2018.1 NO.83よんれんぱ VS  よんれんぱい

正月恒例の箱根駅伝に原晋監督率いる青山学院大学駅伝チームが4連覇をかけて1/2~3天下の剣の箱根路に挑む。出雲駅伝、全日本大学駅伝は落としたが、果たして。

2年に1度開催される世界陸上において、この前(2017年8月)の大会で引退し文字通りレジェンドとなったウサイン・ボルト選手は、200m走にて過去4連覇を達成している(引退の今大会では出場せず5連覇は目指さなかった)。

4年に1度開催されるオリンピックで4連覇(12年を要する)するのは、どの種目においても、至難の業。前回(2016年)のリオ・オリンピックの女子レスリングで4連覇を目指した日本の二人の選手で明暗が分かれた。伊調馨選手が4連覇を果たし、国から国民栄誉賞を授与された。夏季オリンピックの120年の歴史の中でオリンピック4連覇を果たした選手は、陸上男子走幅跳のカール・ルイス 選手(1984-1996)、水泳男子200m個人メドレーのマイケル・フェルプス選手 (2004-2016)を含めこれまで5人しかいない。あのボルト選手でもオリンピックでは100m、200mで三連覇したに止まる。それもすごいことではあるが。

吉田沙保里選手は、残念ながら4連覇を逃した。ただ、男子レスリング(グレコローマン)のアレクサンドル・カレリン選手は、霊長類最強男と呼ばれたが、オリンピック3連覇の後の4連覇目のシドニーオリンピックは銀メダルに終わった。吉田選手もこれとまったく同じで霊長類最強女子と呼ばれるにふさわしい実績に変わりはない。

 

スポーツ界に限らず勝負の世界では、4連勝することがあれば4連敗することもある。4連敗と言えば将棋の竜王戦を思い起こす。奇しくも本年度同じ二人が戦っている(羽生棋聖が3勝1敗でリード。本日からの対局に勝利すればファン念願の永世竜王)が、その9年前の2008年の竜王戦において羽生善治現棋聖が渡辺明竜王に初挑戦した。ともに制すれば初代永世竜王の称号を得る(羽生棋聖は通算7期目、渡辺竜王は連続5期目)。羽生棋聖にとっては史上初の永世7冠(当時の全7大タイトルのすべてで永世称号を得る)もかかっていた。

羽生棋聖は7番勝負の初戦から3連勝した。当時3連勝した後7番勝負で負け越すことはまだ起きていなかった。リーチがかかった第4局目も羽生棋聖が勝勢となり、渡辺竜王は羽生棋聖が次どんな手を指しても投了するつもりだった。しかし、勝ちを確信していた羽生棋聖がゆっくりと水かお茶を飲んで指そうとしたその一瞬の間に、渡辺竜王が詰まない手を発見し、結局羽生棋聖はその対局を落としてしまった。それが尾を引いたのか、その後の3対局も全敗し、結局4連敗となり永世7冠は幻に終わった。最終局の大盤解説会場は重苦しい雰囲気に包まれたことは想像するに難くない。

 この対局に限らず、対局終盤の帰趨は分かりやすい。勝勢の方が盤面に覆いかぶさるように前のめりになり、一心不乱に詰めに間違いがないか読み耽っている。だが、対局が終わった直後ではどちらが勝ったか分からない。勝った方も苦虫を嚙み潰したような顔をしている。負けた相手の気持ちを慮ってのことだ。日本人の美徳「惻隠の情」というものだ。

 惻隠の情と言えば、日露戦争の水師営の会見が有名。旅順降伏後の会見にて敗軍のステッセル将軍を辱めることなく(世界の常識に反し)帯剣を許して記念撮影したことで乃木大将が世界から称賛された。その前にも、日清戦争の折、伊東祐亨初代連合艦隊司令長官と島村速雄参謀は、敗戦した清国の丁汝昌提督が自裁した際、没収した艦船の中から輸送船「康済号」を返し、丁提督の棺を送らせるともに弔砲を撃ち哀悼の意を表した。花も実もある武士の美談として欧米諸国にも打電されたと中村彰彦氏が自著『智将は敵に学び 愚将は身内を妬む』の中で記している。

 

 2016年8月のリオ・オリンピックで銅メダルを獲得した水谷隼選手に対して、TV番組でご意見番の張本勲氏がクレームをつけた。『あんなガッツポーズはダメ 手は肩より上に挙げちゃいけないんだよ!  スポーツは『礼に始まり礼に終わる』ですから」と。世間はガッツポーズの高さの発言部分に反応し張本氏に異を唱えた。張本氏が言いたかったのは、発言の最後に“礼に始まり礼に終わる” 将棋と同じことを言っているから、惻隠の情のことだったと思う。その意味では、銅メダルがかかった大一番の試合で、勝った瞬間卓球界では珍しく仰向けに大の字に床に倒れこんだのを指摘すればよかったのだと思う。何としても勝ちたいと思うのは相手の選手も同じ。その気持ちを酌むべきと(卓球界を牽引する水谷選手には地味との卓球イメージを覆したいとの想いも根底にあったのは確かだと思うが)。

2017年5月末埼玉スタジアムで行われたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメント1回戦第2戦の浦和レッズ対済州ユナイテッド戦で乱闘騒ぎが起きた。負けた韓国チームが非難されて当然の狼藉であったが、その韓国チームの監督に「負けたチームもマナーを守るべきだが、勝ったチームのマナーも守る必要がある」と言われてしまった。敗者の気持ちを逆なですることがあったとすれば日本人として恥ずかしい限り。

こうした大人のサッカー選手がいる一方、その前日に行われたサッカーU-20ワールドカップ1次リーグ第3戦(日本対イタリア)の韓国サッカー場の日本側のロッカールームにおいて「ティシュペーパー一枚も落ちていなかった。ペッボトル等もきちっと分別されていた」とかの韓国人が驚嘆し賞賛していた。試合後のピッチでの日本チームの行動も褒められていた。そういえば、2014年に行われたFIFAワールドカップブラジル大会でも、負け試合だったが、試合後の日本サポーターのゴミ拾いが世界から称賛されていた。

日本人としてのDNAなのか若者にはよき日本精神(勤勉、正直、謙虚、潔さ、約束の厳守、惻隠の情)がまだ息づいているのではと思うと嬉しい気持ちになる。

 

今の少年たちを見ていると、日本の、日本人の、未来は明るく思えてくる。

公式戦29連勝し将棋ブームを再来させた、15歳にして礼節、惻隠の情も弁える藤井聡太四段、同い年で内村二世と呼ばれる体操の北園丈琉選手。近い将来世界チャンピオンが約束されたような卓球天才少年の張本智和選手。日本のメッシと呼ばれるサッカーの久保建英選手。日本陸上選手権の100m走、200m走で優勝し、日本最速記録が期待されるサニブラウン・ハキーム選手。2008年からショパン国際ピアノ・コンクールin Asiaで5年連続1位になった18歳の牛田智大ピアニスト。光速ウクレレ少年と称される10歳の近藤利樹プレーヤーなど、男子だけを見てもジャンルを問わず若き天才が目白押しとなっている。

ただ、才能を持った若者が順調に育つとは、残念ながら一概には言えない。昔から「神童も二十歳過ぎればただの人」という成句もある。大人になって、だれもが野球の松井秀喜さんやゴルフの宮里藍さんのように実績も(驕らず周りを気遣う)人格も両面認められ、世界から愛される日本人になるとは限らない。

本人自身の問題だけではないのかもしれない。若木に養分を与え過ぎるスポンサーの存在がかえってアダになるのか。それとも取り巻く大人たちがいけないのか。

我らロートルも、自らは平和ボケしているくせに「今日日の若い者は」と言いがちになる。あの世は我らの為、この世は若者の為にある。臭い息と加齢臭は許してもらうとしても、稲の伝染病いもち病のように若者を腐らせないことを年頭にあたり心に深く刻もう。

 

2017. 12 臨時号 NO.82  ぶし VS ぎし

 今年を振り返ると、日本の大企業の不正・不祥事が相次いだ。2016年10月号 NO.64(「ナチス VS マチス」)で、三菱自動車、東芝に触れ、日本は平和ボケと結んだ。その時は一部の大企業の問題だろうとまだ高を括っていた。だが、富士ゼロックスの「不正会計」、日産自動車、SUBARUの「無資格検査」、神戸製鋼のデーター改ざん」に加え商工中金の「不正融資」。名だたる大企業の不正が相次いで明るみになった。長年に亘るものも少なくない。

これら不祥事を監督官庁は全然知らなかったのか。一般論として、監督官庁と大企業との関係は、まあまあ、なあなあの関係にあるのかもしれない。しかし、一旦問題が表面化すれば、監督官庁は、組織防衛から、手のひらを返して厳しく断罪するだろう。「そんなご無体な。お代官様もご存知であったハズでは」などと言おうものなら、潰されてしまう。「ご無理ごもっとも」と平伏すしかない。

私自身元銀行員なので、商工中金の不正に驚愕した。8百人以上、総行員の1/4が処罰された。私が居た小さな銀行でも、営業成績で一度得た名声を落としたくないからと無理が高じて不正に手を染める者はいたが、組織的にやることはなかった。一般大衆からの大事なお金を大切に預かり、それを企業等に貸し付けて、その利ザヤで収益を上げさせてもらう。極めて公共性の高い仕事との自覚と責任感を持てと新人時代から叩き込まれた。数段優秀な人が集まる政府系金融機関がなぜ!?と思わざるを得ない。

 平和ボケと連呼してきた私に読者は反感を覚えていたかもしれない。しかし、危機感のなさやモラル低下の蔓延であり、戦前の教科書疑獄、戦後の造船疑獄と違って政治家との贈収賄問題もない、単なる企業内部の不祥事であるなら、やはり平和ボケと言うしかない。

 

ふと、そう言えば、江戸時代はどうだったのだろうと疑問が湧いた。徳川幕府開府からペリー来航までの250年間、内戦もなく、鎖国もし、外国からも攻めてこられなかった天下泰平の時代、武士は平和ボケしなかったのか?

