2017. 11増刊号 NO.80  かいん VS かい

 特例法が制定され今上天皇の退位と改元が2019年のうちに進められる方向となった。

改憲はどうなるのだろう。憲法記念日に突然安倍首相が従来の自民党改正草案と違う内容をぶち上げた。その首相私案で改憲に向かうのか。それでは、つまり憲法第9条に3項を設け自衛隊を明記するだけでは(とくに2項を改正しなければ)、拉致被害者や紛争地に取り残された邦人を自衛隊が救出することは依然としてできない。心ある自衛隊員は喜ぶハズはないだろう。そんな国民に益がないものの為に国民投票までさせると言うのか。

 なぜ首相は心変わりしたのか。首相在任中に憲法改正をとの私欲もあろうが、それよりも、下手に憲法を触って米国に朝貢した安保法制の違憲問題が蒸し返しされるのを恐れてということか。それなら、わざわざ忙しい改憲スケジュールを立てる必要もないわけだ。

安倍首相の本音はABE主義として現れる。American soldier(米国人兵士)>海外邦人、Better friend(より親しい友) >一般市民、Elect (特権階級) >低所得者・年金生活者。

国会で改憲私案の真意を問われると首相は今や政府広報紙かと揶揄される読売新聞を読んでと答えた。小泉元首相が10年前の国会答弁でイラク派遣問題において「私にどこが非武装地帯か分かるハズはない」との旨の暴言を吐いたが、それに匹敵するひどい暴言。国会の解散権の乱用もしかり。小泉元首相は国民の望まぬ郵政民営化が参議院で否決されたら衆議院を解散させ、安倍首相は森友・加計学園問題逃れの大義なき(冒頭)解散を断行した。

 この対米追随派と目される清和会系の2首相が自民党(ターゲットは経世会)をぶっ壊し主導権を握ると、国会軽視、ひいては日本の政治をダメにした、と言っても過言ではない。

 

 私は、大学生の時正門の近くでヘルメットを被った同級生を横目に見ながら雀荘に通った典型的なノンポリだった。その後も政治に正直深い関心を示してこなかった。しかし、今ことの是非は別として北朝鮮が表向きだけでも世界最強の大国と丁々発止で渡り合っている。台湾が中国からの独立を志向しそのために受ける中国からの嫌がらせに蔡総統が踏ん張っている。それに比し、ここ一連の核兵器禁止をめぐる日本政府の不甲斐なさを見て、棺桶に片足を突っ込んだ年齢になって初めて私の心にナショナリズムの火がついた。

その直後、『革命の侍〜 チェ・ゲバラの下で戦った日系2世フレディ前村の生涯』を映像化した映画『エルネスト』(主人公のボリビア日系人は誇り高き日本人そのものだった)を観た。日本が生まれ変わって14歳になった1959年にチェ・ゲバラが被爆地ヒロシマを訪れていた。反米とはいえチェ・ゲバラが展示写真を見ながら「アメリカにこんなにひどい目に遭わされたのに、なぜ怒らないのか」と問いかけていた。今は70歳をとうに過ぎてしまった日本を叱ってくれる人はいない。『台湾人と日本精神』で日本人を叱咤してくれていた、司馬遼太郎が生前“老台北”と愛称した愛日家蔡焜燦も今はもういない。

日本人自身が、日本を、日本人を叱咤激励するしかない。そもそも日本人は、大戦前から、米国が好きだった。それゆえ米国(GHQ)の占領後もそんなに混乱もせず経済大国にもなれた。(今の日米同盟ではなく)本来の対等での同盟関係を他国と結ぶとなるとやはり米国を真っ先に選ぶだろう。しかし、“罪を憎んで人を憎まず”ではないが、米国を許しても核爆弾の投下を決して許してはいけない。こと核に関する限り米国に正義はない。唯一の被爆国としての立場、矜持を米国に主張する気概を持たず米国の言うままになるのでは、戦争に負けても東アジア諸国から勇気をもらったと感謝された同じ日本人とは言えない。

 米国は核兵器がなくても世界最強の軍事大国に変わりはない。核兵器禁止条約に反対なのは、核兵器はなくならないという思いと日本らを顧客とする軍産複合体とっての大きな(核・ミサイル関連)既得権ビジネスということに他ならない。

それは、暴君トランプ大統領もってしても無視しえない。日本に核兵器禁止条約という踏み絵を突き付けてきているということだろう。

 遠藤周作原作の映画『沈黙』を観たが、踏み絵を踏まされる時、どうせ踏むならと進んで踏む者がいた。だが、隠れキリシタン組織の長は決してそんなことはしなかった。今の日本のトップは核兵器禁止条約不参加が日本自身を否定していることを理解しているのか。

 

 10/10からの総選挙中櫻井よしこ女史が週刊新潮の連載コラムにて10/12発売の10/19号で「安倍自民党しかない」と結び、10/19発売の10/26号で「政府高官が語る、北朝鮮有事近し」と危機感を煽った。好アシストになったかは分からないが、10/22の投票日には自民党が大勝し、櫻井女史とってはめでたく安倍首相が続投することになった。

総選挙に際しTVで某女性学者が「政治を国民の手に戻す」と言っていたが、お笑い『サンドイッチマン』ボケ担当の富澤さんではないが「ちょっと何言っているかわからない」

 日本に限らず米国を見ても、賢者でないトップを賢者でない大衆が支える。賢者でない大衆>賢者な大衆を前提とする民主主義は、バグを起こしやすい(民主主義に代わるモアベターなものがないなら甘受するしかない)。賢者な政治家がしっかりするしかない。

 総選挙で注目された小池百合子都知事と(メディアもこぞって持ち上げる)小泉進次郎筆頭副幹事長は、賢者でない大衆をターゲットとするポピュリズム的政治手法による劇場型政治を展開した小泉元首相の亜流でしかなく、中味はスカジャン。国の将来を託せる器とは思えない(「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということで辛口過ぎるのかもしれないが)

それでは、ポスト安倍に名があがる自民党大物?代議士はどうなのか。ポスト安倍レースを先行する、岸田文雄政調会長と石破茂元幹事長は、『週刊ポスト』101320日号の特集「日本をダメにした90人の政治家」の中のPART3『それは負け犬の遠吠えでしかない 安倍一強を招いた「力なき反主流派」』で共に他の政治家と一緒に名前を連ねていた。

 記事内容は引用しないが、森友・加計学園問題においても「首相は説明責任を果たすべき」はメディアに向けてではなく、直接首相に言えばよいこと。本来問題発覚の早い段階で自民党内にて自浄すればよいものを国会に持ち込むから、国会は空転し、本当のことが言えない大臣や副大臣、さらに官僚まで国民の前に無様な姿をさらけ出すハメになる。

反主流派は、自らの手を汚さず、野党や国民に安倍首相の足を引っ張ってもらうのを期待しているのか。真に国の将来を憂うる気持ちがあるのなら、何としても自らの力で政権を奪取しようとするものではないのか。

国民の審判で自民党自体は信任を得た。小選挙区制で野党側が分裂してしまったら当然の帰結であり、別に安倍首相自身が信頼を取り戻した訳ではない。月刊『新潮4511月号(10/18発売)の特集「落選させたい政治家13人」の中でかの歴史家保坂正康氏に(ABC3段階の)Cランクの首相として歴代首相の中でもとりわけ安倍首相が酷評されていた。

そんな安倍首相にものが言えないようで、どうして米国にものが言えようか。

腹が立ってしょうがない(老人性認知症の前触れか?)。「昼間からやけ酒だ!」と言ったら、妻に「何アンタごときが上から目線でイキっているの? 呑むより血圧でも測ったら」と返された。良き妻を娶ったものだ。いつも心の傷にすりこんでくれる。たっぷりの塩を。

 

 

 

2017.11 臨時号 NO.79   VS 

 最近憂国の士気取りで、「物言わぬは腹ふくるるわざなり」と言わんばかりに腹立つことばかり書いていたような気がする。時には腹が空く話もしてみることにする。

秋から冬にかけて青魚が美味しい。「光物」と呼ばれる青魚で代表的な、サンマ(秋刀魚)、サバ()、イワシ()、アジ()の内、ある事で仲間ハズレになっている魚は何か。

正解はアジ。サンマ雲、サバ雲、イワシ雲と呼ばれるが、アジ雲というのはない。秋の象徴的な雲・巻積雲は、小さな雲片が多数の群れをなし、集まって魚の鱗や水面の波のような形状をしていることから魚に例えられたという。光物の中ではアジは見た目が地味なのかもしれない。他の青魚に比べて油が少なくやや淡白なところもアジの特徴。

魚の背がギンギラギンでさり気ないハズがなく、油ぎる光物の刺身は好きではない。とくにサンマの刺身は苦手だが、くせのないアジだけはむしろ喜んでたたきとかを食する。私に限ってはアジを光物とは仲間外れにしている。アジの名の由来も味がよいということから来ているという説が有力だが、納得するところだ。

