東日本大震災から15年が経過した。あの時は地球の自転が止まったのか?と思うほど最初の揺れが大きかった。自転車店で働いていた私にとって、什器の自転車が落下する不安を最初に感じた。揺れが収まると店の外へと非難を始めた。しばらくして第2波がきた。自宅では明治時代の二階建ての母屋の床が何となく少し傾いていた。それが不思議なことにその後の余震で元に戻った。

 

千葉県東部では2名の方が津波で犠牲になった。第一波ではなく、後片づけに戻った時の第二波だった。一人は行方不明だ。飯岡の被害地区は未だに建物はまばらで元に戻ることは絶望的だ。

 

被災者には復興住宅が建てられ、足としての自転車がボランティア団体から提供された。その自転車の点検・整備そして防犯登録をするために被災者が来店した。その中に行方不明の方のつれ合いの女性がいた。「住所はどうしましょう」「住民票の住所で」幾度か来店しお話を聞いた。辛い!

津波の直撃を受けた中学校から、自転車が引き上げられてきた。「孫に買った自転車だけど、この店で買った訳ではないが、何とかならんか」「3年間走れるようにしましょう」全バラ・水洗い・グリスアップした。2023年春、お店はショッピングモールから撤退した。その時にお子さんを連れた女性が「あの時の中学生です」とお礼とあいさつに来てくれた。一度の面識もなかった。震災から時間が経過して、心の平安が取り戻せたような気がした。

 

震災から夏ごろまでは海岸線に近づくことはなかった。砂浜に打ち寄せる波の音がトラウマとなっていた。九十九里浜はサーフィンに適した波がくる。台風ともなればゴオゴオと海鳴りが九十九里平野一帯に響き渡る。海岸の自転車道は大きく崩壊し、全通するのに2年、再整備に10年がかかっている。今はその自転車道を散歩に利用している。

4月より自転車の反則切符が導入される。法律の運用の詳細は警察の判断なので何とも言えない。

自転車は管理や規則も含めて極めて自由度が高い。私はジュニア車を販売するときに「自転車はあなたが最初に手にする自由です」「でも自由はルールを守らなければいけません」といって渡していた。哲学的ではあるが小学3年以上なら自己責任という意味として理解できる。

つまり、自由度の高い自転車を取り締まり=反則切符というのは如何なものかと疑問を覚える。

 

危険運転という判断基準は、現行法では交通事故時の罰則の加算として扱われている。「ながらスマホで即!赤切符」というのは、証拠を特定する必要があるので扱いが非常に難しい。それにしても「ルールを守るのは重要だ。」

 

自転車専用道といったインフラや交通安全の啓蒙が全く追いついていない現状で、歩道走行とか逆相(右側通行)とか二ケツ(二人乗り)で反則切符というのも、まるで独(毒)裁者の警察国家になってしまう。政府の予算が不足して、罰金で地方財政を賄おうとしている近隣国のように見えて情けない。「下々の乗り物」という上から目線で、自由な乗り物を取り締まる。決して良い制度とは思わない。

 

ま、政治や法律の不備への不満は別にして、現在取り締まるべき対象は自転車全般ではない。不法自転車だ。日本の基準に適合しない電動・電アシ自転車が大手を振って走っている。中国製だけではない、欧州基準もすべて不適合だ。

 

そんな訳で、自転車安全整備士(TSマーク扱店)に違法自転車の「整備・修理を拒否」できる明確な規則を作るべきだ。車には車検があるが、自転車には検査義務はない。だが修理の確率は高い。パンクしたら走れない。電動の後輪を交換するのは、素人には無理だ。壊す!

