2018. 9臨時号NO.102 びぼう VS びんぼう

一時TV等で芸能人が、どれだけ貧乏だったか、競うかのように貧乏ぶりを披露していた。通知簿で、アヒルの行進(オール2)とか、軍隊の行進(1、2、1、2)とか自慢したりしない。

貧乏を卑下する必要はないが、自慢するものでもない。今も赤貧に苦しむ人が見ているかもしれない。どんなに貧苦だったかが重要なのではなく、そこから努力すれば抜け出せるという希望を見せることが芸能人、TVの役割ではないのか。

逆に、貧乏から抜け出しても、必ず幸せになるとも言えない。美貌をもって貧乏から抜け出し栄華を極めた美人もいる。だが、「ん」がつかないだけに、幸せな人生の結末を迎えるとは限らない。永遠のセックス・シンボルマリリン・モンローしかり、フィリピン元大統領夫人マルコス・イメルダしかり、20世紀最悪女独裁者エレナ・チャウシェスクしかり。

恵まれたタレント(才能)により貧しい生い立ちから政治家に出世した男達も、「ン」があっても「ヒン」がなければ政治家としての結末はめでたしとはいかないのかもしれぬ。

政治家、特にトップ層となれば、自分と同じ境遇の人だけではなく、いろんな人の上に立つ。品格を備えていること(国民が安心して託せると判断する重要な要素。前近代では血筋)が求められる。一時期首相候補と期待された橋下徹前大阪市長も、在特会会長との面談で、オマエ! オマエ!と怒声が飛んだ。カメラが回っているのに。我が目や耳を疑った。

橋下氏と同じく舛添要一氏も都知事に就任していなければ、叩かれず俊英な人物との評価だけで人生を全うできたものを。それが残念に思う。

ドイツ系移民の3代目トランプ大統領は世界から品がないと顰蹙を買い米国も恥ずかしい思いをしているだろう。故ケネディ大統領はアイルランド系移民の4代目。財を成した3代目の父ジョセフ・P・ケネディは駐英大使となり、息子が大統領に上り詰めた。政治家としては3代目にあたる小泉元首相も醜聞の真偽はともかく品があるとは思えない。4代目の進次郎氏とその兄の芸能人孝太郎氏の代に至って品が備わってきたと見受けられる。

私が思う戦後の政治家の双璧、岸信介首相と田中角栄首相との違いはお金との関わり方。マズローの7段階(元は5段階)欲求説によれば、人は下の欲求から段階を経て成長していくという。首相としては6段階の自己超越の段階(無私・利他)が理想的だが、貧しい生い立ちで最下の生理的欲求の段階から一代で駆け上がるのは至難の業ということなのであろうか。

 

今のナメクジではなく、ポチ犬と家で私がそう呼ばれた頃の話。品はないが、甲斐性はもっとない私には、妻から命じられた、土日のスーパーへの買い出しの務めがあった。売り出しの卵パックを求めてセールス開始時刻ぎりぎりに向かう。店内はごったがえしになっている。帰ってきて、「貧乏人ばかりで厭になる」とうそぶくと、妻娘から間髪入れず口を揃えて「アンタが一番貧乏人でしょ!」と叱責された。ハウス!と言われた私は、「ぼろは着てても こころの錦 どんな花より・・・」と唄いながらポチの部屋に戻って行った。

勘違い男の私はともかく、日本人というものは、貧しさはそれほど気にしないのではないか。それよりも心の貧しさを恥じ入る民族ではなかろうか? 

