源頼朝は伊豆・石橋山の合戦で敗北し、真鶴半島から房総半島の安房(千葉県鋸南町)へ落ち延びている。千葉という地名の由来は、坂東(関東)の勢力を頼朝側へ取りまとめ、結果として鎌倉幕府成立のたて役者となった、下総(しもうさ)の豪族(武将)千葉常胤(つねたね)に由来する。およそ歴史教科書に登場するのは12世紀となってからだが、現存する日本最古の前方後円墳(市原市)があり、加曾利貝塚(千葉市)のような縄文時代の遺跡も数多く残されている。周囲を川と海に囲まれた「まほろば」と呼ぶに相応しい「陸の孤島」であった。
豪族である千葉常胤の居城は本佐倉(もとさくら)にあった。京成電鉄の大佐倉と酒々井(しすい)の中間の南に位置する丘に史跡がある。干拓前であれば印旛沼の畔である。東北・太平洋側と利根川が直結する水運を制したことで、その及ぼす影響は強かったと推測できる。
台風25号によって千葉県はまたぞろ水害を被った地域が集中している。水没した家屋、堤防の決壊、交通機関の不通と、被害の甚大さに唖然とするばかりだ。防災の専門家や行政でも、今回のような8月のお盆前からの長期にわたる降雨という計算が予想できなかったのは致し方ない。今後の事態を想定するなら、自然に逆らわない居住・生活空間という考えが必要になることだろう。
台風25号が過ぎてから3日目になるが、九十九里平野の東部も水田・畑の排水が完全にストップしている。今後、畑の作物には影響が出る。冬野菜の播種がいつになるのか、秋晴れが戻ってこないと見通しはない。集中する甚大被害、まさに陸の孤島状態である。