 武士には武士道があった。武士は厳しく自分を律し、常に緊張感を保持した。武士道に関する著作は多数残るが、それらを完読するのは、時間はあっても、読破、読解する能力も気力も私にはない。そこで、山本博文氏の『武士道の名著』(中公新書)を読んでみた。

 数ある武士道書の中で佐賀藩士山本常朝の言葉を記した『葉隠』の一文「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」は有名だ。むやみに死ねと言っているわけではない。「常住死身」、いつも死を覚悟する中で、二者択一に際しては、死ぬ確率の高い方を選べと言っている。いたらぬ主君に諫言すれば即切腹となる公算が高い。諫言しないで後々藩が傾城すれば責任をとって切腹となる。同じ切腹でも、名誉ある死に方ができると説く。

 不祥事企業のトップや役員陣が、不正が前から続いていたのを知らなかったとは考えにくい。先輩たちを売るようなことはできない。自身も責任をとりたくない。自身の任期中に問題が発覚しないことを願う。会社の危急存亡など二の次としか言いようがない。

常朝は、出世を目指せとも言う。主君を諫言する、その目的のために。家老という高い地位に居なければ諫言が効きにくいからと説く。

 現自民党幹事長代行は首相の最側近でありながら、「李下に冠を正さず」と諫言もせず、むしろ積極的に関わっていながらモリカケ問題が発覚すれば首相の盾にもならず逃げる。あげく、衆院選で当選すれば「有権者には一定の理解は得られた」と禊は終わったと言わんばかり。こんな生き恥は武士なら耐えられない。

 なお、常朝は、主君にいくら諫言しても直らない場合その恥を外に出してはいけないという。これは今の時代に合わない。藩というのは個人商店に近いイメージなのではないか。大企業の場合そうはいかない。神戸製鋼の不正の影響は国内に留まらず計り知れない。

トップが不正を止めようとしない。内部通報は潰される。現場を知らない社外取締役に期待するのは無理がある。それなら、外部への内部告発でないと止めることができない。しかし、内部告発した者は公益通報者保護法があっても (まるで一人でクーデターでも起こしたようなガチンコ命の貴乃花親方ほどではないにしろ) 少なからず孤立するかもしれない。誰かがやらねばとの使命感と会社を守るため正しい事をしたとの信念を持って、強く生き抜いてもらいたい。武士は生きることが許されない。

 ベストセラー『武士道』の著者新渡戸稲造は、「サムライにとって、卑怯な行動や不正な行為ほど恥ずべきものはない」と言う。

 商工中金の危機対応業務における不正行為は、ある意味今の日本人の精神的退廃を象徴している。2005年石原元都知事の肝入りで開業された新銀行東京なら、武士の商法と嗤って済ませる面もある。しかし、商工中金は創立80周年を迎えた銀行であり、かつ危機対応業務を始めた2008年には、同様の業務を行う新銀行東京がたった3年で1,000億円にのぼる累積赤字を計上し問題になっていた。事情は違うが乱脈融資を自戒すべき立場だった。

ノルマが不正の温床って言うが、ノルマのない銀行ってあるのか。国民の税金を使うならより心して事にあたるべきところを自分たちの腹は痛まないからと思っていたとしたら、言語道断。武士ならぬ銀行員の風上にも置けない。赤信号みんなで渡れば怖くない。さらに信号機を止めてしまうのを上が見て見ぬふりをしていたとしたら、酌量の余地はない。武士なら、赤穂浪士四十七士のような切腹ではなく、斬首されるべきところだろう。

維新の立役者西郷隆盛は死して『西郷南洲遺訓』を遺した。西郷は外国(強大国)との付き合い方において、こう述べる。「正道を踏むためには国が倒れてもいいという精神がなければ、外国との交際をしていくことはできない。相手が強大だからといって委縮し、円滑に交際することに腐心する余りに考えを曲げ、相手の意向に従うようでは、相手の軽侮を招き、友好な関係はかえって破綻し、ついには相手に制圧されることになるだろう」

トランプ大統領来日の後、週刊新潮は『「安倍総理」は「トランプ父娘」の靴を舐めたのか』と題し、過剰接待を猛獣への盲従?と皮肉った。まさに西郷の遺訓通りの展開ではないかと危惧する。盲従してないと言うのなら、核兵器禁止条約にぜひ賛成してもらいたい。

 『葉隠』の山本常朝なら、懇意な関係を築く必要があるのは、それは上に諫言しやすい環境を作る為だと言うだろう。安倍首相に限らず、小泉元首相もレーガン大統領と中曽根首相とのロン・ヤス関係を手本としてブッシュ・ジュニアと同じ関係を作ろうとした。が、賢弟が愚兄の愚計、つまりイラク攻撃、を諫めるというような関係になっていなければ意味がない。愚兄愚弟の親密な関係では、それは首相の自己満足に過ぎない。

 

今の日本人は、もう武士にはなれない。が、義士(人間としての正しい道を堅く守り行う者)にはなれる。そして政治家、経済人、我ら庶民等すべての人が平和ボケから目覚め、日本人の劣化をくい止めるには、本ブログの2017年11月号NO.78 (「しゅうじん VS きゅうじん」)に書いたとおり、米国に頼らず自力で国を守ることが先決だと思う。

 一人暮らしをしたことのある者は覚えていよう。親元から離れ一人暮らししたときの、衣食住のほかに防犯、防火に対する心構え・気構えを。

 

 

 

 

2017.12 NO.81 コンビニ VS コンビに

 作家の村田沙耶香さんはコンビニでバイトしながら小説を書き、昨年上半期芥川賞を受賞した。私も10数年前わずか8ヵ月間だけだったがコンビニでバイトした経験がある。公益社団法人に在籍しながら深夜のバイトをすることになった経緯については、仔細は書けない。一言、自他ともに私自身に罰を与えるためとしておこう。

料理が趣味なので、フグのチェーン店をはじめ外食の店の面接を数度受けたが皆断られた。先方はイキのいい若者を欲しているのに、貧相でいかにも訳アリの中年男はお呼びでない。結局、その頃長男と長女がSコンビニにバイトしていたのでそのよしみでSコンビニの某店の店長(以下「店長」という)に拾ってもらった。親の七光りと言うが、子供の七光りでバイト職を得たヘタレな父親だ。

 

頭書の受賞作『コンビニ人間』(文藝春秋)のP63に書かれているとおり、コンビニのアルバイト店員を見下しているお客は少なくないと私も感じていた。バイトとはいえコンビニ店員としての自覚と責任感を強く持たなければアブナイと思った。気の強そうな若いホステスに袋への詰め方が悪いときつくなじられたり、釣銭を渡したつもりが千鳥足の酔っ払い客が受け取り損ね他の客もいる前で罵倒されたりもした。が、やってられるか!とキレることはなかった。やればできるものだと思った。

この他バイトしてみてよかったと思えることは、50歳を過ぎていたが意外に体力があると発見できたこととお金の有難味がわかったこと。夜の10時から朝方5時か7時まで途中の仮眠なしで勤務した。それで1日税引き11千円ほどだったか。社団の仕事もあり週に2、3日勤務でもしんどかった。月20万円を深夜バイトで稼ぐのは容易ではないと痛感した。

銀行の元同僚で銀行本体から関係会社に移り不遇をかこつ者に対し「能力があろうとなかろうと、もう必要としていないのに関係会社に置いてくれる。それがどれくらいありがたいことかコンビニの深夜バイトをすれば分かる」と諭した。

       

 当時コンビニでの昼間のバイトは女学生らで用が足りた。深夜は私のようなおっさんでも使い道がある。いろんな訳アリの人がバイトに来ていた。私に最初に仕事を教えてくれた人は、家で塾を開いている先生で、里子を預かりその子の為にバイトするという奇特な人だった。敬拝すべき人だが、塾長口調に中学生に戻った気分になり、それには閉口した。運送業を廃業した中年女性は介護職の資格を取るまでのつなぎとしてバイトに来ていた。