日本人は「社会的地位よりも義理堅さで人間を評価する」と『梅干と日本刀』(祥伝社新書)の著者樋口清之氏は言う。薩摩島津家『日新公のいろは歌』は、二番目のロで「楼の上もはにふの小屋も住む人の 心にこそは 高きいやしき」と教える。住む家で人間の価値は判断してはいけない。心のあり方によってこそ真価が決まる (今で言えば、行方不明の2歳児を助け出した元魚屋ボランティア尾畠春夫氏が尊敬を集めているように) と諭す。

お隣中国の価値観は「貴・賤」と言われる。若い頃作家陳舜臣氏の『小説十八史略』を読んで、中国は4千年同じことを繰り返しているだけだ。人間はそんな簡単に進歩しないのだと感じた。乱暴な言い方をすれば、易姓革命(徳を失った皇帝から徳のある者が天命を受けてとって代わる)の衣を纏うが、革命が、賤の、貴に対する強烈な嫉妬心と野心から生まれるならば、独裁国家の誕生と滅亡が繰り返されその都度国名が変るだけ。そこから社会主義国家は生まれない(中国に限ったことではないが)。『真説 毛沢東』(ユン・チアン氏+・ジョン・ハリデイ氏)や遠藤誉女史の『毛沢東 日本軍と共謀した男』を読む限り、毛沢東とて同じ。世襲がないだけで、建国の同志を皆粛清した(周恩来重用は男色によるとの説も)。習近平総書記がその毛沢東を目指す。また独裁国家の存亡を見ることになるのか。

中国から帰化した某学者が言っていた。日本こそ唯一の社会主義国家だと。

 封建制度の解体、身分制度の廃止等社会的な大きな変革があった明治維新において、革命と呼ばず中国古典の「詩経」由来の維新を使ったのは、私流の解釈によれば、天皇の権威を維持し、為政を新むる(為政者が、上級武士から下級武士に、あるいは幕府から薩長に、入れ替わる)にすぎない。天武天皇時代から13百年国名は「日本」から変わっていない。

その天皇制の下での、聖徳太子由来の和の精神から、奴隷がいない、労使間の所得格差は海外諸国より少ないこと、和を乱した制裁・村八分も八分まで(火事、葬式は協力)、軍隊での序列は社会的地位ではなく入隊順であること、国民皆保険であることに加え、戦勝国からの改革(GHQによる農地解放と財閥解体、シャウプ勧告による富の集中防止と相続税の高税率化)もあり、いわゆる「天皇制社会主義」(ナチスの国家社会主義と似て非なるというか、根本的に違う)が確立された。これが世界で類を見ない、OnlyOneであることは、3.11東北大地震での東北人の立ち振る舞いを見て世界は納得した。 

 

 しかし、その天皇制社会主義に翳りが見え出して来た。1980年頃から「格差社会」と言われだしたが、小泉首相時代から格差はさらに広がり、労使間だけではなく労働者階級の中で二層化し、今や「階級社会」だと『新・日本の階級社会』(講談社現代新書)で橋本健二氏は指摘する。最下層の非正規労働者は平均年収186万円では結婚もできない。子供が出来ても教育格差から子供が東大に入り官僚になるとの道も閉ざされていく。天皇の下皆平等が崩れ、最下層から抜け出せず固定化していく。西欧のごとく、反日や過激な思想に走しる者が増え、日本社会にも不安・不穏が訪れることになるかもしれぬ。

私が若い頃「自己責任」とは、富裕者は自己責任で自由にやってもらう。貧しい人は国が目をかけると理解していた。今や、非正規労働者の苦境に対して、富裕者らは、自己責任、自業自得だと見下すがごとき(平昌五輪のスケート・パシュートで最後尾の韓国女子スケターを置き去りにしたのを思い起こす)。消費税増税が低所得者の重荷になる中ふるさと納税も「我が家の食材はすべて返礼品で賄う」と嘯く高額納税の富裕者がいても、所得の再分配に逆行するとの声は聞こえてこない。懐は豊かになったかもしれないが、心は貧しくなっているのではないか。本来官邸が是正指示できる立場にあると思うが、富裕層優遇を自ら旗振りしているのだから、始末が悪い。

 世界に誇る和の精神も、裁判員制度や司法取引で崩されていく。司法取引に準ずるリーニエンシー(課徴金減免)制度もそうだ。リニア不正受注に見るように、事の是非はともかく、業界必要悪として談合したならば秘密を厳守すべきところ、バレたら我真っ先に抜けがけするのは、誇り高き日本人のすることとは思えない(韓国セウォル号の船長を嗤えない)。

