負けるもんかSEVENTEEN'S MEMORY -53ページ目

楽譜制作ソフト

この年(還暦前)になって音楽制作ソフトを使い始めた。

いままで、楽譜を書くのは手書きだった。そのほうが早い。

まあ、ソフトに慣れればその方がはやいのだろうけど。

といっても、全く初めてではない。作曲ソフトは使っていたけど、

楽譜にするっていうのは二度手間。現代音楽って楽譜制作ソフトで現わせないことが多々とある。

しかし、ここのところ、楽譜制作ソフトで出力したものも可。というか、

一般的な作品はそんな特殊な記譜など求めない。

となれば、楽譜制作ソフトで出力したものを添付ファイルとして応募。

というのも多い。

 

 

で「musescore」を使ってみる。

フリーソフトでは定評があるようだ。

liux版を使ったことがあったが、linux版は安定していない。

仕方なく、Windows10の搭載のノートパソコンの中古を買った。

youtubeに使い方動画がある。便利なもんだ。

とりあえず、いじくっていればわかる。わからなきゃ動画見ればヒントがある。

便利な時代になったもんだ。

ほとんど、フリーソフトで対応できる。

 

 

パソコンはWindows3.1のころから、仕事で使い始めているが、

自宅の個人のパソコンは、既製品の新品を使ったころがない。

最初は、Windows98の自作マシンとturbolinux

つぎに、ノートパソコンのバルク品の中古にlinux入れて使ってた。

最近は持ち運び用にラズベリーパイを使っていた。

 

で、スマホは持たないガラケイ派

これで困りはしなかったが、

論文やレポートなど書くためには、Windowsが必要になった。

だって、ネカフェを宿泊施設として大学院に通っていたから、

Windowsでないとそこでも書いたり印刷したりするのに便利が悪い。

持ち運びに邪魔にならないWindowsのタブレットを買った。

そしてついに、LINEのためにアンドロイドタブレットを買った。。

aserの7incの一万円。

LINEなんて家族の通話用で友達のいない私にはそれ以外使い道がないPCと思っていたが。

最近はwi-fiスポットが多いから、外に出ても使える。

androido版のOpenOffeceを入れて、59キー超ミニキーボードで使える。

面白いおもゃがまた増えた。

 

中古ノートパソコンのThink-patにubunt,中古ノートパソコンのlenovoにWindows10、

MSのWindowsRTの10.5incタブレット、aserの7incのandroidのタブレットPC

を使っているくせに、スマホはもっていない。なんなんだ?

車でスマホのながら運転するやつが大嫌いでねえ。

友達いないから、基本、電話もメールもLINEもしない。

運転中は絶対電話に出ない。っていあ、電話に基本出たくない。

ゲームはしない。

ってことは、外に出てインターネットにつながればいいから、

コンビニに寄れば休めるしwi-fiにもつながる。

スマホじゃなくても十分。

 

最近、モバイルにはまってます。

暖かい二月

久しぶりに書き込み

 

ここ一週間、何かと実家の往復。

葬儀が続いた。

町内会でなくなった人が出れば、当然お手伝いをする。

私の父が亡くなったときは、自宅で葬儀をしたから、

何かと大変だった。

ここ最近は、みなさん、葬儀場でされるから、葬儀に準備、進行なんかほとんど業者さん任せなので、町内会として以前のように手伝うことはない。

 

昔のように親族が多くはないので、人手が不足する受けつけや案内です立つくらい。

超高齢化の地区。昔から、隣の町内会同士で手伝いあうという習慣もあるので、

誰かがなくなったとあればまず、お悔やみに行って、今後のスケジュールを町内会長を葬儀委員長にしてきめる。

死亡届を役所に出して、火葬場の手配をする。

火葬時間が決まると逆算して、葬儀の時間が決まる。

次に、葬儀場を決める。自宅か葬儀場か?

最近は密葬、家族葬っていうのもあるがそれでも自宅か葬儀場かということは決める。自宅で葬儀をする人は最近はなくなったが、そうなると、また大変なんだけど。

ま、普通は葬儀場になるか家族葬になるか。

家族そうなら、そういう張り紙して、特段何もしない。

あと、特殊な宗教で葬儀する人も手が出せないので、特に注文がない限りすることがわからない。

じゃ、一般的に葬儀場でするばあいは何処でするか?(JA地元の葬儀社がほとんど、融通しあうから、ほとんどどちらか)宗派は?

