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是枝監督の『箱の中の羊』は、正直あんまりおもしろさを感じなかった。これまでの監督の作品では、子役の自然な会話を引き出すのが上手かったのが、ヒューマノイド役だからか、感情が抑制されていたため監督の真骨頂が生かされていなかった。

先週から、いわゆる飛蚊症みたいな症状が出始めた。糸屑のようなものが視界の淵に常にいたり、急にピカッと光って見えたり……。
眼科で診てもらうと、網膜には異常がなかったので、老化現象によるもので付き合っていくしかない、と。
病気のように治療できるものではなく、ずっとこのままなのか……と途方に暮れた。
ただ生き続けているだけで、障害者になっていくみたいで辛い。
歳を重ねると、正常ではないけど異常でもないということが増えていく。老眼や更年期など。
【ただの取り留めのない日記です】
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こんな前置きをいちいちブログに記載しなくても、本来は自由に書けばいいのだ。とはいえ、どなたかが「おもしろいかも?」とうっかり読み始めてしまい、結局時間をムダした!…だなんてことにはさせたくないので……。
多分、時間が経てば風化してしまうような『取るに足らない』に値する感情を、なんとなく忘れたくなくて書いておこう、と思う。
私は老人ホームでリハビリ職をしている。今の職場に異動になってからは7年目。介護職の離職率は高いので、たくさんの人たちが入っては辞めての繰り返し。かくいう私も、去年辞めるつもりだったのが、後釜が入ってこないためまだ続けている。
介護職員の入れ替わりも激しいが、看護師さんも同様。そんな中で一人だけ4年間続いていた男性の看護師さんのR君がいた。彼は30代前半だけど小柄で童顔だからパッと見はもっと若く見える。社員になる前は派遣ナースから来ていて、看護師としてではなく介護職の仕事をしにスポット的にたまに入っていた。
ある日常勤の看護師が二人いっぺんに辞めてしまったため、看護師として派遣で来るようになり、そのうち正社員へ。
だから、介護の仕事もできるし、雑用のようなことも進んでやってくれていて助かっていた。
これまでの看護師さんはプライドもあり、介護職がやるような仕事はできなかったし、本職だけでいっぱいいっぱいな感じでピリピリしていた。なので必要なことを確認するだけでも話しかけづらくて、私はいつもビクビクだった。
そんな気が強い女性の看護師さんたちのイメージから一変。フットワークが軽くフレンドリーで明るい彼は、利用者さんのお年寄りからも人気者だった。R君は忙しいはずでも、いつも飄々としていて、こちらが確認したいことをわざわざ直接伝えに来てくれていた。しかも毎回笑顔で冗談を交ぜながら。
もちろん私に対してだけではなく、みんなにも同じように接している。彼とは仕事の話以外はほとんど話さなかったけど、「お疲れ様」と言い合うときは友達にするように手を振ってくれるので、自然と笑みが溢れた。
そんな4年間を振り返ってみると、改めて特別なことはなかったはずなのに……。彼が今月で辞めることを知ったら、充分『特別』だったと記憶が上書きされた。
先日、いつも何かしら伝えに来てくれるときのように「○○(私の名字)さ~ん!」と呼んで、わざわざ挨拶しに来てくれた。
「今日で最後なので……今までお世話になりました」
そう言われて、「……こ、こちらこそ」と返すので精一杯だった。お世話になりっぱなしだったのはこっちの方だったのに。
ただの出会いと別れの1ページだ。こんなことは今までだってたくさんあった。その中一つ。自分が歳を重ねたせいか、多分『永遠』だろうなと思うこの別れがツラく感じた。自分が若いときはこの先たくさんの出会いが待っているから、と大したことに感じなかったのに。
彼が辞める理由は、人伝によると、利用者さんのご家族から褥瘡ができたと訴えられていることが原因だそうだ。
それも噂によると、彼ではなく年配の女性の看護師が指定の薬を塗らなかったらしく、彼女はすでに先月辞めてしまった。
薬を塗ったのかどうかは、今となっては確かめようもないこと。彼は長く働いていたから責任者的な立場でもあり、会社からいろいろ言われていたようだった。
詳しいことも本当の話もわからないまま、ただ彼が辞めるに至ってしまったことだけが事実になった。
その年配看護師だって、人間だからヒューマンエラーはある。もちろん医療従事者の責任は大きいけど、90人を越えるお年寄りのケアを毎日行っていて、『出来て当たり前』だとみなされてしまう。しかし、『失敗したら訴えられる』そんなことが重くのしかかってきたら、そりゃあ続けられる人はなかなかいないだろう、と同情してしまう。
今月からR君の後釜で入った看護師さんも、来月いっぱいで辞めるらしい。
彼は「回転率いいので!」と、明るく笑っていたけど、そんな中4年間もやってくれていた彼の強さを感じた。
別れ際、最後に「楽しかったです!」と言われて、思わず私もR君と働けて楽しかったという意味で「こちらこそ」と返してしまった。
後から考えたら、彼が言った意味は『ここで働けたことが』だったのかもしれない。
それなのに『こちらこそ』で返すのは、とんだ思い上がりだ。恥ずかしい。
私は白髪も増え、眉間のシワも深くなりつつある上、ほうれい線も下がってきた49歳だ。そんな中年から初老になりかけている自分が、30代前半の爽やかな好青年に眩しい笑顔で「バイバイ」と手を振ってもらうようなやり取りだけで、楽しく感じていた。
生きているのが精一杯のお年寄りや、認知症で訳がわからなくなっている方と、そのお世話でストレスがたまっている介護職員やピリピリした看護師たち。そんな過酷な仕事の中で、R君の姿を見るだけでも勝手に癒されて、勝手に『愛でていた』。
きっと別れを告げる側より、告げられる側のほうが寂しく感じるものだ。このまま彼のいない同じ場所に置いていかれるだけだから。
それなら……もう会わないなら勝手にこう解釈しても『痛い人』と思われないはず。
最後の「楽しかったです!」は、『私とのやり取りが』ということに。
だってこの仕事が楽しかったというのなら、辞めていないはず。最後にわざわざ会いに来て、私に直接伝えるってことは『一緒に働けて』という意味だと受け取ろう。
……やっぱり痛い人かなぁ。
こんな取るに足らない話を書き残したのは、歳を重ねて純度が薄まってしまった感覚にも、まだまだ『純』な気持ちが残っていると覚えておきたくなったから。
例えば恋愛や不倫などの相思相愛やドロドロした濃い目の関係性だけではなく、こんなただの仕事仲間にも淡くささやかな関係性に気持ちが持って行かれることが、今更ながらあるとは思ってもいなかった。
結婚してしまえば、これ以上の男女感のアレコレはないはずだからと、どこかで寂しい気持ちになりつつも諦めていた。いや、アレコレあってはいけないのだから、これでいいのだと言い聞かせて。
でも恋愛以外でも心がこんな風に動くこともある。
とっくに諦めてたけど、まだまだ歳を取りたくないなぁ。
自分が若い頃は、ずーっと年上の男性が好きで、学生のときはよくオジサン先生を好きになっていた。
こうして歳を重ねてみると、今は若い頭キレッキレッの男性に頼りたい、と普通のオバサンになってしまった。
このままおとなしく歳を重ねるより、若い方たちと対等に意見交換できたり、時には頼ってもらえたり、「楽しかった」と思ってもらえる関係性になりたいなぁ。