 さらに、秘密保護法、共謀罪、改憲案に盛り込まれる予定の国家緊急権により監視社会の影がちらつく。安倍政権は無理やり法案を通せばそれで満足している感があるが、いつか厳格に法を運用する、あるいは悪用する政権が現れるかもしれない。

人が人を裁き、人が人を売り、人が人を監視する。これまで漢字「人」を、左側のひとを右側のひとが支えていると見てきたが、これからは左側のひとが右側の人を押さえつけていると見るようになる日が来るかもしれない。

監視・密告社会の怖さを、「平和警察」という国家権力による現代版魔女狩りの形で、伊坂幸太郎氏のSF『火星に住むつもりかい?』(光文社文庫)が、我々に教えてくれる。

 

2018. 9 NO.101  ぎふ VS  ぎぼ

妻は私に向かって「アンタには何一つ良いところがない」と言う。仰る通り。私は、頭が悪い。顔はもっと悪い。目も悪い(ド近眼しかも白内障が進み緑内障も少し)。鼻は慢性蓄膿症。耳は時々難聴(都合の悪いことが聞こえない)。歯はほとんど差し歯。口が悪いのは母親譲り。手くせは悪くないがそれが当たり前。腹は黒い。へそ下三寸オソマツクン。足は短くないが、足で稼ぐこともなく役立たない。足の指は水虫の集合住宅。

真実を面と向かって言われるほど腹立つことはない。ならば、家庭内セクハラ?と言われようが言い返してやる。妻と一緒なら動物園に居るようで楽しいと。妻の食べる姿は豚の様。風呂に入ればカバとなり、怒ればサイとなる。走る様はイノシシそっくり。寝そべってTVを観る姿はまさにトド。

 他人様から見れば、破れ鍋に綴じ豚?の匹夫匹婦に過ぎない。が、37年もの星霜をこえて、琴瑟相和、比翼連理とは嘘でも言えないが離れずつがいで暮らしてきた。

いつも冗談とふざけた態度の私は「気難しかったお義父さんとは正反対でこんな楽チンなことはないだろう」と妻に言うと、「そこまで違わなくていいんだけど」と苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

 妻は、義父は顔をみれば勉強! 勉強! とうるさかったと言う。銀行の女子行員時代、飲み会で遅くなると電話すると「早く帰って来い!」とガチャン!と電話を切られたという。口うるさくて嫌いだと思っていたが、自身も親になり、また、夫としても父親としてもダメダメ亭主を間近に見て、今は亡き父の親心が理解できたと言っている。義母によると、義父は「私が子供たちに厳しくするからお前は優しくしてやってほしい」と言っていたそうだ。 義父は、義兄つまり妻の兄が国立の医学部を受験する折、一所懸命に受験勉強しているからと言って自身も遅くまで仕事をしていたという。

 妻は義父が食事のときなどよく癇癪を起こすのも嫌いだったと言う。義母が、同じ頃に移り住んだ近所の自営業の人たちの中で義父よりも羽振りに良い人の話をして、義父は自尊心が傷つき皿を割るなどの行為に及んだらしい。妻はその時は父がなんて酷いことをすると思ったとのことだ。しかし、「今にして思えば、言わんでよいことわざわざ父に言って怒らせた母の方がよくなかったと思うようになった。AB型はみんなそうなのかしら?」と言って妻は私を睨みつけた(主婦の井戸端会議でAB型の亭主だけば嫌よねと皆でそう言っているらしい)。それでも、義母の生前の日記には義父が亡くなったとき「主人にごはんを作るのが生きがいだった。これから何を生きがいに・・・」と書いていたと妻は言う。

 義父は福島から当時は珍しく東京の私大に行かせてもらったのに、商社?に就職したがすぐに辞めてしまった。故郷で再就職先も内定したのだが、親に二度と敷居を跨ぐな!と激怒されたという。東京に舞い戻り裸一貫からアクセサリー製造の職人となり、都内に一戸建ての家を建て、息子を国立大出の医師にし、勉強が好きでない娘を短大に行かせた(短大に行ったばっかりに先々変な奴に捕まることになったと妻は罰当たりなことを言うが)。私も転職したが20年は銀行にいたので、義父の背負った苦労に比べれば苦労にあたらない