私にとって、サバとアジは大違いなのだが、同じススギ目の魚で親戚である。ぜいごと呼ばれる硬いとげのある稜鱗が尻から腹にかけてあるのがアジ。サバにはそれがない。後述するアジにもブランドがあるが、サバのブランドとしては、関サバ、松輪サバ、岬(愛媛)サバが有名。なお、コンサバは、金鯖ではなく、保守的なという意味の外来略語。

いつも腐らず元気な明石家さんまさんと違って、イワシやサンマと並んでサバは生き腐れといわれるほど足がはやく腐りやすい。そこで酢で〆ることになるが、それが好きではない。江戸前寿司ならコハダ(小鰭)にうるさくなければ通とは呼べないが、私はまず食べない。関西では、しめ鯖のことをきずしと呼ぶ。関東のしめ鯖より、酢が立っており、子供の頃一切れ食べるとうっ!となり、三切れ目にはもどしそうになったものだ。ハレの日などに母がよくこのきずしとバラ寿司(関東はちらし寿司)を作ったものだが、この二つの酢の料理が苦手だった。もっとも、酢が嫌いかというとそうでもない。餃子のつけだれは酢と醤油の割合は8:2と酢をたっぷり利かせる。元AKB48前田敦子さんや歌手の八代亜紀さんほどではないが、あんかけ焼きそばなど中華料理によく酢をかける。

魚、とくに青魚はDHAEPAも豊富で健康によいと言われなくても、歳をとってくると肉よりも魚が美味しいと思うようになってくる。私は、元来白身で淡白な、おっとっと、女ではなく、魚が好きだ。タイ()やスズキ()を塩焼きにしてかやくご飯(関東は五目飯)の上にのせて食べるとたまらない。タイのあらで潮汁もよく作る。

赤身のサケ()の切り身を買えば、オリーブオイルでムニエルにして食べるか、冬は粕汁に入れて食する。青魚では、サンマは塩焼きが一番だが、ソテーしてスパゲッティー・ペペロンティーノに混ぜ入れることもある。サバは伊藤食品のサバ缶(味噌煮)で十分。アニサキスも心配ないし。イワシは、小骨が妻の小言と同じでうるさく、あまり食さない。

アジの料理は、刺身、たたき、なめろう、それを焼いた、さんが焼き、塩焼き、干物、フライと幅広いが、とくにフライが好きだ。アジの干物は食べない。干物は、逆にもっと油が乗った方がよい。函館で良物を食べて以来好きになったホッケや赤魚の金目鯛、好きな金沢に行ったときはノドクロ(アカムツ)の一夜干しを頬張る。

『終わった人』(講談社)で甘い幻想を抱きがちなアラ還男たちに冷や水を浴びせた作家内館牧子さんもアジフライが好物らしい。エッセイ『毒唇主義』では、盛岡滞在時に心臓と動脈の急性疾患で倒れ、奇跡的に命をとりとめ約4か月ぶりに普通食が可能となったときイの一番にアジフライ(ソースどぼどぼがけ)とラーメンを挙げたという。

私は、池上線旗の台駅近くの釣り魚の店『舟武』でアジフライの美味しさに目覚めた。本ブログ20139月号(「ウクライナ と ユウクライナ」)に登場する、妻とひと時を過ごした店がこの店だ。房総の地魚の刺身、でっぷりしたエビフライ、小ぶりのアジフライ、〆の雑炊が定番だ(大将が店に出なくなってからは次第に足が遠のいてしまったが)

美味しさに目覚めて以来アジフライの名店巡りをしているが、尻尾付きと尻尾がない半身揚げの2種類に分かれるようだ。どちらも美味しいが、どちらかと言えば、肉厚な半身揚げよりも尻尾がついた小振りのアジフライの方が好みといえる。

浅草の『徳仙』は小ぶりで尻尾付き。あの欽ちゃんの思い入れの店。他で尾付きで千円未満の定食としては、八丁堀『うら八』新御徒町『まめぞ』門前仲町『富水』など。

千円以上では、大森海岸『入舟』渋谷『d47食堂』や姿づくりの形でアジフライが供される錦糸町『魚義』がよい。尻尾付きアジフライ一枚と刺身がセットになった嬉しい定食なら、新お茶の水『たんぽぽ』恵比寿『さくま』渋谷『御厨』。遠出なら沼津『ずう』など。

尻尾がついていないアジフライは、やや大振りの身がふっくらとしたアジを半身で揚げるのが多いが、その代表例と言える店は六本木『田はら』。愛媛県三瓶町のブランド「奥地あじ」を使用している。ただ、ランチとしては2千円(税引き)と値が張る。千円未満では、銀座「三州屋」淺草雷門『ときわ食堂』が普段使いできる。

今春には、ブランドの黄金あじを食べに、房総に足を延した。二大有名店の浜金谷『さすけ食堂』(半身揚げ)と竹岡『マルゴ』(尻尾付き)をはしごした。10時開店の10分後にさすけ食堂に着いたが甘かった。順番待ちは18組目で都心なら帰るところだが、店外の長い椅子に座れるので待つことにした。1時間強経ってようやくアジの刺身もついた『さすけ定食』を頼み肉厚のアジフライを頬張った。その後近くの金谷美術館(コンクール入選作展示中)に寄り、それから一駅手前の竹岡駅近くのマルゴに向かった。アジフライは尻尾付きで好みなのだが、小ぶり過ぎて、ふっくらした身の厚いアジフライを食べた後ではすこし衣が気になってしまった。食べログでは、さすけ食堂の方が点数が高いが、妥当だろうと感じた。なお、TV深夜番組『孤独のグルメ Season6』では浜金谷『漁師めし はまべ』の方を紹介していた。次の機会には訪問してみたい。

ブランドアジと言うなら、三浦半島の松輪アジを使う東京・京橋『松輪』も外せないが、大根おろしと醤油で食べるとのこと。私は内館先生ほどドボドボかけないが、ウスターソースかトンカツソースで食べたい派だ。ソースを使わせてもらえそうもなく敷居が高く未訪問。マツコ・デラックスさんが絶賛したという築地市場内『八千代』(尻尾付き)や同市場内の『小田保』(半身揚げ)には、せっかちで短気な私は行列に耐えられず足が向かない。食道楽の端くれだが、お笑いのアンジャッシュ渡部建さん、フォーリンデブはっしーさん等著名グルメブロガーほどの拘りや情熱を私は持ち合わせていない。

それでも、銀座、渋谷、上野、錦糸町、北千住等映画、美術館、カラオケ等に行く折居酒屋や食堂にランチに立ち寄る。中には、魚が売りなのに衣もついた冷凍物を揚げたアジフライを出す店もある。矜持があるのかと立腹することもあるが、隠れたアジフライの名店に出会えたときの嬉しさは格別だ。これから先もぶらり味のある探訪は続けていきたい。

 

 

2017.11NO.78 ゅうじん VS ゅうじん

 ゲームの理論に「囚人のジレンマ」というのがある。簡単に言うと「泥棒は悪いことなので止めたい。しかし、自分が止めても他の者がやるだろう。だから止められない。泥棒はなくならない」というものだ。宝くじも、似ている。「確率を考えたら買うのはばからしい。しかし、買った誰かがいつも当たっている。だから買うのは止められない」と。

年末ジャンボ等通常の宝くじと違って、ロト6143の数字から好きな6個の数字を選べる。一口で1等の当たる確率は、6,096,454分の1(6/43×5/42×4/41×3/40×2/39×1/38)で当たる気がしないが、(繰越しを無視すれば)毎週月曜と木曜には買った誰かが2億円以上(数人いれば分配)を手にする。だから日本人も外国人もAnyone can not stop buying.

