このブログで今まで散々偉そうに講釈垂れたり、他人のことをゴミクズのようにこきおろしたりしましたが、ボクはそういう傲慢な人間ではないのだということを今回は主張したいと思います。
確かに傲慢な部分はある。
否、多分にあるとは思うが、すごく謙虚で自信なんて微塵も感じられない童貞のチンポみたいな部分も自分の中には存在しているのだ。
そういうことを今回は書かせていただく。


つい最近、職場の先輩とサシでがっつり喋る機会があって、その時に「お前は、例えば物事に3種類の見え方や考え方があったとしても、その内1つの見え方だけを捉えて語ろうとする」と言われた。
要するに偏った考え方をしているということだ。
思い当たる節がありすぎて絶望的な気分になった。
言われてみればボクは(ある程度頭のきれる)目上の人間とそういった議論めいたものに発展しても必ずと言っていいほど論破される。
年下の人間だとそういうことはないのだが、それはめんどくせぇからウンウンと頷いてくれているだけなのかもしれない。
あぁ何と浅はかなことか。
これじゃ物言えぬ年下を掴まえて顔射し放題の、とんだサディスティック鬼畜ッカーじゃないか。
己の下卑た根性が心底イヤになる。

少し話を戻してその先輩のことに触れると、彼は頭が非常に良いとボクは思う。
まず知識量が多い。
それも偏ったものではなく、様々なことをまんべんなく知っていて、尚且つ頭の中でキチンとそれが整理されている。
だからここぞという時にとっておきのものを提示することが出来るのだ。
しかもただ単にどこかから仕入れた知識をそのまま引用するわけではなく、人から得た知識に基づいて独自の考え方もちゃんと展開する。
聞いてるこちらからすれば、そりゃもう説得力がハンパじゃない。
しかもまた彼は自分の見せ方がうまいんだ。
ともすれば理論武装してるスカした野郎に見えてもおかしくないのに、意外にそんな風には見えないのだ。
何でしょう、嫌味が無いっていうかね。


それに引き換えこのボクときたら知識が偏っているだけでなく、知識の吸収を正確に行えていないのだ。
どういうことかと言うと、例えば本を読んでいてすごく感銘を受けた部分があっても、それを人に説明するとなるとうまく出来ない。
なぜなら正確に覚えていないから。
半分ぐらいしか記憶できていないから、肝心な部分がごっそり抜け落ちていたりする。
これじゃあ聞いてる相手も理解を示せまい。
にも関わらず何故に意気がって人にそれを披露しようとしてしまうのか?
酷い時は感銘を受けたくせに何一つ覚えていない時もあるしね。

その他にも、先にも述べたが議論になった際、ボクはよく論破される。
気が付いたら「なるほど」ばっか言ってる自分がいる。
何故こんなことになってしまうのかと言うと、相手の意見に対して切り返す言葉が見つからないのだ。
これはまずボクの意見や考え方が穴だらけなので相手にそこを攻められる。
そんでもって自分の想定外の意見が相手から飛び出すとあたふたしてしまい、何も切り返すことが出来ないアドリブの弱さ。
まぁアドリブの弱さ以前に考え方の底が浅いから単純に何も返す言葉が見付からないだけって時も多いけどね。

そして最後にこれはあんまり言いたくないけどもボクは一般常識をあまり知らない。
もう基本的に政治とか経済とかは皆目分からないし、新聞なんてまともに読んだこともない。
もっと酷いのになると、わり算のやり方が分からない。
かけ算は小数点を含むものと分数のものは出来ない。
アメリカが地理的にどこに位置するのか分からない。
イギリスとフランスの違いもいまいちよく分からない。
それどころか日本地図ですらかなり危うい。
自分が住んでる近畿圏でも大阪以外は多分分かんないね。
1センチって言われてパッとどのぐらいかが出てこない(1ミリが10個分だからこれぐらいかぁといちいち考える)。
だから勿論1キロメートルなんて全然見当つかないし、1キログラムも然り。
あと車関係もダメ。
自分の車が何て名称かよく忘れるし(年式なんて勿論知らない)、ガソリンが何リットル入るのかも知らない。
道路の名称もよく分からんしね。
方角も分かんねぇや。
今いる位置からボクは北を向いているのか南を向いているのか絶対に分かりません。etc...


