「おおっ、これは見事な彫り物ですねぇ」
「ああどうも。いやまぁ若気の至りで。今じゃ入れるお風呂屋さんを探すのに苦労するばかりです」
「刺青って、やっぱり相当痛いんでしょうね?」
「いや20代の頃はねぇ、強がって全然痛くないなんて。今は注射でも痛いですよ」
「あはは。コロナワクチンの筋注は痛かったですねぇ」
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今日も雨がシトシト。外に出る気が起きず、雨戸も開けなかった。
夕方投稿した記事も実は昨日の写真。
早めの晩ご飯を食べて外を見ると、雨がほぼ止んでいるようだ。
それなら銭湯に行くかな。ちょうどスタンプカードが一杯な(前回「あと一つだからおまけで押しちゃいましょうね」とまたしてもおまけで一杯にしてくれた)ので、無料で入れることだし。
ところが行きつけのお風呂屋さんへ行ってみると、なんと月に一度の定休日。そういえば第3火曜だったっけ。
東泉寺の庫裡に戻ってお風呂を沸かしてもいいけれど、何となく大きな湯船に浸かる気分になってしまっているので、他を探してみた。
木更津駅の周辺、下町とでもいうのだろうか、そのあたりに何軒かある。ここから車で10分。なら行ってみよう。
町医者とか床屋なんかだと、定休日が重なることがよくあるけれど、ここは毎週水曜が定休と。よかった。
行きつけのところと違ってここは割と伝統的な感じの銭湯で、食堂も美容室もマッサージ店もなく、番台があり、壁には富士山と桜と松のタイル画。
料金はサウナ別で450円。安い。
下駄箱も脱衣所のロッカーも、コインを必要としない昔ながらのタイプ。
服を脱いでいると、脱衣所の縁側から一服を終えた人が戻ってきて、一つ置いた隣のロッカーを開けて服を脱ぎ始めた。
見ると、肩・腕・背中・腰から足に至るまで、全身に刺青がある。
そういえば、この銭湯の入り口には「刺青のある方はご遠慮下さい」という断り書きがなかった。
見回すと、ほかにもワンポイントのタトゥーなんかがある人もいる。彼らの安住の地なのだろう。
眼鏡をかけたスマートなおじさんだったので、……あ、失礼。自分の年齢を考えればほぼ同年代かな、つい声をかけてしまったわけだ。
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刺青の彼は馴染み客と見えてスタスタと、掛け湯をした後でサウナ、水風呂、縁側、サウナ、とグルグルやっている。
こちらは初めての銭湯なのでキョロキョロと、出の良いシャワーをさがし、もたもた身体を洗い始めた。
そのうち彼も、あらかじめ置いてあった「銭湯カゴ」のところへやってきて、身体を洗い始めた。それが私の隣のカランだった。
彼が頭を洗って目をつぶっている隙によく見ると、腕には龍や椿(?)、そして背中は見事な仏像。観音様かな?
自分のタオルで鏡のくもりを丹念に拭き、今度は剃刀で眉を細く剃っている。なかなかおしゃれに気を遣う人のようだ。
また話しかけようかとも思ったが、あんまり馴れ馴れしすぎるのもどうかと自重し、私は湯船を物色。
なんとまあ「草津の湯」なんて湯船がある。わざわざ硫黄泉を運んで来たのだろうか、有り難く堪能させてもらった。
湯船から見ていると彼は、カランの前から立ち上がると桶で湯船から湯を汲み、自分の使ったカランの前をきれいに流している。
こういうところは、スーパー銭湯などと違っているところ。
地元の人が自分の風呂場のようにきれいに使う。みんなそうしている。良い気分だ。
熱い湯、水風呂、ぬるめの草津の湯、熱い湯、電気風呂……はパスしてまた草津の湯、とグルグル。
ちょっとのぼせてきたので身体を冷まそうと、脱衣所へ。クーラーなんか使っていないので、自然の涼しさで大変よろしい。
籐編みの脱衣カゴや古風な体重計も、良い感じだねぇ。
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そこへ刺青の彼も上がってきて、さっと服を身につけると、また縁側へ出てタバコに火を着けた。
だいぶのぼせていたので、私も手拭いだけで縁側に出てみることにした。
すっかり満足そうにタバコをくゆらしている彼に、今度は思い切って声をかけてみた。