何かの折、私は「お義父さんは、裸一貫から身をお起しここまで成し遂げたのだから人様にとやかく言われる筋合いのない立派な人生だ」と妻に言った。それを何かの折妻が義父に伝え、義父は「婿殿はさすが分かってくれている」と喜んでくれたという。

 それが、私が銀行を辞めるのを反対し妻を不憫だと心配し続けてくれた義父への唯一の恩返しというか、せめてものお詫びとなった。

 義母は、手先が器用で義父がデザインしたブローチなどアクセサリーを義父と一緒にせっせと作ったとのことだ。昔ガラス玉のダイヤモンドブローチが飛ぶように売れ、夫婦にて寝食を忘れて量産したという。

義父は「お金一切を義母に任せたのでよかった。感謝している」と生前言っていたそうだ。今の異常な超低金利とは違い、私が銀行にいた30年前の頃は、定期預金金利が6%台の時もあり、仮に平均5%としても一年定期預金を15年前後そのまま預けているだけで複利なら預金額が倍になっていた。

 義母は義父が亡くなってからも一人で住み質素に生きていた。義母が6年前亡くなった時義兄がこんなにとびっくりしたらしい。10数年前に義父が亡くなった時義兄は「自分たちで苦労して残したものだから全部使っていいよ」と義母に言っていた。義母がまだ生前の折に分かっておれば義兄は同じことを言ったことだろう。

義母は糖尿病を患っており、「小さい時は貧しくて満足に食べられなかった。今はお金があっても食べられない」とよく愚痴っていた。スキルス性胃がんと解る前、私が神戸の実母と義母を招待して三重にある伊勢海老づくしの宿に行く企画を立てたが、私の母が体調を崩して取り止めとなった。義母は大変残念がっていたことが後で分かったが、その時はすでに末期胃癌の治療が始まりそれどころではなかった。それが心残りとなった。

 兄君(泉下)が私と神戸高校の同期生である作家小林恭二氏の私小説『父』(新潮文庫)と較べればなんとも凡庸な義父母の人生ではあるが、それでも一つの生きた証に違いない。

もはや恩に報いることはできないが、ファミリーだけでも、ささやかでも子供達のために懸命に生きた一組の夫婦がいたことをいつまでも忘れないようにしよう。

 

 数年前、長男が台湾の女性と結婚して、嫁からすると私たち夫婦も義父母となった。

 台湾では、互恵関係(子供夫婦が両親の生活を見る代わりに親が孫の面倒を見る)が増えてきたというが、まだ日本に比べて敬老精神が強く息づいている。

私が卒職したとき義娘が仕送りすると言ったので、びっくりし、それには及ばぬと返事した。子供たちに甘えず、迷惑をかけず、差し出がましいことはせずも請われればいつでも助ける、そんな義父母でありたいと思っている。

 何の報いも望まない。ただ、異国の地台湾からひとり渡日した義娘が日本人ファミリーの一員になったことを心からよかったと思ってくれたら、それだけで嬉しい。

 

 

2018.8 NO.100 インパクト VS コンパクト(2)

欧州牝馬の血を引いても日本産のDI産駒が思うように通用しないのであれば、馬場の違いに基づく育成の仕方が異なるだけかもしれない。日本の馬場は軽くて固い。その上を飛ぶように走る。後ろの位置で足を溜め、一気に差し切ることもできる。深くて重い芝で起伏もある欧州レース場では好位につけ抜け出していく走法になる(凱旋門賞で後方から差し切ったのは欧州史上最強馬ダンシングブーレヴぐらい)。前肢でかき込で激走する様は、ちょっと大げさだが映画『ベンハー』に出てくる馬の戦車を見るがごとし。

育成・鍛え方が日本よりハード(日本ではDI産駒の連闘などありえないがSWは連闘した)なのだろう。調教師や騎手の問題ではなく、育成の段階から変えないと内国産馬が凱旋門賞を制するのは困難。だが、マッチョになれば日本の高速馬場では勝てなくなるかもしれぬ(私は後ろから飛んで来て差す今の日本競馬が好きだが)。

