自分を励ますことがなかった
と気づいたときのお話です。
あるときのセッションでセラピストさんが、
わたし(kumi)は「励ましてほしい」んだと
伝えてくれました。
ちゃんと耳では聞いていたけど、
ほう〜。。?といま思えばほとんどスルーしていました。。
励ますということが
よくわからなかったんです。
わたし自身がしてほしいと伝えてくれたことなのに、(セッションではそうしてセラピストがパイプ役として自分からのメッセージを伝えてくれたりもします)
そのときはそんなに重要視していませんでした。
しばらくして、でもふと?考えることがあったんです。
信頼していてだいすきなセラピストさんであるのはもちろん、
どうしていつもなにかあるとそのかたに話したくなるのかな?と。
そして、
もしわたしがお話したことに対して、
〇〇さんならきっとこう言う。って思っているわたしがいました。
どんなわたしでも、話でも、
そうなんですね。って
ぐずぐず言うときがあっても、
わたしがわたしを責めても、
それも責めるもなく
無理やりポジティブでなくフラットに見ていい面も伝えてくれる、
つまりそう、
気持ちに寄り添い
いつも励ましてくれる。
その時気づきました。
わたしは励まされたかったんだ‥!!
(だからそう伝えていただいてましたね?😳🤭)
やっとわたしはわたしの望みを自分のものとして認識できました。
だからそうしてくれるセラピストさんにはなし
たかったんだ、
そして
自分が自分を励ますことをまったくしたことがなかった、とも。
それからは、
わたしがわたしにそうしよう。って。
話を聞いて、うわべじゃなくて、本気で、こころからの思いで、声を掛ける。
だいじなひとには、そうしたいですよね。
そうされたいです。
だからおなじように。
それでも最初はわからなかったから、こんなふうにしていました。
困ったり、迷ったり、落ち込んだり、不安になったり。
どんなときでもいいのですが、
もしお話したら、
そのかたならなんて言うだろう?って考えました。
あとは、素直に、
かけてほしい、こんなふうに言ってもらいたい、そのことばをかける。
安心することばを、素直に。
なんでもいいんです。自分が安心になること。
ケースバイケースで、
深く考えたいとき、真剣に根本から向き合いたいとき、
そうではなくとりあえずホッとまず安心したいとき、そちらが先なとき、があります。
どんなときもおなじなのはやっぱり寄り添うということですね。
そのときの自分に。
様子をみる。
それでも忘れちゃうときやしづらいときもあるのですが、
励ますことを意識していくようになって、
なんというか、自分のなかが落ち着いてきました。
単純に、励まされるとうれしいです^^
わたしがいる、という気持ちがよりおおきくなったように思います。
あと、励ましてほしい
という自分の思いを知ってもうひとつ、
とても愛しかったです。
そうだったんか(;_;)♡って。。
たとえばネガティブかなとかわがままかなとか
もし自分でそう思うような思いでも、
ピュアな本音ってそうなんです、知るときゅんとします、どんな思いもです。
🩷
なので、わきあがる思いがあるときは、そのままをみてみてください。
ふだんのふとした行動やどなたかへの思いに、
ささやかなでもたいせつな自分の望みや要望が隠れているかもしれないね♡と思った経験でした。
読んでくださいまして
ありがとうございます🎑