 

核の問題も同じ。「核は人類及び地球の存続に関わる脅威。廃絶したいが、自国が廃絶しても廃絶しない国が必ず出てくる。だから廃絶できない」となり、核はなくならない。

それなら、生物及び化学兵器のように国際条約で禁止すればよいではないか。核兵器は生物・化学兵器より人道的とは言えまい。なぜ米国は核兵器禁止条約に参加しないのか。

生物・化学兵器はオウム真理教が製造できたように貧乏国でも可能だから全面禁止にしなければならないのか。ロシアは化学兵器廃棄完了と胸を張るが、核兵器を廃棄するとは言わない。既核保有大国しか保有させない核兵器不拡散条約(NPT)には米国も参加する。要するに、核の問題も地球温暖化の南北問題と同じなのだろう。

 そんな大国のエゴに対して小国の北朝鮮が猛然と反旗を翻した。世界が、ならず者小国家にすぎないと高を括っている間に、世界最強の米国に対して、単独で、チキンレースを挑み、九仞の功を一簣に虧くことなく北朝鮮は実質核保有国になってしまった。

 この間、日本は、唯一の被爆国として核廃絶を訴え、国連に核廃絶(?)決議案を提案していたが、今7月の核兵器禁止条約採択(参加122か国で採択)に参加しなかった。平和国家を標榜する日本は、米国1国から信頼を得、122国から疑いの眼差しが向けられた。

核保有国不参加ではとか日本の不参加釈明は苦し紛れに聞こえる。米国の核の傘に入っているとの気兼ねが本当の理由か。ならば「被爆国としての日本の立場も理解してほしい」と被爆させた当の米国に言えないほど上下関係のある同盟ということか。日本から哀願したわけでもなく、日本に核武装させないが為に米国が傘に入れた面もあると思うのだが。

11月に来日するトランプ大統領は去年日本核武装容認の発言をし撤回もした。米国の真意はどこにあるのか。日本が核武装すれば必ず核で復讐してくる(色摩力夫氏の『日本の死活問題』によれば、「復仇」といって重大な国際法違反に対する対抗措置として国際法で認められている) と思うのが米国の捉え方だったハズ。それは過去の話で今は日本が完全にポチ犬化し、日本の核武装は米国の脅威とはならないと思っているのか。そんなことはなく、単に中国に対し北朝鮮を何とかしろとブラフをかける意味で言っているに過ぎないのか。

 

北朝鮮は、米国に既成事実として核保有の承認を求める一方、一貫して「我々は鼠なので猫さん襲わないでね。襲うなら窮鼠猫を噛みますよ」とのスタンス。猫は挑戦的な鼠を襲いたい衝動に駆られても隣の大鼠との第二次朝鮮戦争にはしたくない。それでドブ鼠とどら猫のごとく口汚く口撃しあうだけ。猫の髭が切れ威厳低下だけで終わるのもありか。

 問題は日本。獰猛かつ狡猾な鼠の顔を向ける北朝鮮は日本を(親猫の威を借りて声高に非難するだけの)ひ弱で(主権侵害されながら拉致被害者を里子のごとく迎えに出向く)お人好しの子猫と見ていよう。将来日本を脅してくる。媚北外交を強いてくることが懸念される。

 平和国家を標榜する日本が参考とすべき永世中立国スイスは、他国が侵略する気を起こさせないほど軍事的防衛力を有するが、核武装はしていない。スイスは陸続きでドイツ、フランス、イタリア、オーストリア、リヒテンシュタインに囲まれ(多言語が混在し)、国土面積も日本の九州にも満たない。外からの核攻撃は受けにくい地勢にある。

 日本に核爆弾が投下されたのは、非キリスト教・非白人社会であるとともに、単一民族の島国であることも大いに関係していよう(ドイツ降伏時に核爆弾がまだ完成していなかったが、完成していたとしてもドイツへの投下は躊躇されたのではないか)

核がなくならない以上島国日本が自力で国防する(米軍基地をなくす)ためには核兵器に対するカウンターパワーが不可欠と言える。

 

 岸首相は対米自主を目指したが、60年安保の折現実を鑑み米国の傘に甘んじた。60年弱経った今安倍首相は何かにつけ祖父からの夢とか言うが実際は真逆のことをしている。他の政治家も、経済人も、長いものにまかれてりゃよいとし、国や会社を如何に守って行くかより、自分達の私欲や保身に関心が向く。そして国や会社が傾城し精神が退廃する。戦前日本人であった親日老台湾人からは「日本精神はどこへ行った」と叱咤される。

 日本は白村江の戦いから江戸末期の下関戦争等まで外国との戦争に負けるたび強い危機感を持ち国防、経済両面の国力増強に注力し、精神も昇華させてきた。

 第二次大戦の敗北で初めて国を独力でどう守るか危機感をもって考えることを止めた。米国の思惑どおり?か日本人は平和ボケのごとく劣化してしまった。今や中国や北朝鮮の脅威に狼狽え、日米同盟の強化とは聞こえはよいが、ますます米国への隷従を強めていく。

 保守派の論客西部邁氏がBS番組で「日米同盟って言うが、日本に相棒としての資格があるのか」と発言していた。なるほど、漫画『ドラえもん』のジャイアンとスネ夫の関係では。『ドラゴンボール』の悟空とベジータとの力関係で初めて同盟と呼べるのだろう。

 日米同盟と言うから、日英同盟、日独同盟を連想し、勘違いする。色摩氏が言うように占領政策の延長上にある日米安全保障条約(日米安保)が実体なのだ。米国の言いなりにもならず、米軍基地にも頼らず、自力で我が国を守ることができてこそ自立した独立国であり、属国意識も払拭できる。時間をかけても真の自立へとの強い決意が今の日本に必要なのだ。

(自立に向け)西部氏は日本もさっさと核武装をと言っていた。だが、NPT脱退問題を抜きにしても本ブログ20177NO.71(「ロクサン VS ロクヨン」)で触れたように、カウンターパワーとして今から核武装を進めるのは、私は時代錯誤ではないかと思っている。

 ミサイルを打たせないことが最優先課題に違いはない(迎撃ミサイルを買っても米国の歓心を買うだけで防御しきれない)。国際条約を破り陸軍731部隊もどきをするのは平和国家に馴染まない。人への攻撃ではなく諸システムの麻痺を主眼としたサイバー攻撃が平和国家にまだ許されるカウンターパワーではないか。CIANSAの秘密を暴露したスノーデン氏は、横田基地駐在の経験から「日本が同盟を破棄すれば日本のインフラは麻痺する」と映画『スノーデン』の中で警鐘を鳴らす。サイバー戦の分野では、日本は大幅に遅れをとっていようが、日本人なら法改正して追いつき追い越すのも不可能とは言えないだろう。

 

 

2017.10臨時号 NO.77 ノルウェの森 VS ノルウェの森

秋は同窓会の季節でもある。学生時代の同窓会など今更と言う人もいる。医師や弁護士は定年がなくまだまだ忙しい人も多い。その点サラリーマンで卒職した人は、世間がずいぶんと狭くなり、学生時代の友のことを思い浮かべるようになる。私自身は同窓会にはあまり顔を出す方ではなかったが、ある事があってから進んで出席するようになった。

小学校からの幼馴染にN子がいた。今の神戸ハーバーランド辺りにあった(とっくの昔に廃校となった)東川崎小学校でN子は勉強では学年で常にトップ。当時小5~6の女の子は、背も男子よりも高いぐらいで、言うこともおませさん。そんなN子が大好きだった。彼女の家がガラス屋でその店で何度か一緒に勉強したこともあった。中学は互いに違う学校に通ったが、神戸高校(以下「神高」という)で再会した。1年の時に同じクラスになったが、その時にはもう恋愛対象とは見ていなかった。

それから10数年後小学校の同窓会で邂逅した(当然N子が発起人だが、自身が一番輝いていたと思う頃の同窓会をやりたいと思うのだろう)が、あいにく妻が結婚前に東京から神戸に遊びに来て別の場所で待っていた。心ここにあらずで、そそくさと同窓会を抜け出してしまった。それから20年後ぐらいに突然N子から小学校の同窓会に出ないかとの電話をもらった。当時気分がローで、東京に居を移していた私は、わざわざ神戸までと断ってしまった。それ以来すっかり忘れていたが、数年前高校卒業45周年の同窓会誌が届いて驚いた。N子が物故者欄に載っていた。同窓会に行かなかったことをひどく悔やんだ。

そんなこともあり、常任幹事帰郷で休眠状態だった神高東京支部の同窓会(同期会)の再開とその後の運営に積極的に関わった。最初はよかったのだが、同期のよしみで次第に我が出てき、同級生とギクシャクしだした。

私は、小・中・高・大を通してとくに輝いた時というのはないが、高校に思い入れが強い。当時高校近くの交差点で信号無視したとき、お巡りさんに呼び止められ「神高の生徒が信号無視していいのか」と叱られた。信号を守らねばと思うより、そのように見られているのか、それにふさわしい生き方をしなければと思った。それが原点となった。

某同期生に「君のブログは神高を美化し過ぎている」と指摘されたが、「質実剛健、自重自治」の校風に培われ、ええしの子(関西弁:良家の子女)もいた、頭がよく物知りな同期の人たちに育てもらった。それで何者でもない身だが今日まで生きてこられたと返答した。

その想いが強すぎたのか、自爆した。私は小池都知事のように笑いながら怒れない。

本ブログにて折に触れ日本の和の精神を力説する私が異分子として和を乱しているなら不本意。私が雨となり地が固まればそれでよい。「アヒルの子は白鳥の群れに交わってはいけないのか」「出る杭は打たれる。出過ぎた杭は打たれない、抜かれるだけだ」など同期会の中心メンバーにメールで悪態をついた後正式に同期会退会を宣した。

死ぬ! 死ぬ!と声高に言って、Lieする人はいても、本当にDieする人はまずいない。私の退会申し出もブラフ、SOSだと思われたくはない。はた迷惑な男の美学?を貫徹した。

 