欧州競馬と日本競馬は別物と思うべし。日本の競馬関係者は内国産馬の凱旋門賞制覇が悲願かもしれないが、(私の孫娘は日台のハーフだが没問題なのと同じで)我々DIファンは欧州娘の仔であろうと、欧州で生まれようと、欧州で育とうと何の問題もない。

今凱旋門賞にSMやSW(回避?)が出馬するなら例年より期待が持てる。勝てば日本競馬界の至宝としてDIが一段と輝きを増す。それだけのことだ。

 

欧州の競馬界がDIに注目したのは、日本での圧倒的なパフォーマンスを見せるDIに2006年の凱旋門賞で初めて欧州以外の馬に勝たれてしまうとの危機感を持った(DIが日本では認められている薬物の使用で失格になったが、仏競馬関係者の陰謀説も囁かれたほど。真相は関係者が口を閉ざすので藪の中)ことから始まる。

横道に反れるが、2006年凱旋門賞へのDIの挑戦について触れておこう。戦う前から、ぶっつけ本番で大丈夫か。タフな欧州の馬場で430㎏台の細い体で59.5㎏を背負って日本のように飛んでくることができるのかと心配していた。凱旋門賞当日のアンラッキーな事柄は以下の通り。①馬の体調が悪かった。②ゲートの出遅れ癖のあるDIに現地が配慮してか一番最後にゲートインしたらスッと出てしまった。いつも最後方からまくってくるのに、先頭の方に押し出されDIが戸惑っていたと現地記者が分析していた。③4コーナーあたりでテレビ解説の岡部元騎手が「まだ! まだ!」と声を上げていた。早めに先頭に立ったが持ち堪えられず、3着に終わる。DIが後ろから差されるのは悪夢を見ているようだった。

DIをもってしても凱旋門賞を勝てないなら永久に勝てないと皆悲嘆に暮れた。武騎手としては翌年にリベンジしたかっただろう。我々ファンも同じ気持ちだったが、薬物違反判明後金子オーナーがその年末での引退を決断してしまった。

閑話休題。DIは、種牡馬になってからも日本のリーディングサイヤーに君臨し、しかも優秀な産駒を多く輩出した。2017年3月末に「ディープインパクトは世界の最高種牡馬としてガリレオに取って代わる」との海外記事が出たが、それ以前にも2016年2月フランスの日刊の電子版競馬紙『ジュールドギャロ(JDG)』が「ディープインパクトが欧州を征服する」の見出しで種牡馬DIの特集記事を組んでいる。その当時ですでに世界ランカーとされる『115』以上の国際レーティングを獲得する現役競走馬にDI産駒が18頭含まれていた(欧州連続リーディンクサイヤーとして君臨する大種牡馬ガリレオでさえ12頭に過ぎない)。

2011年~1018年上半期でDI産駒は日本のG1を42勝もしている。その上世界主要の競馬場でG1を勝利しさらに衆目を集める。エイシンヒカリは仏イスパーン賞と香港カップを、ジェンティルドンナとリアルスティールはドバイシーマクラッシックを、制覇した。元プロ野球選手佐々木主浩氏が馬主のヴィヴロスがドバイターフを制した。この他豪州においても、リアルインパクトが1度、トーセンスターダムが2度豪G1レースを制している。

加えて、海外で育成されたDI産駒はまだ数が極めて少ないのに、2009年にビューティーパーラーがG1仏1000ギニーに勝ち、DIの血が欧州に通用することが証明された。今般SMが仏G1をSWが英GIに2勝していることに世界は驚きDIの血の評価が高騰する。