訳なんかなさそうな明るく若いフリーターもいた。私自身の二十代の頃に比しずいぶんとしっかりしている。どうして正業に就かないのかと思ったが、尋ねることはしなかった。

 店長は昼間働き夜の11時前後に店長の奥さんと交代する。奥さんが私の仕事を手伝ってくれた。奥さんは怒るとややヒステリックになるが全うないい人だった。奥さんも私が悪いことをするような人ではないと思ってくれたようで、次第に、真夜中商品の入れ替えや補充の作業しながら世間話をするようになった。ある時私は奥さんに夫婦での旅行や楽しみは後に残すのではなく、できる時にしておかないと後悔するときが来るかもという話をした。奥さんはそうだねとは言わなかった。

 バイトして3か月経った10月頃バイトが終わり自転車で家に帰ろうとしたとき、奥さんに呼び止められた。不二家のノベルティーかペコちゃんの携帯ストラップを貰った。中年男に不似合いだったが、その心遣いが嬉しかった。それが奥さんと会話した最後だった。その日か次の日に店長が自宅のマンションから飛び降りた。

 近所の新聞販売店からの未入金が溜まっていることや知り合いからの無心を断った気まずさなどストレスはあったようだが、それが原因になるものではない。

 真相は知る由もないが、コンビニは24時間365日。それが1年続くということではない。店長である限り正月や盆も関係なく同じ日々が際限なく延々と続く。それで成績もよくないとなれば、無間地獄のようで鬱にならない方が不思議なのかもしれない。

 コンビニ店の売上は一に立地、二に他店との競合関係に左右される。亡くなった店長のいた店は最寄りの駅から少し離れていた。その間に創設の頃はなかった僚店や他店ができ成績は振るわなかったようだ。バイトを多く使えば休む余裕もできるが、それでなくとも経費を抑える必要があるなら夫婦がフル回転せざるを得ない。夫婦コンビにしないと店のオーナーになれない条件があるのはそういうことなのだろう。

 300万円そこらを用意するだけで、数千万円はかかる立派な店舗の一国一城の主になれる。安易な考えやゆるんだ経営姿勢を許さないのはある面理解できる。だが、“一将功成りて万骨枯る”でも困る。私のドジな長女はSコンビニは2店舗ほどクビ同然に辞めたが、Rコンビニにはそんな事態にはならなかった。本部からの締め付けがきついのかSコンビニ店のオーナーに心の余裕がないと見受けた。Sコンビニのカリスマ経営者が退任したので少しは状況が変わっているのかもしれないが。

 

コンビニ業界の問題点について言えば、今年初発覚した病欠バイトの罰金ペナルティー問題は店側だけの問題といえるのか。本部サイドに問題はないのか。私がバイトしていた当時の問題点については、早稲田大法学部安達陽子さんがまとめた卒業論文『どこまで黒いの、コンビニ・ フランチャイズ』に書かれている。なかなかの名論文 (今もネットで検索できる) で、彼女の後を追い卒論のテーマにコンビニ業界の問題点を取り上げる学生も散見された。そうした問題点は今どう改善されているのであろうか?

超高齢化社会において、近くにコンビニがなければ高齢者は『コンビニ難民』(竹本遼太氏著:中公新書ラクレ)に陥る。今やコンビニは単なる小売店ではなくライフラインだという。

それを支える店長夫婦とアルバイト店員がいる。勝ち組のコンビニ業界は、政治家にとって大きな支援団体かもしれないが、心ある政治家には業界の実態に関心を持ってもらいたい。亡くなった店長も草葉の陰からきっとそう望んでいることだろう。

 

 

2017. 11増刊号 NO.80  かいげん VS かいけん

 特例法が制定され今上天皇の退位と改元が2019年のうちに進められる方向となった。

改憲はどうなるのだろう。憲法記念日に突然安倍首相が従来の自民党改正草案と違う内容をぶち上げた。その首相私案で改憲に向かうのか。それでは、つまり憲法第9条に3項を設け自衛隊を明記するだけでは(とくに2項を改正しなければ)、拉致被害者や紛争地に取り残された邦人を自衛隊が救出することは依然としてできない。心ある自衛隊員は喜ぶハズはないだろう。そんな国民に益がないものの為に国民投票までさせると言うのか。

 なぜ首相は心変わりしたのか。首相在任中に憲法改正をとの私欲もあろうが、それよりも、下手に憲法を触って米国に朝貢した安保法制の違憲問題が蒸し返しされるのを恐れてということか。それなら、わざわざ忙しい改憲スケジュールを立てる必要もないわけだ。

安倍首相の本音はABE主義として現れる。American soldier(米国人兵士)>海外邦人、Better friend(より親しい友) >一般市民、Elect (特権階級) >低所得者・年金生活者。

国会で改憲私案の真意を問われると首相は今や政府広報紙かと揶揄される読売新聞を読んでと答えた。小泉元首相が10年前の国会答弁でイラク派遣問題において「私にどこが非武装地帯か分かるハズはない」との旨の暴言を吐いたが、それに匹敵するひどい暴言。国会の解散権の乱用もしかり。小泉元首相は国民の望まぬ郵政民営化が参議院で否決されたら衆議院を解散させ、安倍首相は森友・加計学園問題逃れの大義なき(冒頭)解散を断行した。

 この対米追随派と目される清和会系の2首相が自民党(ターゲットは経世会)をぶっ壊し主導権を握ると、国会軽視、ひいては日本の政治をダメにした、と言っても過言ではない。

 

 私は、大学生の時正門の近くでヘルメットを被った同級生を横目に見ながら雀荘に通った典型的なノンポリだった。その後も政治に正直深い関心を示してこなかった。しかし、今ことの是非は別として北朝鮮が表向きだけでも世界最強の大国と丁々発止で渡り合っている。台湾が中国からの独立を志向しそのために受ける中国からの嫌がらせに蔡総統が踏ん張っている。それに比し、ここ一連の核兵器禁止をめぐる日本政府の不甲斐なさを見て、棺桶に片足を突っ込んだ年齢になって初めて私の心にナショナリズムの火がついた。

その直後、『革命の侍〜 チェ・ゲバラの下で戦った日系2世フレディ前村の生涯』を映像化した映画『エルネスト』(主人公のボリビア日系人は誇り高き日本人そのものだった)を観た。日本が生まれ変わって14歳になった1959年にチェ・ゲバラが被爆地ヒロシマを訪れていた。反米とはいえチェ・ゲバラが展示写真を見ながら「アメリカにこんなにひどい目に遭わされたのに、なぜ怒らないのか」と問いかけていた。今は70歳をとうに過ぎてしまった日本を叱ってくれる人はいない。『台湾人と日本精神』で日本人を叱咤してくれていた、司馬遼太郎が生前“老台北”と愛称した愛日家蔡焜燦も今はもういない。

日本人自身が、日本を、日本人を叱咤激励するしかない。そもそも日本人は、大戦前から、米国が好きだった。それゆえ米国(GHQ)の占領後もそんなに混乱もせず経済大国にもなれた。(今の日米同盟ではなく)本来の対等での同盟関係を他国と結ぶとなるとやはり米国を真っ先に選ぶだろう。しかし、“罪を憎んで人を憎まず”ではないが、米国を許しても核爆弾の投下を決して許してはいけない。こと核に関する限り米国に正義はない。唯一の被爆国としての立場、矜持を米国に主張する気概を持たず米国の言うままになるのでは、戦争に負けても東アジア諸国から勇気をもらったと感謝された同じ日本人とは言えない。

 米国は核兵器がなくても世界最強の軍事大国に変わりはない。核兵器禁止条約に反対なのは、核兵器はなくならないという思いと日本らを顧客とする軍産複合体とっての大きな(核・ミサイル関連)既得権ビジネスということに他ならない。

それは、暴君トランプ大統領もってしても無視しえない。日本に核兵器禁止条約という踏み絵を突き付けてきているということだろう。

 遠藤周作原作の映画『沈黙』を観たが、踏み絵を踏まされる時、どうせ踏むならと進んで踏む者がいた。だが、隠れキリシタン組織の長は決してそんなことはしなかった。今の日本のトップは核兵器禁止条約不参加が日本自身を否定していることを理解しているのか。

 

 10/10からの総選挙中櫻井よしこ女史が週刊新潮の連載コラムにて10/12発売の10/19号で「安倍自民党しかない」と結び、10/19発売の10/26号で「政府高官が語る、北朝鮮有事近し」と危機感を煽った。好アシストになったかは分からないが、10/22の投票日には自民党が大勝し、櫻井女史とってはめでたく安倍首相が続投することになった。

総選挙に際しTVで某女性学者が「政治を国民の手に戻す」と言っていたが、お笑い『サンドイッチマン』ボケ担当の富澤さんではないが「ちょっと何言っているかわからない」

 日本に限らず米国を見ても、賢者でないトップを賢者でない大衆が支える。賢者でない大衆>賢者な大衆を前提とする民主主義は、バグを起こしやすい(民主主義に代わるモアベターなものがないなら甘受するしかない)。賢者な政治家がしっかりするしかない。

