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もっと!六大合演OBOGバンドReturns!

2016年4月に結成した、東京六大学応援団OB/OGによる吹奏楽団「六大合演OBOGバンドReturns!」のブログです。普段更新しているFBページではお伝えしきれない団員の素顔などに触れていただけるblogにしていきます!

この記事は【Returns!団員の素顔に迫る その6 前編】Returns!の屋台骨、事務局チームインタビューの続きです。

左から井上さん、渡辺さん、秋山さん。


― 秋山さんも元々は立ち上げのお手伝いをやろうと思っていましたよね?それがプレイヤーもやろうと思ったのはどの辺りですか?

(秋山)私は正直に言ってしまうと、最後まで裏方でいたいなと思っていたんです。とり六はたしかに楽しかったんですけど、楽器もそれほど得意じゃないし、ドリルも特段そんなに好きではないし・・・。

(長崎カメラマン)ピッピ―。

― あー、言っちゃった(笑)。

(秋山)でも、まあ何というか・・・。


といいつつ練習している秋山さんの姿。


(井上)やってやってもいいと(笑)。

(秋山)「やるよね?」と言われて。準備会の皆さんも、わぁーって盛り上がっていたので、「いや、僕はいいです」とは言いづらくて。それで、「とりあえず楽器もあるし試しにやってみます」ということで始めたんですけど、最終的には結構楽しくやれているので。

(一同)結構?!

― どこで楽しくなりましたか?(笑)

(秋山)私の場合は、Returns!がスタートしてからかもしれませんね。定着して人もいっぱい集まってくれて。
Returns!がなければお会いすることもなかったような先輩方とも沢山お知り合いになることもできましたし。楽器も、現役の時は正直そんなに真剣にやってたかなって。

(井上)なに?!そうなの?!

(秋山)いやいやいや。あの・・・。

― 聞き捨てならない(笑)。

(長崎カメラマン)ピーですね。

― ピーばっかり(笑)。

(秋山)大人になってやると、結構真面目に練習して頑張ろうかなという気になってきたというのもありますので。

― 何で頑張ろうと思ったんですか?

(秋山)楽しみが出てきたというか、頑張ればできるようになるんだなと。学生の時は、私の場合は他にもやりたいことが色々渦巻いちゃってて。今は、楽器を持ち帰って家で練習したりと熱意が新たに生まれてきて、学生の時もこれくらいもうちょっと頑張ればよかったなとも思います。

― 昨年 5 月の第一回演奏会はいかがでしたか?

(秋山)色々経験を積むことができましたし、工藤先輩が喜んでいる姿や打ち上げで皆さんが盛り上がっている姿を見ると、Returns!という組織であれだけのものを作り上げたという達成感がすごくありました。初めて準備会メンバーが集まり、Returns!発足に向けてスタートした時点では、まさか 2 年後に江戸文(江戸川区文化センター)でステージができるとは思ってもいませんでしたし、やっぱりみんなの力はすごいと思いました。そして、それを導いた工藤先輩の力もすごいなと演奏会を経験して改めて再認識しました。

― 井上さんは最初からプレイヤーもやろうと思ってましたか?

(井上)オーディションに受かれば、ですね(笑)。相当門が狭いようなことをおっしゃってましたから。


第一回定期演奏会でかっこよくソロを吹く井上さん。


(秋山)私は絶対落ちるなと思ってましたから安心していたんですよ(笑)。

― (笑)。じゃあ、どこでプレイヤーもやろうとなったんですか。

(井上)とり六のイベントをやったところ、これだけ OBOG がいっぱいいて誰でも来ていいよと声かけしても、思うように人が集まらなかったんです。トランペットあたりはプレイ人口も多いはずなんですけど。これじゃあ、俺やんなきゃダメじゃんという流れでしたね。プレイヤーとしてももちろんなんですけど、とりあえず企画から器材を運ぶ担当をしていて車を出していたんです。そうやってお役に立てて、皆さんが楽しく盛り上がっているのは嬉しいなと思って。別に儲かるわけでもないですし、ボランティアですけど、皆さんが楽しくやってくれているのに幸せを感じてやっています。


2015年9月のイベント。

2016年2月のイベント。チアも含め大勢集まったものの、トランペットやクラリネットのメンバー集めはかなり苦戦。


― 立ち上げ準備をしている時は、本当にバンドができるのかという思いもあったようですが、どのあたりでReturns!はイケると思いましたか?

(渡辺)立ち上げ当初、練習回数を重ねていくうちに、こんな感じで楽しくやっていけるのかなというふうには思っていましたが、演奏会に向けてという意味では、練習に毎回全員来るわけではないので、参加人数が今日も少ないなぁ、大丈夫かなと思っていました。お客様に聴かせられるもの、見せられるものがきちんと仕上がるのかという不安は途中までずっとありましたね。


立ち上げ初回の集合写真。


― どのあたりで不安がなくなりましたか?

(渡辺)本番の 2 ヶ月前くらいからですかね。3 月後半から 5 月の本番に向けて集中的に練習していた時期くらいに、これは大丈夫そうだと思いました。

(井上)形になってきて、集中力も高まってきて、出席率も上がってきて。あれ、これはイケるかもとなりましたね。

(秋山)演奏会をやるかやらないかというのは、ずっと議論していましたよね。時期的なものもそうですし、ホールを借りて本当にやるのか、体育館みたいなところでやるのか、とか。

(渡辺)でも結局、どのタイミングで決まったかというと、ホールが取れてしまったというところですね。じゃあ、もうやるしかないよねと。たしかそういう感じでしたね。

― 実際に演奏会をやってみて、どうでしたか?

(井上)演奏会はやらなきゃいけなかったんですよ。さっき話した通り、本番が近づかないと出席率も集中力も上がらなかったので。本番がないとモチベーションが弱いんです。休みがちだったりしながら何となくダラダラとやっていても、それこそいつまでバンドが続くか分からない状態になっちゃってたので、やっぱり本番はなくちゃいけなかったし、本番は定期的にやっていかないと続かないなと改めて思いました。

(渡辺)今もそうですけど、「本番まであと何回しか練習できません」となると「もうそれしか練習できないのか」と逆算していき、今このレベルだと大丈夫かと多分焦ってくると思うんです。演奏会がないと、ただ練習に来て吹いて終わりという感じになってしまうので、目標がないといけないのかなとは思います。


第一回定期演奏会にて。


― Returns!存続という意味では、第一回の演奏会の成功が大きかったように思うんですが。

(渡辺)それは大きかったと思いますね。

(秋山)ただ、シーズン 2 を迎えられるかという心配もしていたんで。演奏会が終わって、燃え尽き症候群で相当の人が抜けるんじゃないかと。でも、意外と残ってくれましたよね。

(井上)逆に増えたのかな。辞めた人もいたけれど、新しく入った人の方が多いですね。

― 話を準備会のことに戻しますが、大変だったなぁと思い出すことはありますか?

(秋山)何にもないゼロの状態だったんです。スタッフも決まっていなくて、メジャーは多少は目星をつけていたようですが、六大で集まって 6 人でメジャーをやろうと言いつつ、最初は 3 人しか決まってなくて。器材や練習場所、役割分担など何も決まってなくて。そこを一から決めていくのが大変でした。

(渡辺)スタッフは、工藤さんがある程度決めて声をかけていると思うんですけど、それ以外の人たちは役割が決まっていなくて、準備会の時に「何をやりたいか」と聞かれて、「会計」と答えました。現役の時に会計をしていたわけではないんですが、家計簿を付けているんでお金の管理は大丈夫かなと思って(笑)。

― それがいつの間にか・・・。

(渡辺)そうですね、練習管理になりましたね。まずは練習場所探しということで、その際に参考にさせてもらったのが、澤木さん(明治大学H3年度卒)が作成した東京都内の施設の概要をまとめたリストです。それをもとに当時の理事の皆さんで手分けしてあちこち電話をかけたりしていました。

― 結構苦労しましたか?