さらに、DIの血を求める理由が欧州競馬界にある。競馬は血のスポーツと呼ばれるが、欧州では大種牡馬ノーザンダンサー(ND)の血の後継はサドラーウェルズ→ガリレオ(欧州のリーディングサイヤー)がサイヤーラインの本流で、サドラーウェルズ、ガリレオの血が飽和状態にある。NDにはダンジク→ディンヒル(豪州のリーディンサイヤー)という系統もある。ガリレオを父親とし、母親の父、祖父をディンヒルとするニックス(優秀な仔が生まれる可能性が高い組合せ)をとくにガリディンと呼ぶ。ガリディンの最高傑作が史上最強のマイラー、怪物フランケル。

ガリディンやサドラーウェルズ系以外の大種牡馬として我らのDIに白羽の矢が向けられた。先陣を切って、ガリディンを母として、我らのDIが父として誕生したのがSW。その成功を受けて、アイルランドを拠点とする、ガリレオ、SWも所有する世界的生産者クールモア(正式名称:クールモアスタッド)から、英1000ギニー(3歳牝馬限定1,609m)、英オークス(同2,400m)の2冠で2016年には年度代表馬に選出されたマインディング(牝5)、英愛1000ギニーを連覇したウィンター(牝4)ら同じガリディンの名牝3頭の繁殖牝馬がDIと交配すべく日本に送られて来ている。さらに来年は10頭の牝馬が押しかけてくるという。SWを上回る産駒が2021年以降欧州競馬を席捲していくかもしれない。

一方SMについては、愛ダービーの結果を受け、例年とは違い英ダービー出走組より仏ダービー出走組の方がレベルが高いとの見方が出てきた。その仏ダービーを勝ち切ったSMはもっと評価されてよい。SMは母親が名牝ミエスク(父は米国の大種牡馬ストームキャット)。SMは日本で成功している、父DI、母の父ストームキャットのニックス(上述のキズナ、エイシンヒカリの他桜花賞を制したアユサンなど)。サドラーウェルズ、ガリレオの血が入っていないので、日本ほど近親交配を忌避しない欧州ではあるがSWよりSMの方が選り取り見取りいろんな牝馬に種付けることができる(もっともSM自身が選べる訳てはないが)。

                                                                                                                                        

DIの種を求めて内外から肌馬が押し寄せ種付料が4千万円から5千万円(ガリレオは公開していないが同額らしい)以上になり世界一になる公算が高い。DIは今年で16歳。人間で言えば50歳。後4年もすれば還暦を迎える。そんな歳になり早春からの半年間で200頭以上の牝馬の相手をするのなら、羨ましいとは思えない。もっと楽させてあげたい。

そろそろ誰もが認める日本での後継種牡馬が出てきてもと思う。この数年の間に3冠馬でも出れば文句なしだが。既に産駒の中ではダービー馬キズナの仔が評判らしい。2019年からその仔らが走り出し好成績を収めれば、キズナが後継種牡馬になれるかもしれない。

 浅い知識しかないド素人の私が、知ったかぶりして、DIファンの誰かに頼まれた訳でもなく、DI礼賛を書いてみた。競馬ファンの方にとっても、ゴルフのサンドウェッジみたいなSWやサドマゾと間違うSM等の略語が溢れ、読みづらかったのではと思う。

 競馬に興味のない方も、DIが将棋の羽生永世七冠、世界体操6連覇の内村選手と肩を片を並べる、世界に誇る日本の宝であることを何となくでも理解賜ったならば、幸いである。                                                                                         

 

 

2018.8 NO.100 インパクト VS コンパクト(1)

 本ブログ100号を記念する今回のテーマは、お決まりの首相批判ではなく、競馬の話。

2018年の世界の主要ダービーが終了した。日本ダービー(2,400m)はワグネリアンが勝ち、仏ダービー(2,100m)は内国産馬を父とするスタディオブマン(SM)が制した。

同じ内国産馬を父とし、より期待も大きかったサクソンウォリアー(SW)は、現地で圧倒的一番人気に推されながらも英、愛両ダービー(2,400m)に勝てず、歴史的名馬の仲間入りは果たせなかった。しかし、これだけでも画期的なことだが、2歳G1を含め無敗で英2000ニギー(3歳限定の1,609m。種牡馬選定の為のレースとの位置付け。去勢された「せん馬」は出走不可)を圧勝しており、スピード重視の欧州における種牡馬への道はすでに約束されている。そのSWは年内で引退予定。距離の壁があるようなので秋以降2,000m以下でどれだけ箔をつけることができるかということになる。

