いよいよガソリンが185円となった。1日で30円の値上げだ。次週には250円も見えてきた。情況はどちらにも好転する気配はない。イラン戦争はさらに不確実性となった。戦争継続ではない平和への道を探りたい。イラン戦争の停止はフレンドリーファイヤーが第一の案。とにかくトランプ大統領に鈴をつける。

 

1、 現在、アメリカの政権内部に意見対立があるとロイターが報じていた。G7の各首脳陣が共同で即刻攻撃停止の意見表明をする。タイミングとしては今しかない。それで、アメリカ政権内部での攻撃停止の意見をバックアップするというものだ。とりあえず攻撃停止に関する条件は提示しないで一方的に発表すれば事態は急変する。

 

2、 各国首脳が尻込みするなら、アメリカの政権内部へのロビー活動を秘密裏に実行する。政権内部の停止意見にG7(の官僚)が積極的に接触をはかる。上記と同じバックアップとなる。

 

3、 アメリカへのアクションができないとなれば、G7は無力であると崩壊宣言を発信する。全首脳がアメリカを軸とした世界秩序のありかたから離脱する。群雄割拠(ぐんゆうかっきょ)宣言だ。

 

それでも戦争を継続するというなら勝手にしろ。すでに800億ドル(約13兆円)を消耗している。補給艦がコンボイするにも消耗できる弾薬は底をついている。現実に更なる作戦継続は、地上軍の派遣による長期戦しか道は無い。

 

さて、いよいよ断食月(ラマザン)が終了した。イランは対イラク戦争の時も兵士であっても断食は実行していたという。あの時と同じように食べるのは「ナン」と「チーズ」と「紅茶」だけの食生活に戻る。肥満はいなくなるだろう。攻めではなく守る戦場だ、長期戦となれば攻める側が不利になる。それだけのことだ。

 

次にイラン戦争について書くときは「停戦の条件」と、政権転覆から核の排除へと目的が変更になった「イランの核開発」について触れてみたい。

次は経営になる。

販売店での七分(しちぶ)組の自転車の荒利は販売価格の35%程度になる。電動に限ってはハンドル調整程度なので20%代前半と利幅はすくない。不要なオプションをテンコ盛りするのは、部品は50%の利幅があるからだ。うまくいってギリギリ経営というのが実態になる。

 

第一次ブームが過ぎたころ、貧乏するなら自転車屋と揶揄された時期があった。金融機関の融資リストから削除された時代だ。理由は販売に対する利幅が少ないことだ。

この利幅は家族経営が基本であったころの、なのこりと言ってよい。50年前は五分組またはバラ入荷があり、もう少しは利幅があったが、現在では量販店だと九分組30%程度の利幅しかない。

 

私もお客さんから「独立したら!」と言われることがあると「貧乏するなら自転車屋です」といっていた。はっきり言って趣味でなければ続けられない商売ということになる。

プロショップと言っても、在庫を抱えてしまっては経営は一気に頓挫する。しかも誰も見向きもしない50万円前後の自転車が在庫の主力となている。ここで在庫処分をするために安売りをするわけだが、自転車には体格によってサイズが10ミリ間隔で用意されている。体格に合わない自転車を購入させられたら、すぐに挫折するのは間違いない。尚更ユーザーを減らす結果を作っている。プロショップの終焉である。

 

さて、量販店の場合はどうか。HCやSMなどの多品目をそろえる店舗は、単体事業で見れば完璧に赤字である。都市部の駅周辺でトントンであろう。特に電動アシストを主力に販売している店舗は、売り上げに対する利幅が少ないので、数字は高くても実態は救いようのない赤字経営だ。

では全滅か!というとそうでもない。一番の大手販売店は製造から販売までを自社対応で黒字経営を続けている。ユニクロ方式だ。

 

さて、自転車業界に未来はあるのか?ということになる。街の自転車店はすでに電器店と同じ運命にある。量販店も赤字経営が続けば撤退は確実だ。そもそも日本の総合自転車メーカーはブリジストンサイクルだけとなっている。パナソニックとヤマハは電動アシストの専門メーカーだ。ブリジストンが撤退すれば全滅となる。台湾製や中国製が市場をすべてカバーするようになる。

 

戦後の30年代輸出経済を支えたのは自転車産業と繊維産業であった。繊維産業は素材産業へと変貌をとげた、アパレル業界は輸入に頼ることで利幅が比べられないほど高くなった。対して利幅の薄い一万円自転車の時代が定着したのも大きな壁となった。デフレ経済で多くの製造業はへこんでしまった。

 

家内工業から脱却できない日本の自転車業界に光はあるのか?