(渡辺)そうですね。ドリルをやるというところが、うちのバンドの特徴かと思いますが、練習場所を探す際に、逆にそれがネックになってしまって。演奏のみであれば音楽室も候補になるんですが、ドリルをやるためにはそれなりな広さがないとダメで、高砂や南綾瀬などの区の施設だと、ホールを確保する必要があります。ただ、防音していないので音出しダメですと断られることがほとんどで。合唱とかでは使っているホールであっても、太鼓の音には難色を示されるんです。


渡辺さんは誠実な人柄で、練習についてきたメンバーのお子さんたちにも人気です!


(井上)Returns!の主要練習場になっている淵江高校も、「何であんなところでやるの?」とよく聞かれるんで すけど、都立高校に片っ端から電話をかけて、休日開放していて音出し可で、ドリルができる広さがあるところがそこしかなかったんです。

― そうやって練習場を探していただいて有難いですね。そういえば、最初は楽器を保管する場所がなくて渡辺さんの家に置いていたという話を聞いたんですが。

(渡辺)最初は井上の実家に置かせてもらっていて。それから一時期、私の部屋にベードラとかが鎮座していた時が 3 週間くらいあって。そのあと、田中(明治大学H7年度卒)邸のガレージに 2 ヶ月くらい置かせてもらって。その後は、ずっと森田さん(慶應大学S62年度卒)のご両親の?マンションの一室である浅草ですね。

― 浅草はいつからですか?

(渡辺)Returns!発足した年の夏頃ですね。もともとは、リフォームをして人に貸すので、それまでという話で。
2020 年の東京オリンピックに向けてリフォーム代が高騰していることもあって「オリンピックまでは(保管しても)いいよ」とおっしゃっていただいたりしましたが、いつまでも甘えるわけにはいかないので、理事会で検討した結果、淵江高校の近くに倉庫を借りることにしました。まだ若干、浅草に器材が残っていますが、ほとんど倉庫の方に移動しました。

― それでは、今皆さんが担当されている事務局の仕事を教えてください。

(井上)名称としては練習管理チーム・リーダーですね。練習場所の確保、練習日程、器材や譜面の調達や管理などをやっています。

― その中で今、苦労されているのは、器材車の調整でしょうか?

(井上)そうですね。練習日ごとに器材車をアレンジすることですね。

(秋山)私は総務チームのリーダーですね。といっても、チームメンバーは他にないんですけど(笑)。団員の入退団管理、練習日程と場所の周知、団員の練習出欠リストの管理、飲み会のセッティングとか。飲み会の案内は私がしていますが、大概工藤先輩が発案者で、「セッティングしといて」みたいな。

(渡辺)まぁ総務だからね(笑)。

(秋山)欠席の私がなぜか飲み会の案内をしていることも(笑)。

― 団員が探しやすいように、Facebook のグループページで演奏・ドリルの譜面を一か所にまとめてくれましたよね。

(秋山)あれは、もともとは総務の仕事ではないんですが、「譜面どこにあるの?」と皆さんが聞いてくるので、まとめちゃった方がいいかなと思いまして。バラバラだと探すのが大変ですからね。

― 運営の仕方もだんだんと進化していってますね。

(渡辺)私は理事ということで、事務局長をしています。広報、企画、練習管理、会計、総務というチームがありますが、各チームリーダーの総括的な立場ですね。スタッフ以外の裏方系は全部です。

― その中で苦労されているのは?

(渡辺)練習場所ですかね。前期は、雑司ヶ谷や江戸川区文化センターのリハーサル室や葛飾シンフォニーヒルズなどを借りたんですけど、やっぱりちょっと狭いんですよね。しかも予約がなかなか取れない。結果的に今期は、チームリーダーの井上と連携しつつ、淵江高校と高砂と南綾瀬(地区センター)の三か所で行う形になりました。そこが取れなかったときにどうするのかというのが大変ですね。また、淵江については、年度末の 3 月に翌年度分をまとめて申し込んでいます。競合団体がいると抽選になるので、申し込み通りに許可されないこともあります。また、申し込みの結果が分かるのは許可証などの書類が届く 4 月以降になるため、特に 4 月以降の練習日程については周知が遅くなってしまい、メンバーの皆様にはご迷惑をおかけしています。

(秋山)淵江は剣道場で空調がないので、夏暑くて冬寒くて練習できないというのがあって。急遽、ほかの練習場所を借りるということがありましたよね。


葛飾区の施設利用は秋山さんの名前で申し込んでいるので毎度このような看板が。


― 一からバンドを立ち上げてみて良かったことは?立ち上げメンバーとしてご苦労も沢山あったと思いますが、逆に立ち上げメンバーにしか分からない喜びもあるのでは?

(渡辺)皆さんが楽しそうにやっている姿を見るのが嬉しいですね。準備会から携わっていなかったら、ただ来て参加してという感じにしかならなかったと思うんですけど、運営側の視点で客観的にバンドを見て、ここをこうした方がいいんじゃないかと考えるのも、大変なところもありますけど楽しいですね。

(秋山)渡辺先輩がおっしゃっていたことももちろん感じてるんですけど、工藤団長の思いを実現できてきている喜びがありますね。最初は工藤先輩自身も、やりたいけれど本当にできるのか半信半疑の部分もあったと思うんです。電話とかで「すごいことを始めちゃったけど、本当はすごく不安なんだよね」とよくおっしゃっていて、不安がっている姿も見てきたので、みんなが一緒になって一つのものを作り上げていき、工藤先輩の思いが形になっていく過程を最初から見てこられたのは立ち上げメンバーのメリットですし、将来的にこのバンドがどのように成長していくのかをこれからも見届けていきたいという気持ちも、やっぱり立ち上げたからこそあるのかなと思います。

(井上)すごいね、あとは任せた。ちゃんとバンドのことを考えているんだね。

(秋山)いえいえ。前向きなことも言わないといけないかなと思いまして。

(渡辺)前もって言うことを考えてきた?(笑)

(秋山)いやー、ネガティブなことは言っちゃいけないと(インタビュアーに言われたので)。

(一同爆笑)

渡辺)基本的に温度感が低いよね(笑)。

― 井上さんはいかがですか?

(井上)素晴らしい先輩と同期と後輩に囲まれて嬉しいですよ。自校もそうですけど、六大学の仲間って非常に仕事がやりやすくて。皆さん自ら進んでされるし、苦労を苦労と思わないで乗り越えておられる方々ばかりなので、気持ちよく仕事をさせていただいています。現役当時からそうなんですけど、六大学って自分の中ではライバルだと思っていて、あいつが頑張っているから俺も頑張らなきゃというのがあったんです。ここにきて、みんなで一つのものを作っているんですけど、やっぱりその中でも、あいつには負けられないという気持ちはずっと持っていて、それが六大学のいいところだと思っています。敵わないところもいっぱいあるんですけど、考え方にしても実行力にしても自分よりレベルの高い人たち、よくできた後輩とか(と言いながら秋山さんを見る)

(秋山)ブー(と吹き出す)

(井上)に囲まれて何かができるというのは、自分のモチベーションが上がります。それがたまたまバンドづくりだったし、音楽かもしれません。

― 立ち上げメンバーに入ったことで、それをより実感した感じですか?

