日々のルーティーンとして午前中は農作業に時間を割いている。暇つぶしではないし農産物を市場に流通させる為でもない。農地を荒廃させないための農作業ということになる。農地はポツンと単独ではない。周辺もすべて農地であるので荒れ地にすると病害虫の発生源となる。そうなってしまうと迷惑で厄介な存在となる。周囲の農家が草刈りだけでもと考えても地権者は地元に居住していない。そんな耕作放棄地が目立つようになっている。

もはや自治体の農業委員会の範囲ではない。国と県が対策を本格化する必要に迫られている。元々、小作であった農民がGHQの農地改革で農地を所有できるようになった経緯がある。農地を耕さないのなら(新)農地改革を検討してもよいのかも知れない。戦後80年。小作農や農地開拓の記憶は消滅している。

 

さて、暑さが続くとさすがに疲労も蓄積してくる。できるだけ屋外の作業は避けたいところだが、自然の流れは我が身の体力など配慮して加減をすることはない。しばらくは午前中1時間の農作業に切り替えている。家に戻り水分補給をすると同時に水シャワーで汗を流す。そして熱疲労を和らげるためにトコロテンを胃袋に流し込む。全く根拠はないが何となく血液の還元をしたようにサッパリする。ランナーズハイという言葉がある。完走した瞬間にドーパミンが脳内を支配する。あの瞬間をトコロテンを食することで味わっている。黙々と続ける軽微な真夏の農作業だが実はかなり体力を消耗している。何の意味もない血液の還元という表現だが己に言い聞かせて(マインドコントロール)、時の流れに困難が降りかからないようにと、世に棲む日々の高齢者となっている。

朝夕の風は涼しいとはいえ日昼の猛暑日は復活した。東庄県民の森では、セミの大合唱に小鳥の独唱がかき消されている。という訳でセミの話から。朝のラジオで人間に体当たりしてくるセミの話題があった。特定してクマゼミと称していたが、ミンミンゼミとて同じである。散策路を歩いていると野鳥広場の手前で必ずセミが体当たりしてくる。何故かカーキ色の帽子をめがけて衝突をしてくる。交尾する相手と勘違いしているのだろう。残念でした。

 

さて、水田の草刈りが一段落して一週間になる。すでにチョロチョロと草も復活を始めている。神経質に刈り取る必要はない。コメに黒い斑点を残す害虫のカメムシ君も既に所定のポジションに定着して繁殖を繰り返している。草刈りで対処できるタイミングは過ぎた。夏という季節は植物(雑草)も害虫(昆虫)も湧き出してくる。完全に対処(殲滅)するなら収穫物を食べる人間にもリバウンドしてくる。そういった加減というか妥協点を考えて農産物が流通していく。

その水田に珍事が発生した。ほんの少しだがミステリーサークルが現れた。ダウンバーストや突風が吹いた訳ではない。稲穂が重すぎて倒伏した訳でもない。現場検証の結果イノシシの仕業であると結論づけた。小さな足跡もある。およそ10キロ未満のウリ坊であろう。30キロ以上のイノシシが入れば稲は完全に踏みつぶされているからだ。イノシシが未熟なコメを食べにきたという訳でもない。刈り取りの直前だとイノシシの食害というのはある。その為に中山間地ではイノシシに入られた水田の収穫を断念するという事例もある。

およそ推測できるのは、ヘビを仕留めに入ったのではないかということだ。2~3m程の間隔で貧弱なミステリーサークルができていた。ヘビの天敵はタヌキやイタチそしてイエネコとなるが、水で満たされている水田の中を機敏に動けるほどの馬力はない。

ま、今回はウリ坊であったので被害という程ではなかったが、まさか森から10キロは離れ、その間は延々と水田が続き、大きな水路も国道もあるというのに、水田にイノシシというのは想定していなかった。先月にイノシシの注意情報が防災無線で流れたが、野生の哺乳動物による本格的な被害とは無縁であった九十九里平野も過去の話となるようだ。

小説「第三の原爆」=伴野朗(歴史サスペンス)から拝借した。81年前、ヒロシマ・ナガサキに原爆が投下された時から、世界大戦は文明の終焉を意味する言葉になった。1980年代になると米ソ対立は激化し、双方で総計5万発の核兵器を保有し、核時計は「核戦争3分前」という警笛を鳴らしていた。そんな緊張した背景から核兵器削減交渉が始まり、とどのつまりはソ連の崩壊によって核時計の針はストップした。

 

小説が発表されたのは米ソ冷戦の終焉という時代背景があることを理解してほしい。私も痛勤電車で伴野朗の小説を熟読していた。

そこでアメリカはヒロシマ・ナガサキの次となる、第三の原爆を準備していたのか?というミステリーが始まる。巡洋艦インディアナポリスはテニアン島に原爆を運んでる。7月26日という記録があり史実であろう。そのインディアナポリスは旧日本海軍の潜水艦イ58の攻撃で7月30日に沈没した。これは史実になる。小説は、第三の原爆がインディアナポリスと共に沈んだのではないかという展開へと進んでいる。戦後、インディアナポリスの艦長は軍法会議にかけられ、乗組員の遺族からも避難を受け1968年に自殺している。

日本との戦争で第三の原爆を用意したのかという史実は明らかにされないだろう。しかし米ソ冷戦による核開発が人類滅亡の危機へと導いたのは間違いない。

現在、軍拡も核兵器の保有も抑止として表現しているが、抑止とはバランスが保たれていることで成り立つ訳で、許容を越えると持ちこたえられなくなる。旧ソ連のように自壊するのであれば結果として戦争にはならないが、旧帝国日本のように「一点突破」だけに選択を絞った末路がヒロシマ・ナガサキであったと考える「原爆の日」である。ウクライナ戦争もイラン戦争も「一点突破」という政治決断であることは明らかであろう。