とはいえ、同期会の男女数名とはカラオケに興じたりしている。同期会は卒業しても神高卒業生を卒業したわけではない。東京支部には、同期会とは別に神高から認知された全学年の卒業生が集う正式な同窓会がある。この年一回の同窓会の方は近頃毎年出席しているので今後とも顔を出すつもりだ。

さすがに80歳を優に超えた神戸一中の大先輩はめっきり少なくなったが、毎年秋に百名前後が集う。最近では自分の子供よりも若い後輩も顔を見せるようになった。それも楽しみだ。なによりの楽しみは、高校の先輩・後輩が活躍されその人の生き様を見聞きすること。昨年は俳優高嶋忠夫氏の弟君高嶋弘之氏がスピカ―として招かれた。

高嶋ご兄弟はともに神高の先輩だ。弘之氏の娘さんは、我が子のゲーム機を破壊して物議を醸した、あの肉食系ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さん。実の母親に悪魔の申し子と呼ばれたちさ子さんではあるが、この父親にしてこの娘ありと理解し失礼ながら安心した。

弘之氏は、お兄さんの優等生タイプとはまた違った、アイデアマンでありやや破天荒な言動は人を引き付ける魅力がある御仁だ。当日『ビートルズ売り出し大作戦』と題して講演された。当時英歌手は人気がなく、女学生を使って熱狂ぶりを演出したと話された。「初来日の折加山雄三さんらと3人でホテルに会いに行った時、互いに緊張して固いムードだったが、ジョン・レノンが加山さんを後ろから羽交い絞めにして、一挙に場が和んだ。やはりジョン・レノンがリーダーだと思った」と回想された。

ビートルズの曲のタイトルは弘之氏がつけたということだが、『ノルウェーの森』は北欧の高級家具の名前だと英国の関係者に苦笑いされたとのことだ。私の2学年先輩の作家村上春樹氏の代表作『ノルウェの森』は村上夫人のひと言でタイトルが決まったのは有名な話だが、著作権を意識しノルウェの末尾の一字を変えたのではとの見解を示された。

 

その村上氏が昨年ノーベル文学賞を受賞すると期待されたが、あにはからんや歌手ボブ・ディラン氏が受賞した。なんでやねん!? ディラン氏なら平和賞だろう。長年に亘る知的重労働を苦役とする専業作家達に失礼な話だ。評論家達はもっともらしく肯定するが。

ディラン氏も「爆薬で大儲けした金で創ったノーベル賞など貰えるか。ボク・イラン」と蹴とばしてくれたらかっこよかったのだが。ずいぶん勿体つけた後結局もらうことに。授賞式には出席せず、賞金受給条件の講演だけは間際にネットにあげた。その中で「歌は文学と違う」と話したらしい。「なんやねん。そんなら貰ったらあかんやろ!」と私は舌打ちした。反戦歌手も年老いた感が否めないと思うのは、ひねくれ爺の私だけなのであろうか。

毎年10月にハルキスト達が集い固唾を呑んでその時を待つ。アンチ派は勝手に騒いでいるだけで候補にも挙がっていないと揶揄する。エルサレムでの2009年エルサレム文学賞受賞スピーチにおいて壁と卵の比喩でイスラエルを痛烈に批判した村上氏に対し、ノーベル財団が全ユダヤ人を敵に回してまで授賞するハズはないという見方もある。

2012年に中国の莫言氏が受賞して以来アジア人の文学賞受賞はない。5年が経ちそろそろいい頃合いか。果たして神高卒業生から初のノーベル賞受賞者が誕生するであろうか?

 

 

2017.10 NO.76 いむしょう VS いむしょう

 横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されて今11月で満40年を迎える。親御さんの横田夫妻の悲痛な思いは北朝鮮に届かない。北朝鮮にとっては、日銀マンの娘という不都合な子供を拉致してしまい日本での騒ぎを大きくしてしまったと思っているだけなのか。

これまで外務省はただ手をこまねいていたわけではない。しかし、外務省のH.Pを見ると、「拉致問題は、我が国の国家主権及び国民の生命と安全にかかわる重大な問題であり、この問題の解決なくして日朝の国交正常化はあり得ません」とある。この一節だけを切り取れば、日朝国交正常化が目的であり、拉致問題はそれに向けての障害とも読みとれる。国民の生命と財産を直接守るのは、警察であり防衛省の仕事のハズだ。

小泉首相時代、当時の外務省田中均アジア大洋州局長は、首相と一緒に帰国した拉致被害者を北朝鮮に戻さなければならないと主張して、人でなし呼ばわりされた。拉致被害者家族にとっては当然かもしれないが、我々はもう少し冷静に考える必要がある。

戦前警察力も有した巨大官庁として戦後GHQに解体された内務省ならまだしも、武器を持たない外務省は外交テーブルにつくことしかできない。

警察官を前にして「拉致しました」と故金正日総書記が言えば、それは自白であり、そのあとに続くのは、少なくとも実行犯の逮捕だ。外交テープルだからこそ、密約があればこそ、認めたのだ。ミスターXに「拉致被害者を一旦返すからまた戻してほしい」と言われ、田中氏は「わかりました。これで日朝国交正常化が進展するでしょう」と答えても不思議ではない。しかし、拉致被害者蓮池薫氏の兄蓮池透氏の(本人曰く)強硬な意見もあり政府は返さなかったことから、北朝鮮は日本が約束を破ったと盗人猛々しい態度に出た。盗人にも三分の理だが、もともと外交テーブルは筋違いなのだ(それなのに、またぞろ拉致被害者の為ではなく政権浮揚策として二匹目のドジョウを狙うかとの噂が立っている)

 

 かつて外務省の外交官で国家よりも人命、それも第三国の人命を尊重した人物がいた。一昨年末公開された映画『杉原千畝 スギハラ チウネ』その人である。私が日本の過去の人物で尊敬するベスト3の内の1人である杉原は、外務省の訓令に反してリトアニアで6千人ものユダヤ難民にビザを発給し、日本のシンドラーと呼ばれた。しかし、その杉原は戦後外務省を追われた。外務省の論理からすれば、杉原のとった行動は国を危うくする重大な規律違反。杉原もそれを理解しているから黙って身を引いたのであろう。

助けられたユダヤ人が杉原を長年探し求め、1985年イスラエル政府から「諸国民の中の正義の人」として表彰されるに至り、日本人にも広く知られるようになる。

それでも外務省がなかなか杉原の名誉回復に動こうとしなかった。外務省が重い腰を上げ杉原の名誉を回復させたときは杉原が外務省を辞めてから44年も経っていた(映画を観てキャリアであればもっと早かったものをとの印象を一層強くした)

杉原がとった行動はだれにでも真似できるものではない。田中氏は、ミスター外務省としての自負を持ち、日朝国交正常化に向けて忠実に職務を遂行しただけという思いかもしれない。(小泉首相との二人三脚による)独断専行や記録がないこと、そこに見え隠れする私欲は、責められても仕方がないと思うが。

 

拉致問題については、本ブログの20147NO.37(「らち ふらち」)で言及した。軍事ジャーナリストの鍛冶俊樹氏は、著書の『国防の常識』の中で「日本国憲法」があるから国民を守れないのではない。自衛隊に救出する気がないのではない。政府や国会などの国家中枢にその気がないのであると言う。

金正男不法入国・拘束が千載一偶のチャンスであったが、みすみす解放したのは田中真紀子外務大臣の軽挙?に責めを帰するのではなく、当時の国家中枢の総意だと私は思う。

その時に戦略転換をすべきだった。米国や中国をもってしても手を焼く北朝鮮に、自らを安全なところに身を置き、経済制裁やあるいは経済援助を見返りにというスタンスでは、いい様に舐められるだけだ。従前の対応を囲碁に例えるなら、北朝鮮にとっては花見コウ。将棋への戦略転換が必要だが、日本側の思惑に関係なく、北朝鮮の方が将棋スタンスに既に変えている。米国空母への形だけの護衛を安保法制の実績作りとしたが、見返りに、北朝鮮から、米国の同盟国日本も攻撃対象にされ、平気で日本の上空にミサイルが飛ぶ。

 

拉致被害者蓮池薫氏の兄蓮池透氏は一昨年『拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々』(講談社)を上梓した。東電を辞め、家族とも離縁し、拉致問題に全霊を捧げたが、政治家らに翻弄され、被害者家族達の間でも孤立した透氏の断末魔の叫び(首相をはじめ中山恭子官房参与ら拉致問題に登場するほとんどの人を名指しで批判)が聞こえる。

ただ、一方的な内容でもあり、諸手を挙げては賛同できない(拉致被害者が戻らない家族達が、透氏の北朝鮮に対する宥和的発言を変節だと怒るのも、無理からぬこと)。だが、透氏が安倍首相を「拉致を使ってのし上がった男」と表現したことは正鵠を射ていると思う。

今春めぐみさんの母横田早紀江さんが「何もできなかった40年は国家の恥!」と訴えた。40年の全責任を負う必要はないが、難題の解決を高らかに謳った安倍首相は、今のままでは「首相の、友達による、友達のため」の政治を志向したと歴史に刻まれる。レガシーになるのは、党是のための憲法改正ではなく、拉致被害者を取り返すことではないのか。

