2018.4 NO.89 なんくった VS なんつった
春と言ってもまだ肌寒い昼下がり、とあるインドカレー店にて。
A:「ナン喰った?」 B:「今なん言った?」
A:「ナンを食べたのかと聞いた」B:「そうだよなぁ。何釣ったかと聞こえた。どうして
昨日釣りに行ったのを知っているのかと思った」
A:「バカか? 知る訳ないだろう。それでナンは喰ったのか?」
エイプリルフールではないけれど、週刊文春連載中の宮藤官九郎さんのコラム『いまなんつった?』をヒントにちょっと言葉遊びをしてみた。
(諸説あるが)本場インドからではなくイギリス海軍(海上では曜日の感覚がなくなるので毎週木曜がカレーとのこと。日本の海上自衛隊らは金曜日)から伝わったとするカレーは、今や国民食。大人から子供まで、もちろん私もカレーが好きだ。すこし、自身の華麗ではないカレー生活の変遷を振り返ってみる。
子供の頃、母の作るカレーは、かつお出汁に小間切れの牛肉で、とろみは片栗粉でつける和風カレーというべき代物であった。昭和47年前後の大学生の頃、高校も同じ同級生に明石にあるご自宅にお呼ばれした。店屋物ではなく家で揚げたとんかつが乗ったカツカレーをふるまってもらい、リッチだと思った。その折その同級生の許嫁も同席しており、彼我の境遇の差を感じざるを得なかった。
社会人となり、一人住まいしていた時、本格的なものではなく市販のルーを使ったカレーをよく作ったものだ。ハウス食品のジャワカレーの辛口が好みで、角切りの牛肉、ニンジン、じゃがいも、そのほかにセロリ、ローリエ、リンゴか梨のすりおろしを入れていた。仕上げにコーヒーの粉末を少量加えた。
結婚し、子供がまだ小さい頃、妻に飼い馴らされた3人の子供たちは、「ヒデキ、感激!」でお馴染み (古すぎるか?) のバーモントカレーで作った妻のカレーの方を好むので、家でカレーを作ることはなくなっていった。妻の作ったお子ちゃまカレーは食べず、妻から可愛くない!と言われながらもレトルトを食べるか外食していた。
中高年になると、成人病が気になり、欧風カレーよりもさらっとしているインドカレーをより好むようになった。最近になって同じインドカレーと言っても、主として北インド料理と南インド料理があると分かったが、当時は違いなど理解していなかった。
辛さに強いわけではないが、結構辛いインドカレーを食していた。勤務地の最寄りの店にランチで出かけて行った。三越前にいるときは、『フジヤ』。当時は店主の息子と手伝いの母親で営むインドカレーの店。カウンター越しの親子の諍いは要らぬスパイスだと思った。雪が谷大塚では、『ヤーマ・カーマ』。スパイシーチキンカレーは辛くて辛いぐらい。でもこれを食べずしてこの店を訪れることは沽券に関わると思っていた。
しかし、前立腺肥大になって(後に前立腺がんも判明)からは辛いカレーを食べることができない。未訪の、激辛インドカレーで名の通った祐天寺『カーナ・ピ―ナ』や某歌舞伎役者が贔屓にするという福岡天神『ツナパハ』には残念ながらもうチャレンジできない。
前立腺と古狸の妻にはとにかく刺激を与えないのが鉄則。それで辛くないカレーを食べることになり下がるのだが、毒を吐かない時の私のようで物足りない。そこで大学生のとき感じ入ったあのリッチなカツカレーを思い出し、カツカレーの名店巡りと相成った。
かつてDancyuの特集『日本一おいしいカレーをあつめました』でカツカレー部門で取り上げられた町田の『リッチなカレーの店アサノ』に行くことにした。町屋は近いが町田は遠い(カツカレー1,450円と同程度の交通費がかかる)。そこで小旅行を仕立てた。まず、カリスマラーメン女店主で高名な『雷文』で昼食をとり宇都宮節子店主の尊顔を拝したあと、版画美術館に立ち寄り、その後南町田に出て映画を鑑賞したあと、町田に戻りようやくアサノでカツカレーを賞味した。さらさらのポークカレー。イタリアの国旗の色のように人参、インゲン、ポテトが一ずつあしらわれ、日本一かどうかは別として、カツもさくさくで胃にもたれないのはさすがだ。カツが1cmもない幅で細切りカットしてカレーにのせているのは、地元向島の洋食『牧野』を思い出す。食べやすい細切りカツにすることで、芸妓さんたちが着物を汚さずに済む心遣いなのだが、残念にも数年前閉店してしまった。
下北沢にあるタレント松尾貴史氏の店『般゜若(パンニャ)』にも行った。さらさらのインド風カレーにイカ墨を混ぜたパン粉で揚げられたトンカツがターメリックライスに乗ったマハーカツカレー。私が理想とするカツカレー(インドカレー+とんかつ)に近い。
カツカレーの名店はどこともトンカツが分厚くない。あくまで主役のカレーを喰ってはいけない(トンカツのカレーソースがけとは違う)。
千円未満の手頃なカツカレーでは、新御徒町『サカエヤ』(さらさらのポークカレー)を贔屓にしていた。「色々野菜のせイベリコ豚のカツカレー膳」の神保町『TAKEUCHI』にもよく寄る。カツカレーのほか、煮込みハンバーグカレー膳には、素揚げの野菜が多く盛られ、具だくさんの豚汁もつきコスパは最高。行きつけの店として外せない。
ちなみに、チキンカツカレーなら、恵比寿『焼きとり鶏梵梵』や秋葉原『たつみ屋』(マウンテンチキンカツカリー)に足を運ぶ。
しかし、そのカツカレーとも別れる日は思いのほか早く来た。“好事魔多し”ではないが、前立腺がんの放射線治療から数年経ち、前立腺肥大は残るものの違和感、不快感が薄れたことをよいことにハイになり、カツカレーや他のごはんものを好きなように食べていた。すると、尿酸値とともに血糖値が上がってしまった。痛風は、痛いがサーモスタットのようなもので怖くない。サイレント・キラーの糖尿病は癌と同じで忍び寄りたちが悪い。糖尿病を心配する者にとって、チャーハン、オムライス、カツ丼と並んでカツカレーは悪魔の食べ物。糖質、脂質、カロリーと三拍子揃う(それだけにめっぽう美味いのだが)。
本ブログの本年2月臨時号NO.86(「はいじゅ VS はいじょ」)で、美味しいものを食べるのを捨ててまで長生きしようとするのは糞喰らえだ!とイキがったが、正直糖尿病は怖い。銀行の組合専従をしていたとき、両目を失明しかけた人のところへ見舞金を持って行った。歌手の故村田秀雄が下肢を切断したことは有名な話だ。
武士なら二言はないところだが、軟弱にも舌の根も乾かぬうちに宗旨替えした私はカツカレーの名店巡りに終止符を打つことにした(溜池山王『まさむね』のカツカレーは、以前すごい行列で断念した。それが心残り)。
これから先は、スープカレーでもと銀座にある『イエロースパイス』や『札幌ドミニカ』に行ってみた。サラサラ好きと言っても(カレーを飲み物と称するデブタレさんでなくとも)飲み物みたい。俳優の故阿藤快ではないが「なんだかなぁ」
亡き母が晩年「歳はとりとみない」(神戸弁or播州弁の、歳はとりたくない)とよく口にしていた。その気持ちが理解できる年齢になってしまった。