(井上)さっきも言いましたけど、こんな自分でもお役に立てているなと。充実感や達成感もあり。でも、いまだやり切れていない部分もいっぱいあるんですけどね。


インタビュー風景。実は2回にわたって収録しました。


― まだまだやりますか?(笑)

(井上)はい。

― 他のお二人もまだまだやりますか?(笑)

(渡辺秋山)もちろん、はい!(笑)

― どうもありがとうございました。
【Returns!団員の素顔に迫る その 6】

団員インタビュー第六弾です。
今回は、バンドの立ち上げから携わっていて、今も Returns!の運営面を支えてくれている縁の下の力持ちの 3名です。


左から井上さん、渡辺さん、秋山さん


事務局長として楽団の事務面を取り仕切る渡辺さん(東京大学 H5 年度卒、A.Sax)、練習管理チーム・リーダーの井上さん(明治大学 H5 年度卒、Trumpet)と総務チーム・リーダーの秋山さん(明治大学 H7 年度卒、T.Sax)。3 人の関係性の良さが、バンドの円滑な運営に繋がっているのを感じるインタビューになりました。そして、知られざる Returns!結成秘話も飛び出しました。それでは、お楽しみください。

― まずは、事務局の話を伺う前に現役時代のお三方の接点をお聞きしたいと思います。井上さんと秋山さんは大学の先輩後輩ですよね?

(井上)私が 3 年の時に 1 年で入ってきて。

― 当時の印象はどうでしたか?

(井上)こんな感じですよ。でも、こんなにしっかりしてなかった(笑)。

― いつからしっかりしましたか?(笑)

(井上)私が卒部してからじゃないですか。

(秋山)ぼんやりしてましたね。

(井上)こんなに人前に立ってグイグイやる男じゃなかったですね。

(秋山)今もそんなにグイグイしてませんよ(笑)。


しっかりしつつもほんわかしたキャラでもある秋山さん。


― では、逆に井上先輩はどんな感じでしたか?

(秋山)入ったときは、もう貫禄があり過ぎちゃって、Returns!の牧野先輩(明治大学 H4 年度卒)たちよりも上なんじゃないかみたいな。

(渡辺)エラそうだった?(笑)

― 態度が?(笑)

(秋山)態度と言ったら失礼ですけれども、まぁそんな感じですごく存在感がありましたね。しかも、後半、明治でいう統制という役職の補佐をされていて下級生を管理する立場だったので、恐ろしいという方がちょっと強かったですね。


そんな恐ろしかった井上さんも今ではこんなお茶目さんに


― 結構、厳しいことも言われましたか?

(秋山)そうですね。厳しいことも言われましたし、井上先輩も上から「1 年生を何とかしろ」とかなり言われて。3 年生は中間管理職のような感じですよね。そこの一番辛い立場に立たされていて。当時、明治は部員が少なかったんです。4 年 4 人、3 年 6 人、2 年 8 人くらいで。私たちは 14,5 人いたんですが、1 年生を辞めさせないようにするため苦労されてるはずです。

― 辞めない程度に厳しくする、みたいな?(笑)

(秋山)そうですね。井上先輩はそのあたりをかなり苦労したと思うんですよ。

― 苦労しました?

(井上)いや、覚えてないです。でも、みんな可愛かったなぁ。

(秋山)女子も多かったですしね(笑)。

― 渡辺さんは秋山さんと接点はありましたか?

(渡辺)Returns!で初めてですね。現役時代にかぶってはいるんですけれど、合演は 2 年のドリル隊しか出ていないので、他大の後輩との繋がりがあまりなくて。同じサックスパートだったので、一緒に飲んだことはあるかもしれないですね。

(秋山)いや、私、サックスパートの六大飲み会には行ったことがないんです。

(井上)はじめトランペットだったんだよね。そのあと、クラリネットになって。


設立準備会の懇親会で。渡辺さんからの杯を受ける秋山さん。


― え っ ?!

(秋山)最初、トランペット希望で入って。

(井上)頑張ったんだけど、モノにならなくて(笑)。

(秋山)あんまり頑張れなくて。人がいないということでクラリネットに行ったんですけど、今度はサックスで人が足りなくなって。クラリネットから人を抜いた時に、一番影響がないのは秋山だろうということになってサックスに行きました。

― あらら、たらい回しですね(笑)。

(井上)ずっと便利屋さんなんですよ。

(同期の長崎カメラマン)2 年のドリル隊の楽器は何だった?

(秋山)クラ。

― じゃあ、いつからサックスを?

(秋山)2 年のドリル隊が終わった後くらいですかね。

― その時からテナーサックスですか?

(秋山)そうです。テナーサックスの方がどういうわけか弦バスに移られたんで。

(長崎カメラマン)井上先輩はホルンのイメージですね。

― ホルンだったんですか?

(井上)3 年になるときにホルンになっちゃったんで、2 つ下の後輩は私のホルンしか知らないです。

― 何でホルンになったんですか?

(井上)ホルンがいなくなっちゃったんです。ホルンはゼロなんだけど、ラッパは 5,6 人いるという。「じゃあ 2人くらい(ホルンに)行く?」って。

(秋山)そういう時代でしたね。

― なるほど。秋山さんは渡辺さんの印象はいかがですか?

(秋山)いかにも東大という印象でした。


確かに東大って感じですね!


(渡辺)黙っていれば真面目そうなところ?

(秋山)本当、黙っていればすごく真面目そうなんですけれど、写真の写りが不真面目なんです。実はこの人、面白い先輩なんだって思いました。

(渡辺)東大同期の伝統というか。

― 真面目な顔をして写っちゃいけないという?

(秋山)なので、話してみたら気さくな方で接しやすい印象でしたね。

― 渡辺さん、秋山さんの印象は?

(渡辺)秋山とは Returns!発足のための準備会で出会ったんですが、たぶん工藤さん(団長。明治大学H3年度卒)に言われて会を仕切る司会進行役をしていたんです。議事録も作ったりして結構大変そうでしたね。


進行の準備に緊張の面持ち、の秋山さん。


(秋山)あれは本当に辛かったですね。私、準備会メンバーの中で最下級生でしたから。

― どうやって仕切れってねぇ(笑)。ちなみに、皆さん準備会から関わっていらっしゃいますが、どんなきっかけで入ったんですか?

(井上)ある日突然、工藤先輩から電話がかかってきて「俺の遺言を聞いてくれ」と。ちょうど生死に関わる病気を患っておられたので、現役時代に大変お世話になった工藤先輩に恩返しするためにもこれは何かやらなければならないというモチベーションで、何だかよく分かってなかったんですが(笑)、二つ返事で。「バンドやるぞ。結構大変だと思うけどいい?」と言われて、「いいっすよ」と。基本的に、私は現役の頃から工藤先輩に言われたことはNOと言わずに全部やってて。

― それは明治の気風ですか?


明治の気風???


(井上)それは二人の関係かもしれないですね。

― じゃあ、Returns!ができたのもNOと言わずに色々やってくださった井上さんのお陰が大きいですね。

(井上)いやいや、そんなことはないです。

― そんな謙遜しなくても。

(渡辺)軽い感じで受けているから、大丈夫かと思うけど。

(井上)でも、何とかなってる。

(渡辺)意外と何とかなってる(笑)。

(井上)皆さまのお陰で(笑)。

― 工藤さんから声がかかったのはいつぐらいの話ですか?