 

違法な自転車を業界も含めて排除する。そこから安全意識を高めていく。貿易摩擦だというなら勝手に言わせておけばよい。ナンバーや保険の無い特定小型原付も排除できる。そしてユーザーには「TSマークを掲示しているリアル店舗の利用」を呼びかける。反則や罰則を強めることで、交通事故が減るとは考えられない。また密告制度を作れということでもない。「有資格者に拒否権」を与えるということだ。プライドを持って仕事をしてもらいたい。まだ資格のある一人として言いたい。

 

次はサイクリストとしてだ。自転車用のドラレコを用意してほしい。電動アシスト自転車から業界として導入をしてもらいたい。前後カメラで2万円増程度で可能ではないか。ドラレコがあれば自転車の過失割合も明確になる。当然なことだが運転者も交通規則を守るようになる。監視社会ではない。自転車に乗る個々人の自覚が求められている。ドラレコと保険をセットにして、自転車保険も安くすればよい。国内自転車メーカーさんお願いします。

 

そして、一般道を走行するスポーツ自転車には走行速度に反応したカラー点滅ライトを、後続車両から見えるようにするシステムだ。15キロ以下は問題ないが、25から40キロ程度で走る場合、後続車が自転車の速度判断を誤って追い抜く。そして追い抜くことができずに、対向車を避けるためいきなり幅寄せする。サイクリストとしては超危険な瞬間だ。スピードの出しすぎだと憤慨するのは自転車を甘く見ているからだ。いまの自転車なら50キロ巡航もできる。だから周囲に速度を知らせるカラー点滅ライトを開発してほしい。シマノさんよろしくたのみます。

 

サイクリストの皆さん、一般道はトレーニング会場ではない。巡航(30キロ以上)ができるまで自転車専用道でトレーニングしてから走ってほしい。体力と集中力があれば、一般道で安全走行ができるようになるからだ。

健康が気になる中高年の皆さん。自転車は健康維持にベストなスポーツだ。これから始めるならエアロバイクに切り替えてほしい。交通事故のリスクから解放されるのも健康維持に必要なことだ。

 

ロボットとかロケットとか先進技術を探求するなら、上記のことなど簡単で直ぐにでも導入できる。いずれにしても法律をこれ以上増やしたところで解決はしない。警察だって大変だ。道路インフラを整備するのは無理無理だが、業界が一工夫すればコロンブスの卵である。

昼の外気温は12度。北風は寒いが日差しは暖かくなってきた。梅の花もすっかり消えた。自宅からバイクで20分、距離にして約10キロのところに東庄県民の森がある。その東側の八丁堰(夏目の堰)にいたカモは、土曜日は1500羽以上はいたが、日曜日は500羽程度までに減っている。いまいるのはマガモで、こいつらが飛び去ってしまうと八丁堰は11月までもぬけの殻となる。

森の常緑樹の木々ではウグイスが囀(さえずり)はじめた。堰に面した落葉樹の枝では磯ヒヨドリが賑やかに鳴いている。畑ではヒバリが地上で餌を物色していた。連日の雨で畑の草はわが世の春を漫喫している。今日は畑の散髪といこう。これから10月まで、刈った傍から生えてくる草との格闘戦が始まる。二酸化炭素が少し増えたというので、植物の成長は早い。

 

日の出の時間は6時を切り朝も早くなりだした。それにしても朝は眠い。高齢者であるのに朝が遅い。睡眠時間は9時間で夜中に起きることは滅多に無い。ほぼ爆睡の毎日だ。理由は日々の運動量にあるのではないかと考えている。トレッキングなら休憩を入れて1時間、海岸の散歩なら2時間。義務ではなく目的がある。今年はバイクに未練があるので秩父巡礼と東北日本海ツーリングをする。昨年は西国33観音、坂東33観音をバイクで巡礼した。今年は100観音を仕上げる。そして来年からは四国歩き遍路をスタートさせる。そんな訳で日々の積重ねは重要となる。

 

朝起きるのが遅いのは、疲労が蓄積しているからではない。早起きしても、悪い情報で溢れている。新聞も広告ばかりで第3種の認可を取り消してもいいのでは。いっそのことタウン誌でいい。読むところは千葉版くらいしかない。で、月4000円はコスパ悪すぎ。光テレビも旅チャンネルしか見ないので月4000円はやはり無駄。NHKもラジオしか聞かない。そのラジオ第2が消える。朝の英会話からドイツ語、スペイン語、フランス語、ラテン語と聞き流してきたので残念だ。もはや2か月3900円は役に立たない電波の「みかじめ料」だ。

朝の時間の過ごし方をいろいろ考え直す春となる。