 総選挙で注目された小池百合子都知事と(メディアもこぞって持ち上げる)小泉進次郎筆頭副幹事長は、賢者でない大衆をターゲットとするポピュリズム的政治手法による劇場型政治を展開した小泉元首相の亜流でしかなく、中味はスカジャン。国の将来を託せる器とは思えない(「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということで辛口過ぎるのかもしれないが)。

それでは、ポスト安倍に名があがる自民党大物?代議士はどうなのか。ポスト安倍レースを先行する、岸田文雄政調会長と石破茂元幹事長は、『週刊ポスト』10月13・20日号の特集「日本をダメにした90人の政治家」の中のPART3『それは負け犬の遠吠えでしかない 安倍一強を招いた「力なき反主流派」』で共に他の政治家と一緒に名前を連ねていた。

 記事内容は引用しないが、森友・加計学園問題においても「首相は説明責任を果たすべき」はメディアに向けてではなく、直接首相に言えばよいこと。本来問題発覚の早い段階で自民党内にて自浄すればよいものを国会に持ち込むから、国会は空転し、本当のことが言えない大臣や副大臣、さらに官僚まで国民の前に無様な姿をさらけ出すハメになる。

反主流派は、自らの手を汚さず、野党や国民に安倍首相の足を引っ張ってもらうのを期待しているのか。真に国の将来を憂うる気持ちがあるのなら、何としても自らの力で政権を奪取しようとするものではないのか。

国民の審判で自民党自体は信任を得た。小選挙区制で野党側が分裂してしまったら当然の帰結であり、別に安倍首相自身が信頼を取り戻した訳ではない。月刊『新潮45』11月号(10/18発売)の特集「落選させたい政治家13人」の中でかの歴史家保坂正康氏に(ABC3段階の)Cランクの首相として歴代首相の中でもとりわけ安倍首相が酷評されていた。

そんな安倍首相にものが言えないようで、どうして米国にものが言えようか。

腹が立ってしょうがない(老人性認知症の前触れか?)。「昼間からやけ酒だ!」と言ったら、妻に「何アンタごときが上から目線でイキっているの? 呑むより血圧でも測ったら」と返された。良き妻を娶ったものだ。いつも心の傷にすりこんでくれる。たっぷりの塩を。

 

 

 

2017.11 臨時号 NO.79  アジ VS  アシ

 最近憂国の士気取りで、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」と言わんばかりに腹立つことばかり書いていたような気がする。時には腹が空く話もしてみることにする。

秋から冬にかけて青魚が美味しい。「光物」と呼ばれる青魚で代表的な、サンマ(秋刀魚)、サバ(鯖)、イワシ(鰯)、アジ(鰺)の内、ある事で仲間ハズレになっている魚は何か。

正解はアジ。サンマ雲、サバ雲、イワシ雲と呼ばれるが、アジ雲というのはない。秋の象徴的な雲・巻積雲は、小さな雲片が多数の群れをなし、集まって魚の鱗や水面の波のような形状をしていることから魚に例えられたという。光物の中ではアジは見た目が地味なのかもしれない。他の青魚に比べて油が少なくやや淡白なところもアジの特徴。

魚の背がギンギラギンでさり気ないハズがなく、油ぎる光物の刺身は好きではない。とくにサンマの刺身は苦手だが、くせのないアジだけはむしろ喜んでたたきとかを食する。私に限ってはアジを光物とは仲間外れにしている。アジの名の由来も味がよいということから来ているという説が有力だが、納得するところだ。

私にとって、サバとアジは大違いなのだが、同じススギ目の魚で親戚である。ぜいごと呼ばれる硬いとげのある稜鱗が尻から腹にかけてあるのがアジ。サバにはそれがない。後述するアジにもブランドがあるが、サバのブランドとしては、関サバ、松輪サバ、岬(愛媛)サバが有名。なお、コンサバは、金鯖ではなく、保守的なという意味の外来略語。

いつも腐らず元気な明石家さんまさんと違って、イワシやサンマと並んでサバは生き腐れといわれるほど足がはやく腐りやすい。そこで酢で〆ることになるが、それが好きではない。江戸前寿司ならコハダ(小鰭)にうるさくなければ通とは呼べないが、私はまず食べない。関西では、しめ鯖のことをきずしと呼ぶ。関東のしめ鯖より、酢が立っており、子供の頃一切れ食べるとうっ!となり、三切れ目にはもどしそうになったものだ。ハレの日などに母がよくこのきずしとバラ寿司(関東はちらし寿司)を作ったものだが、この二つの酢の料理が苦手だった。もっとも、酢が嫌いかというとそうでもない。餃子のつけだれは酢と醤油の割合は8:2と酢をたっぷり利かせる。元AKB48前田敦子さんや歌手の八代亜紀さんほどではないが、あんかけ焼きそばなど中華料理によく酢をかける。

魚、とくに青魚はDHA・EPAも豊富で健康によいと言われなくても、歳をとってくると肉よりも魚が美味しいと思うようになってくる。私は、元来白身で淡白な、おっとっと、女ではなく、魚が好きだ。タイ(鯛)やスズキ(鱸)を塩焼きにしてかやくご飯(関東は五目飯)の上にのせて食べるとたまらない。タイのあらで潮汁もよく作る。

赤身のサケ(鮭)の切り身を買えば、オリーブオイルでムニエルにして食べるか、冬は粕汁に入れて食する。青魚では、サンマは塩焼きが一番だが、ソテーしてスパゲッティー・ペペロンティーノに混ぜ入れることもある。サバは伊藤食品のサバ缶(味噌煮)で十分。アニサキスも心配ないし。イワシは、小骨が妻の小言と同じでうるさく、あまり食さない。

アジの料理は、刺身、たたき、なめろう、それを焼いた、さんが焼き、塩焼き、干物、フライと幅広いが、とくにフライが好きだ。アジの干物は食べない。干物は、逆にもっと油が乗った方がよい。函館で良物を食べて以来好きになったホッケや赤魚の金目鯛、好きな金沢に行ったときはノドクロ(アカムツ)の一夜干しを頬張る。

『終わった人』(講談社)で甘い幻想を抱きがちなアラ還男たちに冷や水を浴びせた作家内館牧子さんもアジフライが好物らしい。エッセイ『毒唇主義』では、盛岡滞在時に心臓と動脈の急性疾患で倒れ、奇跡的に命をとりとめ約4か月ぶりに普通食が可能となったときイの一番にアジフライ(ソースどぼどぼがけ)とラーメンを挙げたという。

私は、池上線旗の台駅近くの釣り魚の店『舟武』でアジフライの美味しさに目覚めた。本ブログ2013年9月号(「ウクライナ と ユウクライナ」)に登場する、妻とひと時を過ごした店がこの店だ。房総の地魚の刺身、でっぷりしたエビフライ、小ぶりのアジフライ、〆の雑炊が定番だ(大将が店に出なくなってからは次第に足が遠のいてしまったが)。

美味しさに目覚めて以来アジフライの名店巡りをしているが、尻尾付きと尻尾がない半身揚げの2種類に分かれるようだ。どちらも美味しいが、どちらかと言えば、肉厚な半身揚げよりも尻尾がついた小振りのアジフライの方が好みといえる。

浅草の『徳仙』は小ぶりで尻尾付き。あの欽ちゃんの思い入れの店。他で尾付きで千円未満の定食としては、八丁堀『うら八』新御徒町『まめぞ』門前仲町『富水』など。

千円以上では、大森海岸『入舟』渋谷『d47食堂』や姿づくりの形でアジフライが供される錦糸町『魚義』がよい。尻尾付きアジフライ一枚と刺身がセットになった嬉しい定食なら、新お茶の水『たんぽぽ』恵比寿『さくま』渋谷『御厨』。遠出なら沼津『ずう』など。

尻尾がついていないアジフライは、やや大振りの身がふっくらとしたアジを半身で揚げるのが多いが、その代表例と言える店は六本木『田はら』。愛媛県三瓶町のブランド「奥地あじ」を使用している。ただ、ランチとしては2千円(税引き)と値が張る。千円未満では、銀座「三州屋」淺草雷門『ときわ食堂』が普段使いできる。

今春には、ブランドの黄金あじを食べに、房総に足を延した。二大有名店の浜金谷『さすけ食堂』(半身揚げ)と竹岡『マルゴ』(尻尾付き)をはしごした。10時開店の10分後にさすけ食堂に着いたが甘かった。順番待ちは18組目で都心なら帰るところだが、店外の長い椅子に座れるので待つことにした。1時間強経ってようやくアジの刺身もついた『さすけ定食』を頼み肉厚のアジフライを頬張った。その後近くの金谷美術館(コンクール入選作展示中)に寄り、それから一駅手前の竹岡駅近くのマルゴに向かった。アジフライは尻尾付きで好みなのだが、小ぶり過ぎて、ふっくらした身の厚いアジフライを食べた後ではすこし衣が気になってしまった。食べログでは、さすけ食堂の方が点数が高いが、妥当だろうと感じた。なお、TV深夜番組『孤独のグルメ Season6』では浜金谷『漁師めし はまべ』の方を紹介していた。次の機会には訪問してみたい。