(渡辺)Returns!が発足したのが 2016 年 4 月で。

(秋山)最初に集まったのは 2015 年の 6 月じゃないですか?今から 3 年前ですね。


第1回準備会。メンバーとして参加出来なかった方も含めて多くの方が協力してくださいました。


― 秋山さんもある日突然パターンですか?

(秋山)私の場合も、いきなり工藤先輩から電話がかかってきて、「俺、すごいことやろうって考えているんだよね。聞いてくれる?」と嬉しそうにおっしゃったんです。「何でもおっしゃってください、聞きますから」と言ったら、「本当?笑わないでよ」と。「私にできることがあれば何でも協力しますから」と伝えると、「ちょっとバンドをやりたいんだよね」とおっしゃって。「どんなバンドですか?ジャズバンドとか?」と聞くと、「いや、六大のバンドなんだよね。」という話から Returns!の構想がわぁーっと出てきて。すごいことを考えているなぁと思ったんです。吹奏楽をやっていた多くの人は、OB バンドをやりたいなぁという気持ちを何となく持つことがあっても、それを実現に持っていこうというパワーとか求心力というのはなかなか持ち得ないというか。みんなが付いてきてくれるのか、本当に人が集まるのかという気持ちが先立ってしまって行動に移せないと思うんです。それを工藤先輩が言ってくださったので。私自身は、井上先輩と違って楽器も普段から吹いているわけではなかったですし、バンドに入るつもりもあまりなかったんですが、工藤先輩がそうおっしゃるんだったら、裏方でもいいから力になりたいなということで一緒に始めました。魅力という部分で言えば、有言実行というか、考えたことを行動に移せる力がすごいなと思います。かつ、それを人に誠心誠意伝えて、これだけの仲間を集められるというお人柄と人望は本当に素晴らしいなと思いますね。


井上さん、工藤さん、秋山さん。明治の団結力はReturns!発足の上で大きなパワーでしたね!


― 工藤さんは昔からそういう感じのところがありますか?

(秋山)私は、H4 牧野先輩による独自の視点での噂しか聞いたことがなかったので・・・(笑)。

(井上)そういうところはありますね。グイグイと引っ張っていくところや企画力、実行力。

― 渡辺さんから見た工藤さんの魅力は?

(渡辺)やっぱり、まっすぐで熱いところじゃないですかね。時に暴走するというか、やり過ぎじゃないかと思うところもありますけどね(笑)。基本的には、そういう熱を持っているからみんなが集まるんじゃないかと思いますね。



団長&事務局長、練習後の飲み会の主要メンバーでもあります。


― 熱が伝わる?

(渡辺)はい。

― 渡辺さんにも伝わった?

(渡辺)そうですね。バンドに参加するかどうかは、最初は正直言ってまだ決めていなくて。ただ、準備会に誘われた時に、自分でお役に立てることがあればと思い、準備会に加わろうと。準備会で議論している中では、まだ心のどこかに、最終的にバンドに入らないという選択肢が小さいながらも消えていませんでしたが、とり六のイベント(バンド結成前に開催した単発イベント)なんかをやっているうちにだんだん「面白そう。入らないと絶対損だ」という気持ちになりました。


暴走する人&Returns!の良心として止める人、でもあるような?


― そうだったんですね。

(渡辺)イベントも、どれくらい人が集まるのか分からなかったんですけど、思ったよりも結構集まって。最初は演奏のイベントだったんですけど、久しぶりに合わせるのが面白かったですし。ドリルも、一日でコマ発表から仕上げていくというすごくパワーが要る作業だったんですけど楽しかったですね。やっぱり熱がすごかったです。

後編【Returns!団員の素顔に迫る その6】に続く

※この記事は早稲田OBOG先輩後輩インタビューの後編です!
前編はこちらです→【Returns!団員の素顔に迫る その5 前編】



 H1年度卒 ユーフォニウムの荘司さんと H22年度卒 トランペットの押田さん。


― お二人ともすでに他の楽団に入られていて、なんで Returns!も掛け持ちしようと思ったのかをお聞きしたいんですが。


(荘司)うーん、僕はドリルがあるからかな。他ではドリルができないし。というか、バリバリにドリルをやっているところには、おこがましくて入れない(笑)。自分もできそうなドリルができるところというのがあって、実際に来てみたら、共通の価値観というのがプラットフォームにあるから、一から十まで言わなくても名前と出身大学さえ言えば何となくお互いが溶け込めるような楽チンさはありますよね。



たくさんの活動をしている中、ドリルにも参加している荘司さん。



Returns!第一回定期演奏会、ドリルステージ開始直前(多分)


― ドリルスタッフが喜びますね。押田さんは?


(押田)やっぱり雰囲気がいいですよね。それは初めて練習に来た時に思いました。大学の応援部って特殊な部活じゃないですか。それをみんな経験しているという同じ価値観や経験が、荘司さんがさっきおっしゃっていたようにプラットフォームにあって、その上でその仲間ともう一回やりたいという気持ちで集まっている人たちの集まりなので、すごく雰囲気が良くて、人が楽しそうだなと思いました。もともとは、選曲がセンスあるなと思って体験に来ましたが、練習に来てみたら「マードック(からの手紙)」の練習だったんですけれど、すごく楽しかったんです。それから、休み時間の会話とかを聞いているとアットホームなので是非入りたいと思いました。


― ちなみに、押田さんとReturns!メンバーは結構年齢差があるでしょう?20歳くらい?その年齢差は気にならなかったですか?


(押田)全然気にならないです。社会人になって最初に入ったのが会社の吹奏楽団だったんですけれども、そこも結構年齢層が高めでReturns!と平均年齢がたぶん同じくらいで、20代の人が全然いなくて。その時、私も今よりも若くて。


― 更にね(笑)。


(押田)はい(笑)。それで、会社のバンドなので社内の人だけで構成されていて、練習場所も会社の中だったので、必然的に会社のキャリアが長い人が何となく存在感があって。そこはかとない年功序列?というか(笑)、若い人がなんとなく遠慮する雰囲気というのはあったように思います。逆にReturns!はそういうところが全然なくて、最初の時から「何年度の〇〇です、よろしく」と話しかけてくださって、「後輩を迎え入れることに前向き!」感をひしひしと感じて(笑)、なんていうか嬉しかったですしホッとしました。パートの希望も、1stを吹きたい曲があっておそるおそるお願いしたんですけど、全然嫌な顔もせず。



押田さん加入時のTpパート。現在総勢10人です!


― むしろみんな、若者が入ってきて喜んじゃって「どうぞ」って。


(荘司)ダチョウ倶楽部じゃないけど「どうぞどうぞ」って(笑)。


(押田)本当に恐れ多いくらい楽しくやらせていただいていて有難いなと思っています。毎回、次の練習が楽しみ過ぎて本当に幸せです。Returns!のためにコルネットを買っちゃいましたし。


(荘司)おぉ。どの曲で使うの?


(押田)エルカミとホルストの一組(第一組曲)で。


(荘司)今までコルネットは持ってなかったの?


(押田)持ってなかったんです。いつか買いたいとは思っていたんですけど、コルネットを吹く曲に出会わないと買わないので。今回、3曲中2曲、コルネットをやっていいと言われたので「じゃあ買います!」って。



買ったばかりのコルネットでパート練習。うれしそう!


