知人に二人の男性の30歳前後の兄弟がいます。
二人共同じ両親から生まれたのですが兄の方が欲望が顔に出ているのに対して弟は顔が穏やかで温和な雰囲気の若者なのです。
当然対応する方も兄貴の方は気を許さず弟の方では腹を割って話すようになってしまいます。
一人一人の人間はこの世に一人しかいない、又、これからも生まれるはずのない命を賜った命であり自分だけの人相を賜って生まれてきたのです。
あの人は最近、人相が変わったなどという言葉を聞くことがあります。
人相はその人の行動、仕草、心の持ちようなどから変わるのでしょう。
朱に交われば赤くなると申しますが、どちらかと言うと悪い方に染まる諺のようです。
タバコを捨てる所は人が捨ててある所に捨てるようですが人が捨ててあるのだから俺が捨てても大した悪事にはならないというような真理が働くのでしょう。
そのような真理が働き悪の道に入り込んでしまうのです。人相が変わる程良くなるにはどのような事が考えられるのでしょうか。基本的には心の大変革がなければ変えられないのではないでしょうか。身心一如(しんじん-いちにょ)という仏教の言葉があります。
肉体と精神は一体のもので、分けることができず、一つのものの両面であるという意味です。
身心ともに充実していること。物事に一心に集中しているさま。
「身心」はからだと心。
「一如」は真理は、ただ一つである意です。
善事の積み重ねが人相を変えるまでに至るのでしょう。
しかし基本になる心が変わらなければ体までには至らないのではないでしょうか。
行動が変われば心が変わるとは言えないのではないだろうか。さて己の人相を見てみましょう。
「情けは人の為ならず」(人に親切にすれば、その相手のためになるだけでなく、やがてはよい報いとなって自分にもどってくる、ということ。)の人相を備えたいものです。
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