可能性は高くない米朝衝突を期して拉致被害者救出を米側に協力依頼するのではなく、自らの手で取り戻すことが米国の核の傘にいるといえども日本の自立の第一歩となろう。その場合、危惧される北朝鮮からの日本本土への報復攻撃は、在日米軍人が一人でも死ねば米国が北朝鮮を総攻撃するから、その危険性は高くない(甘い素人考えだろうか)

世界では当たり前の、自衛隊による救出作戦プログラム及びその完全遂行態勢の確立が焦眉の急だ。そのために憲法改正が不可避と言うのなら、大義がある。自国民を取り戻すことは、国家の義務であり、平和国家と矛盾しない。世界も侵略と難癖をつけないだろう。

首相は「国民を守る最低限のことが我が国ではできない。拉致被害者や紛争地に取り残された邦人を救出する際には、許されるなら自らが乗り込む覚悟であるので、自衛隊機派遣制限の撤廃、攻撃に応戦するための交戦権を認めてほしい」と自衛隊員を含む全国民に時間をかけて切々と訴え続ける。それが首相としての晩節を飾る花道になるのではないか。

我々も覚悟が必要だ。「拉致被害者及びその家族は気の毒だが、そのために我々の生活が脅かされることになるなら嫌だ」と言うのなら、田中均氏を批判する立場にない。ただ、拉致被害者家族達は、それでもすがるしかない国から煮え湯を飲まされ続けるだけだろう。

 

 

2017. 9 NO.75   VS す

 年末恒例の流行語大賞に今年は「忖度」が選ばれるとの呼び声が高い。元々、正しいこと、少なくとも悪いことでないことを、上を気遣って、上の了解を得ずに行うことを言うと思っていた。森友・加計学園問題を機に、悪いことと知りながら、上からの圧力を感じ、あるいは、上を怖いと思い、勝手にやってしまうことを忖度したと呼ぶことに変わるのだろうか。本来いい意味で使われていた「豹変」と同じか。これからは「正義感に燃えていたある官僚は、豹変し、忖度したことにより、公正・公平であるべき行政を歪めてしまった。」といった言い回しに使われることになるのであろうか。

もっとも元経産官僚の古賀茂明氏は『日本中枢の狂暴』(講談社)P389390で官僚文化の中では忖度とはもともと後者の意味であったと言っている。官僚は泥水を呑まないと生きていけないものなのか(私が所属していた公益社団法人の監督官庁はそんな感じは受けなかった。ほんの上辺しか見れないのだろうけれども)

その忖度で揺れた森友・加計学園問題で、菅官房長官は傷ついた。大下英治氏の『清和会秘録』(αイースト新書)によれば、菅氏が安倍元首相を強力に説得し再出馬させ第2次安倍政権を誕生させたという。その時には、影の首相だけではなく、真の首相にもと想い馳せたとしても、よもや後でスカを喰うとは菅氏は想像もしなかったであろう。

李下に冠を正すオシドリ夫妻の尻ぬぐいに、弁慶の仁王立ちさながら全身で野党、メディアからの質問の矢を受け続けた。その忠誠心の強さは敬服に値するが、その対応が悪いと党内で非難を浴びた。私なら、やってられるか!と辞表をたたきつけるところだが、さすが苦労人である菅氏は辛抱した。ただ、報われるとは思えない。国民は「菅官房長官は気の毒だ、被害者だ」とは見ていない。安倍首相が(ヒトラーに擬え)アベラ―なら菅官房長官はアムラー(ヒトラーに仕えた親衛隊全国指導者・全ドイツ警察長官のヒムラー)との印象を受けただろう。首相への道は遠くなってしまったと言えるだろう。

腹心の友の為に苦境に陥った安倍首相の股肱之臣でありながら逃げて首相の盾にならない官房副長官(内閣改造での幹事長代行起用に田原総一朗氏がTVで怒髪天)やヤンキー先生のなれの果てのような文科副大臣等類が友を呼ぶ旧政権の男たちは揃って男を下げた。

男を上げ、いや女を上げたのは、前国会でMVPと報じられた自由党森裕子議員と木で鼻をくくるような官房長官に質問で食い下がり続けた東京新聞記者の二人の女史だけだろう。

 

かつて自民党が政権与党を独占し続けていた時代、各派閥が切磋琢磨して競い、その中から少なくとも幹事長、外務大臣、大蔵大臣(現財務大臣)の主要三役を歴任して首相の資格を得ていた。いわば大企業の社長レースと同じだ。テストを潜り抜けた首相は、とくに官僚出身の首相は何事もわきまえていた。一方、官僚も強かった。自分たちが天下・国家を牽引しているとの矜持と気概が官僚にはあった。国民には安心感があったものだ。

今はどうか。小選挙区になり、公認をもらうためには官邸に自民党議員がものを言えなくなった。族議員も弱体化した。官僚も、2014年に官邸が中央省庁の幹部(審議官級以上約600)人事を一元管理する内閣人事局を創設して以来蛇に睨まれた蛙になったという。

官邸が、政治主導を通り越して、オーナー会社の二代目社長が独裁するがごときになった。国民に範を示す天皇から任命を受ける首相は「お上」として過ちを犯さないという性善説は立ちいかなくなったと言っても過言ではない。

森友・加計学園問題が表面化し首相権限が私物化されているとの疑念が湧き起こった。首相が謝罪した驕りが問題なのではなく、週刊新潮は、8/10号にて加計氏との奢り、奢られは贈収賄か否か!?と報じた。加計氏の証人喚問は与党の反対で召喚できそうにない。強制捜査権もない。渦中の大臣は皆交代してしまった。国会では真相解明が期待できない。立法府としての国会が空転するだけと理解した。

ならば、真相解明を司直の手に委ねるべきなのか。現行検察は行政機関とはいえ政治的圧力を避けるため検事総長に対する指揮権は法務大臣に限られる。だが、田中首相の時と時代背景が違う。法務大臣が任命者の首相に背を向けられるのか。また、指揮権乱用に対しては、与党が過半数を握る状況では内閣不信任決議案の発議も意味をなさない。警察・検察を「行政」から「司法」に完全移行させ、政権をチェックさせることが必要なのか。

「それは大ごとすぎる。米国歴代大統領を手玉に取ったとされるフーバーFBI長官の例もある。今般の内閣改造が内閣支持率を戻させたとしても首相自身への信頼回復に直結するわけではない。遅かれ早かれ森首相以降の自民党清和会系首相による政治支配が終焉するハズ。それを待てばよい」という意見もあろう。

 

どちらにしろ、官僚体制は変わらない。私は官僚に幻想を抱いているとは思わない。官僚がもっとしっかりしてもらいたい。何のために同い年生まれの中で最も賢い人達が国に集まっているのか。内閣人事局ができて、皆ヒラメになったというのは本当にそうなのか?

人事が意のままにならないのは、民間企業では当たり前の話。例えば業務部長が後任を自分で決められることはない。人事部長が担当役員、社長と相談して決める。

社長というものは取締役会で解任されることを警戒して何人かは意のままになる茶坊主(腰巾着、イエスマンともいう)を重用しても不思議ではない。

それなら社員は皆茶坊主を目指すのか。否、できる社員は社長に隷従などしないものだ。それでは能力が高いが意に沿わない社員は社長にスポイルされるものなのか。公私の区別ができる賢者のトップならそんなことはしない。会社にとって有益なのだから。

逆に賢者でないトップがお手盛り人事をしても、トップはオーナー会社でなければ、定期的に交代する。トップが代われば、しっぺ返しされるだけだ。

加計学園問題では、森裕子議員らに内閣府の審議官が国会で罵倒されてもグーの音も出ない不甲斐ない姿がTVに晒されていた。こんな姿を見て、官僚と接点を持たない一般市民は、官僚は皆そんなものかと見下げるのかもしれない。

私は一時公益社団法人に居たので、キャリア官僚の国家権力を身に纏った威圧感と能力のすごさ、そこから来る強烈な自負心と責任感を垣間見てきた。

官僚を目指した志は、事務方とはいえ、政権のポチ犬になることではないだろう。省益ではなく国益に反することなら、面従腹背など弱腰な態度をとる必要はない。

経済界を震撼させたリーマン・ショックは不幸なことではあったが、金融・証券界に流れていた理系の学生に日本の生きる道は物づくりだと目を覚まさせた。この森友・加計学園問題を奇貨として官僚たちが公僕を目指した初心に戻ることになると信じたい。

 

2017.8 NO.74 ゅうもく VS ゅうもく

本日81日は私の誕生日(どうでもよいか)85日はマリリン・モンローの命日。亡くなったのは1962年だが、その前後中学生?の私は兄が買った何かの雑誌(『平凡パンチ』なら創刊が19644月なのでそれ以降)で室内プールに佇むモンローのセミヌードを見ていた。奥手でもオスの本能かもうセックス・シンボルとして認識していた。それ以来私は海外セクシー美女に興味を覚えていくことになった。

