ひとりごと | もうひと花咲かせます

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『妻が夫を捨てるとき』の花子と息子吾郎の
その後・・・のおはなし

言葉って・・・時には人を励ますし、元気を与えてくれる。

でも、時には人を傷つける。



特に一方的に発せられた言葉っていうのは、時に矢のように心に突き刺さり、奥深くまでえぐり、傷を付けていく。



メールやネットが、こんなにも日常に当たり前に存在している今。

言葉というものの影響力は、以前よりずっと大きいのかもしれない。



面と向かってでは言いづらいことでも、メールやネットだと容易く言えてしまったり。

受け取った側がそれによって深く傷つけられてるとは、恐らく気が付かない。



親しい間でも、言って良いことと悪いことがあると私は思う。

いや、親しいからこそ、そうなんだと私は強く思う。



そんなつもりではないのかもしれない。

言葉の奥の気持ちを読み取ってみよう。

精一杯努力した。



でも、結局分からなかった。



何も言わなくても分かり合えるというほどの歴史がない。

ネットの世界も同じ。

顔の見えない相手とのやりとり。

言葉だけの世界。

ひとたび何かの歯車が狂えば、途端に関係が破綻してしまう。



沈黙を通しているのは、屈服した、受諾したという意味ではない。

返す言葉がないのだ。

適当な言葉が浮かばない。


私は、嘘を付くのが苦手。

一度閉ざした心は、もう開くことはないと思う。


どこで間違ったんだろう。

時々感じる違和感。

そこに目をつぶっていたせいだろうか。


たくさんの言葉で励ましてもらった。

傷も付けられた。



あなたにとっては笑い事かもしれない。

私にとっては人生の一大事。

それを分かり合えるほどの濃厚な関係ではなかったのだろう。




たとえ親子でも、夫婦でも、恋人でも、友人でも、人間対人間の付き合いにおいて、ルールは存在する。

「何でもあり」ではないのだ。


そんなことは許されない。


悪意はないのかもしれないが、相手にとってそれが心の傷となっていれば罪だと私は思う。


そのことを伝えたいが、それを言えば相手を傷つけることになるから。

だから、私は、何も言わない。

沈黙することは、私の最後の思いやり、情け。


いや、私はただ争うことに慣れていないから。

争うことが好きではないから。

傷つけるのも、傷つくのも、どっちも嫌だから。


言葉の消しゴムがあったらいいのに。

消しゴムで、跡形もなく消してしまえたらいいのに。



大好きだったよ。

今までありがとう。




※当方の個人情報について、今後もし無断で公開するようなことがあれば、法的手段に出ます。

それだけは、ハッキリ言っておきます。



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