(荘司)すげー(笑)。


(押田)Returns!に初めて練習に来た週に入団して、次の週に(パートリーダーの)Oさんに「コルネット吹けるなら吹いていいよ」と言われて「じゃあ買います」と言って、その次の週に買いに行きました。


(荘司)すごい決断。即決!「お買い上げ~」って鐘鳴らしちゃうよね。


(押田)もう大好きなので。そのために生きていると思っているので(笑)。 実は、GWに旅行でもと思って分けておいたお金でコルネット買っちゃったので、GWは練習一択です(笑)。


(荘司)素晴らしいことです。


(長崎カメラマン)ミュートを置くスタンド使ってますよね。あれ、便利そう。



これが噂のミュートスタンド!


― どういう感じのものですか?


(長崎カメラマン)譜面台にくっつけるんです。



ミュートをこんな感じに置くことが出来ます。
受け皿を置くとマウスピースを置いたり出来てとっても便利。
(ハーキュレス HA100)


(押田)あれはすごく便利です。エルカミがミュートワーク激しくて、足元に置いておくと蹴り倒しちゃうので。 楽器も買って、スタンドも買って、練習もすごく楽しくて、もう幸せです。


(一同爆笑)


(押田)昨日の夜も「明日、練習だ!」と思ってすごく幸せでした。


(荘司)スタッフの皆さんが泣くね。


(長崎カメラマン)夜、寝付けない?


(押田)もう遠足の前の日みたいな感じです(笑)。


― そういえば、稲吹会で指揮をされていましたよね?現役時代も指揮で?


(押田)はい、そうです。もう一つの楽団(早稲吹)でも、ここ5年くらいずっと指揮をやっています。稲吹会は指揮が足りないというのを 2,3 年くらい前にOB会報で知って。「一緒に吹く仲間を募集しています。指揮者も募集していします。」と書いてあって、その時、私が好きな曲が曲目に入っていたので「これ振れるなら振りたいな」と思って。全くそれまでコンタクトはしてなかったんですけど、物は試しで窓口の方に「この曲振れますか?」と問い合わせてみたら「振れるよ」と(笑)。




現役時代、神宮球場で指揮をする押田さん。
若いので(!)他のメンバーに比べ現役時代の写真の画質が格段にきれいです。



(荘司)即レス(笑)。


(押田)そうです(笑)。その時もアットホームで、やっぱり同じ土台から来ているメンバーっていいなと思ったんです。稲吹会は早稲田だけなので、より狭く深くて。Returns!は六大なのでもうちょっと広くて。でもみんな大事なところは一緒みたいな感じなので、とてもいいなと思います。


― 指揮の魅力って何ですか?


(押田)それは語りつくせませんが・・・(笑)。指揮は楽しいし大好きですね。ラッパももちろん大好きですけど。


(長崎カメラマン)では来期(Returns!の指揮に)。


― ね。よかったらぜひって勝手に勧誘してますけど(笑)。


(荘司)(押田さんは)すごく練習の運びとかが上手なんですよ。


(押田)自分の頭の中にある曲のイメージを皆さんが作っていってくれること、イメージを伝えてレスポンスが来ることが楽しいですね。


(荘司)ぜひ Returns!でも押田式を体験していただきたいですね。オペラ系だともう歌い出しますからね。




確かにとっても楽しそう!



歌いだしそうな雰囲気がありますね~!押田式、いつか体験してみたい!



― そうなんですか?!


(押田)歌ったり踊ったり、結構激しいと思います(笑)。


(荘司)この人は酔いしれているなって(笑)。いや、でもホント演奏していて楽しくなりますよ。乗せ方も上手いし、いいところを引き出してくれる感じかな。すごく上手なんですよ。


(押田)ありがとうございます。


― 荘司さんのコメントが素晴らしい(笑)。


(押田)すごく照れますね。


― お茶らけるかと思ったら、ちゃんと真面目にいいこともおっしゃって(笑)。


(荘司)そう、締めるところはギュッと締める。年に1回か2回しかないけどね。


(一同爆笑)


― ところで、荘司さんはReturns!では笑いを取って場を和ませたり盛り上げたりとムードメーカー的な存在ですが、学生時代もそんな感じでしたか?


(通りすがりの同期法政大学の泰道さん)変わりません、学生時代と。




荘司さん2年生のドリル隊にて。



(荘司)あれ、そうだった?まぁ、チャラけてましたね。


― たしかに、現役時代のお写真を見ても今と変わらないなと思いました(笑)。


(荘司)まともな顔をして写ってないでしょ(笑)。




もう一枚、荘司さん現役時代の同期のみなさんとの写真。



― そして、荘司さんといえばダジャレですが、いつからダジャレを言っていますか?


(荘司)物心ついたときから。なんて、まあ調子に乗ってやっているのはここ2年くらいかな。(通りすがりの早稲田大学後輩の雨坪さんに向かって)俺、現役の時ダジャレ言ってた?


(雨坪)面白いことは言ってましたが、ダジャレはここ最近ですかね。


― ではせっかくなので、荘司さんは現役時代どんな先輩でしたか?


(荘司)もちろん、いい方で(笑)。


(雨坪)普段は楽しくおしゃべりするんですが、締める時は締める方ですね。あとは、主務をされていたんですが、 お金の計算を含めてテキパキとマネジメントをされていました。


― おぉ、ありがとうございます。むちゃぶりですみません。それでは最後に Returns!の魅力について教えてください。


(荘司)出身大学や世代、音楽性などが違う人たちが一つの音楽を作っていく楽しさですかね。それと、共通の価値観を持ちながら、でも多様な人たちの集まりというのが楽しいです。


(押田)やっぱりすごく雰囲気がいいなと思います。みんなで一つものに向かって一生懸命頑張っている感じがすごくします。仕事だとお金をもらっているので義務感もあって、ある意味やらざるを得なくて何人かで同じものに向かってやるというのに対して、Returns!は純粋に趣味で。皆さん平日は仕事をして、残り2日間しか休みがない中でわざわざ朝の9時から夕方の5時まで休日に集まってやっているというのは、自分たちの意思で何か一つのものにみんなで向かっているという感じがとても素敵だなと思います。




定期演奏会に向け、心強い新メンバー加入、本当にうれしいです。



― どうもありがとうございました。椅子はそのままで結構です。


(S)椅子はそのままでいイス。


― ダジャレで締めていただきありがとうございます(笑)。


団員インタビュー第5弾です。今回は、満を持して早稲田のお二人に登場していただきます。Returns!結成当時から参加されているムードメーカーの荘司さん(早稲田大学 H1年度卒 ユーフォニウム)と今年2月に入団されたばかりのフレッシュな押田さん(早稲田大学 H22年度卒 トランペット)です。早稲田の先輩後輩、楽団を掛け持ちしているという以外にも意外な共通点が。そして、荘司さんのオープンなお人柄で、今回は飛び入り参加者が多く登場します。それではお楽しみください。



年齢差約20歳、でもこんなに和気あいあい。それがReturns!です。


― それでは、インタビューを録音させていただきます。


(押田)本格的。


― (昼休み、各自楽器の練習をしている中で録音機が)ちゃんと声を拾ってくれるかなぁ。


(荘司)(録音機に顔を近づけて大きな声で)はいはい、はいはい、はいはーい。


― ありがとうございます(笑)。お二人の共通点と言えば、社会人になってもずっと音楽を続けられているところかと思うんですが。(荘司さんの表情を見て)あれ?違いますか?


(荘司)4年くらい前に再開しただけで、20 数年ブランクが・・・。あ、ここ盛っておいた方がいいですかね?はい、ずっとやってました。どうしますか?書きやすい方で。


― (笑)。


(荘司)リアルは結構ブランクがありました。


― 4年前にどちらで再開されましたか?