…こんな奴がのうのうと生きていていいんでしょうか?
最後の一般常識不足についてはホントにいかんぞ、とちょくちょく思ってはいるんですがオナニーでもして寝ちゃえば翌日には綺麗さっぱり忘れてる始末です。
絶対に、120%死ぬべきでしょうね。
それにしても自信のない部分ってのが最終的に「勉強ができない」ってことに帰結するとは何とも悲しい。
まぁただ言えることは、それでもさほど問題なく生活出来てるってことですな。
ボクの勤めている職場は年中無休の店なので人によって出勤日も違うし、早番と遅番が存在する。
そのせいか、まぁ言ってしまえば今までボクは不謹慎ながらバイトに近い感覚で仕事に行っていた。
それに手伝って給料もバイト並みかそれ以下だから、そんな考え方をしてしまうのもしょうがない。

しかしつい最近、職場で大規模な配置換えがあり、それに伴って出勤日と公休日も変わった。
今までは火曜と金曜が公休日で、それ以外の日も早番や遅番が日によって異なっていたのだが、この度、出勤日が月~金曜の早番(9~18時)のみとなり、公休日が土曜と日曜になった。
これじゃまるでそこらの汚ねぇサラリーマンのオッサンと一緒だ。
そして配置換えによって自分の持ち場も変わり、今まで売り場担当だったのが、事務に近い仕事をメインでしなければならなくなった。
情けないことにボクは、接客態度が著しく悪い為、売り場担当を外されたのだ。

そんなことがあってから早や半月が過ぎようとしているのだが、何と言うか…退屈だ。
平日は毎朝、通勤ラッシュの電車に揺られ出勤。
職場の最寄り駅に着いたらまず改札を出てすぐの柱に目をやる。
そこには何故かいつ見ても綺麗なネーチャンが立っている。
当たり前だが、毎回全然違う人が立っているのに、その場所には綺麗なネーチャン以外が居るのを見たことがない。
ボクは密かにその柱を"パワースポット"と呼んでいる。
そこで綺麗なネーチャンの存在を確認し、朝一の目の保養。
んで職場へ向かう。
職場に着いたらまずタバコを一服。
煙にえづくのをガムと茶で無理矢理抑えて仕事開始。
事務的な仕事なので一日中パソコンの前でチマチマと作業をする。
本っ気でダルいけども、忙しい時でもすごく丁寧に仕事を教えてくれる上司の手前、そんなことを態度に出すわけにもいかず、若干の頑張ってまっせ的なシャカリキ感を醸しながら時間が過ぎるのを待つ。
んでその上司のことだが、この人はホントにすごくいい人なんだが、一つだけ嫌な部分がある。
「変な話~」と言うのが口癖なのだ。
何かにつけて文章の頭に「変な話」というのを持ってくる。
「変な話、明日は人数的に厳しいな」
「変な話、なんぼ頼まれても出来へんこともあるからな~」
など。
もう毎日毎日「変な話」の乱れ打ちで、その度にイラッとする。
何がイラつくかって、後に続く文章が別に「変な話」じゃないからね。
多分8割方「変な話」ではない。
こんな理不尽なストレスを抱えることすら日々のルーティンワークの中に組み込まれ、さらに圧迫される。
そしてそのつまらない仕事をやっと終えて、職場を後にする。
駅へ向かう地下道を歩いていると、毎日同じ場所にルンペンのジジイが座っている。
こいつがホントにとんでもない悪臭を放っていやがるので、そのルンペンが座っている場所が近くなると反射的に鼻で呼吸するのを止める。
そしてそのまま通過して、何事もなかったかのように帰宅して一日を終える。


毎日これの繰り返し。
もうね、気が滅入りますよ、これじゃあ。
なんか情けな~い気分になる。
でもほとんどの人がこんな感じなんじゃなかろうかなんてことも思ったりするわけです。
充実した毎日だなぁ~と実感している人間なんて一握りなんでしょうな。
まぁだからといって我慢するのなんて死んでも嫌ですけどね。
「みんな我慢してるんだからあなたも我慢しなさい」というようなことを子供の頃に親や教師からよく言われたもんですが、みんなが我慢しているという事実は、ボクが我慢しなければならない理由として不充分、それではボクも納得出来ませんなぁ~なんて思っていましたし、今だって思っています。
まぁカンケーないですが…。

んー、何だか暗いし何を伝えたいのか分からない文章になってしまった。
まぁとにかく毎日が最悪でも、リア充とかほざく連中よりかはいくらかマシだということです。
「意外と口固いんだね」なんてことを言われることがあるのだが、その言葉を聞く度に思うことがある。
まず"意外と"とはどーゆーことだ?
ボクは口が軽そうなのか?
まぁそう見えるのなら仕方あるまい。
そんなことよりも許せんのは、お前らのような芸能人でも何でもないようなド凡人の、スポイトから一滴垂らしたかのようなどーでもいいことこの上ない噂話に目をギラつかせて喜ぶような脳ミソなんて持ち合わせていないし、そんなくだらんことは吹聴する価値もないから誰にも言うわけねぇだろってこと。
それを何が「口固いね」だ、馬鹿野郎が!
自意識過剰もほどほどにせぇよっ!
ひどい奴なんて「この間教えたこと誰にも言ってないよなぁ?」なんてぬかしやがる。
別にこっちは聞きたくもないことを聞かされて、何でそんなことまで言われないといけないのか?
あぁもうイヤだ。


ここまで書き終えてボクはつくづく思うことがある。
「自分自身、強くなったなぁ」と。
過去を振り返ると、正直こんなことを言えるほど強いメンタリティは皆無だった。
小学・中学時代、ボクは周囲の人間の噂話が大好きだった。
教室の隅でコソコソと声を潜めて好きな女子の名前を言い合っている男子達の輪の中や、男女入り交じって誰と誰が付き合ってるとか話している輪の中に入りたくてしょーがなかった。
ホントにどうしようもなく入りたかった。
でも、悲しいかな入れてもらえやしなかった。

