THE STALIN
「STOP JAP NAKED」(2007)


この世の全ての人間に徹底的に嫌われたい。
どうせ好いてもらったところで、こっちがアホ面かましながら、地上2000メートルぐらいまで梯子登っていったら、急に醒めた面して蹴り落とすねん、オマエ等は。
そんなんなるぐらいなら、嫌われる為に生きて、死に際まで嫌われて、死んですら嫌われていたい。
そして、こんな自分に共感する奴にすら嫌われたい。
昔はこんな風に思っていた。
最近また同じようなことを思うようになった。


本作でのザ・スターリンは、潔いまでに他人に好かれようとはしていない。
嫌われることこそが何よりの存在証明だとでも言いたげに、便所の落書きよりも露悪的で、ゴキブリよりも醜悪な言葉を、頭からケツまでショットガンのように四方八方放ちまくる。
これはもはや哲学である。


"何でもいいのさ 壊してしまえば" by ロマンチスト

"しょうこりもなく バカバカしくて 気分はいつも 食傷気味だ それでもおれは 欲求不満だぜ" by 極楽トンボ

"おまえの言葉 でたらめ" by ソーセージの目玉

"愛していたんだ おまえの下水道"
"愛するためには ウソがいる そうだよ オレもペテン師"
"言葉は生ゴミ" by 下水道のペテン師

"素敵な素敵な マンネリズム 切っても 切れない くり返し" by 欲情

"オレは世間の 嫌われものさ ゴミ溜め ヘンタイ 落ちこぼれ 輝くために 居るんじゃないんだ この世をドブに するためだ I Like Body You Like Money"
"生まれてきたのは しかたがないが 救われないのは 保証つき 愛されてるとは 思わない さみしく死んだら 幸福だ"
"どうせ ウソだときまっているさ どうせ ウソだとわかっているさ いきつくところもきまっているさ" by MONEY

"いやだと言っても 愛してやるさ" by STOP GIRL

"おまえらの貧しさに乾杯!" by ワルシャワの幻想


そうそう、これだ。
この感覚を生涯忘れてはいけない。

よく「人はみな幸せになる為に生きている」なんてションベン臭い文言垂れる馬鹿がいるけど、これでは言葉足らずだ。
「人はみな自分が幸せになる為なら、他人の人生などゴミクズのように滅茶苦茶に扱って生きているし、その権利はみな平等に与えられている」が正解。

俺は今まで真面目過ぎた。
というより、そもそも今まで生きてきて、こちらが真面目に接するに値するような、信じられる人間がいたのか?
答えはノー。
何故こんな簡単なことに今まで気が付かなかったのか。
やっと今日から自分に正直に生きられる。


俺と今まで関わったことのある人間、そしてこれから関わるであろう人間、その全てが俺と出会ったことを激しく後悔するような、最低の人生を送ろう。
己に向けられる嫌悪の眼差しこそが俺の生きる意味であり、至上の悦び、カタルシス。
青天井の憎しみを辺り構わず撒き散らして、他人を欺きまくって、心を内から外からズッタズタに凌辱してやろう。
嗚呼、この存在の耐えられない軽さよ。


一生、死ぬまで他人を信用しない。
もし、仁義なき戦いの拓ボンみたく、ソイツが俺の為に鉈で手首切り落としてすら、俺はソイツを信用しない。

マトモな幸せなど求めない。
自分が傷付かなければそれでいい。
そしてその為なら俺はどんな汚い手でも使う。
でも、こんなもの別段特別なことでも何でもない。
オマエ等がいつもやってることやろ。
皆一様に気付かんフリしてるだけで、この世はとんでもなく俗物図鑑やで。


…とか言ってみたりする。
ハハハ。
稲垣潤一
「ベスト・セレクト ON TV」(1992)


中学生の頃から、早く大人になりたくてしょうがなかった。
中学・高校時代なんてのはもう、それこそビョーキだったので、世の中のありとあらゆる事象に対して不満しかなかった。
子供であることに何ら利点を感じられなかったボクは、その不満を"大人になる"ことで、幾らか解消出来ると思い込んでいた。
ただ何を以てして人は"大人だ"と高らかに宣言していいものなのか、その具体的な何かが全く解らないでいた。

そんな折に読んだ村上春樹「1973年のピンボール」には、ボクが理想として掲げたいと思うに足りる大人像が、これでもかと描かれていた。
こ洒落たバーでグレン・グールドのLPの話なんかしながらブランデー飲んでる感じや、ガツガツしない繊細なセックスなど、そのどれもが魅力的に感じられた。
早くこういう大人になってやろうと決意を固くした高2の夏だった。