自転車の組立てや修理をこなせる自転車整備士(技士)ならびに自転車安全整備士の技術者は、販売業務に傾注するリアル店舗(路面店)=不況業種から撤退をすることだ。販売は量販店とネット販売に任せて、都市部で活動している出張修理という、あくまでも家内工業に徹していくことでタイミングを待つしかない。

自転車は非常に便利な移動手段だ。その便利さの一方でメンテナンスは皆無といっていい。空気さえ入れないユーザーも多い。バンク修理だけではなく消耗品の交換は必要になる。安価といっても3万円以下の自転車なら部品の寿命も短い。不況業種が店舗でお客を待つ時代ではない。出張修理で生き延び、技術を生かし続ける道はある。

このところ都市部で隆盛を誇っていた有名プロショップが閉店している。自転車店で働いてきて感じることを挙げてみたい。

自転車にはブームがあった。最初は昭和末から平成初期のマウンテン・メカニカルパーツ・新素材が登場し、軽量化とスピードの第一次自転車ブームがあった。

 

第一次の時はフレームビルダーが牽引した。自転車は家内工業の延長線にあり、ジャストフィットの自転車をこだわって提供していた。高額というより納得できる価格であった。部品メーカーの努力も評価できた。

 

このころの部品メーカーの開発陣は、72年のニクソンショック(円高)で花形から一夜にして構造不況業種に転落した苦い経験を知っていた。

 

アメリカシフトから国内シフトへ、安かろう悪かろうの日本製品から精度の高い部品作りに傾注して時を待った。

第一次ブームは努力の花が咲いたと言ってよい。日本のユーザーも手ごろで高品質の自転車に満足していた。50代60代で自転車を趣味にリターンする例は多い。この世代が第一次ブーマーとなる。自転車屋にいるときは、第一次の質の高かった自転車を数多く再生している。

 

第二次はピスト・ロード・フルカーボンそして電動シフトへと進化し、高付加価値で強気となった。背景にはアップグレードに反応する欧米の旺盛な需要があった。それは欧米の環境に追いつけない、国内市場を軽視した輸出依存症となった。

 

パンデミックの前年、国内市場への部品供給を一時停止するという乱暴な通達がメーカーと販売店を混乱に貶めた。結果として欧米モデルで高額パーツの自転車だけが市場にあふれ、エントリーモデルの手ごろな自転車は姿を消した。

 

パンデミックで自転車需要は一時的に高まる。そこでプロショップでは欧州の高額自転車を揃えて、何の抵抗も覚えずエントリー層にまで30万円以上の自転車を販売していた。

 

自転車商売はユーザーと共にある。家内工業のような自転車業界はユーザーを育成することが必要不可欠といえる。ユーザーの育成とはステップアップに応じた車両の提供が必要になる。それらは自転車を新調する訳ではなく、パーツのアップグレードで十分に対応できる。段階を踏んでユーザーの納得できる自転車を提供する。

 

第2次ブームの前半(2007~2017)はエントリーモデルが充実し、ステップアップ方式でユーザーを大切にしていた。

ところがパンデミックになると一転、高額商品という罠(所有する喜び)で釣りあげる商売へと変化した。まるでハイクラスのユーザーを相手にする欧州の自動車と同じ様相となった。

 

ハイエンドのフレームやパーツだからといって耐久性の補償は無い。壊れてもメンテナンスできない。2018年から数年で欧州基準が日本でも一般となる。

これではユーザーが育つわけもない。裾野が小さくなれば三角形の頂点は低くなる。自然のことだ。

パンデミックによって需要が急拡大した瞬間、自転車はハイスペック・ハイエンドに傾注した過剰生産となった。現在、2023年の高額商品が未だに処分できない。売上ゼロの販売不振が常態化する。

少し長くなるので、明日に続けたい。