新興宗教じゃなければ、地元の寺の檀家か時に神道だから、坊主か神主の手配。

葬儀場は通常の佛教か神道は祭壇ああるだろうから、あとは喪主に式場はおまかせ。

それでも、通夜や諸七日法要などは自宅でするから、自宅にそれ用の祭壇をする。

町内会に祭壇はひとつはある。

自宅から式場まで出棺するときに、霊柩車に運ぶのも町内会の役目。

式場から火葬場への出棺は一般通り。

棺桶もって庭先で時計と反対周りに三回回って、半鐘うって、藁もやして、茶碗割るとか、昔ながらの儀式は町内会が行う。

あとは式場での受付とか、お茶出しとか雑用。

火葬場までバスに乗って送る。

で町内会の仕事はここでいったん終わる。

仕上げといってお食事をする。

で、昔は遺骨が帰ってくると、そこで、看経をあげる。

が、最近は遺骨が変える前に、看経をあげてしまう。

あとは、親族だけでという意味もある。株うちは親族にはいる。

たいへんだぞーーー

 

隣の町内会だと、一応なくなったとわかったら、各家から代表者が集まって、手伝うことがあればお手伝いしますとお悔やみに行く。形式だ、実際は式場でのするから、昔ほど人手はいらない。

 

 

 

で、いま町内会12件、隣の町内会が16件。

80歳を超える人が20人ほどいる。これに、株うちはとか親戚とか入れるとまだ、十数人増えるだろう。字にまで広げると、、、、、

葬儀があると連続してしまう。

そういう、田舎の過疎で高齢化の集落の問題がある。

 

就職活動

このところ、4月開講にあわせて、大学や専門学校などが、講師を募集し始めたようだ。

それに合わせて、書類の準備に時間がかかっている。

 

私の、業績から教授とか准教授などなれるとも思ってない。むしろ、介護の問題とかあるから、地元を大きく離れるわけにもいかないし、傍から非常勤講師の探している。勿論、そう遠くの地域にも行けない。

折角、大学院まで行ったのだから、この知識を何かの役に立てばと思っている。

だから、地位や、名誉はどうでもいい。この知識を必要としてもらえるならと、、、

また、私のような仏教と音楽を専門とするマニアックな世界の人間の使い道もないだろう。

なかなか、ない。

 

さて、某、元横綱さんのご氏族。なにか、納品がどうの、靴職人ふうに師匠がどうのと、揉めておられる。納期も守れないようじゃ職人じゃないよね。

ども、イタリアでも専門学校で、師と弟子ではなく、教師と生徒。っていわれてるようで。

 

音楽業界では、音楽経歴で必ずといって、「○○に師事」と書く。

勿論、小さい頃からレッスンに通っているのであれば、師事した人っていえるだろうけど。これってほとんどが、教師と生徒の関係じゃないのって人が含まれる。

そんなんでいいのかな?

それでいいとするなら、元横綱の息子の場合も師匠と弟子?

 

私の場合、作曲は大学の講義でも習ったが、学外でもほとんどがアシスタントみたいなことしてたから、作曲の師匠っていえるのは一人しかいないし、私の作品の基礎は師匠の教えそのもの。だから、作曲を師事したっていうのは、一人しかいない。

その他は、音楽理論を○○氏に教わるとか書くようにしている。

しかし、音楽って一分野ではないから、ピアノを師事した人、声楽を師事した人っていう人もいる。これも、一人しか書かない。個人レッスンをうけた人は一人しかいない。

 

演奏会のパンフレットなんかに、一度でも教わっただけでも、師事とするのもいいのか悪いのか。

私はこの年になっても、個人的には音楽をレッスンしたことがないので、師匠と呼ばれる筋合いもない。

塾講師を長くしていたから、先生とと呼ばれていた時期はあるが、あまり好きではない。いまたとえその頃の生徒とさんにあっても先生と呼ばれたくはない。○○さんで良い。

 

まあ、誰に師事したかを経歴の自慢にするなら、それなりの仕事を残してくれなけれれば師匠もありがた迷惑だろう。

まず、業績を残すことこそ、師の恩に報いることではないか?

 

まだ、何の恩も返せていない。

わたしは、、、、、