(荘司)慶應志木高校の野球応援を手伝ってくれと言われて。その時に、僕はトランペットを吹いたんですけど、まあ屁の役にも立たなかったんで、どうしたもんかなと。でも、トランペットしか持っていないから、トランペットで生きていこうと思って。リハビリをしてくれる、アンサンブルをやっている先輩がいたんで、そこでトランペットパートとしてデビューしたんですけど、どうもしっくりこないと。ある日、ダク(管楽器専門店)に行ったら、あの楽器(と言いながらご自分の楽器を指さす)が置いてあったんです。店員さんが「試しに吹きませんか」と勧めるから、「いやあ、買いに来たわけじゃないんですけど。まあそうですね」って。 「お客さん、マウスピースお持ちですか」「はい、持ってます」 買う気満々なのを見透かされて。ごめんなさいね、話が長いですね。



インタビュアーにも気を配ってくださる荘司さんのお人柄!


― 大丈夫です(笑)。続きをどうぞ。


(荘司)まぁ、そこで色々と駆け引きがあって、買っちゃいました。


― その場で買われたんですか?


(荘司)向こうも商売が上手くて「今、他の方が目利きをしていて、その人が要らないと言わないと手に入らないです」と言われて「えー?!」となって。「その返事、待ちます?」と言われて「待ちます、待ちます!」って。どうせその人が買うだろうと思っていたら、「あのお客さん、別の楽器にしたんで空いたんですけど、どうします?」と聞かれて、「うーん。お願いします!」と言って買っちゃったんです。家には一桁少ない数字で言いました。


(押田)結構、盛ってますね(笑)。


(荘司)「4万円で買った」って言いました。


― 4万円じゃ買えないですよね(笑)。学生時代も楽器はトランペットですか?


(荘司)いや、ユーフォニウムです。自分の楽器を持ってなかったんで、学校の楽器を借りてやってました。


― そうなんですね。ちなみに、楽器を始められたのはいつですか?


(荘司)中学1年生から。


― そこからずっとユーフォですか?


(荘司)そうです、一筋。牛丼ぐらい一筋。



Returns!ユーフォパート。第一回定演にて。


― (笑)。


(荘司)今の牛丼は使って貰えるの?


― 使います、使います(笑)。全部書き起こしして、問題発言だけは後からカットしますから(笑)。


(荘司)昼間だから大丈夫だと思います、はい。


― (笑)。そのアンサンブルでリハビリをされた以外は?


(荘司)いくつか紹介で入った市民バンドとかを渡り歩いて今に至るという感じです。


― では、押田さんの楽器歴は?


(押田)トランペットを始めたのは中学 1年生の時で、大学でもずっとトランペットをやって。


― 一筋ですか?


(押田)そうです。浮気したことはないです(笑)。社会人になって一般の吹奏楽団に入ったんですけど、コンクールに演奏会に地域のイベントに…って、1年に10回以上本番があるんです。もちろん上手でとても勉強させてもらったんですけど、練習がすごく多くて厳しくて。社会人になって独り暮らし始めたりして環境の変化が激しかったその時の私としては少し負担で。でも楽器は辞めたくなくて、もう少しラクして楽しく(笑)吹けるところはないかなぁと思っていました。その時に、早稲田吹奏楽団(早稲田大学の吹奏楽サークル。以下、早稲吹)のOBバンドに出会って。そこに入ったら自分と合っていて、もう7年くらい続けてますが今も楽しくやっています。逆に私は、 歯科矯正をしたときにユーフォにしようと思ったことがあって。


(荘司)へぇー。


(押田)マウスピースが矯正器具の上にのって痛くて、音域が 1 オクターブも出なくなっちゃって。ユーフォのマウスピースの大きさだと痛くないからユーフォをやろうと思ったんです。友達に楽器を借りて2ヶ月くらい練習したんですけど、ラッパじゃないとダメな体になってました(笑)。


(荘司)まぁ、そうだよね。



アツく楽器への想いを語る押田さん。その横では…


(押田)そうなんです、受け付けなくて。大学時代トランペットを習っていたトレーナーの先生に、ユーフォを練習してから2ヶ月目くらいにお会いして話した時に、「今、本当に楽しい気持ちで楽器吹いている?」と聞かれて。先生にはわかったんでしょうね、私が本当はラッパを吹きたいって思っていることが。で、その時ハッとしたんですよね。ラッパじゃないと楽しくない!って。そんな気持ちで練習していてもユーフォにも失礼だと言われて、その通りだと思ったらなんだか泣けてきて、先生の前でうわーーーーって思いっきり泣きました(笑)。その時に、3rdでも音が出なくても痛くてもなんでもいいからラッパがいいと思っている自分に気づいて、腹をくくって、歯科矯正していた2年も結局ラッパをやりました。2年間3rdばっかりですっごい悔しかったですけどやり切りました。だから今、歯科矯正が終わって思いっきり吹けることが本当に幸せです!というくらいラッパが好き。今は、稲吹会(早稲田大学応援部吹奏楽団のOBバンド)、早稲吹のOBバンド、ここ(Returns!)と楽しそうなところに参加しています。


― 早稲吹の OB バンドは OB 以外も入れるんですか?


(押田)早稲吹のOBが作ったバンドなんですけど、扉は開いていて、やりたい人は基本誰でも参加できます。たまたまそこに友達がいたので、そこでずっとやっています。なので、中学1年で始めてからトランペットを途切らせたことは、(歯科矯正で)ユーフォに行こうかなと思った瞬間以外はないです。


(荘司)ユーフォは振られたということね。


(押田)やっぱりラッパじゃないとダメでした(笑)。


(荘司)ちきしょう。微妙な気持ちだなぁ。



Returns!TeamWASEDA決起集会。チアで参加のメンバーも一緒に。


― 荘司さんと逆パターンですね(笑)。大学に吹奏楽団体が色々ある中で、応援部に入部された理由は何ですか?


(荘司)僕は早稲田実業の中高6年間吹奏楽をやっていたんだけれど、野球部応援が部活動の柱の一つであったこと、大学早慶戦は春秋毎回お手伝いで応援参加していたことから、中高の延長として自然に選びました。他の吹奏楽・音楽団体の選択を考えたことはなかったですね。


(押田)私ははじめ早稲吹に入って楽器をちゃんと吹こうと思っていたんですけど、新歓期にオーディションがあると聞いて。楽しく吹ければよかったので、そんなガチンコのコンクールバンドのようなことを言われても・・・と迷っていたら、応援部のお花見イベントがあったので行ってみたんです。そこで「経験者で楽器を持っている子、 大募集中!」と熱烈にコールされて、調子に乗って入りました(笑)。応援部に対して何か魅力を感じたというわけではなく、何となく求められて勢いで入ってしまい、気づいたらハマっていたという感じです。


― どのあたりにハマりましたか?


(押田)やっぱり野球の応援は楽しかったですし、吹けていれば幸せなので。早稲吹は人が多いので、演奏会もオーディションがあって乗り降り制なんです。それに比べて応援はずっと吹けるし、演奏会も乗り降り制ではなくて全曲みんなでやるので楽しかったです。


― 楽器を辞めてしまう人が多い中で、社会人になってもやりたいと思うのは何故なんでしょうか?


