ベルリンの壁の崩壊のきっかけとなったとも言われている「ハンガリー・汎ヨーロッパ・ピクニック計画 」の実施から20年を祝う式典が開かれたというニュースです。


独首相「市民に羽を与えた」 「ピクニック計画」20周年式典(Nikkei.net)


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「ピクニック計画」20周年式典で花束をささげるメルケル独首相=19日、ハンガリー〔ロイター〕

個人的にこれまでの人生で最もインパクトのあった事件は何かと問われると、ソ連の崩壊、ベルリンの壁の崩壊と続く一連の社会主義国家の消滅は間違いなくトップに来るのではないかと思います。


テレビの向こうから伝わってくる世界の動きを、「嘘だろう」、「そうはいっても体制側の締め付けが再開されるんじゃないの?」という半分疑いの目を持ちながら、信じられないという気持ちで眺めていたことが思い出されます。


あれからもう20年が経過したのですね。


「1989」という数字を見るたびに、大きな歴史の転換点に生きていたのだなあという気持ちが甦ってくるような気がします。


8月30日は総選挙の日ですが、同時に最高裁判所判事の国民審査も行われます。


中学校の公民で習ったはずですが、普段はすっかり忘れてしまっていますが、『最高裁の裁判官は、任命後初の衆議院議員総選挙の投票日に国民審査を受け、その後は審査から10年を経過した後に行われる総選挙時に再審査を受ける』という制度です。


いつもは投票所に行って、国会議員の投票をした後に国民審査の投票用紙も渡されて、はじめて思い出すという有様です。

選挙は誰に投票するかを事前に考えてから行きますが、こちらはすっかり忘れていますから事前準備などはしたことはありません。

ですので、誰かに「×」を付けるということも出来ずいつもは白紙で提出してきていました。

(不謹慎ながら何度か適当に2~3個 ×を書いてみて、翌日の新聞で結果を見て、このうちの1つが俺だな・・・なんてことはしたことがありますが ガーン )


しかし実際には、判事がどういう考え方を持っているかというのは非常に重要なんですね。


法律が定められるのは国会ですが、実際の運用上に必要な線引きは実質的には裁判所が「判例」という形で決めているのです。

例えばどこまでが無罪で、どこからが有罪かとか、執行猶予がつくのかつかないのかだったり、民事上の争いについてはどのような決着をつけるか、その程度など、そういった細かな判断・裁量の程度までは法律で決まっておらず、一つ一つの「判例」の積み重ねによって決められていくのです。


優秀な弁護士になると過去の判例の膨大な記憶、あるいは記憶を辿っていく思考プロセスのようなものが非常に優れていて、それらから作戦を考えたり、落とし処を考えてまた作戦を考えたりということが出来るものなのです。


そうした重要な「判例」を決める裁判官というものについてもっと我々は関心を持つべきなのだろうと思います。


もちろん地裁や高裁などの判事の人事をどうこうすることは出来ませんが、少なくとも最高裁判事については、選挙と同じく国民に与えられた権利としての一票をきちんと行使しなくてはならないと考える今日この頃であります。


さて、この国民審査に向けて「一人一票実現国民会議」というグループが活動を始めています。(PCサイト携帯サイト


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国政選挙における一票の重みが地域によって(人によって)格差があることは周知に事実ですが、なかなかこれを是正するという動きにはなっていきません。


進まない理由としては、政治サイドの動きの鈍さもありますが、最高裁が現在の状況については違憲ではなく、有効であるという判断をしていることも原因の一つであります。


今回の動きはその判断をした判事の中でも特に一票の格差是正に消極的な2名の最高裁判事(那須弘平氏、涌井紀夫氏)に「×」をつけましょう、というものです。


一人一票実現国民会議のサイトでは、自分(の住んでいる地域)が一人何票分の権利を持っているのかを、簡単に調べることが出来ます。(衆議院で権利が最大の選挙区である高知3区を「1」として計算しているらしい)


ちなみに私は、


衆議院 0.48

参議院 0.23


という結果でした。


理屈上は分かっていたつもりですが、改めて数字を突きつけられるとガーンとします。


もちろん一票の格差の問題以外にも、判断材料はありますので、その問題だけでこの両名を「×」にするというのは間違っているのかもしれません。

あるいは他にも「×」をつけるべき判事がいるのかもしれません。


今回は15名の最高裁判事のうち、9名が国民審査の対象となっているそうです。


日経新聞では23日付の朝刊で担当した裁判の詳細を掲載予定だということです。(他の新聞等でもその前後に掲載されることと思います。)


今回はそれらを見てきちんと自分なりの考えをもって投票所に向かいたいと思っています。

平沼さんは好きな政治家の一人ではありますが、この本は評価を下げてしまう一冊でした。


七人の政治家の七つの大罪/平沼 赳夫
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①小泉純一郎

②竹中平蔵

③安倍晋三

④福田康夫

⑤小沢一郎

⑥麻生太郎

⑦平沼赳夫


この7人が今の政治・社会の混迷をもたらした張本人であるとして糾弾するわけですが、正直内容に乏しく、空しい遠吠えにしか聞こえませんでした。


やはり政治家は法案を如何にして立案し、実現し、あるべき国家像を創り上げていくかというのが本来の仕事なのだと思います。

その厳しい折衝と緊張感の中に身を置いてこそなのかもしれません。

長く政権与党を離れた立場で居ることは政治家としての感覚を鈍らせてしまうのかもしれません。


その点で平沼氏には早く政権の要職に復帰してもらいたいものです。


しかし、本の中にかかれた個別の政策や事象に関し書かれた部分を読むと、この人は思ったよりも経済に疎い人なのだなあと感じてしまった。

また日本の原風景に対するセンチメンタリズムには共感できる部分もあるが、しかし現実には様々な難題が転がっている。

ある一部分の集団の利益代表のような考え方で、果たして一国の宰相として全体を率いていくことが出来るほどの人物なのかというとそうではないような気がしたのも付け加えておく。