いやぁ~、グラついてますなぁ。
もうグラッグラですわ、足元。
どんだけ軸ブレとんねん、と。
何のことかって?
アヴリル・ラヴィーンのことに決まってるでしょうよ。
別に大して詳しいわけではないという前置きをした上で、この近年のアヴリルのグラグラっぷりについて少し語らせていただきますよ。


高校時代、ロックにかぶれたてホヤホヤの陰気な包茎ボーイ(あらゆる意味でね)のボクの目には、彼女のデビューはあまりにも鮮やかに映った。
整い過ぎなルックス、どこかハスッパな印象を受ける歌い方、オシャレメーター振り切れなPV、若者ウケするキャッチーなメロディー(表現が陳腐だが)など、どこを取ってもケチの付けようが無かった。
NEWEST MODELやJAGATARAとかで脳ミソ侵されまくった今じゃ考えられないが、当時はホントに真っ当にいい曲だなぁと思っていた。
「Sk8er Boi」て!
そんなところで8を有効利用しちゃうか~、なんだこのオシャレさはって思ってたからね。
今になって思えばむしろダサいような気さえするのに…。
アルバムも買ったもんな~。
1st『Let Go』の来日記念盤。
PVが収録されたDVDが付いてるってんで、こりゃ買いだ、と。
まぁ買ったら買ったでそないに何回も見るもんでもなかったのだが…。
で、まぁその何年後かにSUM41のメンバーの誰かと結婚したりして、やっぱパンク!と思った。

しかし、あれはもう2~3年ぐらい前かなぁ、何か♪ヘイヘイユーユーなんちゃらガールフレ~ンとか言ってる曲あったでしょ?
アレ初めてPV見た時に何かアヴリル、ダイジョブか?って思った。
だってワンナイのゴリエが歌っててもおかしくないようなしょっぱいメロディーでさぁ、Hey Hey You Youってまた聴き取りやすい中1英語。
そして何より笑ってやがんの。
彼女の魅力は仏頂面だったはずなのに笑顔で歌っちゃダメでしょう。
んでダメ押しに何ヵ国語かに訳してバージョン違いもそれぞれの国で配信する(間違った情報だったらスンマセン)みたいなこともやっちゃってさ。
勿論日本語バージョンも存在して、それをめざましテレビかなんかで女子アナ風情にキャッキャ言われながら紹介されて(それはええがな)。
何だかなぁ~と思った。

で、それから幾年かを経て、つい先頃公開になったジョニー・デップ主演の映画「アリス・イン・ワンダーランド」の主題歌をアヴリルが歌ってるんですが、コレがまたなかなかドイヒーなことになっとるんですわ。
もうね、バッリバリにテイラー・スウィフト(近頃人気のカントリーシンガー)意識した荘厳な曲で、パンクの"パ"の字も感じることが出来やしねぇ。
うわ~、毒されきっちゃったよ~なんて思っていた矢先に、極めつけのデカイの一発かまされましたわ。
プロアクティブのCM出演ね。
アカンて、パンクスがニキビ気にしてどないすんねん!
リアルタイムで見てた世代の青春ぶち壊しですわ。
そこらのジャリタレとちゃうで。
天下のアヴリル・ラヴィーンでっせ。
ハァ~、残念だぁ。

もうあとは白鶴まるのCMにだけは出ないことを切に願います(世の中何が起こるか分からんからね)。
前々回、知識について書いたんですが、まだ書きたいことがありました。


つい先日、テレビのバラエティー番組を見ていたら、ある芸人の方が、BGMのリズムに乗せて様々なリアクションを見せるというようなVTRが流れていました。
んでそのBGMってのがボクの好きな曲だったわけです。
するとね、何だかちょっとだけイラッとしてしまったんですよ。
勿論、その芸人の方が嫌いだとかそんなんじゃないんです。
でもイラッとしたのは事実なんです。

何故イラッとしたかってね、それはボクの好きな曲を茶化されて、弄ばれてるような気がしたからです。
その芸人の方が明らかに悪意を込めて、その曲を茶化したのならまだしも、そうではないのも画面を通じて伝わってきたし、そのVTR自体もBGMと相まっていい感じの仕上がりでした。

そんなに理解していながら…ですよ。
これはイカンな~と思う。
これじゃまるでヨン様の物真似をした芸人をこれでもかという程糾弾する腐れクレイジーババアと大差ないじゃないか、と。


でね、色々考えて思ったんですが、知識の吸収は時に弊害も生むってことなんです。
ボクはあらゆる職業の中でお笑い芸人という職業を最も尊敬しています。
それこそ芸人ってだけでもう手放しで尊敬するってなもんですよ。
なのに、なまじ流れていた曲も好きだっただけに、ボクは本来なら笑えるものを笑うことが出来なかった。
ボクは自分の身の回りで起こっている"笑い"を一つ残らず掬い上げたいと日々思っている。
だからこのような取り逃がしはすごく悔しい。
知識への(過剰な)執着や愛着は、自分と笑いとの間に隔たりを生む。
今回はそれが最悪な形となって働いたケースだと思う。


