2018.5臨時号 NO.93 ゴーストライダー VS ゴーストライター
米国人気俳優ニコラス・ケイジさん主演の映画『ゴーストライダ―』は、人間と悪魔が合体したアメコミ・アンチヒーローの実写版。罪なき命から血が流れるとき燃え盛る火に包まれた骸骨とバイクの火の玉ライダ―に変身する。女が怒髪天を衝くほど怒ったとき相手を含め周りを大やけどさせるが、その時私はこのゴーストライダ―を想起する。
余談だが、続編の『ゴーストライダ―2』では、『ラスト・ターゲット』でジョージ・クルーニーさんと共演した、私好みのセクシーな伊歌手兼女優のヴィオランテ・プラシドさんがケバイ母親役で登場していたのには吃驚仰天した。
GhostRiderが火の玉に変身するのには火をつけるLighterは不要だが、アイドルが本を出版するには代わりに書いてくれるWriterが必要。これをGhostWriterという。
天然で知られる歌手松本伊代さんはアイドル時代自身の出版本について聞かれ、「まだ読んでいない」と答えたのは有名な話。しかし、誰もそんなものだと思っているので問題にならない。企業や団体でも、筆が立つトップは下が書いた駄文を自身の名前で出されてはと自身で書く。が、それは少数で、普通年頭の挨拶など下の者が代わりに書くものだ。本当にトップが執筆したかなど、掲載する雑誌側や業界紙側も気にもかけない。
書くことを本業とする作家や作曲家になると大きな問題になる。2014年に発覚した佐村河内事件をまだ覚えておられる人も多いのではないか。その事件の全貌を記した『ペテン師と天才』(文藝春秋)で著者神山典士氏が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。
地に落ちた佐村河内氏と天才作曲家新垣隆氏との関係は、偶然時を同じくして2014年に全米で公開された映画『ビッグ・アイズ』とそっくりだ。ペテン師の画家の夫を相手どり妻が「大きな瞳をもつ子供の絵はすべて私が描いたものだ」と訴えた話。1950年代の実話で裁判に及んでも夫はペテン師らしくなかなか認めようとしない。裁判官は業を煮やし、その場でビッグ・アイズの絵を描けと命ずるに及んで妻の主張が認められるに至った。
有名になればなるほど、世間を欺いているという罪悪感、表に立つものに対する不信感と嫌悪感、本来ならば自分がとの自負心などが煮えたぎり沸点を超えた時、ゴーストライターはゴーストライダ―に大変身する。
勝訴した妻のマーガレット・キーンは世間から歓迎され、ペテン師の夫は無一文で寂しくこの世を去ったという。同じように、世間を欺いたのは共犯であるが、その作曲家としての才能と優しい人柄で新垣氏は世間から受け入れられた。告白した後に完成した新垣隆氏の新作交響曲「連祷─Litany─」がクラシックの世界的名門レーベル「Decca」から世界配信されるまでになった。
ミュージカルの世界にもゴーストシンガーがいる。『マイ・フェア・レディ』や『ウエスト・サイド物語』、『王様と私』など往年の大ヒットミュージカル映画でゴーストシンガーを務めハリウッドを救った陰の立役者と呼ばれる、マーニ・ニクソンだ。1950年代の当時ゴーストシンガーの存在はタブーで本人も絶対口外できないし待遇もひどいものだったらしい。ただ、『王様と私』が公開される直前の1956年3月に地元紙に主演デボラ・カーが暴露して大問題になる。マーニと友情を育んだデボラがその境遇に同情してのことだ。
その後映画が下火になると、マーニはニューヨークに進出し、ゴーストシンガーとしてではなくミュージカル舞台女優として活躍し続けた。後輩たちに多大の影響を与えたが、2016年(86歳)に没しレジェンドとなった。
書く仕事に隠し事がつきものだ。ゴーストライターは珍しくないとなると、作品の熱狂的なファンの想いは次のようにエスカレートしていく。別人が書いた可能性もある→別人ならあの人であってほしい→あの作品の作者は絶対あの人でなくてはならない。
その代表例がシェイクスピア。河合祥一郎氏の『シェイクスピアの正体』(新潮文庫)では7つの別人説が検証されている。哲学者フランシス・ベーコン説、劇作家クリストファー・マーロウ説、第六代ダービー伯爵ウィリアム・スタンリー説。紅一点として第二代ペンブルック伯爵夫人メアリー・ハーバー説ら。
こうした別人説が出てくるのは、田舎町出身の役者風情に王族や貴族を題材にした傑作を何作も創作できるハズはないという思いと蔵書も原稿も残っていないということにある。
別人説を唱える者に頭の良し悪しは関係ない。チャップリンやフロイト博士も別人説を支持していた。中には、狂信的となり、全財産を亡くした医師や終いには気がふれた女性もいた。恋愛、宗教と同じで反対されるとさらに燃え上がる。人間の不可思議で怖いところだ。別人説に共通するのは、ひとえに不都合な事実は無視するか脳が反応しないことだ。
写楽の場合もよく似ている。美術研究家ユリウス・クルトが1910年に発刊した名著『Sharaku』により、写楽作品の芸術性(大胆な構図や人物のデフォルメ)が絶賛されてから評価が一変する。生きた化石と同じだ。シーラカンスは、不味い魚と漁民に見向きもされなかったが、学術的価値があるとなると俄然脚光を浴びた。
そうなると、本ブログ2012年12月号NO.18(「マネ と モネ」)に書いたが、元々江戸時代に作者を示す記述があったにも拘わらず、阿波の能役者に書けるハズがないと多くの別人説が流布された。その中には後述する写楽のライバルの歌川豊国だとする説もあった。
江戸時代の庶民にとって、浮世絵はプロマイドみたいなものだから、写楽よりもライバルの歌川豊国の方が断然人気があった。写楽が1年も経たず消えたが、豊国は役者絵の第一人者として浮世絵の最大派閥となる豊国一門隆盛(国貞、国芳等輩出)の礎を築いた。今観ても芸術に疎い私には、豊国作、例えば『四代目市川団蔵の毛谷村六助』の方がだんぜんカッコいいと思う。一応の決着を見た今なら後出しジャンケンで何とでも言えるが、私には豊国が写楽になる必要性が分からない。
評価が海外から逆輸入されたと言えば、北野武映画監督の作品も同じだろう。我が国では、任侠、バイオレンスのイメージが強く賛否両論の様相を呈する。私は北野氏を映画監督としてではなく、天才芸人として、その才能と遊んても糟糠の妻を大事にする人となりを称賛させてもらっていた(その北野監督に愛人?報道が出たのは残念。不可解に事務所から独立した北野監督と30年来の腹心森社長との反目に影を落としているのでは。殿命のたけし軍団は否定し、元軍団の東国原氏は「その件は訴追の・・」とふざけてはぐらかすが)。
しかし、写楽と同様作品の独創性、芸術性がフランス等で高く評価されている。独立を機に映画製作も終わるなら、それも写楽とそっくりと言えば、しゃらくさい!と叱られるか。
写楽と違い、シェイクスピアの別人説はまだ決着をみていない。22世紀に向かって論戦がまだまだ続いて行こう。しかし、高度に情報化された現代社会において、天才芸人ビートたけしと映画監督北野武とは別人だとする説は100年経っても現れないことであろう。