別に嫌われているわけじゃなかったのだが、そういう(ボクに言わせりゃ)華やかな場所にボクは必要とされてはいなかった。
今も昔も変わらず、華やかな場所には華やかな人間だけが集うもんなのだ。
だからたまにそういった輪の中に入れてもらえた時にはすごく嬉しかった。
惨めったらありゃしない。
周りにもバレてたかもしんないなぁ。
「ちょっと秘密教えてやったら馬鹿みたいにテンション上がってやんの」ってな感じでね。

別に誰かの秘密や噂を知りたいわけじゃないのだ。
重要なのは秘密や噂を誰かから"教えてもらう"ことなのだ。
誰かと秘密を共有したいんでしょうな。
はっきり言って小学・中学時代の自分のアイデンティティなんてこれに尽きるかもしれない。
だからこそ何十回も辛酸なめたし、それに伴う疎外感もハンパじゃなかった。
家に帰って頭を抱えて泣きそうになったことが何度もあった。


しかしボクは高校入学前後ぐらいの時期に、このくだらん苦悩から完全に解放された。
それには明確な理由がある。

まず一つは高校が男子校だったこと。
男しかいないから秘密なんてほとんど存在しなかったのだ。
まぁあったとしても別にそんなもの知りたくもないしね。
やっぱり噂話なんて女絡みじゃないとつまんないもんね。

そしてもう一つは中3の半ばぐらいに起こった出来事がきっかけだ。
その時期、ボクの所属する班の男女数人が受験前の最後の思い出作りに遊園地に行くという話が持ち上がっていた。
ボクを除いたメンバーで…。
もうね、こうなったら言い逃れ出来ませんね。
当時、相当に嫌われてたんでしょうなぁ、ボクは。
まぁ自分で言うのもアレだけども気っ色悪かったからなぁ~。
話を戻すと、何故ボクは誘われてもいないくせにそんな情報を知り得たのか?
それは愚問である。
ボクらみたいな虐げられし者は非常に高性能なアンテナを忍ばせている。
フツーの人間の5倍から敏感に言葉を拾うことが出来ると言われている耳を持っているのだ。
まぁ平たく言えば聞き耳である。
ボクらは自分が陰口を言われていないか気にしたりとか、噂話の輪の中に入りたいという欲求だけが肥大し、鋭敏な耳が養われた、歪んだ現代社会が産んだモンスターだ。
そんなボクだからこそ、この時だってすぐに感付いた。
ボクを除いた班の皆で遊園地行くんだなぁ~、と。
勿論死ぬ程悲しかった。
休み時間の度に、ボクに聞こえないようにコソコソと計画立ててるんだから。
でももうどーしようもないから諦めていた。
そしてある日の授業中。
多分その遊園地に行く前日ぐらいだったんでしょうなぁ、同じ班の奴等がすっげぇそわそわして、授業中にも関わらず明日の予定なんかをゴチャゴチャ話し出したのだ。
いやいや、ワシ物凄い近距離にいてるのに気ぃ遣えボケェと一瞬思ったが、何故か急に何かのスイッチが入ったかのように冷静になった。
「俺がここにいたらコイツら思う存分喋られへんから可哀想やなぁ」みたいな感情が湧き出てきて、気付いたら手を挙げていた。
そして教師に言って席を外させてもらい、トイレに向かった。
その時ボクは清々しかった。
何か分からんけどとにかく余裕だったのだ。
アイツらを不憫に思い、席を外してあげた自分の方が優位に立てた気がしていた。
その後ボクはチャイムが鳴るまで教室には戻らず、一人トイレで悦に浸った。

これはホントに末期症状ですね。
もうぶっ壊れちゃったんです。
いたいけな中学生からすれば屈辱感の天井だったんでしょう。
物事が一周するとはこの事です。
この上ない屈辱を「味わわされ」てしまうと、一周して「味わってあげている」と思わなければ血管が切れてしまいます。
だから咄嗟に思考回路を直列から並列に切り替えたのです。
平静さを保つ為に。

でもこれを機に徐々にではあるが、そんなことに一喜一憂する自分が阿呆らしくなり、どーでもよくなっていった。
要するに抗体が出来たんでしょう。
かと思えば世の中とは不思議なもので、気にしなくなった途端、ボクに秘密を打ち明けるような輩が増えるという事実。
そんなもん何を今更。
もはやウザったさ以外感じないようにシステムが書き換えられとんねん!


枯渇した人間は、いくら待っても潤いを得ることができないように世の中は回っている。
諦めた時に初めて、正面から水をバケツで浴びせかけられるんだから堪らん。
この話に共感できる人間がどの程度いるのか分かりませんが、一つだけ言えることはくだらんことに執着ばっかりしているとセックスは遠退いていくばかりだということです。