2024年 3月24日 ~ 3月28日
53歳 21回目
霧島滞在日記です
よろしくお願いいたします ○┓
2年振りの霧島神宮
雨が止むことを期待したが
甘かった
神職さんにお会いするのも 2年振り
おっ 御朱印
書いてる 書いてる
ご挨拶後 いきなり
何か気付かれましたか
いや全く・・・
現在 神宮は
国宝になった付帯で
火災等にも備え
ご本殿の周りの木を伐採中とのこと
俺は傘をさしていたし 全く気が付かなかった
翌日 改めて見てみると
雨天だから分かりにくいが 確かに
数十年前から ご本殿の真後ろにあり
必ずパンフレット等に写っていた
1番目立つ背の高い木が無くなっていた
・・・
ご準備ができました
どうぞ
○○さん 申し訳ございません
雨で階段が濡れておりまして
ですよねぇ
これだけの強い雨だと ・・・
いつもはこの大好きな
漆塗りの階段を 一歩一歩
かみしめながら上がるが
今日は出来るだけ濡れていないところを
ピョンピョンピョン
みたいな感じ
だいたいこのような
気がそれる事があると
神様との波長が合わないもんだが
今回は
関係なかったなぁ~
完璧だった
呼吸を整え
霧島の大神と向き合った瞬間
いつものケンシロウモード
からの
大号泣
これって もはや
俺のルーティンなのか
今回初めてまじまじと
本殿前の龍柱を見せていただいたが
左右阿吽になってたんですね
画像はお借りしました
霧島神宮のご本殿は
黒い板のようなもので囲われているので
外からは全く見えませんが
中国の二十四孝の絵が
描かれているようです
しかし
龍柱といい 二十四孝といい
なぜに
日本の神様を
しかも
天孫 瓊瓊杵尊
ここから日本が始まった
伝説のあるこの地で
その心臓部を
中国の匂いプンプンで
おおっているのか
冷静に考えてみると
凄く違和感を感じるのですが
ここ鹿児島という地は
中国との貿易が盛んだったため
神宮を建立した島津藩のお殿様が
その技術を取り入れ 当時の日本には
なかなか無いだろ(つくれないだろ)
的な感情だったのではないでしょうか
なるほど~
ちなみに神職さんもご本殿の中は
未だ一度も見たことはないとのこと
勉強になりました
こうして俺は
これらの会話を あえて
霧島の大神に聞いていただき
今回は 修行ではなく観光で
国宝のお勉強に来たことを
アピールしておきました
次は 我が聖地
山神社
鳥居が新しくなってる
雨の山神社には
特別に深い 思い入れがある
36歳の時
俺の修行道は ここから始まった
今はもうここでは修行をしていないが
立派なパワースポットになり
以前より お賽銭箱も
大きくなった
神社も商売
繫盛 繁盛
そうそうそうそう
思い出したぜ
初めて来た 26歳の時
守護神をキャッチした俺は
その後 参道脇の
ここに肘をつき
人目もはばからず
大号泣してしまった
もうすぐ 53歳
このケンシロウモードからの
大号泣
年齢も倍になったが
涙の量も倍になった
27年振りか
・・・
俺は野球のピッチャーが
マウンドでやるように
初めて来た 26歳
あの時と同じやしろの
赤い淵のところに
手を当てて
心の中で
キスをした
きょえぇ~ めっちゃ
かっこつけとるやんけぇ~
よしよしよし
こんなキザな行動
修行モードの俺ならありえへんで オイ
うんうん
かなり心に余裕があるな
ふざけてる
間違いなく
今回の俺は
観光モード
その証かな
それでは みなさま
好きな神社仏閣も 人それぞれですが
共に 1歩1歩 進んでいきましょう
今日が良い1日でありますように
この記事が何らかのお役に立てば幸甚です
貴重なお時間を使い
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