「ゴッホよりふつうに・・」でお馴染みのキモカワ芸人『永野』さん流に言うと、ブリジット・バルドーよりもふつうにジーナ・ロロブリジーダが好き。ソフィア・ローレンよりもふつうにクラウディア・カルディナーレが好き。高校で好きだったマドンナは清純な感じだったが、映像の世界ではセクシー女優を追いかけていた。

社会人になる頃には、本ブログ20164月号(『キムテヒ VS キムソヒ』)で書いたように色白の日本のセクシー女優のファンになっていた。とくに、ウルトラセブンのアンヌ隊員として人気を博した清純派女優からセクシー女優に転身したひし美ゆり子さんが好きだった。昭和484月からの2ヶ月合宿の入行後研修で、銀行の研修所の部屋ロッカーの扉裏にお宝のひし美さんのセミヌードポスターを貼っていたら、黙って、勝手に、母親みたいに、研修担当に撤収されてしまった。堅物の銀行員の中でも人事部の研修担当は石頭の最たる者だと心の中で侮蔑したが、返せとも言いづらく、手元に戻らなかった。

こんな男性ホルモンに支配された私だったが、それでも清純派女優に心を奪われることが起きた。スェーデン出身の大女優故イングリッド・バーグマンだ。東京の銀行独身寮にいたときに観た記憶があるので、19763月にリバイバル上映されているその折に観たと思う。その『誰がために鐘は鳴る』を観てバーグマンがいっぺんに好きになった。

昨年はモンローの生誕90周年であったが、一昨年バーグマンは生誕100周年を迎えた。モンローは36歳の若さで亡くなったので、今でも永遠のセックス・シンボルと呼ばれる。一方、バーグマンは67歳まで生きたが、年輪を重ねても気品ある美しさは健在だった。

昨年渋谷のBUNKAMURAでバーグマン生誕100周年ドキュメンタリー映画を観た。スウェーデンにいる頃からその美貌が注目の的になり衆目を集めていた。175cmと背が高く当時それは逆にハンディであったが、もろともせずバーグマンはハリウッドで成功した。

『誰がために鐘は鳴る』に出演したときは既に夫がおり子供がいたとは思いもよらなかった。その後バーグマンの奔放ともいえる男性遍歴が映画界だけでは政治の世界でも問題となる。夫娘を捨て映画監督に走る上、沢木耕太郎氏が『キャパの十字架』(文藝春秋)で疑問を投げかけた戦場カメラマンロバート・キャパとも恋仲になるに及びすこし引いてしまった。動物行動学研究家の竹内久美子女史らは「限られた卵子でよりよい精子を求めていくのはメスとしては合理的な行動」とするが、捨てられる凡人側の男としては身につまされる。それ以上に幼い子供の方を不憫に思う。動物の仔は傷つかないのかもしれないが。

思えば、バーグマンは他にも『カサブランカ』『ガス燈』など数多くの名作に出演していたが、私はWOWOWなどで観る機会があったのに観ようとしなかった。観たいとも思わなかった。ひょっとすると、バーグマン自身よりも、文豪ヘミングウエィが描いた、可憐で、従順なヒロイン・マリアに恋焦がれたのかもしれない。その面影を妻に見た(今は全く可憐でも従順でもないが)ので求婚したのではと思うに至った。

 

バーグマンの声はやや太く好みではない。声でいうなら、レニー・ゼルウィガーさんが好きだ。他の女優とどれほど違うのかと言われても困る。好きになるのは理屈ではない。1996年かのトム・クルーズさんと共演した『ザ・エージェント』が出世作となり、その後当たり役『ブリジット・ジョーンズの日記』や『シカゴ』『シンデレラマン』等に出演。ニコール・キッドマンさん主演の『コールドマウンテン』でアカデミー賞女優となった。

ブレイクしてから20年後の2016年『ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期』に主演した。チャーミングだった顔をいじるも不評で元に戻したそうだが、映画を観て、何と言ってよいか微妙だが、声はチャーミングのままで安心した。

 この作品には、元彼役でコリン・ファースさんが出演していた。アカデミー賞を受賞した『英国王のスピーチ』(2010年)で知り、それ以来『裏切りのサーカス』『キングスマン』

『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』の出演作など注目して観ている。妻と観た『マンマ・ミーア!』にも出演とのことだが、2008年制作なので、アカデミー賞俳優の代名詞メリル・ストリープさんが歌もうまいと驚くだけで、ファースさんは記憶になかった。

 

 『英国王のスピーチ』の英国王とは、兄が世紀の恋を遂げるべく王位を捨てたため、弟が思いがけず国王となるジョージ6世のこと。幼い時から吃音に悩まされ人前で喋るのは苦手でオーストラリア出身の言語療法士と二人三脚で克服し生涯の友となる話。第二次世界大戦でドイツと戦う際全国民に戦意を鼓舞するラジオ演説をするのだが、国民も国王の吃音のことを知っており固唾を呑んで放送を待っていた。その中で療法士の協力を得ながら見事に演説し終える。却って口の滑らかな人の演説よりも国民に勇気と感銘を与えた。

映画館で観たときは、英語での吃音が今一つイメージできなかったが、WOWOWで吹き替え版を観たら、国王の苦悩ぶりがよく伝わってきた。同時に日本の声優のレベルの高さを再認識した。洋画は字幕に限るという考えを改めた。

映画の中でチャーチル首相も自らも吃音に悩んだと国王に告げていた。口から生まれてきたような小倉智昭キャスターもテレビ東京に入社時吃音に苦しんでいたと知って驚いた。それを克服するために、出にくい音を発声する前に前フリの言葉をつける工夫をしていた。それが今の話術を修得させることになったという。ウサギとカメの寓話を思い起こす。

今春米国ドキュメンタリー映画『ぼくと魔法の言葉たち』を観た。自閉症により2歳で言葉を失った少年が、大好きなディズニーのアニメを通じて現実の世界と向き合えるようになる。恋愛も経験し失恋に終わるもそれを乗り越え、自立を果たしていく。本人の前向きに生きようとする姿と両親、兄の深い愛にじわじわと涙が滲む。

世にいろんなハンディがある。努力してそれを乗り越えることに人生の意味があり、感動も生まれる。映画は本と同じくそれを我々に教えてくれる。

映画評論家故水野晴郎ならずとも、「いやぁー、映画って本当にいいものですね!」

 

 

2017.7 NO.73  二・二事件 VS 二・二事件

 よく観る映画もフィクションなので矛盾しているが、私は小説をあまり読まない。とくに推理小説は。小説なら歴史小説がよい。歴史上の人物を題材とし、資料のない所は作者の想像力で補う。作者の思い入れにより少し美化されるのは許容範囲とする。作家城山三郎が文官として唯一A級戦犯に処せられた首相広田弘毅を描いた『落日燃ゆ』のように。

この前台湾の二・二八事件を題材したノンフィクション『汝、ふたつの故国に殉ず』(以下「当書」という)を読んだ。以前古川勝三氏著『台湾を愛した日本人』(創風社出版)を読んで、八田與一という敬愛すべき日本人がいたこと知った。今回は日本人で台湾に渡った父と台湾人を母とする、畏敬すべき坂井徳章(台湾名・湯徳章)を知ることになった。

1947年の二・二八事件のことは、私の長男が台湾女性と結婚したことを契機に台湾に関心を覚え名前だけは知っていたが、当書により詳しく理解するところになった。帝国陸軍青年将校による二・二六事件とは異なり、六四、つまり天安門事件によく似ている。天安門事件は中国共産党が民衆を武力鎮圧した。二・二八事件では国民党が民衆を弾圧した。

坂井は、当初父親と同じく台湾で警察官になったが、正義を貫き孤立し、日本に渡った。貧苦の中類まれな才能と人並み外れた集中力により奇跡的に当時の司法試験とキャリア官僚試験に合格した。輝かしいエリート人生を約束されたが、それには見向きもせず、父親の遺志を継ぐかのように台湾に戻った。二・二八事件の折、暴動の首謀者として濡れ衣を着せられ拷問されたが、決して台湾人の名前を挙げることなく、多くの台湾人の命を救った。自ら一人が犠牲になればよいと従容に受け入れた最後はキリストの磔を私は連想する。

この事件の前、日本が敗戦し台湾から撤退したと入れ替わりに国民党が入台して来たとき、台湾の人々は天使が去り悪魔が来たとは言わなかった。犬が去って豚が来たと評した。

私は一時期コンサルの真似事をしていたことがある。某ビルメン企業に常駐顧問として入った。社員は、私の存在そのものが不快な上に、自らの仕事のやり方について上から目線で干渉されるのは屈辱にも似た気持ちになっていた。同じ日本人にしてこうだ。民族が違えば、二等国民と差別され、母国語を日本語に替えさられたら、恨みに思って当り前だ。

