羽ばたいていくのをみたりと

自然に触れまくっていたので、

自然と人間は一緒、つまり宇宙と人間は同じ

ということを体感していたのかもしれません。

 

そんな感じの幼少期を過ごしているので、のちのち仏教に興味が湧いてきます。

 

それはまた明日!合格