(荘司)僕の場合は、30代後半くらいまでは仕事に打ち込むという気持ちでいたんです。大学を卒業した後、こういうことは子どもの遊びで大人になったらもうやらないと自分の中で思い込んでいてやらなかったんです。だけど、30代後半くらいになって、老後の趣味について考えるようになって。ちょっと年上の先輩たちがカメラや蕎麦打ち、芸術関係、山歩きなんかをやっているのを見て、自分は何ができるんだろうとはたと考えたときに、やっぱり楽器をやりたいなと何となく思ったんです。たまたま新潟に単身赴任した時に、土日あまりに暇で仕方なかったから、自宅からトランペットを持って出て、日本海に向かってずっと吹いてました。



Returns!のMr.フォトジェニック荘司さん、写真が豊富にあります…


(押田)素晴らしい。いい環境ですね。


― そういえば、東大の山本さんも以前インタビューで、長野に勤務されているときに山の中で一人アルトサックスを吹いていたとおっしゃってました。やっぱり地方に行くと自然の中で吹きたくなるんですか?


(荘司)まあ、することないと楽器って感じかな(笑)。ただ、如何せん一人で楽器吹いていても楽しくないんだよね。


― やっぱり合奏がいいですか?


(荘司)そうね。


(押田)私はこの4月で社会人8年目になったんですけど、


― 若いですね~(笑)。


(押田)この8年間で特に女の子は結婚したり会社辞めたり子どもができたりと環境の変化が激しくて、割と楽器を辞めていく子が多かったです。私は会社で3回くらい転勤していて、今も静岡県に住んでいるんです。それに、仕事も総合職で結構ずっと忙しくて残業も多くて。ただ、どんなに忙しくても、どんなに遠くに行かされても、楽器を辞めようと思ったことはないです。何でと言われても分からないんですけど、多分、さっきの歯科矯正の話でも申し上げた通り、ただ「好き!!」なんだと思います(笑)し、ずっと続けていきたいなと思っています。実家が東京にあるのでそれを利用して、ほとんど毎週末こちらに帰ってきて、Returns!をはじめ他のバンドの練習に参加しています。


― Returns!に来てみようと思ったきっかけは?


(押田)2 月の稲吹会の演奏会の時に Returns!の先輩方とご一緒して。


(荘司)僕と浜野くん(早稲田大学 H3年度 ユーフォニウム)とOくん(法政大学 H6年度 トランペット)です。



左から浜野さん、Oさん、押田さん、荘司さん、の稲吹会演奏会出演メンバー。



2月の稲吹会の演奏会、Returns!メンバーもたくさん聴きに行きました。あの押田さんが入団してくれるとは嬉しい驚きでしたね~!


(押田)もともとReturns!の存在は知っていて、去年、定期演奏会も観に行ったんですけど、すごく楽しそうだなと思って。ただ、遠いのもあってドリルをやる自信がなくて。ドリルができないから入れないだろうと思っていたんです。2月に先輩方とご一緒した時に、Oさんが「一回練習を見に来なよ」と言ってくださったんです。


(荘司)(たまたま近くにいたOさんに向かって)Oが幸せそうな顔をしてこっちを見てます。


― Oさん、お名前出てきましたよ~(笑)。


(押田)Oさんに「ドリルをやる自信がないんです」って言ったら「演奏だけでも見に来なよ」と言ってくださって。


(荘司)そりゃそうだよ。アイツだってドリルやってないんだもん(笑)。


(押田)「曲は何をやっているんですか?」って聞いたら、あまりにもいい曲で。2曲は大学時代に演奏していて、1曲はやったことがないけれど、すごくやってみたいと思っていた曲で。いずれにしてもめっちゃ吹きたいと思って体験に行ったらすごく楽しかったので「入ります!」みたいな(笑)。


(荘司)いやぁ、いい子だ。スカウトマン(Oさん)の功績が大きいね。


― 何が楽しかったのか、詳しく聞かせていただけますか?


(押田)今まで社会人バンドを 3,4 こ経験しているんですけど、私が参加してきたバンドで共通して言えるのが、あまり基礎練習に時間を割けないんです。10分とか20分くらい各自音出ししたらチューニングをしてすぐに曲練習に入るというのが多くて。決して基礎を軽んじているわけではないのですが、だいたい一般バンドの演奏会は2部制で、それぞれ4曲くらいずつ演奏をするパターンが多いので、8曲を半年で仕上げることになります。そうすると、1回 3,4 時間の練習で 5,6 曲やるため、なかなか基礎練習に時間が取れないという事情もありますね。でも、基礎をやらないと曲も伸びなくてどん詰まってしまうんです。ある程度それっぽく吹けているようには聴こえるんですけど、細かいところがなかなか合わなくて完成度があまり伸びないというか先細ってしまうので。Returns!は、最初にしっかり30分くらい基礎練習の時間を取っているので、初めて練習に参加して基礎練習から久しぶりにやった時に曲練習での楽器の鳴りがすごく良くて、「そうそう、これがしたかったんだ!」と思いました。



じっくりと個人練習に取り組む押田さん。


― なるほど、そうだったんですね。


(押田)あとは、Returns!では演奏会の演奏ステージの曲が3曲なので、曲作りにじっくり取り組めるというのがあります。また、指揮の方が曲のイメージを強くお持ちだったので、それがすごく楽しくて。 時間が限られていると、指揮者が「こうやってください」と言って 1 回やらせて、「ああ、いいですね。じゃあ次に行きます」というふうになってしまうんです。言われてできても、次のところに進むと前にやったところを忘れてできなくなってしまったりするんですよね。何も言われなくても、自然に息をするように言われたことができるようにならないとちゃんと仕上がったとは言えないと思うんですけど、そのためには反復が必要なので。 Returns!はそれがちゃんとできていていいなと思いました。一度に 5,6 曲練習するというのは色々吹けて楽しい一方で、それぞれの曲の作りこみ度合は、1曲に割ける時間が短いほど浅くなってしまうので。Returns!は基礎にもそれぞれの曲にも丁寧に時間をかけているので、そういう意味で上手くなりたいと思う人にはすごくいいんじゃないかと思います。


後編【Returns!団員の素顔に迫る その5】に続く




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六大合演OBOGバンドReturns!第2回定期演奏会
2018年7月21日土曜日
江戸川区総合文化センター 大ホール
開場 15:00  開演 15:30
入場無料
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この記事は【Returns!団員の素顔に迫る その4 前編】山本さん with T軍団インタビューの続きです。


― ちなみに、村山さんと酒巻さんからご覧になった現役時代のリーダー山本さんはいかがでしたか?

(村山)一緒。変わらない。

(酒巻)優しい先輩のイメージでしたね。


応援部、応援団OBには昔はとても恐ろしい風貌だった方も多々いらっしゃいますが、山本さんは今と変わらず優しい雰囲気の方だったようですね。


― 東大のリーダーはみなさん優しい感じなんですか?

(村山)いや、人によります。

(酒巻)役職によるというか。

(山本)あと、生い立ちと。

― 生い立ち?!そこまで行きますか?!(笑)

(山本)1年の入部当初は、他大のリーダーに「あんな青っ白いヤツを入れて大丈夫か?」と言われていました。それくらい、弱々しく見えたらしいです。

― それまで運動はされていたんですか?

(山本)高校の時、剣道をやっていたんで体は出来ていましたが、1浪したので体がちょっと鈍ってましたね。

― いきなり激しいのに入られたんですね(笑)。

(山本)まあ、でもお陰様で体は頑丈にできていましたから大丈夫でした。

― そういえば、バンドリーダーの高尾さんも高校時代に剣道をされていて、以前インタビューの中で、剣道に比べて応援団は楽だったとおっしゃっていました。山本さんはいかがですか?高尾さんは吹奏楽なので、リーダーとはまた違うとは思いますが。

(山本)肉体的にはたしかに剣道の方が辛かったですが、リーダーは理不尽な練習という精神的な辛さがありましたね。拳立てとかうさぎとかアヒルとか。


精神的に鍛えられているからこそ、今ドリルにチャレンジ出来るのでしょうね!


