次作
先の曲を書き終えて、はや二週間、
岡田奈々50thのアルバムと写真集が送られてきた。一括発送にしていたので10日前についた、パラッと写真集の中味を見た。
取りあえず、今はそれで満足。
二週間でどうにか次の曲が書き上がった。
あとは、1日おいて軽く見直し、コピー、発送。
間に合わなければ次の応募に回すか?と思っていたが。
少し冒険した作品。技術的な冒険ではなく、これをテキストとしてこういう曲調な曲を作って、賛否あるだろうな。
そういえば、双子のリリーズも50thなんだ。
私も年を取った。
気分は年を取ったとは思ってはいないが、身体と回りの環境が自分の年を自覚していまう。
今年は何かと忙しそうだ。
健康はセルフ、自身の知識を蓄え自分で守るしかないか?
でも、健康オタクにはなるつもりはない。
年老いた身体も自分自身、しっかり理解し大事にならぬよう付き合っていくしかない。
声楽家が選ぶ歌が上手い歌手ランキング
てな番組が放送されてた。
クラシックの声楽家が大衆音楽の歌手をランキング付けする。という笑ってしまう番組。
そもそもジャンルが違うし、声楽家が選ぶ立場で大衆音楽の歌手が選ばれると言う関係がいったい何目線なんだ?
ほとんどが主観的な個人の好みで何の客観的基準も示さず上手だなどと評価する。
何様?って。結果、素人が選ぼうとそう代わり映えのしないランキングにしかならないのは想像できるところ。
たまに理論的なことを言う人がいるが基本的知識か間違っている。音楽知識の低さがばれてしまう。
大学名が出るから、其から実力、知識力もさっしがつく。偏差値通りの評価。
まあ、歌手の多くが楽譜を読まない、読めない人が多いが、声楽家と称する人々も楽譜が読めない人はいると聞く。とある音楽大学の声楽の教員は楽譜が読めない、だから、レコードを聞いて丸暗記する。それでも成り立つのだ。勿論、大衆音楽の歌手と呼ばれる人達も多くが耳コピ。曲つくりもコード鳴らして口ずさんで録音して行う。楽譜が書けなくても読めなくても成立するのだ。だから、楽譜と照らし合わせた音楽理論がない。
さも、自身の主観的な分析表現が理論だと思い込んでいる。テレビで知ったかぶりして音楽分析しているのは殆どそうだ。
クラシックの領域でこれが顕著現れるのが声楽家と称する人達に多い。
特に日本のクラシックの音楽家と称する人々もは変にプライドが高い。井の中の蛙なのにね。
テレビでプライド高く演奏しているが、殆どが世界では通用しないレベル。本当に凄い演奏家なら、世界を飛びまわってるはず。
その程度の実力でよくテレビで顔だして歌手が上手いだの批評できるもんだ、と思う。
プロの声楽家よりプロの歌手のほうが実力も知名度も遥かに上。
だから、言うこともランキングも素人と変わりない。
一般人もクラシック、声楽家って知識がない、と言うより興味がないから、凄いと錯覚してしまうのだろうね。
声楽家と歌手を比べるものでもないだろうが、比べるならば、世間の評価も知名度も歌手のほうが遥かに上。
実力もないのに同業者を評価すると自身に返ってくる。断ればいいのにと、テレビで大学名までさらして同業者をランク付けする声楽家の恥を見た気がする。
駄作
駄作と感じながら、折角、作ったのだから応募した。
もう、忘れて次の作品に移ろう。
普通の曲作ったって、そこで競争されるわけだから、確率は低い。
何か目新しいことをしないと、人の目には止まらない。ある一定の基準な達していれば、後は選者の好みだろう。
本来は媚びた作品が選ばれる確率は高いだろうが、作曲家と言うもの何処か変なプライドがある人が多いと。何処か自分を主張したくなる。
そうなると、それは選者にとっては好き嫌いだ。
まあ、それでいいか。
さて、方や資格をボケ防止で挑戦するのだが、こちらは、勉強するこちらに好き嫌いがでてしまう。
高校は文系、政治・経済は得意な方だった。法律系の資格の一般知識は何の苦もないのだが、法律系の資格は殆ど金の話。どうも好きではないので頭に入らない。NHKの「虎に翼」見て民法が面白そうだったが、テレビでは基本的人権の話。しかし、現実には金の話が多い。
人々の生命と財産を守るとか言う謳い文句の番組があったが、資格試験に求められるのは財産の方。
これをグジグジと言うのはどうも好きではない。まあ、一般社会での揉め事だから資格が必要なんだろうけど。
どうも、個人的に合わない。諦めよう。
で、また、理系の資格を。
国家資格で学歴、実務経験を問わない。じゃないと受験資格すらないからね。
半年後位を目指して!