通信18-27 ホエイパウダー? | 青藍山研鑽通信

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作曲家太田哲也の創作ノート

 


突然、右の視力が大きく落ちている事に気付いた。残念ながら、このブログを書く時の文字の拡大率も以前よりいささか上げている。投稿する時は、いつも通りの倍率に戻すので、実はアップされた状態の自分の記事を読む事はできない。多分、「てをには」に関しては大いに間違いがあると思うのだが、その確認作業も怠っている。飯の種になる原稿ならば、目を画面にべったりと張り付かせても、誤字のチェックをするんだが、うん、たかがブログじゃあないかなどと横着な事を思っているんだ。

 


視力ってやつには大いに波がある。今朝はあまりよくないなというような時に書く文章には、自分でもまったく言葉の粘りがないように思える。目が悪い時は、ただただ書き終わる事だけを夢見て、ふらふらと酔っ払ったように筆を進めてゆくんだ。

 


それにしても突然に視力が落ちる原因はなんだろう。パソコンの使いすぎ?栄養不良?睡眠不足?疲労の蓄積?子供の頃の友人たちの悪口を書き続けてばちが当たった?うん、何でもいいさ、何はともあれ良く見えない、それだけさ。

 


先月、十数年ぶりに母親と会って話をした。近くで顔をみるのは随分と久しぶりだ。歳の割には元気じゃあないかと思ったが、如何せん目が見えないのが痛々しい。母親は眼病を患って久しい。遺伝性の眼病だ。ああ、私もいずれはこうなるのだろうかなどと憂鬱な気持ちでその姿を眺める。この眼病は隔世遺伝だよと慰めてくれる知人もいたが、うん、実は私の祖母も同じ病気を患っていたんだ。

 


母親の病気は、著しく視野が狭まるという症状が特徴らしい。中心に向かってどんどん視野が狭まり、今では針穴から世間を覗いているような状態だという。さらにここ数年は白内障を併発したらしく、調子が悪い時には、目の前にほとんど白濁した風景が広がっているだけだという。

 


まあ、そんな事はどうでもいいさね。小学校の時の記憶を呼び戻させる原因になったまずい食材、その中の最たるもの、怪しいマーガリン、とうとうそいつを捨ててしまった。うん、どうしても耐えがたくなったんだ。その妙に甘ったるい臭いに。しかも炒めものに使うと、なにやら白濁して、出来あがった料理が何となく白味がかって見えるんだ。そのマーガリン、一体何が入っているんだろうかと成分表を見るが、元々その手の知識など何もない自分に分かろうはずもない。

 


植物油脂、食塩、乳化剤・・・、うん?このホエイパウダーってのは何だろう?ホエイ?何か知らないが何となく楽しそうだね。そういえばヨーグルトの上澄みの水分、あの水の名前は確かホエーとかいうんだよね。何だか赤塚不二夫先生の漫画を思い出させるじゃあないか。

 


食べる事にほとんど興味のない私だが、実は密かに作り続けている料理がある。月に一二度、何故かオムレツを作ってしまうんだ。人のために料理を作る事はしばしばあるが、自分のために美味しい料理を作ろうと思うのは、ことオムレツを作る時だけだ。このオムレツ、あらゆる材料の味を直接に映し出す、最も繊細な料理、これがそのマーガリンによって糞不味い食い物になってしまったんだ。

 


それにしても、何故か人は不味い食い物の記憶を辿る時、活き活きとなるなあと思っている。いつぞや博多駅の裏の焼鳥屋に数人で入った時の事。その店で出て来る料理がことごとく不味かったんだ。何故か、看板メニューの焼鳥が信じられないほど不味い。そいつは恐ろしく冷たかった。その肉は縮み、かちかちに固まっていて、いくら噛んでも口の中でほぐれる事はなかった。完全に冷え切った関係の恋人を、それでも何とか少しでも和ませようとあれこれ話し掛けてみるんだが、一向に相手の心は開かれない、うん、何故焼き鳥を食いながらこんな連想をしなければならないんだろうかと不思議な気持ちになった。

 


そんな物を食いながらの会話、目の前の焼鳥からどんどんバリエーションが膨らみ、これまでの人生でそれぞれが食った最も不味い物の事へと話は進んで行った。皆で協議した結果、最も不味い物は、国民宿舎とかでよく出て来る鱶の湯引きに酢味噌を掛けたものとなった。ううううん、なるほど。私個人として、うん、口に出しては言わなかったが、小学校一二年の頃、給食に出ていた「オレンジきんとん」とかいう食い物だ。薄気味悪い酸っぱさが、たちまち口の中に広がる。そいつが給食のトレイに乗って現れた時の、鷲崎じゅんこの反応といえば・・・。いや、もういい。小学校の時の思い出はもう充分だ。さあ、先に進もう。

 


                                      2018. 4. 28.