そんな台湾人をすごいと私が感心するのは、それでも、自分たちが享受したメリットを恩と感じ、その恩をいつまでも忘れないようにしていることだ。

日本は、初めての植民地を得たとして、児玉源太郎、明石元二郎等当代きっての俊傑を歴代台湾総督として台湾に送り込んだ。台湾のインフラ整備、教育向上に尽力した。それは日本側の利害でもあったが、台湾の人々は尽力を惜しまないそんな日本人達に感謝した。

中でも、1930年に完成した台湾南部の烏山頭ダムを造った技師八田與一は日台の絆の象徴として台湾の教科書にも載る。命日58日には毎年慰霊祭が開かれる。201310月に私らが参った時にも墓に花が手向けられていた。同様に、国民党の恐怖政治時代を潜り抜け、2014年に、弁護士坂井徳章が処刑された命日の313日を「正義と勇気の日」と台南市は定め、英雄を忘れないようにした。

 

今や、台湾人が、いや、日本の子供達が尊敬する、日本人がいないのではないか。それとも悪貨が良貨を駆逐しているのと同じことか。日替りのように出現する失言大臣、「共謀罪」を狂暴にも強行採決させようとする与党議員。ポチ犬のごとく忖度して行政を歪め、志が問われる官僚、本分を忘れ政権の親衛隊と化す新聞人・ジャーナリスト、を見て、子供達がこんな人達になりたいと思うだろうか。

突然自民党草案と違う(交戦権が無いまま自衛隊を明記しても意味がない)まやかしの第9条改正案をぶち上げ、2020年憲法改正と東京オリンピックをセットに花道を飾り憲政史上最長首相へと私欲を露にした安倍首相。そのポスト安倍の一番手に浮上した岸田文雄外相は、広島選出議員でありながら核兵器禁止条約交渉への不参加を表明した。外相は、「同盟の強化と大統領の言いなりになることとは違う」と閣外に去ろうとするぐらいの矜持を見せるべきではなかったか。ようやく自民党内でも驕れる安倍一強体制への批判が高まる中、外相を領袖と仰ぐ名門宏池会所属議員は歯がゆい思いをしているのではないか。

70周年を迎えた経団連も、財界総理と言われた会長石坂泰三や土光敏夫は政界ににらみを利かせていた。今は政権に陳情するか媚びを売ることしかできていないのではないか。

 少し古い醜聞だが、みずほコーポレート銀行の頭取が女性記者との路上チューを撮られ、頭取の権威を失墜させた。すぐに辞任しようともしなかった。みずほ銀行初代頭取(富士銀行の最後の頭取)が庇ったと噂されたが、そのみずほ銀行に統合された富士銀行は、私が就活していた昭和47年当時トップバンクで私など高嶺の花だったが、一度何かで歴代頭取の顔写真が時系列に並んでいるのを見たことがある。金融界のナポレオンと称された頭取松沢卓二(昭和50年~56)を境に人相が変っていき、それに伴い業界での富士銀の地位も低下していったと皮相的とはいえそう感じていた(何も知らないくせにと富士銀OBに叱られるかもしれないが)

 大企業も、東芝、三菱自動車に限らない。トップが判断を誤る、あるいは、大きな問題が発生したとき、その後の対応がより重大となるが、トップが保身に走り、それを大企業社員が見て見ぬフリし身の保全を図る、その構図が会社を傾城させていく。

これら政財界のトップ層は国民の縮図。底辺をなす私ら庶民の劣化は言うに及ばない。

作家三島由紀夫が197011月陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地にて自決したとき、学生だった私は彼のことを理解できなかった。今は少し分かる気がする。自衛隊員に向けた檄文の中の「われわれは戦後の日本が、経済的繁栄にうつつを抜かし、国の大本を忘れ、国民精神を失い、本を正さずして末に走り、その場しのぎと偽善に陥り、自ら魂の空白状態へ落ち込んでゆくのを見た。」は、47年経つ今もそのまま当てはまるではないか。

一億総大人が平和ボケしてしまった今、若い人は歴史上の偉人から日本人としてどう生きるべきか学んでもらうしかないだろう。

ノンフィクション作家門田隆将氏の作品には、当書以外からも、『この命、義に捧ぐ』(集英社)により、中国共産党の攻撃から台湾を救った陸軍中将根本博を知った。『日本 遥かなり エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』(PHP研究所)で下々に冷淡というか無関心なキャリア外交官の中にも下々のために奔走した秋山進大使のことを教えてもらった。門田氏にはもっと多くの隠れた信愛すべき日本人がいたことを書いてもらいたい。

今こそ過去から世界に誇る日本人の精神的特質を学ぶ時だと思う。 

 

2017.6  NO.72 じゅ  VS きじゅ

  2年前の865才の誕生日を機に私は卒職し、それ以降髪結いの亭主となった。ほどなく妻と某TVの歌番組を観ていた時、歌手小林幸子さんが『雪椿』を唄うところで、妻にこう告げた。「やさしさとかいしょのなさが 裏と表についてくる そんな男に惚れたのだから その分私ががんばりますと」の歌詞をよく噛みしめるようにと。すぐさま「無理! 惚れてないから」と妻に切り返えされた。

それからというもの、妻が毎朝出勤する度に、今日どこか行くの?と聞かれた。正直に答えるとまた遊びに行くのねとイヤミを言われる。それで、ウソをつかない(本当のことも言わない)私は、次のように返事することにした。映画の時は「勉強」に行く。同様に、美術鑑賞は「見学」。B級グルメ店探訪は「取材」。カラオケは「練習」。麻雀は「試合」。

家で読書するのは文句ないだろうと思っていたら、「本ばかり買って、ちゃんと全部最後まで読んでるの? 近くに立派な図書館があるからせいぜい利用したら!」と叱責された。“働かざる者本買うべからず” なのだ。出版社よ、女房族にプロパガンダが必要だ!

そんな日々ももうすぐ終わる。妻が今月の誕生日で還暦となり退職する。これで髪結い亭主の負い目、妻からのイヤミから解放されるだろう。

妻と3才になる孫娘と誕生日が同じなので、盛大にお祝いをしてあげることにしよう。

 

私が銀行を辞めてから20数年経つが、妻が20年以上も正社員として働いてくれるとは思わなかった。私が妻の体形を揶揄しようものなら、「蒲柳の質」とは縁のない妻から「だから、アンタはそうやってのうのうとしておれるのでしょ!」といつも反撃され、やぶ蛇になってしまう。

顧みれば、昭和59年夏次男が生まれた頃から翌年夏組合専従を降りたその年末頃までの1年ばかりは、長男と風呂に入っていた。長男が、120を数え、そのあと「おまけのおまけの汽車ぽっぽ ぽーとなったら上がりましょ!」と歌って、湯舟から一緒に上がったものだった。だが、それだけだった。組合行事で土日でも出勤することも多かったが、妻はいつも快く送りだしてくれた(遊びのゴルフの時は文句たらたらだったが)

昭和60年の年末も押し迫った頃娘が生まれた。翌正月明けから2月末まで、私は土日祝日も一日も休まず出勤した。その時私は銀行の融資企画部門で大蔵省検査の窓口を担当していた。その準備と検査開始以降の対応で、徹夜も何日かしていた。妻は冷え込む冬の夜、連日一人で、まず4才になったばかりの長男を風呂にいれ、次に1才半の次男を入れて、着替えさせては、そのあと生まれたばかりの娘を風呂に入れていた。検査が終わっても私が風呂に入れた記憶がない。でも妻は私が仕事なら文句も愚痴も一切言わなかった(今頃になってちくりちくりと責めてはくるが)

2年前私が卒職したとき、妻は私に専業主夫を命じたが、結局以前とあまり変わらなかった。毎日のごとく妻は出勤前の忙しい時に洗濯し、干していた。さすがに取り込むだけでは悪いと思い、干すことも私がやると妻に言ったが、妻は「近所の目もあるし、しなくていい」と言った。妻は私と正反対でなんでも自分でやろうとする。手伝ってくれることより、何もしないとか文句を言って私を凹ましたいようだ。縫ってやりたいほど私の口を憎たらしいと思っているらしい。

妻は退職してもなにかしら働こうとするかもしれないが、これから10年間ぐらいは、これまでの慰労を兼ねて、彼方此方旅行に連れて行ってやりたいと思う。

昭和565月に結婚し、新婚旅行から帰ってきて直ぐに、銀行の後輩に子供が生まれた。こちらも早くという思いは30歳を過ぎていた私の方が若い妻よりも強かった。それで妻が基礎体温を測りだしたら、体温が下がることがなく、1か月も経たないうちに体温を測るのを止めてしまった。それから体温を測ることは二度となく4年半の間に3人の子持ちとなった。長男がお腹にいると分かって、神戸から京都への小旅行を断念した。ハネムーン(蜜月)はあっという間に終わり、父と母の関係になってしまった。夫婦だけで旅行するのは20年後平成13年まで待たなければならなかった。

