ゆらゆら帝国
「ゆらゆら帝国Ⅲ」(2001)
本来カッコよくなり得ないような題材を、創作力とセンスでもってカッコいい作品に仕上げてしまう人達というのはどの世界にも僅かながら存在する。
ゆらゆら帝国はまさにその究極であろう。
彼等は類い稀なる言語感覚と音楽的センスで世に氾濫するダサさの根源を丁寧に掬い取り、多分に偏愛に満ちた視線でそれらを再構築し、一級品に仕立て上げる。
「ラメのパンタロン」なんて曲を一切の疑いの余地なくカッコよく成立させることが出来るのは、世の中広しと言えども彼等ぐらいではないか。
しかし、いくらカッコいいとは言え、この排他的国民性の日本に於いて彼等のような所謂アングラ音楽が広く一般に浸透することは困難を極めるし、そもそもそんなことを求める必要など毛程もない。
にも拘わらず彼等は爆発的ヒットこそしなかったが、解散までの長きに亘ってメジャーのフィールドで活躍し続けた。
そんな狂人の如き離れ業を成すことが可能だったのは何よりも彼等の突出したポップセンスが要因であろう。
鼓膜を破壊させる為だけに鳴らされる非常なる轟音の中であっても、脳髄から徐々に全身がとろ~りと溶け出し、半径5メートルの空間をサイケデリックなうねりで包んで歪めてしまうような危うげな音の中でさえも、そのポップさが失われることはない。
そしてその生粋のポップセンスは楽曲だけに限ったことではなく、ジャケットやステッカーなどのアートワークにも遺憾無く発揮されている。
事実、ボクがゆらゆら帝国を聴き出したのは高1の時だったが、ジャケットのカワイさに釣られて手にしたのであって、このポップさが無ければ、手にするまで更にあと3年は遅れたであろうと思う。
彼等のポップさについて散々書いてから何だが、本当の魅力はそのポップさを笠に着て、その実とんでもないダークさを同じかそれ以上放出させているという狡猾さにある。
一筋縄ではいかないねじくれ曲がった楽曲から彼等の人格が透けて見えたかのように思えた瞬間、いとも容易く煙に巻かれ、いつだって彼等は聴く者をひとりぼっちにする。
取り残されても不思議とちっとも不快でないその孤独感をボクは"オンリーワン"という解釈にすり替え、寧ろ彼等の真の理解者は自分だけなのだと思い込むことによって、自分自身を救済してきた。
他人にまで"わかってほしい"とは思わない。
所詮クラブのトイレで立ちバックしてるような足りない奴等にはゆらゆら帝国も、そしてボクのことも、何が何やら"頭炭酸"状態だろう。
そんな奴等にまで理解してもらおうと思う程ボクはまだ飢えてはいない。
そんなもん欲しがるようになったらそれはただの乞食でしかない。
ボクは"異常なし"。
間違いなく。
「ゆらゆら帝国Ⅲ」(2001)
本来カッコよくなり得ないような題材を、創作力とセンスでもってカッコいい作品に仕上げてしまう人達というのはどの世界にも僅かながら存在する。
ゆらゆら帝国はまさにその究極であろう。
彼等は類い稀なる言語感覚と音楽的センスで世に氾濫するダサさの根源を丁寧に掬い取り、多分に偏愛に満ちた視線でそれらを再構築し、一級品に仕立て上げる。
「ラメのパンタロン」なんて曲を一切の疑いの余地なくカッコよく成立させることが出来るのは、世の中広しと言えども彼等ぐらいではないか。
しかし、いくらカッコいいとは言え、この排他的国民性の日本に於いて彼等のような所謂アングラ音楽が広く一般に浸透することは困難を極めるし、そもそもそんなことを求める必要など毛程もない。
にも拘わらず彼等は爆発的ヒットこそしなかったが、解散までの長きに亘ってメジャーのフィールドで活躍し続けた。
そんな狂人の如き離れ業を成すことが可能だったのは何よりも彼等の突出したポップセンスが要因であろう。
鼓膜を破壊させる為だけに鳴らされる非常なる轟音の中であっても、脳髄から徐々に全身がとろ~りと溶け出し、半径5メートルの空間をサイケデリックなうねりで包んで歪めてしまうような危うげな音の中でさえも、そのポップさが失われることはない。
そしてその生粋のポップセンスは楽曲だけに限ったことではなく、ジャケットやステッカーなどのアートワークにも遺憾無く発揮されている。
事実、ボクがゆらゆら帝国を聴き出したのは高1の時だったが、ジャケットのカワイさに釣られて手にしたのであって、このポップさが無ければ、手にするまで更にあと3年は遅れたであろうと思う。
彼等のポップさについて散々書いてから何だが、本当の魅力はそのポップさを笠に着て、その実とんでもないダークさを同じかそれ以上放出させているという狡猾さにある。
一筋縄ではいかないねじくれ曲がった楽曲から彼等の人格が透けて見えたかのように思えた瞬間、いとも容易く煙に巻かれ、いつだって彼等は聴く者をひとりぼっちにする。
取り残されても不思議とちっとも不快でないその孤独感をボクは"オンリーワン"という解釈にすり替え、寧ろ彼等の真の理解者は自分だけなのだと思い込むことによって、自分自身を救済してきた。
他人にまで"わかってほしい"とは思わない。
所詮クラブのトイレで立ちバックしてるような足りない奴等にはゆらゆら帝国も、そしてボクのことも、何が何やら"頭炭酸"状態だろう。
そんな奴等にまで理解してもらおうと思う程ボクはまだ飢えてはいない。
そんなもん欲しがるようになったらそれはただの乞食でしかない。
ボクは"異常なし"。
間違いなく。