「背中は観音様ですか? やっぱり刺青は"和"が良いですねぇ。最近だと髑髏とか金髪の女性とか、なんだかなぁって思いますよ」
「普賢菩薩なんです。私の彫り師さんは古風な人でね、生まれ年で決まっている仏像を彫ってくれたんです」
「はー、そういうのがあるんですね。近所の方で?」
「沖縄です」
「へ? ご旅行ですか?」
「いや、袖ケ浦に住んでますけど、コレがあるから入れる銭湯がね? 出身が沖縄です」
「ほう、沖縄。ちょっと関西弁かなと思ったんですけど」
「大阪に長く出稼ぎで出ていて、大震災を機にこっちの方に来たんですよ。勤め先は東京ですけど、住むにはこっちの方が良いですね」
「そうそう。私も今年になってから事実上木更津に住んでいるんですけれど、いいところですよねぇ。じゃ、アクアラインで通勤?」
「そうです。品川や大田区あたりの現場が多いですから、近いですね」
「私も川崎に自宅があるんですけど、すぐ近くって感じですね」
「おお、川崎の現場も前によく通ってました。川崎や港北あたりにも先輩や後輩達がたくさん住んでますよ。ペンキ屋とか左官とか色々」
「なるほど、出稼ぎの人が多い町ってことですね。工場も多いし街も拡大してるし。失礼ですけどご職業は?」
「ダンプの運転手です。個人経営で、公共事業じゃない工事とかの現場の注文を取るんです」
「いや個人経営は大変でしょう。下請けの下請けとかなっちゃったら、仕事がきついばかりでマージンをシコタマ取られて」
「私は大手の業者から直接注文を取るんで、ずいぶんマシですよ。でなきゃ家族も養えない」
「ご家族もこちらへ一緒に?」
「そう、長男は24,5になるので沖縄にいますけど、女房と小さな子は一緒に袖ケ浦に住んでます。家賃が東京側よりずーっと安いし、子どもに優しい町なんです」
「へー、袖ケ浦は子育て支援に力を入れているんですね。でも、子どもを育てるなら沖縄は良いところじゃないですか?」
「まあ小さいうちはそうですけど、学校や、その後の就職がねぇ」
「沖縄は失業率が一番高いですからね。若い人は特に大変でしょう」
「そうなんです。袖ケ浦は工場が多いからか、税収が良いらしいですよ。沖縄に住所を置いておくと、とんでもなく高い税金を取られちゃうから、こちらに住所を移したんです」
「なるほど。それにしても個人経営は大変でしょう。かくかくしかじかのワケで木更津で暮らしてますけど、私はサラリーマンなんです。最近いろんな人と話して、個人事業主がいかに大変か、分かってきたところなんです」
「家もお金もなかなか借りられないしねぇ。でも気楽ではありますよ。あ、子どもの声がしたかな。出たらしい」
「ああ、ご家族で銭湯でしたか」
「それじゃ。また今度ゆっくり」
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裸で縁側にいたのでほどよく冷えて、またぞろ湯船(s)を巡って、すっかり満足してから上がった。
おや、コイン投入式じゃなくて、賽銭箱式なのね。
ちょっと気を惹かれて20円をチャリチャリーン。
ほとんどドライヤーなんて必要としないのに。
散髪は1回税込み1,000円という格安の床屋さん。
最初の時には9ミリのバリカンで刈ってもらった。次の時は6ミリ。そして昨日、3回目には3ミリにしてみた。
床屋のおば……おねえさんにはすっかり顔を覚えられて、「お寺の人ね」と言われるようになってしまった。
さて、番台の前まで出て、熱帯魚の水槽などを眺め、コーヒー牛乳……はちょっと高いから紙パックのオレンジジュースを購入。
買うのを口実に、番台の女将さんにも声をかけてみた。
「いやあ、普段行っているところよりも安くて助かりました。でも石油が高いから経営は大変でしょう?」
「銭湯の料金は決まっているんですよ。それにうちは廃油と薪を使っているから。。。」
ちょっと恥ずかしそうに言う女将さん。別に後ろめたいことなんてないでしょうに。
「ああ、石油の工場とかたくさんありますからねぇ。それはいいですね」
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ここは車社会。車がないと色々不便だけれども、車で5分のところが15分になっても大差はない。
清潔感のある銭湯だし、何より客層が私の好みだ。
これからも、ちょくちょく行くことにしよう。