でもね、実はこの話矛盾してるんです。
その矛盾こそが今回ボク自身一番ショックだったことなんです。
それは何かと言うと、「笑いが一番」だと考えているならば歌風情が入り込む余地などないはずなんです。
即ちボクは「笑いが一番」だと思い込んでいるが、結局のところ"笑い"と"歌"を等価値、あるいはそれ以上と捉えているんじゃないだろうか、と。
別にいーじゃねぇかって話なんだけども、ボクにしてみりゃ大問題。
やっぱりねぇ、面白い人ってのは"笑い以外の物"との距離の取り方がうまいんだ。
"笑い以外の物"に本来在るべき"笑い"を殺されないように上手な距離感を保って生活してる。
ボクなんかまだまだ駄目だなぁと思った次第で御座います。
知識にボク自身が吸収されちゃってるからね。


まぁでも最後に毒を吐き散らかさせていただくと、"笑い以外の物"が"笑い"を殺している奴の代表格のようなイチャモン付けのババア共は、知識のもたらす弊害など微塵も考えず、我こそ正義と言わんばかりに面白いものを踏み潰していく。
あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙~、腹立つわ~!
もう堪らんわ!
頼むから早よ死ねやー!!!
前回、己の知識不足について書いたが、実はこんなもんは簡単に補えるどころか、補って余りあるものがこの世には存在する。
それは"センス"である。
この世に数多ある才能の中でも、最も万人に欲しがられる才能である。
「努力出来るのも才能だ」なんてことを言うが、そんな才能よりも、やっぱり"センス"という名の才能の方が誰だって欲しいでしょ?
センス=才能と言っても過言ではない。
現に天才と呼ばれる人間は努力の量よりもセンスの方が飛び抜けてるケースが多い(と思う)。
ツービートの漫才なんてセンスのみで勝負して、大勝ちしてる印象を受ける。

こんなことを書いて、何もボク自身がセンスがあるから知識なんて必要ないのだ、と傲りたいわけではない。
むしろボクはそのどちらも持っていないから途方に暮れているのだ。
そんなんだからこそ他人の"センス"には敏感に反応してしまう。
そんなボクの大好物の"センス"を垣間見せられた漫画があるので紹介したい。

安野モヨコ原作「働きマン」

アニメやドラマ化もされたヒット作なので、御存知の方も多いと思うが、一応あらすじを。
…雑誌編集者の松方弘子(28歳・独身)が職場の同僚や恋人、取材対象者らとの交流や、自分を取り巻く環境から様々なことを学んだり悩んだりする姿とその心の揺れを、時にシリアスに、時にユーモラスに描いた物語…
みたいなことですかね。
まぁざっくりと、概ねこんな感じです。
んでこれの単行本4巻のvol.28「木瓜に水やるマン」って回の1シーンなんですけども。
班交代によって事件班に配属された松方が、デスク(その班のリーダー)の突然の入院によって、急遽代理を務めることになる。
自分より先輩も多くいる中、配属されたばかりの自分がどのようにして動けば班を統制することが出来るのか手探り状態の中、ある事件が起こる。
事件班の先輩である波多野が捏造記事を書いたのだ。
取材相手と連絡が取れなかった為、直接話を聞かずに、ある程度推測して記事を書いて、その記事を読んだ本来の取材相手からクレームが…。
編集長の命令で波多野と共に取材相手に謝罪に行くことになった松方は、道中、波多野のやる気の無い態度と開き直ったような発言に「自分のした事わかってんですか」とキレる。
その瞬間、波多野がウンコを踏む。
「くそ…」と呟きながら道路の縁に靴を擦り付ける波多野。
それを心で「うんこ踏んだのか」と思いながら冷静に見守る松方。


どうですか、この緊張と緩和。
ボクはもうこのシーンで完全にエクスタシーに達してますよ。
まぁ実際に読んだ方が伝わるとは思いますが、凄いと思いません?
本筋と全く関係ないんですよ、このシーンは。
でも読み手にリアリティーを与えるという意味では物凄く重要なシーンなんです。
現実世界では大事な時に限ってこんなことになったりするじゃない。
特に波多野のような鈍臭い奴には、そりゃもう付いて回るんです。
やっぱりねぇ、こういう細かい描写ってのがジワジワと効いてきて虜になってしまうんでしょうな。
センスで勝負してるわ~。
ホントさすがですな、安野先生は。
このセンスには参った。


なんだろか、この文章の後半のジジクサさ加減は…。
何だか薄っぺらな文章のような気もするし…。
まぁいっか、別にどーでも。