― その辺もご自分の中では・・・。

(山本)修行ですね。

(一同)苦笑。

― 修行がお好きなんですね(笑)。それでは、先ほど少しお話ししてくださいましたが、Returns!に入られた経緯をお聞かせください。

(山本)すでにReturns!に入っている同期から「みんなそれぞれ仕事と家庭と両立しながらやっているから大丈夫だよ」「リーダーだったら楽譜を覚えるより体で覚えた方がいいんじゃないの?」とか、分かるようで分からないような励ましがあって、入ることにしました。


リーダー部卒の山本さんがReturns!に入団したのも六大学同期で仲が良いからこそですね!


― 実際に演奏をされてみていかがでしたか?

(山本)やっぱり見るのとやるのとは全然違って難しいですね。頭も錆びついちゃって。もう海馬が縮小しちゃってます。

― 海馬ですか、さすが東大(笑)。

(山本)今はお荷物状態ですけど、なんとか頑張りたいと思っています。


東大の人は「教え上手」な人が多いです。
個人のレベルに合わせた指導をしてくださいます。


― 楽しさはありますか?

(山本)ゴルフと同じで、OBばっかりの中、たまに1本真っ直ぐパーンと行くとスカッとするように、音が合ったという時はすごくエキサイトしますね。ただその割合が今は10パーセントくらいです(笑)。


演奏もドリルも、本番までにスカッと決まる割合がどこまで上がるか楽しみですね!


― では、続きまして村山さんと酒巻さんにお聞きします。お二人は中学高校(駒場東邦)時代の吹奏楽部の先輩後輩だということですが。酒巻さんは先輩の村山さんに誘われて東大応援部に入られたんですか?

(酒巻)誘われてはいないんですけど。村山さんは2つ上の先輩で、東大の応援部に入られた後、OBとして高校の吹奏楽の練習に遊びに来られたんです。坊主頭で。

(村山)僕が1年の時だね。スポーツ刈りにしていた。

(酒巻)急に坊主頭にしちゃって、先輩は何をやってるんだろうなと思っていた感じもあって(笑)。

(村山)高校の時は髪が長かったから。前髪を下ろして、このへん(肩のあたりを指す)まであったから。

(酒巻)そうですよね、全然キャラが違っちゃってて。遊びに来られた時の印象があったから、楽器を続けるなら応援部がいいなと思っていたかな。


第一回定期演奏会のドリルステージ。(リハ)
髪の長い村山さんも見てみたいですね!


― それはなぜですか?

(酒巻)何か楽しそうだなと思って。普通の吹奏楽やジャズとは違う空気があって。体育祭が盛んな高校だったんですよ。男子校だったんですけど。体育祭の応援が楽しくて、それもあって(応援部に惹かれた)かな。

(村山)慶應のクラリネットのM(H1年卒)は僕と酒巻の間にいたブラスバンド仲間。

― えー、私が1年の時の幹部の先輩です。中高時代のお仲間だったんですね。

(酒巻)慶應のリーダーのKくん(H3年卒)っているでしょう。

― はい、1つ上の先輩です。

(酒巻)彼も同じ駒東(駒場東邦)で、男子校の体育祭が楽しくてリーダーになっちゃった男。


第一回定期演奏会、演奏ステージにて。
東大OBが2名もいるわりに「頭脳<気合」な雰囲気のあるトロンボーンパート。


― 駒東出身者は応援部に入りたいっていう感じになるんですか?

(酒巻)なる人はなる(笑)。

(村山)僕も、高校の3つ上のトロンボーンの先輩が東大の応援部でドラムメジャーをされていて、その先輩に「神宮を観に来い」というお決まりのパターンで声をかけられました。大学入学直前の3月終わりに高校のイベントがあって、OBが集まったんです。その中に東大の先輩が二人いて、一人は応援部の吹奏楽団の先輩で、もう一人は応援部でない吹奏楽団の先輩で。両方から声をかけられました。最初に神宮に行ったら、「お前、なんで楽器を持ってこなかったんだ」と言われて。「まあいいから、ここに座れ」というありがちな流れで(笑)。

(酒巻)なし崩し的に(笑)。

(村山)そう。でも、面白そうだから入ってみようかなと。

― 応援部ではお二人ともドラムメジャーをされて、Returns!でもまたご一緒されていて、長いご縁ですね。中学生の時からおじさんに至るまで。

(山本)そういえば酒巻さん、この前、東大応援部の新人の青田買いをしてましたね(笑)。

(酒巻)そうそう。この前、東大応援部の新入部員とOBの飲み会があって行ってきました。Returns!というOBバンドがあるよとPRをしてきました。

(山本)リーダーでも将来Returns!に入る道があるよと(笑)。

(酒巻)そういう道もあるよと(笑)。


現役時代の酒巻さん。合宿でしょうか、メジャーバトンを持っています。


― どんな反応だったんですか?

(酒巻)これから応援部でやっていく1年生だから、いきなり何十年後の話をされても「は?」っていう感じだろうけど、一応「ああ、そうですか」とは言ってましたね(笑)。すごい遠い未来の話だからね。

(村山)まずは4年間続けてくださいって話だよね(笑)。


そして何十年後かにReturns!でもドラムメジャーをつとめている酒巻さん。
キリっとしたまなざしとドリルへの情熱は変わりません。


― 話は尽きませんが、そろそろお時間なので、最後に皆さんにとってのReturns!の魅力を教えてください。

(村山)僕は遅れてこのバンドに入ってきたんだけど、本当に一瞬で溶け込めた雰囲気がReturns!にはあったんです。世代や学校は違うけれど、やっぱり学生時代に同じことをやっていた共通の雰囲気や空気があるんじゃないかと思っています。非常に居心地がいいですね。それからもう一つは、Returns!は色んな意味で大人のバンドですよね。忙しくて練習に来れなくても、本番にはきちっと合わせて仕上げてくるところとか、それどころか本番の出来が一番良かったりとか。あと、曲作りもドリルも、メンバー同士で意見を出し合ってどんどんレベルを上げていく。そんなところがとても良いですね。


ホルンパートはReturns!でも結束のかたさを感じます。


(酒巻)自校だけではない、六大学合同演奏会のOBOGバンドであるという面白みかな。他の大学の人たちと付き合える幅の広さ、それはこれからも無限大に広がっていくんだろうけれど。あとは、なんせ吹くことが楽しい。結構まともに吹奏楽をがっつりやっているじゃないですか。ドリルもですけど。それは得難いですね。これだけちゃんとやっている楽団に、ハードル低く入ってこられるという。応援部の吹奏楽団を4年間やって良かったなと今改めて思いますね。

(山本)私はリーダーでしたが、当時、吹奏楽団のことがよく分からなかったんです。どういう練習をして、ああいう演奏会や応援が作られているのか。Returns!に入った今になってよく分かってきました。当時、リーダーとして知っているべきだったのに何も知らなかったという自分への反省とやり直しですね。その意味と、もう一つは50の手習いということで、どこまで新しいことができるんだろうという自分の世界を作ることができる喜びと新しい仲間がたくさんできる喜びを味わう場だなと思っています。

― 皆さん、今日はどうもありがとうございました。



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六大合演OBOGバンドReturns!

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