稲垣潤一の曲を聴いた時にも、似たような感覚に襲われた。
秋元康の都会的な詞世界がそうさせるのか、何だかモノホンのオ・ト・ナって感じの匂いが、バブルの匂いとないまぜになってて堪らなかった。
ボクの思う"大人感"とバブルの匂いってのは密接に関係している。
初期の村上春樹、稲垣潤一、少し異色ではあるが右曲がりのダンディーとかもそう。
分かりやすく金が男の余裕を生んでいるのだろう。


さて、今現在25歳のボクはその理想としていた大人になれているの…食い気味でなれてるわけないやろカスがぁぁぁぁ!!!
なれるかボケェェェッッッ!!!
つーかそんな奴サブイわ。
バブルはとうに終わっとんねん。
そんな奴がまだおったとしたら、いつまでやっとんねんちゅう話や。

と、まぁね、一通り吠えましたけど、そりゃやっぱり人間ですから、高校生の頃からは考え方も変わりますよ。
別にそんなオシャレでスカした人を否定するつもりは毛頭ありませんが、自分には向いてないってことに気付きましたね。


ボクはこ洒落たバーでも平気でアナルセックスの話とかするし、高級フレンチで鴨肉みたいなんクチャクチャ食いながら、チンポの裏筋んとこの亀頭と繋がってるバイパスみたいな細いところをニッパーで切ったら血ぃ吹き出すんかなとか考えてるし、セックスも平口広美みたいなニヤニヤ笑いしながら、それでいてちょっと頭のネジぶっ飛んだ小汚い野良犬みたいながっつき方するし。
ボクみたいな女にフラれてビャービャー泣き喚くようなウンコちゃんは到底、理想として掲げていいわきゃないのよ、稲垣潤一とかは。
無理無理って話やから。


今また悩んでいる。
もう解らん、大人って何やねん。
辛いことがあってもグッと歯を食い縛って、スカした振る舞いを見せるのが大人か?
そんなこと出来るかぁ!!
頭イカレて死んでまうわ!!
あー、大人の人に助けてもらいたいわー。

ってことで稲垣潤一のベスト盤である本作は、勘違いも甚だしかった高校時代を思い返して赤面するもよし、こんな奴になれたらどんだけ幸せやろうかと侮蔑混じりに羨むもよしの名盤でーす。
奇形児
「1982-1994 (再発版)」(2007)


周りを見渡せど、寸分の光すら見い出すことは出来ず、ぶつけようのない義憤やら諦めやら、種々雑多な感情が絡まりに絡まって、知るかどうにでもなれボケェェェッッ!!誰か俺をめちゃめちゃに犯してくれぇぇっっ!!と人生丸ごとドブに投げ捨てたくなった時、奇形児はその衝動を更に後押しするような音楽だ。
知らないで済んだ方がよっぽどマシなロクでもない音楽。
人間の内に潜む不安感を煽るだけ煽り、エグるだけエグっておきながら、何のフォローも無く、吐き溜めに蹴り落として、猛スピードで走り去っていく、そんなこの世の終わりみたいな音楽。


"醜い顔 しゃがれた声 だけども あそこはちゃんと使える" by 奴隷志願

"俺に一言 声かけてよ ゲロが出る程やってやるぜ" by PLASTICS LOVE

"ちょっぴり足りないこの俺のコト 強姦して欲しいのさ" by 煩悶

"あいつらのにやけたツラに オレの糞をブチまけたい ネコナデ声の喉に キンタマをブチ込みたい" by PRESSURE


コレがMajiでSeishin-Hatanする5秒前(MK5超え!)な連中には効いて効いて堪んないのだ。
理屈なんていらない。
正気を保つことなんて、てんで馬鹿らしくなって、何もかもどーでもえーから、命が擦り減って消えるまで、この曲でイカせてくれーーーっって、そりゃもう石丸元章も真っ青のトビっぷり。


さっきから聴いてるねんけど、いやもう投げ遣りな気持ちすら、五千光年先のどっか遠いところに放り投げちゃって、あーホンマにマジでもう、あーどーでもえー、つーかYASUぅぅ声ヤバイで、俺の声帯と取っ替えてくれぇぇー、あー音の割れ方もめっちゃええサイコー。
とか言いながら、もげるぐらい激しく首を揺らしちゃってる。

自分がクソ以下って思えたら何だって怖くない。
やっぱ世の中パンクやで。
ほなさいなら。