2018.2臨時号 NO.86 はいじゅ VS はいじょ
私が銀行を辞め社団法人に在籍していた頃歴史学者でNHKの教養番組でお馴染みの東京大学名誉教授故木村尚三郎先生にお世話になった。トップが知遇を得ており、節目の記念講演の折何度か登壇いただいた。講演の案内資料を郵送すると先生から「拝受しました。」とFAXが送られてくるのが常だった。「拝受」という言葉は、銀行員時代には使わず(単に教養がないだけかもしれないが)、新鮮に感じ、その後自身でもよく多用させてもらった。
木村先生は「ゆっくりと美味なものを食している時間が至福の時だ」とよく仰っておられた。20年以上前の6月頃か札幌で講演会を開催した折、昨晩至福のときを迎えられたであろう講演者の木村先生をお迎えに宿泊ホテルに向かった時、膝関節が痛く、足を引きずるようにしか歩けなくなってしまった。
遡ること1か月程前東向島・白髭橋近くにある『カタヤマ』というちょっと名前の通った洋食店でオージービーフを300g食べたが、値段も手ごろで400gでもイケる。牛肉好きの私はこれからも手軽に至福の時が迎えられそうだとほくそ笑んだ。が、数日後足の親指にチクチクと痛みが走りガラスの破片でも踏んだか?と思った。それが痛風の始まりだった。
残念なことに、同じ肉でも鶏肉は比較的大丈夫で、牛肉が私には一番痛風に悪く、それから10数年牛肉を食すること控えざるを得なくなってしまった。
その頃は薬などできるだけ飲まないようにしていたので、食事内容はかなり制限されていた。尿酸値が高いだけではなく、高脂血症、中性脂肪も多い、血糖値も要注意と成人病のオンパレード。鶏卵は、細胞の多いイクラ、うにと違って、細胞が一つなので痛風には良いのだが、コレステロール値が高い。ちりめんじゃこも、カルシウムが取れるが、小さくても一尾一尾内臓がついているので尿酸値を上げる。前立腺肥大とか何かと体によい納豆も痛風にはよくない。あれこれ気に掛けると食べるものはなくなってしまう。
加えて、前立腺肥大の症状が出てからは好きなカレーも冬には控えていた。前立腺肥大では体を冷やすと炎症を起こしやすい。カレーは基本体を冷やす。体を温めるということなら常夏のインドで常食しないだろう。日本でも夏に毎日鍋焼きうどんを食べないのと同じだ。コーヒーも体を冷やすので、ブラックでは飲まない。
冷たい食物は体を冷やす。冷たい女は心を冷やす。ともに避けるに如くはない。
前立腺肥大と前立腺がんは別物なので、前立腺がんになるのを防ぐためにと数年間(滑稽なことにとっくに癌にもなっていたのだが)、元々あまり食さなかったヨーグルトやチーズを一切食べないようにしていた。前立腺がんの原因は分かっておらず(長時間座り続ける生活はよくないらしい。作家やタクシー運転手はどうなんだろう)、食品との因果関係もまだ解明されていない。北欧に前立腺がんが多いので乳製品が悪いのではないか。フランス人は比較的癌が少ないからワイン(ポリフェノール)がよいのかも。イタリア人もトマト(リコピン)が予防に有効?と研究されている段階だ。
前立腺がんと分かった瞬間から、ばからしくなって、何でも食べるようになった。成人病予防の薬など数種服用しながら(体調も悪くないのに定期的に病院に通う私は、内科と調剤薬局にとっては死ぬまで上客だ)、好きな物を食べる。留意していることと言えば、毎日きっちり三食とること(私の辞書にはブランチは載っていない)。毎食の最初に野菜を食べること(昼食をラーメンで済ませる時は野菜たっぷりのタンメンにする)。塩分を取り過ぎたと思うときは、バナナかアボカドでナトリウムを摂取すること、ぐらいか。
前立腺がん以外でも胃がんや大腸がんになったら、もう肉は食べないという人がいるが、どうなのか。数十年の食生活で癌になっている訳なのに急に肉を食べないからといってプラスに作用するとも思えない。
肉を悪者扱いする人がいるが、癌との因果関係が解明されたとでも言うのか。赤肉と大腸がんは統計学的に有意だとしても、肉の広報大使・寺門ジモンさんや文字通り肉食系女性ヴァイオリニスト・高嶋ちさ子さんならいざ知らず、日本人はそもそも欧米人ほど肉を食さない。明治以降欧米の体格に追いつきつつあることや寿命が延びたのは、肉と牛乳のお蔭ではないか。私よりすぐ上の団塊の世代が日本の高度成長を支えてきたのに、中高年に差し掛かるといかにもお荷物だと言うのと同じではないか。
最近では、逆に、65、66歳からは肉を食べたほうが良いと推奨され始めている。血管を丈夫にし、免疫力も上がるとして。それで牛肉も日を決めて食べるようにしている。
過ぎたるは及ばざるがごとし。体に良いと言われる物でも食べ過ぎたら良くないのは当たり前。銀行員時代のある先輩の母親が「ホウレンソウが身体にいい」と山ほど食べた結果、緑色の大きな胆石(色素胆石)ができたという。
悪いと思える物でも頻繁に食さなければ影響は小さい。要はバランスの問題だ。
けだし、私が節制して長生きしてもだれも喜んではくれないだろう。憎まれ口をたたく私に妻は早く逝って! (ほんとはもっとひどい言い方なのだが)と言う。銀行員時代「高ければよいと思っている。ブランド品ばかり!」と妻が文句を言うと、「そんなことはない。嫁さんはブランド品ではない」と言い妻を逆上させた。最近も旅行から帰る新幹線の中でトイレから戻ってきた妻が、鏡を見てがっかりすると私に言った。本人より夫の方がもっとそう思っていると言い終わるや否や「痛たたた!」と私が声を上げたら、近くに座っていたよその子供がびっくりしてこちらを見ていた。
これに限らず、なにかと余計なことを言っては妻を怒らせる。他人に厳しいが自身にも厳しい貴乃花親方と違い、私は、自分自身には甘いが、周りやブログ上で勝手な正義感を振り回し毒を吐く。早く「排除」されるのを望むのは妻だけではないかもしれぬ。かの希望の党からではなく、この世から。
無理に節制したとしても効果があるとは限らない。ある80歳を優に超えた官僚OBは、同世代が逝くのを見送ってきた経験から「70歳ぐらいまでは自助努力で寿命をもたせることができるが、それ以降の努力はあまり関係ない。DNAでその人の天寿が決まっているのでは」という話をされていた。百寿や白寿の方の食生活を参考にしてもということになる。
老人の常套句を言う日が来るとは思わなかったが、この歳になると美味しい物を食べることぐらいしか楽しみがない。それを捨ててまで長生きしようとするのは糞喰らえ!だ。そうと決まれば、至福のときを求めて、早速B級グルメの名店探訪に繰り出すことにしよう。