ブランドアジと言うなら、三浦半島の松輪アジを使う東京・京橋『松輪』も外せないが、大根おろしと醤油で食べるとのこと。私は内館先生ほどドボドボかけないが、ウスターソースかトンカツソースで食べたい派だ。ソースを使わせてもらえそうもなく敷居が高く未訪問。マツコ・デラックスさんが絶賛したという築地市場内『八千代』(尻尾付き)や同市場内の『小田保』(半身揚げ)には、せっかちで短気な私は行列に耐えられず足が向かない。食道楽の端くれだが、お笑いのアンジャッシュ渡部建さん、フォーリンデブはっしーさん等著名グルメブロガーほどの拘りや情熱を私は持ち合わせていない。

それでも、銀座、渋谷、上野、錦糸町、北千住等映画、美術館、カラオケ等に行く折居酒屋や食堂にランチに立ち寄る。中には、魚が売りなのに衣もついた冷凍物を揚げたアジフライを出す店もある。矜持があるのかと立腹することもあるが、隠れたアジフライの名店に出会えたときの嬉しさは格別だ。これから先もぶらり味のある探訪は続けていきたい。

 

 

2017.11NO.78 しゅうじん VS きゅうじん

 ゲームの理論に「囚人のジレンマ」というのがある。簡単に言うと「泥棒は悪いことなので止めたい。しかし、自分が止めても他の者がやるだろう。だから止められない。泥棒はなくならない」というものだ。宝くじも、似ている。「確率を考えたら買うのはばからしい。しかし、買った誰かがいつも当たっている。だから買うのは止められない」と。

年末ジャンボ等通常の宝くじと違って、ロト6は1~43の数字から好きな6個の数字を選べる。一口で1等の当たる確率は、6,096,454分の1(6/43×5/42×4/41×3/40×2/39×1/38)で当たる気がしないが、(繰越しを無視すれば)毎週月曜と木曜には買った誰かが2億円以上(数人いれば分配)を手にする。だから日本人も外国人もAnyone can not stop buying.

 

核の問題も同じ。「核は人類及び地球の存続に関わる脅威。廃絶したいが、自国が廃絶しても廃絶しない国が必ず出てくる。だから廃絶できない」となり、核はなくならない。

それなら、生物及び化学兵器のように国際条約で禁止すればよいではないか。核兵器は生物・化学兵器より人道的とは言えまい。なぜ米国は核兵器禁止条約に参加しないのか。

生物・化学兵器はオウム真理教が製造できたように貧乏国でも可能だから全面禁止にしなければならないのか。ロシアは化学兵器廃棄完了と胸を張るが、核兵器を廃棄するとは言わない。既核保有大国しか保有させない核兵器不拡散条約(NPT)には米国も参加する。要するに、核の問題も地球温暖化の南北問題と同じなのだろう。

 そんな大国のエゴに対して小国の北朝鮮が猛然と反旗を翻した。世界が、ならず者小国家にすぎないと高を括っている間に、世界最強の米国に対して、単独で、チキンレースを挑み、九仞の功を一簣に虧くことなく北朝鮮は実質核保有国になってしまった。

 この間、日本は、唯一の被爆国として核廃絶を訴え、国連に核廃絶(?)決議案を提案していたが、今7月の核兵器禁止条約採択(参加122か国で採択)に参加しなかった。平和国家を標榜する日本は、米国1国から信頼を得、122国から疑いの眼差しが向けられた。

核保有国不参加ではとか日本の不参加釈明は苦し紛れに聞こえる。米国の核の傘に入っているとの気兼ねが本当の理由か。ならば「被爆国としての日本の立場も理解してほしい」と被爆させた当の米国に言えないほど上下関係のある同盟ということか。日本から哀願したわけでもなく、日本に核武装させないが為に米国が傘に入れた面もあると思うのだが。

11月に来日するトランプ大統領は去年日本核武装容認の発言をし撤回もした。米国の真意はどこにあるのか。日本が核武装すれば必ず核で復讐してくる(色摩力夫氏の『日本の死活問題』によれば、「復仇」といって重大な国際法違反に対する対抗措置として国際法で認められている) と思うのが米国の捉え方だったハズ。それは過去の話で今は日本が完全にポチ犬化し、日本の核武装は米国の脅威とはならないと思っているのか。そんなことはなく、単に中国に対し北朝鮮を何とかしろとブラフをかける意味で言っているに過ぎないのか。

 

北朝鮮は、米国に既成事実として核保有の承認を求める一方、一貫して「我々は鼠なので猫さん襲わないでね。襲うなら窮鼠猫を噛みますよ」とのスタンス。猫は挑戦的な鼠を襲いたい衝動に駆られても隣の大鼠との第二次朝鮮戦争にはしたくない。それでドブ鼠とどら猫のごとく口汚く口撃しあうだけ。猫の髭が切れ威厳低下だけで終わるのもありか。

 問題は日本。獰猛かつ狡猾な鼠の顔を向ける北朝鮮は日本を(親猫の威を借りて声高に非難するだけの)ひ弱で(主権侵害されながら拉致被害者を里子のごとく迎えに出向く)お人好しの子猫と見ていよう。将来日本を脅してくる。媚北外交を強いてくることが懸念される。

 平和国家を標榜する日本が参考とすべき永世中立国スイスは、他国が侵略する気を起こさせないほど軍事的防衛力を有するが、核武装はしていない。スイスは陸続きでドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインに囲まれ(多言語が混在し)、国土面積も日本の九州にも満たない。外からの核攻撃は受けにくい地勢にある。

 日本に核爆弾が投下されたのは、非キリスト教・非白人社会であるとともに、単一民族の島国であることも大いに関係していよう(ドイツ降伏時に核爆弾がまだ完成していなかったが、完成していたとしてもドイツへの投下は躊躇されたのではないか)。

核がなくならない以上島国日本が自力で国防する(米軍基地をなくす)ためには核兵器に対するカウンターパワーが不可欠と言える。

 

 岸首相は対米自主を目指したが、60年安保の折現実を鑑み米国の傘に甘んじた。60年弱経った今安倍首相は何かにつけ祖父からの夢とか言うが実際は真逆のことをしている。他の政治家も、経済人も、長いものにまかれてりゃよいとし、国や会社を如何に守って行くかより、自分達の私欲や保身に関心が向く。そして国や会社が傾城し精神が退廃する。戦前日本人であった親日老台湾人からは「日本精神はどこへ行った」と叱咤される。

 日本は白村江の戦いから江戸末期の下関戦争等まで外国との戦争に負けるたび強い危機感を持ち国防、経済両面の国力増強に注力し、精神も昇華させてきた。

 第二次大戦の敗北で初めて国を独力でどう守るか危機感をもって考えることを止めた。米国の思惑どおり?か日本人は平和ボケのごとく劣化してしまった。今や中国や北朝鮮の脅威に狼狽え、日米同盟の強化とは聞こえはよいが、ますます米国への隷従を強めていく。

 保守派の論客西部邁氏がBS番組で「日米同盟って言うが、日本に相棒としての資格があるのか」と発言していた。なるほど、漫画『ドラえもん』のジャイアンとスネ夫の関係では。『ドラゴンボール』の悟空とベジータとの力関係で初めて同盟と呼べるのだろう。

 日米同盟と言うから、日英同盟、日独同盟を連想し、勘違いする。色摩氏が言うように占領政策の延長上にある日米安全保障条約(日米安保)が実体なのだ。米国の言いなりにもならず、米軍基地にも頼らず、自力で我が国を守ることができてこそ自立した独立国であり、属国意識も払拭できる。時間をかけても真の自立へとの強い決意が今の日本に必要なのだ。

(自立に向け)西部氏は日本もさっさと核武装をと言っていた。だが、NPT脱退問題を抜きにしても本ブログ2017年7月NO.71(「ロクサン VS ロクヨン」)で触れたように、カウンターパワーとして今から核武装を進めるのは、私は時代錯誤ではないかと思っている。

 ミサイルを打たせないことが最優先課題に違いはない(迎撃ミサイルを買っても米国の歓心を買うだけで防御しきれない)。国際条約を破り陸軍731部隊もどきをするのは平和国家に馴染まない。人への攻撃ではなく諸システムの麻痺を主眼としたサイバー攻撃が平和国家にまだ許されるカウンターパワーではないか。CIA・NSAの秘密を暴露したスノーデン氏は、横田基地駐在の経験から「日本が同盟を破棄すれば日本のインフラは麻痺する」と映画『スノーデン』の中で警鐘を鳴らす。サイバー戦の分野では、日本は大幅に遅れをとっていようが、日本人なら法改正して追いつき追い越すのも不可能とは言えないだろう。

 

 

2017.10臨時号 NO.77 ノルウェーの森 VS ノルウェイの森

秋は同窓会の季節でもある。学生時代の同窓会など今更と言う人もいる。医師や弁護士は定年がなくまだまだ忙しい人も多い。その点サラリーマンで卒職した人は、世間がずいぶんと狭くなり、学生時代の友のことを思い浮かべるようになる。私自身は同窓会にはあまり顔を出す方ではなかったが、ある事があってから進んで出席するようになった。

