負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -9ページ目

作曲と資格と読書と介護

週に2.3日実家に帰る。

極力、その日にすることを集める。

片道、普通なら1時間半。途中、買い物、支払い、所用などで寄っていたら2時間かかる。

でも、その為にわざわざ実家に帰っていたのでは時間の無駄。

で、今時、帰って何をするか、草刈や草焼。

荒らす訳にもいかず田畑は最低限な管理は必要。

わたしゃ死ぬまでこれをしなきゃならんのか?

悲しいね。

さらに、これから町内の役員仕事が増える。

何を生き甲斐に余生を送るのだろうね。


音楽に浸って、好きな本読んでいられればね。


麻生太郎のアホが成人式に

「楽して儲かるなんて仕事はない」

などとぬかして一部に反感を買っているようだ。

介護や金にもならない田畑の管理、

楽でもない上に金にもならない。


私から見れば、政治家は楽して儲かる仕事だよね。



さて、


作曲の方はぼちぼち。出来上がる楽譜をみると、

あー、いつもの作風だ、代わり映えのない自分の作品にがっかりしながら。

まあ、次の作品に繋がればと。


気晴らしに本屋に出掛けて立ち読み、読みたい本があるが、そもそも、特殊な趣味だから、一冊が高い。

だから、新書や文庫を買うことが多い。其でも高いけど、分厚いし、暇潰しにはいい。

あとは、資格のための教本。

実務経験と学歴を問わない資格に限る。つまり、知識だけで取得出来る資格。

薬、毒物劇物、危険物は取ったから、あとは、

エックス線と瓦斯関連の資格かな?

文系芸術系の人が取る資格じゃないな。端から見ると危ない人www.


自慢だけが今日を生きる糧



新年、初愚痴

取りあえず、おけましておめでたい。


年末年始はヘルパーさんも休み。

要介護認定人日暮しの母親に、年末年始、食事を届に帰る。

大晦日に年越し蕎麦と正月の餅、お節料理。

今年は寒いから傷みはしないだろうが。

正月2日、追加の稲荷寿司。4日にはヘルパーさんが来るから食事は大丈夫。其までの繋ぎ。

食べられるだけ心配はないが。


愚痴が多い母である。そもそも父が亡くなった後から鬱状態が出る時がある。四年前倒れて病院の入退院や施設に入ったりしてから鬱が出ると、こちらが参る。

そとそもが介助されることが心の負担になふようだ。


昔は出来たのに


とぐだぐだと独り言を回りに聞こえるように言う。

年と共に物事が出来なくなり介助が必要となるのは仕方ないことだ。その為に介護保険というものがある。

他人の世話になることを苦痛に思う人はいるだろう。そういう人には介護を受けることが苦痛なのだ。

自分が出来ないのだから、何して下さいと、言って介助してもらえばいい、その為のヘルパーさんだ。で、してもらってら、「ありがとう」の一言で良いのでは。

その気遣いが苦痛なのだ。


介護施設の風呂が寒い、風呂に入るのが嫌でたまらない。


ならそこでそう言えば良いだろう、何故、そこで言わずに、息子の私に聞こえるように嫌見たらしくよそを向いて愚痴を吐く。

自宅でで風呂に入れてやれないから介護を頼んでるのだろう。

世の中、この介護を自ら抱え込み、精神的にも体力的にも限界を向かえ悲惨な事件になるのだろう。


殺してはいけない!

自殺はいけない!


というのは簡単だか、そのまえに


気持ちはわかるが、


と建て前を入れざるを得ない。


また、内の母はそこでぬり絵をするのが苦痛でたまらない。


ぬり絵をさせられる


という言い方をする。

母の姉の一人は習字の師範。かなり、子供の頃鍛えられたらしい。だから字はうまい、が絵を描いているところは見たことがないが、多分、絵や字を書くことは自らがすることで、人にさせられることは苦痛なのだろう。何で自分より下手なやつに言われてやらなければならないのか?


高齢者、認知症のアクティビティに音楽や物を描いたり作ったり、園芸などがあるが、

其にたいしての関わりは人其々、

たとへば!私が認知症になって施設などで皆といっしょに、歌を歌ったり合奏さられたりすれば底で潜在てき記憶のなかで、それを侮辱的な行為をさせらていると感じるかもしれない。


認知症や高齢者介護のアクティビティとしてその専門家でもないアホが使い方を教授しているが、一人一人育った環境は違う、同じように使えないと言うことを知らない介護の専門家つらした人がいる。


とある、認知症検定テキストに福祉をすこしかじったようであり、音楽家としても中途半端なやからが語っているが、一人一人違う。


そんなに簡単にテキスト通りの介護者なんていない。介護に定型はない。

特に親子では介護と割りきれないものがそこにある。


だから、介護する人は悩むんだ。



気持ちはわかるが、死んじゃだめだ。





2024年もまもなく終わり

年の暮れ、今年は何をしたのだろう?

記憶に残るのは、6月に車のエアコンが壊れた。

で、この年の暮れ、寒波が訪れるなか、車のヒーターが壊れた。部品は正月明けにしか届かない。何とも言えぬ寒い年越しに。


介護と実家関連のことで一年が終わってしまった。

ぼちぼちと曲作り。ここのところ成果もない。


でも、音楽やっている時が一番自分にあってる。


あと、ここのところ本を読むことが多い。

ちょっと前までは法律関係の本を読んでいたが、中身が銭金の話。全然入ってこない。

そもそもが経済系の仕事が自分に一番合わないと思っていたが、経済系な学部の大学にいくきすらなかった。

やはり、合わない学問だと再確認した。


で、本屋で目にかかった2冊、

日本書道史に関わる本とサンスクリット入門書


音楽学部を出た私が仏教学を学びに大学院にいく。まあ、代わり者だ。

仏教文化専攻(今は仏教学専攻にまとめられてしまっているが)だから、仏教経典や古文書には其れなりに目にする。


弘法筆を選ばず


とは言うくらい仏教で書道に関わらないわけにはいかない。

仏像わ仏画は仏像文化としては身近だが、以外に経典には目が言っても字自体に目が行かないのかもしれない。

勿論、経典はそもそもがパーリー語、サンスクリットで書かれているもが多い。その元は梵字。ガリー文字。

現在のヒンディー語にも通じる。文字の構成がハングルに似ているし、文法もハングルや日本語に近い。

なかなか、面白い。ちょっと待ち時間に暇潰しに読むにはとっても面白い。


世の中生きるには、法律や経済に関する本を読む方が金になるのにね。

大学決まったときも親族から音大なんかいってどうすんだ、と散々陰口叩かれたのにね。

更に金にならない学問が好きなんだなw


もう、これが性分。こうやって来年も余生を過ごすんだな。


来年が良い年でありますように。