それ以降、年に一度は夫婦で旅行した。旧婚旅行で平成232月に30年越しのハワイにようやく行けた時は、もっと若い頃に来たかったと少し残念に思った。

 望まなくとも熟年夫婦になった今は、大人の休日倶楽部ジパングで列車の旅に度々出かけよう。定番のクルーズ客船の旅も考えたい。妻は船が嫌いと渋る。行くと言っていても(私が油断して好き放題言っていると)いつ恐怖の「行かない!」攻撃が始まるか分からないが。

 

娘も、いつの間にか大きくなり、ある時甘えることのない妻に私から懐いていく様子を見て鳥肌を立てる仕草をしてナメクジ(蛞蝓)みたいと言った。それ以来私の呼び名はポチ犬からナメクジにさらに格下げされた(ダニよりましか)。嫁ぐ時娘が妻に「私が居なくなったら寂しくならない?」と聞いた。妻は「大丈夫よ。ナメクジがいるから」と返したらしい。

ナメクジならすこしでも長く妻にへばりついてやりたいと思うが、ナメクジの天寿は短い。金寿(100)までは論外。米寿(88)はおろか傘寿(80)も望みえぬ。前立腺がん罹患・治療によりQOL (生活の質)が落ちた身の上喜寿(77)まで生きられたら御の字のような気がする。その時妻は古稀(70)を迎えるにすぎない。妻はそのあと15年は生きる。それは長い。私が亡くなってからも操を立てる必要はない。良い人がいれば再婚してもらって構わない。私と違って妻は人受けが良いので寡のお爺ちゃんの方から言い寄ってくるだろう。

私は、天国はないと思っているが、仮にあるとしたら、『帰って来たヨッパライ』の歌詞のようにこの世に戻る、ことはない。酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗な天国で酒池肉林の生活を送る。妻は慌てて後を追ってくる必要はない。

こういうことを言う亭主に限って長命して妻をうんざりさせるのかもしれないが。

 

2017.5  NO.71  ロクン VS  ロク

昨年9月ソウルに一人旅に出た。大学の同級生と大阪で会った折、韓国に行ったことがないと言うので、私が案内すると約束した。こちらは早々と飛行機も宿も手配したが、同級生は奥方の了解が得られなかったようだ。各々夫婦の形、力関係があるので詮方無い。

これまで何度か訪韓していたが、金浦空港から一人でタクシーに乗ってソウルの中心街・明洞に向かうのは初めて。一般タクシーより模範タクシーの方が安心とのことでそれに乗った。Googleマップで金浦空港から明洞への走行を追っていると、最短ではなく最長のコースを進んでいた。これが模範?かと思った。また、帰国の日にワタリガニの醤油づけを食べにホテルからタクシーに乗り、運転手にハングルで店名と住所が書かれた紙を渡した。ここだと降ろされたが、店名と同じハングル文字を探したが見つからなかった。

「だから、この国は嫌いだ!」と、これしきのことで言うほど狭量ではない。通りすがりの若い女性に尋ねたところ、少し日本語が話せる人だった。スマホで探してくれて、現在地から道順を表示した画面をアップしこれを写メすればと言ってくれた。お陰で何とか店に辿りつけた。その後東大門のデパートで孫娘の服を購入した後、金浦空港への帰り道、タクシーを拾い63ビル(60階地下3階、地上249mで、1985年完成当時日本のサンシャイン60を抜いてアジア一)に向かった。63ビルは日本人向けの観光コースには入っていないらしく珍しく日本語が全然通じない。帰るべく展望台でタクシー乗り場はどこかと係員に聞くとなぜか飲物売り場に連れていかれた。ヒヨコのような小学生でごったがえしている中一人しかいない女性店員は流暢な日本語で「この辺にはタクシー乗り場はない」と。つれない返事に凹んだが、そうではなかった。子供達の相手を後回しにしてスマホで検索し「やっぱり最寄りの駅まで出て拾うのがよいみたい」と助言してくれた。

異国の地ではこんな気遣いでもありがたさが身に染みる。親日的な両女性に偶然出会っただけとは思わない。悪い人もいれば良い人もいる。それは日本とて同じことだ。

 

今回キャンセルをせず一人旅した目的は、がん治療の後遺症で今や方正之士の身の上、4年前に来たときに利用した日本人御用達の店に再訪すること。当時韓国の地元民もこんな美味な店があったのかと感心していた。しかし、4年間思い続けて実際に再訪して、世に言う、同窓会に出て「美しい思い出は思い出のままの方がよい」と後悔するのと同じだった。

日本人の訪韓数は、韓国観光公社によると、李前大統領が竹島に上陸した2012352万人をピークに2015183万人と半減している。その影響は日本人御用達の店に直撃する。

明洞の中心部にある明洞餃子の斜め向かいの細い路地の先に日本人御用達の『明洞多島海鮮』(今回不訪)がある。その路地の手前の一角に日本人向けの屋台の雑貨店が20129月には存在していた。男優・歌手のチャン・グンソクさんや歌手グループKARAのブロマイド等がよく売れていた。私も土産に利用した。今回その場所を覗くと帽子屋に替わっていた。明洞の中心街をそぞろ歩きしたが、日本語がそんなに飛び交ってはいなかった。4年前も平日だったが、カタツムリ美容パックを買い求めて日本女性がかまびすしかったものだが。何よりも違和感を覚えたのは、ロッテヤングプラザの対面にある明洞のメインストリートに夕方から屋台がびっしり出没したこと。台湾の夜市かと見間違う。日本の旅行代理店は明洞をソウルの原宿とか形容するのは見直した方がよいのかもしれない。

 

今回の旅は、北朝鮮の5回目の核実験を行った直後であったが、同じ頃女子ゴルフ「ザ・エビアン選手権」でチョン・インジプロがメジャー最少スコアで優勝、凱旋帰国したことをTVが大きく取り上げていた。当然街行く韓国の人に緊張感は微塵も感じられなかった。

現時点では韓国メディアに煽られ米国の先制攻撃の返り血を浴びるのかと韓国民は不安がっているのだろう。

しかし、米韓の斬首作戦も本気ならそんな名をつけて合同演習しないだろう。熱りが冷めた頃北朝鮮は6回目の核実験をするだろうが、実験はしょせん実験に過ぎない。既核保有国も米国以外は実験しかしていない。

浅学非才・短絡思考の私から戯言を吐かしてもらうと、北朝鮮と米国の敵対関係は、暴君同士のチキンレースに見えても、私には茶番としか思えない。もともと、なにも北朝鮮が核武装しなくても、米国は、イラクのような石油利権もなく、宗教も関係ない、後ろに中国がついている、北朝鮮にわざわざ攻撃しようとは思わない(トランプ大統領とて同じ。家族思いのトランプ氏は真の暴君にはなりえない。排除されるのが歴史の常だから)

六四(198964日天安門で民主化を求めた学生らを人民解放軍が武力弾圧した)がタブーの中国は、『「暗黒・中国」からの脱出』(文春新書)を読めば、今も民主化運動の人民を弾圧していることが分かる。英雄死はさせない。もっと狡猾に、家族を人質にして民衆の面前で自己批判させる。そんな中国は、民主化された韓国と国境を接することを嫌い、北朝鮮を死守するだろう。その中で、北朝鮮は金王朝の承認と兵器の売込み・外貨稼ぎでミサイル発射と核実験をデモンストレーションとして繰り返す。米国の軍産複合体も渡りに船。危機感を煽り、韓国、日本等にTHAADや最新戦闘機を買わせ配備させる。昨日の東京メトロ等の一時運行停止は、まさに米朝の思うつぼだろう。

けだし、21世紀を環境の時代とするならば、20世紀は環境破壊の時代。その象徴が核兵器。前世紀の遺物だ。そんなものを人民の生活を犠牲にして保有しても核保有国と対等という大きな盾を得るだけにすぎない。矛としては使えない。あのソ連でも使えないから冷戦となった。北朝鮮の米国本土核攻撃など米国は本音ではなにも心配していないと思う。

戦争とは、相手国の人を攻撃し相手国の人間社会を制圧し組み替えること。だとすれば、20世紀のゴジラみたいに、なにも立派な建物群をなぎ倒し、大気も放射能で汚染させる必要などない。環境の時代の戦争は、サイバー攻撃と化学・生物兵器になるのかもしれない。

オウム事件のごとく、金正男暗殺事件にVXが使用された。先月シリアがサリンを使用したと報道された。国際条約で禁止されているのにも拘らず。

『世にも奇妙な人体実験の歴史』(文春文庫)P159によれば、「ワシントンDCの風上で炭疽菌の芽胞百キログラムが散布されれば、最大5百万人が死亡する」とする報告書があるという。圧倒的優位への野心を持つ国が核兵器の陰に隠れて人間に対して猛毒で蔓延しやすい生物兵器を開発するのを、米国は真に恐れていると思う。