小学校からの幼馴染にN子がいた。今の神戸ハーバーランド辺りにあった(とっくの昔に廃校となった)東川崎小学校でN子は勉強では学年で常にトップ。当時小5~6の女の子は、背も男子よりも高いぐらいで、言うこともおませさん。そんなN子が大好きだった。彼女の家がガラス屋でその店で何度か一緒に勉強したこともあった。中学は互いに違う学校に通ったが、神戸高校(以下「神高」という)で再会した。1年の時に同じクラスになったが、その時にはもう恋愛対象とは見ていなかった。

それから10数年後小学校の同窓会で邂逅した(当然N子が発起人だが、自身が一番輝いていたと思う頃の同窓会をやりたいと思うのだろう)が、あいにく妻が結婚前に東京から神戸に遊びに来て別の場所で待っていた。心ここにあらずで、そそくさと同窓会を抜け出してしまった。それから20年後ぐらいに突然N子から小学校の同窓会に出ないかとの電話をもらった。当時気分がローで、東京に居を移していた私は、わざわざ神戸までと断ってしまった。それ以来すっかり忘れていたが、数年前高校卒業45周年の同窓会誌が届いて驚いた。N子が物故者欄に載っていた。同窓会に行かなかったことをひどく悔やんだ。

そんなこともあり、常任幹事帰郷で休眠状態だった神高東京支部の同窓会(同期会)の再開とその後の運営に積極的に関わった。最初はよかったのだが、同期のよしみで次第に我が出てき、同級生とギクシャクしだした。

私は、小・中・高・大を通してとくに輝いた時というのはないが、高校に思い入れが強い。当時高校近くの交差点で信号無視したとき、お巡りさんに呼び止められ「神高の生徒が信号無視していいのか」と叱られた。信号を守らねばと思うより、そのように見られているのか、それにふさわしい生き方をしなければと思った。それが原点となった。

某同期生に「君のブログは神高を美化し過ぎている」と指摘されたが、「質実剛健、自重自治」の校風に培われ、ええしの子(関西弁:良家の子女)もいた、頭がよく物知りな同期の人たちに育てもらった。それで何者でもない身だが今日まで生きてこられたと返答した。

その想いが強すぎたのか、自爆した。私は小池都知事のように笑いながら怒れない。

本ブログにて折に触れ日本の和の精神を力説する私が異分子として和を乱しているなら不本意。私が雨となり地が固まればそれでよい。「アヒルの子は白鳥の群れに交わってはいけないのか」「出る杭は打たれる。出過ぎた杭は打たれない、抜かれるだけだ」など同期会の中心メンバーにメールで悪態をついた後正式に同期会退会を宣した。

死ぬ! 死ぬ!と声高に言って、Lieする人はいても、本当にDieする人はまずいない。私の退会申し出もブラフ、SOSだと思われたくはない。はた迷惑な男の美学?を貫徹した。

 

とはいえ、同期会の男女数名とはカラオケに興じたりしている。同期会は卒業しても神高卒業生を卒業したわけではない。東京支部には、同期会とは別に神高から認知された全学年の卒業生が集う正式な同窓会がある。この年一回の同窓会の方は近頃毎年出席しているので今後とも顔を出すつもりだ。

さすがに80歳を優に超えた神戸一中の大先輩はめっきり少なくなったが、毎年秋に百名前後が集う。最近では自分の子供よりも若い後輩も顔を見せるようになった。それも楽しみだ。なによりの楽しみは、高校の先輩・後輩が活躍されその人の生き様を見聞きすること。昨年は俳優高嶋忠夫氏の弟君高嶋弘之氏がスピカ―として招かれた。

高嶋ご兄弟はともに神高の先輩だ。弘之氏の娘さんは、我が子のゲーム機を破壊して物議を醸した、あの肉食系ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さん。実の母親に悪魔の申し子と呼ばれたちさ子さんではあるが、この父親にしてこの娘ありと理解し失礼ながら安心した。

弘之氏は、お兄さんの優等生タイプとはまた違った、アイデアマンでありやや破天荒な言動は人を引き付ける魅力がある御仁だ。当日『ビートルズ売り出し大作戦』と題して講演された。当時英歌手は人気がなく、女学生を使って熱狂ぶりを演出したと話された。「初来日の折加山雄三さんらと3人でホテルに会いに行った時、互いに緊張して固いムードだったが、ジョン・レノンが加山さんを後ろから羽交い絞めにして、一挙に場が和んだ。やはりジョン・レノンがリーダーだと思った」と回想された。

ビートルズの曲のタイトルは弘之氏がつけたということだが、『ノルウェーの森』は北欧の高級家具の名前だと英国の関係者に苦笑いされたとのことだ。私の2学年先輩の作家村上春樹氏の代表作『ノルウェイの森』は村上夫人のひと言でタイトルが決まったのは有名な話だが、著作権を意識しノルウェーの末尾の一字を変えたのではとの見解を示された。

 

その村上氏が昨年ノーベル文学賞を受賞すると期待されたが、あにはからんや歌手ボブ・ディラン氏が受賞した。なんでやねん!? ディラン氏なら平和賞だろう。長年に亘る知的重労働を苦役とする専業作家達に失礼な話だ。評論家達はもっともらしく肯定するが。

ディラン氏も「爆薬で大儲けした金で創ったノーベル賞など貰えるか。ボク・イラン」と蹴とばしてくれたらかっこよかったのだが。ずいぶん勿体つけた後結局もらうことに。授賞式には出席せず、賞金受給条件の講演だけは間際にネットにあげた。その中で「歌は文学と違う」と話したらしい。「なんやねん。そんなら貰ったらあかんやろ!」と私は舌打ちした。反戦歌手も年老いた感が否めないと思うのは、ひねくれ爺の私だけなのであろうか。

毎年10月にハルキスト達が集い固唾を呑んでその時を待つ。アンチ派は勝手に騒いでいるだけで候補にも挙がっていないと揶揄する。エルサレムでの2009年エルサレム文学賞受賞スピーチにおいて壁と卵の比喩でイスラエルを痛烈に批判した村上氏に対し、ノーベル財団が全ユダヤ人を敵に回してまで授賞するハズはないという見方もある。

2012年に中国の莫言氏が受賞して以来アジア人の文学賞受賞はない。5年が経ちそろそろいい頃合いか。果たして神高卒業生から初のノーベル賞受賞者が誕生するであろうか?

 

 

2017.10 NO.76 がいむしょう VS ないむしょう

 横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて今11月で満40年を迎える。親御さんの横田夫妻の悲痛な思いは北朝鮮に届かない。北朝鮮にとっては、日銀マンの娘という不都合な子供を拉致してしまい日本での騒ぎを大きくしてしまったと思っているだけなのか。

これまで外務省はただ手をこまねいていたわけではない。しかし、外務省のH.Pを見ると、「拉致問題は、我が国の国家主権及び国民の生命と安全にかかわる重大な問題であり、この問題の解決なくして日朝の国交正常化はあり得ません」とある。この一節だけを切り取れば、日朝国交正常化が目的であり、拉致問題はそれに向けての障害とも読みとれる。国民の生命と財産を直接守るのは、警察であり防衛省の仕事のハズだ。

小泉首相時代、当時の外務省田中均アジア大洋州局長は、首相と一緒に帰国した拉致被害者を北朝鮮に戻さなければならないと主張して、人でなし呼ばわりされた。拉致被害者家族にとっては当然かもしれないが、我々はもう少し冷静に考える必要がある。

戦前警察力も有した巨大官庁として戦後GHQに解体された内務省ならまだしも、武器を持たない外務省は外交テーブルにつくことしかできない。

警察官を前にして「拉致しました」と故金正日総書記が言えば、それは自白であり、そのあとに続くのは、少なくとも実行犯の逮捕だ。外交テープルだからこそ、密約があればこそ、認めたのだ。ミスターXに「拉致被害者を一旦返すからまた戻してほしい」と言われ、田中氏は「わかりました。これで日朝国交正常化が進展するでしょう」と答えても不思議ではない。しかし、拉致被害者蓮池薫氏の兄蓮池透氏の(本人曰く)強硬な意見もあり政府は返さなかったことから、北朝鮮は日本が約束を破ったと盗人猛々しい態度に出た。盗人にも三分の理だが、もともと外交テーブルは筋違いなのだ(それなのに、またぞろ拉致被害者の為ではなく政権浮揚策として二匹目のドジョウを狙うかとの噂が立っている)。

 

 かつて外務省の外交官で国家よりも人命、それも第三国の人命を尊重した人物がいた。一昨年末公開された映画『杉原千畝 スギハラ チウネ』その人である。私が日本の過去の人物で尊敬するベスト3の内の1人である杉原は、外務省の訓令に反してリトアニアで6千人ものユダヤ難民にビザを発給し、日本のシンドラーと呼ばれた。しかし、その杉原は戦後外務省を追われた。外務省の論理からすれば、杉原のとった行動は国を危うくする重大な規律違反。杉原もそれを理解しているから黙って身を引いたのであろう。

助けられたユダヤ人が杉原を長年探し求め、1985年イスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰されるに至り、日本人にも広く知られるようになる。