 

日欧で活躍するこの3頭の競走馬は皆言わずと知れた日本競馬界の至宝ディープインパクト(DI)の産駒。私は、DIが登場するまでは、どちらかというと競走馬より馬を操る騎手のファンだった。本ブログ2013年12月号NO.30(「ケイバ と カイバ」)に書いたように、ダニノムーティエ、テンポイントなど好きな馬がいたが、馬は年5~6回ほどしか走らない。競馬は毎週土曜、日曜に開催される。それで毎開催日多くの有力馬に騎乗するリーディングジョッキーのファンなり、競馬場には行かずTVの競馬番組を観て応援していた。

大学生時神戸のスポーツ新聞のバイト先で競馬を覚えた頃連続関西リーディングジョッキーの座にあった高橋成忠騎手のファンになった。が、ファンになった後すぐに元祖天才福永洋一騎手(今年ダービー騎手となった祐一騎手の実父)が現れた。直に飛びつくのではなく最初の1~2年は高橋騎手のトップの座を脅かす好敵手(1970年トップの座を奪う)と見ていた。3年経た頃ようやく福永騎手のファンとなった。今天才騎手として活躍する、ターフの魔術師故武邦彦騎手の二世武豊騎手の時も直には。かなり後になってからファンになった(武騎手が若い頃騎手では背が高い方で長い背中が馬の背と並行にピンと張っており、馬番を知らなくても馬群の中からすぐに見つけることができた)。

馬には、雑念が働かないのか一目惚れのごとくすぐ好きになる。DIの新馬戦が評判となり、伝説となった2戦目の2005若駒ステークスの衝撃の走りを見てイッペンにファンとなった。皆が三冠馬になることを予想したが、実際無敗で三冠馬(皐月賞、ダービー、菊花賞)となる。無敗の三冠馬はもう一頭シンボリルドルフがいる。というか、日本競馬史上2頭しかいない。シンボリドルフの騎手は岡部幸雄騎手(2943勝、歴代2位で引退)。DIは武豊騎手(7/8時点で3,980勝、歴代1位)。無敗のまま三冠達成するには、馬が強いこともさることながら(東西の)トップ騎手も不可欠と言うことか。

 

DIは競走馬としては3年しか(もう少し飛ぶ姿を見たかったが)走らず2006年末に引退した。種牡馬になり2010年から産駒が走り出した。毎開催日何頭か産駒が走るので、毎回楽しみにし応援している。毎年6月のダービーが終われば新馬戦が始まるので翌年のダービー(3歳限定2,400m)や桜花賞(3歳牝馬限定1,600m)を勝てる、どんなDIの新星が現れるかそれが楽しみとなる。今やDI産駒一筋と言え、とくに応援する騎手は今はいない。

 DIの産駒が走り出した初年(2010年)、巨人、大鵬、卵焼きと呼ばれた巨人全盛時代にアンチ巨人ファンも多かったように、早くもアンチDIにより2chで「なぜディープインパクトは種牡馬失敗したのか?」のスレが立てられていた。

米国から来て大種牡馬となる父サンデーサイレンス(SS)を鳶扱いしてはいけないが、鳶が鷹を生んだというより、馬からチーター(DIに跨った唯一の武豊騎手がそう形容する)が生まれた、DIは突然変異だと私は思っている。DIは430㎏台のコンパクトと言えば聞こえが良いが痩せぽっちの牝馬のような小さな牡馬だったが、後述する世界的な大種牡馬ノーザンダンサーも小柄だったので、私は種牡馬としての成功を信じて疑わなかった。

翌年2011年にマルセリーナ(桜花賞)、リアルインパクト(安田記念)、ジョワドヴィーヴル(阪神ジュベナイルフィリーズ)がG1を勝利したときはさすがに胸を撫でおろした。その翌年2012年からは連続してリーディングサイヤー(種牡馬)となり不動の地位を築いている(今もなおアンチは健在。DIの輝いていること自体が気に入らないので、ディスっても根拠が希薄。DIファンが寄ってたかってデーターを駆使し理路整然とアンチを黙らせる)。

