通信18-30 ガマの苦しみを味わっている | 青藍山研鑽通信

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作曲家太田哲也の創作ノート

 

 

新作、そいつはもうほとんど頭の中で出来あがっているはずなのに、どうしても書き出す事ができない。さらにまだ何か、などと思いながらじっとその何かを待っている。こんな私から流れ出て来るものといえば、それは音などではなく、ガマの油さながらの冷や汗さ。じっと自分の中にある何かを見つめながら、たあらたらたらと汗を流し続ける。

 

うん、ガマの油ってものこんなもんじゃあなかったっけ。前足の指が四本、後ろ足の指が六本という奇怪(きっかいと読んでいただきたい)な形状から四六のガマと呼ばれる、そのガマを、四方を鏡で囲んだ網に閉じ込める。ガマは鏡に映ったおのれの姿に驚いて、たあらりたらりと油汗を流し続ける。その汗を四七が二十九日、うん、このあたりの数字はどうも怪しい、私は数字を暗記するのが子供の頃から大の苦手だ、ともかくその汗を、とおろりとろりと煮込んで出来あがったのがこの軍中膏は「ガマの膏」って訳だ。「このガマの膏を塗ればどんな傷でもぴたりと血が止まる・・・あれ、止まらない・・・おお、止まらない・・・お立会、血止めはないか」ってのが落語「ガマの膏」のサゲだ。

 

 

なかなか新作を書き出せないでいるってのは、要するにあれこれ欲張り過ぎなのさ。昔からそうだ。一時間の曲であろうと、三分の小品であろうと、自分のこれまでのすべてを一気に詰め込もうとするんだ。ごみ出し日に、家中のごみをぱんぱんに詰め込もうとする賢い奥様みたいにさ、おいおい、もうごみ袋はやぶれる寸前だぜ、そいつはポリエチレンか何かで出来ているんだろう、ゴム製かなんかと勘違いしてはいないかい。

 

 

これまでの見た事、聴いた事のすべてを、心が動いた事なら何だって、綺麗なお姉さんの微かな残り香までもさ、ともかく書き留めたいんだ。それならいっそ、原稿用紙千枚ぐらいを惜しみなく使って、最後の大作を書けばいいじゃあないか。まあ、そりゃあそうなんだが、ともかく今、夏の盛りに教会で演奏する連作を仕上げなけりゃあならないんだ。

 

 

あまり偉い人の話を引き合いに出すのは大いに気が引けるが、かのパブロ・ピカソ大先生は食事中、たまたま居合わせた女性に絵を所望され、手元にあったナプキンにさらさらと何かを書き付け、それを女性に渡しながら、とんでもない料金を要求したそうだ。あなたはこの絵をたった三十秒で書いたじゃあないかと抗議する女性に向かって、いや、この絵を描くのに自分は三十年と三十秒をかけたと言い放ったそうだ。

 

 

幕末から明治にかけて活躍した天才絵師の河鍋暁斎は、自身の鴉の絵に、当時家が一軒建つほどの値段をつけて出品した。たかが鴉一羽にとんでもない値段をつけたと批判された暁斎は、これはもちろん鴉一羽の値段などではなく、それまでの自分の絵師としての経験のすべてを込めた値段だというような事を言ったらしい。

 

 

うん、やはり物書きはこうありたいね。才能の違いはあれども、作品に向かう姿勢だけはそう貫きたいと思っているのさ、などとうそぶき、原稿用紙を放り出したままごろごろと過ごす。今は酒を断っているので、ひたすら七転八倒するだけだね。ああ、いっその事どんたく見物にでも出掛けてみようかね。ここ数年どんたくを見掛けるが、それはたまたま近所にすんでいるからという話であってさ、きちんと見た事はないんだよな。祭りは嫌いではないが、うん、ただ神様の存在しない祭りにはほとんど興味がない。当然、永谷園のお茶漬け祭りにも、ヤマザキ春のパン祭りにも興味などない。東海道五十三次カードも、ミッフィーの絵皿も欲しくない。

 

 

あっ、でもこの博多どんたく、実はまったく神事に無関係っていう訳でもないんだよね。確かどこかで何かを祀っているという話を呼んだ記憶が微かにある。ううん、こんな事、どうやって調べればいいんだろうか。

 

 

                                        

                   2018. 5. 4.