それでも外務省がなかなか杉原の名誉回復に動こうとしなかった。外務省が重い腰を上げ杉原の名誉を回復させたときは杉原が外務省を辞めてから44年も経っていた(映画を観てキャリアであればもっと早かったものをとの印象を一層強くした)。

杉原がとった行動はだれにでも真似できるものではない。田中氏は、ミスター外務省としての自負を持ち、日朝国交正常化に向けて忠実に職務を遂行しただけという思いかもしれない。(小泉首相との二人三脚による)独断専行や記録がないこと、そこに見え隠れする私欲は、責められても仕方がないと思うが。

 

拉致問題については、本ブログの2014年7月NO.37(「らち と ふらち」)で言及した。軍事ジャーナリストの鍛冶俊樹氏は、著書の『国防の常識』の中で、「日本国憲法」があるから国民を守れないのではない。自衛隊に救出する気がないのではない。政府や国会などの国家中枢にその気がないのであると言う。

金正男不法入国・拘束が千載一偶のチャンスであったが、みすみす解放したのは田中真紀子外務大臣の軽挙?に責めを帰するのではなく、当時の国家中枢の総意だと私は思う。

その時に戦略転換をすべきだった。米国や中国をもってしても手を焼く北朝鮮に、自らを安全なところに身を置き、経済制裁やあるいは経済援助を見返りにというスタンスでは、いい様に舐められるだけだ。従前の対応を囲碁に例えるなら、北朝鮮にとっては花見コウ。将棋への戦略転換が必要だが、日本側の思惑に関係なく、北朝鮮の方が将棋スタンスに既に変えている。米国空母への形だけの護衛を安保法制の実績作りとしたが、見返りに、北朝鮮から、米国の同盟国日本も攻撃対象にされ、平気で日本の上空にミサイルが飛ぶ。

 

拉致被害者蓮池薫氏の兄蓮池透氏は一昨年『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)を上梓した。東電を辞め、家族とも離縁し、拉致問題に全霊を捧げたが、政治家らに翻弄され、被害者家族達の間でも孤立した透氏の断末魔の叫び(首相をはじめ中山恭子官房参与ら拉致問題に登場するほとんどの人を名指しで批判)が聞こえる。

ただ、一方的な内容でもあり、諸手を挙げては賛同できない(拉致被害者が戻らない家族達が、透氏の北朝鮮に対する宥和的発言を変節だと怒るのも、無理からぬこと)。だが、透氏が安倍首相を「拉致を使ってのし上がった男」と表現したことは正鵠を射ていると思う。

今春めぐみさんの母横田早紀江さんが「何もできなかった40年は国家の恥!」と訴えた。40年の全責任を負う必要はないが、難題の解決を高らかに謳った安倍首相は、今のままでは「首相の、友達による、友達のため」の政治を志向したと歴史に刻まれる。レガシーになるのは、党是のための憲法改正ではなく、拉致被害者を取り返すことではないのか。

可能性は高くない米朝衝突を期して拉致被害者救出を米側に協力依頼するのではなく、自らの手で取り戻すことが米国の核の傘にいるといえども日本の自立の第一歩となろう。その場合、危惧される北朝鮮からの日本本土への報復攻撃は、在日米軍人が一人でも死ねば米国が北朝鮮を総攻撃するから、その危険性は高くない(甘い素人考えだろうか)。

世界では当たり前の、自衛隊による救出作戦プログラム及びその完全遂行態勢の確立が焦眉の急だ。そのために憲法改正が不可避と言うのなら、大義がある。自国民を取り戻すことは、国家の義務であり、平和国家と矛盾しない。世界も侵略と難癖をつけないだろう。

首相は「国民を守る最低限のことが我が国ではできない。拉致被害者や紛争地に取り残された邦人を救出する際には、許されるなら自らが乗り込む覚悟であるので、自衛隊機派遣制限の撤廃、攻撃に応戦するための交戦権を認めてほしい」と自衛隊員を含む全国民に時間をかけて切々と訴え続ける。それが首相としての晩節を飾る花道になるのではないか。

我々も覚悟が必要だ。「拉致被害者及びその家族は気の毒だが、そのために我々の生活が脅かされることになるなら嫌だ」と言うのなら、田中均氏を批判する立場にない。ただ、拉致被害者家族達は、それでもすがるしかない国から煮え湯を飲まされ続けるだけだろう。

 

 

2017. 9 NO.75  すが VS すか

 年末恒例の流行語大賞に今年は「忖度」が選ばれるとの呼び声が高い。元々、正しいこと、少なくとも悪いことでないことを、上を気遣って、上の了解を得ずに行うことを言うと思っていた。森友・加計学園問題を機に、悪いことと知りながら、上からの圧力を感じ、あるいは、上を怖いと思い、勝手にやってしまうことを忖度したと呼ぶことに変わるのだろうか。本来いい意味で使われていた「豹変」と同じか。これからは「正義感に燃えていたある官僚は、豹変し、忖度したことにより、公正・公平であるべき行政を歪めてしまった。」といった言い回しに使われることになるのであろうか。

もっとも元経産官僚の古賀茂明氏は『日本中枢の狂暴』(講談社)のP389~390で官僚文化の中では忖度とはもともと後者の意味であったと言っている。官僚は泥水を呑まないと生きていけないものなのか(私が所属していた公益社団法人の監督官庁はそんな感じは受けなかった。ほんの上辺しか見れないのだろうけれども)。

その忖度で揺れた森友・加計学園問題で、菅官房長官は傷ついた。大下英治氏の『清和会秘録』(αイースト新書)によれば、菅氏が安倍元首相を強力に説得し再出馬させ第2次安倍政権を誕生させたという。その時には、影の首相だけではなく、真の首相にもと想い馳せたとしても、よもや後でスカを喰うとは菅氏は想像もしなかったであろう。

李下に冠を正すオシドリ夫妻の尻ぬぐいに、弁慶の仁王立ちさながら全身で野党、メディアからの質問の矢を受け続けた。その忠誠心の強さは敬服に値するが、その対応が悪いと党内で非難を浴びた。私なら、やってられるか!と辞表をたたきつけるところだが、さすが苦労人である菅氏は辛抱した。ただ、報われるとは思えない。国民は「菅官房長官は気の毒だ、被害者だ」とは見ていない。安倍首相が(ヒトラーに擬え)アベラ―なら菅官房長官はアムラー(ヒトラーに仕えた親衛隊全国指導者・全ドイツ警察長官のヒムラー)との印象を受けただろう。首相への道は遠くなってしまったと言えるだろう。

腹心の友の為に苦境に陥った安倍首相の股肱之臣でありながら逃げて首相の盾にならない官房副長官(内閣改造での幹事長代行起用に田原総一朗氏がTVで怒髪天)やヤンキー先生のなれの果てのような文科副大臣等類が友を呼ぶ旧政権の男たちは揃って男を下げた。

男を上げ、いや女を上げたのは、前国会でMVPと報じられた自由党森裕子議員と木で鼻をくくるような官房長官に質問で食い下がり続けた東京新聞記者の二人の女史だけだろう。

 

かつて自民党が政権与党を独占し続けていた時代、各派閥が切磋琢磨して競い、その中から少なくとも幹事長、外務大臣、大蔵大臣(現財務大臣)の主要三役を歴任して首相の資格を得ていた。いわば大企業の社長レースと同じだ。テストを潜り抜けた首相は、とくに官僚出身の首相は何事もわきまえていた。一方、官僚も強かった。自分たちが天下・国家を牽引しているとの矜持と気概が官僚にはあった。国民には安心感があったものだ。

今はどうか。小選挙区になり、公認をもらうためには官邸に自民党議員がものを言えなくなった。族議員も弱体化した。官僚も、2014年に官邸が中央省庁の幹部(審議官級以上約600人)人事を一元管理する内閣人事局を創設して以来蛇に睨まれた蛙になったという。

官邸が、政治主導を通り越して、オーナー会社の二代目社長が独裁するがごときになった。国民に範を示す天皇から任命を受ける首相は「お上」として過ちを犯さないという性善説は立ちいかなくなったと言っても過言ではない。

森友・加計学園問題が表面化し首相権限が私物化されているとの疑念が湧き起こった。首相が謝罪した驕りが問題なのではなく、週刊新潮は、8/10号にて加計氏との奢り、奢られは贈収賄か否か!?と報じた。加計氏の証人喚問は与党の反対で召喚できそうにない。強制捜査権もない。渦中の大臣は皆交代してしまった。国会では真相解明が期待できない。立法府としての国会が空転するだけと理解した。

ならば、真相解明を司直の手に委ねるべきなのか。現行検察は行政機関とはいえ政治的圧力を避けるため検事総長に対する指揮権は法務大臣に限られる。だが、田中首相の時と時代背景が違う。法務大臣が任命者の首相に背を向けられるのか。また、指揮権乱用に対しては、与党が過半数を握る状況では内閣不信任決議案の発議も意味をなさない。警察・検察を「行政」から「司法」に完全移行させ、政権をチェックさせることが必要なのか。

「それは大ごとすぎる。米国歴代大統領を手玉に取ったとされるフーバーFBI長官の例もある。今般の内閣改造が内閣支持率を戻させたとしても首相自身への信頼回復に直結するわけではない。遅かれ早かれ森首相以降の自民党清和会系首相による政治支配が終焉するハズ。それを待てばよい」という意見もあろう。

 

どちらにしろ、官僚体制は変わらない。私は官僚に幻想を抱いているとは思わない。官僚がもっとしっかりしてもらいたい。何のために同い年生まれの中で最も賢い人達が国に集まっているのか。内閣人事局ができて、皆ヒラメになったというのは本当にそうなのか?

