2017.7 NO.73 二・二八事件 VS 二・二六事件
よく観る映画もフィクションなので矛盾しているが、私は小説をあまり読まない。とくに推理小説は。小説なら歴史小説がよい。歴史上の人物を題材とし、資料のない所は作者の想像力で補う。作者の思い入れにより少し美化されるのは許容範囲とする。作家城山三郎が文官として唯一A級戦犯に処せられた首相広田弘毅を描いた『落日燃ゆ』のように。
この前台湾の二・二八事件を題材したノンフィクション『汝、ふたつの故国に殉ず』(以下「当書」という)を読んだ。以前古川勝三氏著『台湾を愛した日本人』(創風社出版)を読んで、八田與一という敬愛すべき日本人がいたこと知った。今回は日本人で台湾に渡った父と台湾人を母とする、畏敬すべき坂井徳章(台湾名・湯徳章)を知ることになった。
1947年の二・二八事件のことは、私の長男が台湾女性と結婚したことを契機に台湾に関心を覚え名前だけは知っていたが、当書により詳しく理解するところになった。帝国陸軍青年将校による二・二六事件とは異なり、六四、つまり天安門事件によく似ている。天安門事件は中国共産党が民衆を武力鎮圧した。二・二八事件では国民党が民衆を弾圧した。
坂井は、当初父親と同じく台湾で警察官になったが、正義を貫き孤立し、日本に渡った。貧苦の中類まれな才能と人並み外れた集中力により奇跡的に当時の司法試験とキャリア官僚試験に合格した。輝かしいエリート人生を約束されたが、それには見向きもせず、父親の遺志を継ぐかのように台湾に戻った。二・二八事件の折、暴動の首謀者として濡れ衣を着せられ拷問されたが、決して台湾人の名前を挙げることなく、多くの台湾人の命を救った。自ら一人が犠牲になればよいと従容に受け入れた最後はキリストの磔を私は連想する。
この事件の前、日本が敗戦し台湾から撤退したと入れ替わりに国民党が入台して来たとき、台湾の人々は天使が去り悪魔が来たとは言わなかった。犬が去って豚が来たと評した。
私は一時期コンサルの真似事をしていたことがある。某ビルメン企業に常駐顧問として入った。社員は、私の存在そのものが不快な上に、自らの仕事のやり方について上から目線で干渉されるのは屈辱にも似た気持ちになっていた。同じ日本人にしてこうだ。民族が違えば、二等国民と差別され、母国語を日本語に替えさられたら、恨みに思って当り前だ。
そんな台湾人をすごいと私が感心するのは、それでも、自分たちが享受したメリットを恩と感じ、その恩をいつまでも忘れないようにしていることだ。
日本は、初めての植民地を得たとして、児玉源太郎、明石元二郎等当代きっての俊傑を歴代台湾総督として台湾に送り込んだ。台湾のインフラ整備、教育向上に尽力した。それは日本側の利害でもあったが、台湾の人々は尽力を惜しまないそんな日本人達に感謝した。
中でも、1930年に完成した台湾南部の烏山頭ダムを造った技師八田與一は日台の絆の象徴として台湾の教科書にも載る。命日5月8日には毎年慰霊祭が開かれる。2013年10月に私らが参った時にも墓に花が手向けられていた。同様に、国民党の恐怖政治時代を潜り抜け、2014年に、弁護士坂井徳章が処刑された命日の3月13日を「正義と勇気の日」と台南市は定め、英雄を忘れないようにした。
今や、台湾人が、いや、日本の子供達が尊敬する、日本人がいないのではないか。それとも悪貨が良貨を駆逐しているのと同じことか。日替りのように出現する失言大臣、「共謀罪」を狂暴にも強行採決させようとする与党議員。ポチ犬のごとく忖度して行政を歪め、志が問われる官僚、本分を忘れ政権の親衛隊と化す新聞人・ジャーナリスト、を見て、子供達がこんな人達になりたいと思うだろうか。
突然自民党草案と違う(交戦権が無いまま自衛隊を明記しても意味がない)まやかしの第9条改正案をぶち上げ、2020年憲法改正と東京オリンピックをセットに花道を飾り憲政史上最長首相へと私欲を露にした安倍首相。そのポスト安倍の一番手に浮上した岸田文雄外相は、広島選出議員でありながら核兵器禁止条約交渉への不参加を表明した。外相は、「同盟の強化と大統領の言いなりになることとは違う」と閣外に去ろうとするぐらいの矜持を見せるべきではなかったか。ようやく自民党内でも驕れる安倍一強体制への批判が高まる中、外相を領袖と仰ぐ名門宏池会所属議員は歯がゆい思いをしているのではないか。
70周年を迎えた経団連も、財界総理と言われた会長石坂泰三や土光敏夫は政界ににらみを利かせていた。今は政権に陳情するか媚びを売ることしかできていないのではないか。
少し古い醜聞だが、みずほコーポレート銀行の頭取が女性記者との路上チューを撮られ、頭取の権威を失墜させた。すぐに辞任しようともしなかった。みずほ銀行初代頭取(富士銀行の最後の頭取)が庇ったと噂されたが、そのみずほ銀行に統合された富士銀行は、私が就活していた昭和47年当時トップバンクで私など高嶺の花だったが、一度何かで歴代頭取の顔写真が時系列に並んでいるのを見たことがある。金融界のナポレオンと称された頭取松沢卓二(昭和50年~56年)を境に人相が変っていき、それに伴い業界での富士銀の地位も低下していったと皮相的とはいえそう感じていた(何も知らないくせにと富士銀OBに叱られるかもしれないが)。
大企業も、東芝、三菱自動車に限らない。トップが判断を誤る、あるいは、大きな問題が発生したとき、その後の対応がより重大となるが、トップが保身に走り、それを大企業社員が見て見ぬフリし身の保全を図る、その構図が会社を傾城させていく。
これら政財界のトップ層は国民の縮図。底辺をなす私ら庶民の劣化は言うに及ばない。
作家三島由紀夫が1970年11月陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決したとき、学生だった私は彼のことを理解できなかった。今は少し分かる気がする。自衛隊員に向けた檄文の中の「われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。」は、47年経つ今もそのまま当てはまるではないか。
一億総大人が平和ボケしてしまった今、若い人は歴史上の偉人から日本人としてどう生きるべきか学んでもらうしかないだろう。
ノンフィクション作家門田隆将氏の作品には、当書以外からも、『この命、義に捧ぐ』(集英社)により、中国共産党の攻撃から台湾を救った陸軍中将根本博を知った。『日本 遥かなり エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』(PHP研究所)で下々に冷淡というか無関心なキャリア外交官の中にも下々のために奔走した秋山進大使のことを教えてもらった。門田氏にはもっと多くの隠れた信愛すべき日本人がいたことを書いてもらいたい。
今こそ過去から世界に誇る日本人の精神的特質を学ぶ時だと思う。