人事が意のままにならないのは、民間企業では当たり前の話。例えば業務部長が後任を自分で決められることはない。人事部長が担当役員、社長と相談して決める。

社長というものは取締役会で解任されることを警戒して何人かは意のままになる茶坊主(腰巾着、イエスマンともいう)を重用しても不思議ではない。

それなら社員は皆茶坊主を目指すのか。否、できる社員は社長に隷従などしないものだ。それでは能力が高いが意に沿わない社員は社長にスポイルされるものなのか。公私の区別ができる賢者のトップならそんなことはしない。会社にとって有益なのだから。

逆に賢者でないトップがお手盛り人事をしても、トップはオーナー会社でなければ、定期的に交代する。トップが代われば、しっぺ返しされるだけだ。

加計学園問題では、森裕子議員らに内閣府の審議官が国会で罵倒されてもグーの音も出ない不甲斐ない姿がTVに晒されていた。こんな姿を見て、官僚と接点を持たない一般市民は、官僚は皆そんなものかと見下げるのかもしれない。

私は一時公益社団法人に居たので、キャリア官僚の国家権力を身に纏った威圧感と能力のすごさ、そこから来る強烈な自負心と責任感を垣間見てきた。

官僚を目指した志は、事務方とはいえ、政権のポチ犬になることではないだろう。省益ではなく国益に反することなら、面従腹背など弱腰な態度をとる必要はない。

経済界を震撼させたリーマン・ショックは不幸なことではあったが、金融・証券界に流れていた理系の学生に日本の生きる道は物づくりだと目を覚まさせた。この森友・加計学園問題を奇貨として官僚たちが公僕を目指した初心に戻ることになると信じたい。

 

2017.8 NO.74 ちゅうもく VS しゅうもく

本日8月1日は私の誕生日(どうでもよいか)。8月5日はマリリン・モンローの命日。亡くなったのは1962年だが、その前後中学生?の私は兄が買った何かの雑誌(『平凡パンチ』なら創刊が1964年4月なのでそれ以降)で室内プールに佇むモンローのセミヌードを見ていた。奥手でもオスの本能かもうセックス・シンボルとして認識していた。それ以来私は海外セクシー美女に興味を覚えていくことになった。

「ゴッホよりふつうに・・」でお馴染みのキモカワ芸人『永野』さん流に言うと、ブリジット・バルドーよりもふつうにジーナ・ロロブリジーダが好き。ソフィア・ローレンよりもふつうにクラウディア・カルディナーレが好き。高校で好きだったマドンナは清純な感じだったが、映像の世界ではセクシー女優を追いかけていた。

社会人になる頃には、本ブログ2016年4月号(『キムテヒ VS キムソヒ』)で書いたように色白の日本のセクシー女優のファンになっていた。とくに、ウルトラセブンのアンヌ隊員として人気を博した清純派女優からセクシー女優に転身したひし美ゆり子さんが好きだった。昭和48年4月からの2ヶ月合宿の入行後研修で、銀行の研修所の部屋ロッカーの扉裏にお宝のひし美さんのセミヌードポスターを貼っていたら、黙って、勝手に、母親みたいに、研修担当に撤収されてしまった。堅物の銀行員の中でも人事部の研修担当は石頭の最たる者だと心の中で侮蔑したが、返せとも言いづらく、手元に戻らなかった。

こんな男性ホルモンに支配された私だったが、それでも清純派女優に心を奪われることが起きた。スェーデン出身の大女優故イングリッド・バーグマンだ。東京の銀行独身寮にいたときに観た記憶があるので、1976年3月にリバイバル上映されているその折に観たと思う。その『誰がために鐘は鳴る』を観てバーグマンがいっぺんに好きになった。

昨年はモンローの生誕90周年であったが、一昨年バーグマンは生誕100周年を迎えた。モンローは36歳の若さで亡くなったので、今でも永遠のセックス・シンボルと呼ばれる。一方、バーグマンは67歳まで生きたが、年輪を重ねても気品ある美しさは健在だった。

昨年渋谷のBUNKAMURAでバーグマン生誕100周年ドキュメンタリー映画を観た。スウェーデンにいる頃からその美貌が注目の的になり衆目を集めていた。175cmと背が高く当時それは逆にハンディであったが、もろともせずバーグマンはハリウッドで成功した。

『誰がために鐘は鳴る』に出演したときは既に夫がおり子供がいたとは思いもよらなかった。その後バーグマンの奔放ともいえる男性遍歴が映画界だけでは政治の世界でも問題となる。夫娘を捨て映画監督に走る上、沢木耕太郎氏が『キャパの十字架』(文藝春秋)で疑問を投げかけた戦場カメラマンロバート・キャパとも恋仲になるに及びすこし引いてしまった。動物行動学研究家の竹内久美子女史らは「限られた卵子でよりよい精子を求めていくのはメスとしては合理的な行動」とするが、捨てられる凡人側の男としては身につまされる。それ以上に幼い子供の方を不憫に思う。動物の仔は傷つかないのかもしれないが。

思えば、バーグマンは他にも『カサブランカ』『ガス燈』など数多くの名作に出演していたが、私はWOWOWなどで観る機会があったのに観ようとしなかった。観たいとも思わなかった。ひょっとすると、バーグマン自身よりも、文豪ヘミングウエィが描いた、可憐で、従順なヒロイン・マリアに恋焦がれたのかもしれない。その面影を妻に見た(今は全く可憐でも従順でもないが)ので求婚したのではと思うに至った。

 

バーグマンの声はやや太く好みではない。声でいうなら、レニー・ゼルウィガーさんが好きだ。他の女優とどれほど違うのかと言われても困る。好きになるのは理屈ではない。1996年かのトム・クルーズさんと共演した『ザ・エージェント』が出世作となり、その後当たり役『ブリジット・ジョーンズの日記』や『シカゴ』『シンデレラマン』等に出演。ニコール・キッドマンさん主演の『コールドマウンテン』でアカデミー賞女優となった。

ブレイクしてから20年後の2016年『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』に主演した。チャーミングだった顔をいじるも不評で元に戻したそうだが、映画を観て、何と言ってよいか微妙だが、声はチャーミングのままで安心した。

 この作品には、元彼役でコリン・ファースさんが出演していた。アカデミー賞を受賞した『英国王のスピーチ』(2010年)で知り、それ以来『裏切りのサーカス』『キングスマン』

『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』の出演作など注目して観ている。妻と観た『マンマ・ミーア!』にも出演とのことだが、2008年制作なので、アカデミー賞俳優の代名詞メリル・ストリープさんが歌もうまいと驚くだけで、ファースさんは記憶になかった。

 

 『英国王のスピーチ』の英国王とは、兄が世紀の恋を遂げるべく王位を捨てたため、弟が思いがけず国王となるジョージ6世のこと。幼い時から吃音に悩まされ人前で喋るのは苦手でオーストラリア出身の言語療法士と二人三脚で克服し生涯の友となる話。第二次世界大戦でドイツと戦う際全国民に戦意を鼓舞するラジオ演説をするのだが、国民も国王の吃音のことを知っており固唾を呑んで放送を待っていた。その中で療法士の協力を得ながら見事に演説し終える。却って口の滑らかな人の演説よりも国民に勇気と感銘を与えた。

映画館で観たときは、英語での吃音が今一つイメージできなかったが、WOWOWで吹き替え版を観たら、国王の苦悩ぶりがよく伝わってきた。同時に日本の声優のレベルの高さを再認識した。洋画は字幕に限るという考えを改めた。

映画の中でチャーチル首相も自らも吃音に悩んだと国王に告げていた。口から生まれてきたような小倉智昭キャスターもテレビ東京に入社時吃音に苦しんでいたと知って驚いた。それを克服するために、出にくい音を発声する前に前フリの言葉をつける工夫をしていた。それが今の話術を修得させることになったという。ウサギとカメの寓話を思い起こす。

今春米国ドキュメンタリー映画『ぼくと魔法の言葉たち』を観た。自閉症により2歳で言葉を失った少年が、大好きなディズニーのアニメを通じて現実の世界と向き合えるようになる。恋愛も経験し失恋に終わるもそれを乗り越え、自立を果たしていく。本人の前向きに生きようとする姿と両親、兄の深い愛にじわじわと涙が滲む。

世にいろんなハンディがある。努力してそれを乗り越えることに人生の意味があり、感動も生まれる。映画は本と同じくそれを我々に教えてくれる。

映画評論家故水野晴郎ならずとも、「いやぁー、映画って本当にいいものですね!」