 ただ、DIに匹敵する、あるいは超える産駒は未だ誕生していない。チーターのような小さい馬が活躍すると思っていたが、大活躍する産駒は大型馬が多い。牡馬ではダービー馬のキズナやマカヒキ、菊花賞馬サトノダイヤモンドは皆500㎏台。牝馬3冠の女傑ジェンティルドンナは470㎏台で父DIより40㎏近く重い。今年のダービーを制したワグネリアンは450㎏台で父に似ていると言われるが、種牡馬としてのDIの特長は、DI自身の長所 (現役当時3,000m以上の長距離で世界NO.1のレーティングを得ていた。スピードはもとよりステイヤ―の血が仔に引き継がれてよいハズだが) が色濃く出るというより、肌馬(繁殖牝馬)の良い所を引き出す、というのが、今のところの大方の見方ではないか。

 だとすれば、欧州の肌馬ならば欧州競馬にも対応できる産駒が生まれても不思議ではない。今年のSWの活躍はそれを証明したことになる。元々DIの母はウインドインハーヘア。欧州の馬でエリザベス女王所有の名牝ハイクレア(英1000ギニー、仏オークスを制する)の孫にあたる(エリザベス女王もDIに関心が高い)。欧州で通用する素地があると言える。

 

 

2018. 7 臨時号 NO.99  しろ VS くろ

 世紀の米朝首脳会談が終わった。ショーという見方が多かったが、北朝鮮は実をとり、米国はというよりトランプ大統領は名をとった。得るものがなく損をしたのは日本だろう。安倍首相が期待した拉致問題も不発に終わった。

元々拉致問題を他国に依頼するのは筋違い。大統領にとって友好ムードで会談を終えることが今回の目的。会談に水を差す、3人の人質を既に返してもらっている金正恩党委員長に人道問題に言及するのは大統領には埒外の話。たとえ大きな見返りを日本から貰えても。

 トランプ大統領は「日本の経済支援は拉致問題の解決が前提」と、約束不履行にならぬ最低限のことしか言っていないらしい。北朝鮮にとって目新しい話でもなんでもない。聞いた金党委員長としても「・・・」となっても不思議ではない。

米国と立場が違うのに大統領に盲従して単に核・ミサイル問題で非難し続けてきたツケが回ってきた安倍首相が、保身のスタンドプレーの為に血税数10億ドル(数千億円)もドブに捨てたと言われても仕方がない。日米首脳会談後数10億ドルの買い付けが露見した時6/8付け日刊ゲンダイが首相を売国奴呼ばわりしたのも、あながち過言とは言えない。

これではまずいとばかりに、親ABEは金党委員長が解決済みと言わなかったから交渉の扉が開かれたと前向きに評価する。「8月には首相平壌入りか?」と6/14付け読売が報じ、産経は金党委員長が「安倍首相に会ってもよい。オープンだ」と言ったとフォローした。

しかし、打ち消すかのごとく、6/14付の北朝鮮「労働新聞」は拉致問題には触れずモリカケ問題を取り上げ、翌6/15北朝鮮は「日本人拉致問題は解決済み」と報じた。6/18首相は北朝鮮に大きな決断をと言ったが、決断しているのでは。安倍首相では交渉しないと。

さらなる問題は、大統領が北朝鮮に安全(or安全保障)を確約したこと。それは何を意味するのか。北朝鮮が尖閣諸島を占拠した時、米国は傍観するということか。上陸した北朝鮮兵士らは日本だけで排除はできる。しかし、北朝鮮に中・短距離ミサイルを連射されたら。中国は、米国がにらみを利かしているので、喉から手が出るほど欲しい尖閣に手が出せない。北朝鮮と経済援助の裏取引で、北朝鮮に尖閣を占拠させるとした場合、米国は北朝鮮に手が出せないのであれば、何のための日米同盟か。遠いイラク問題におけるブッシュ大統領・小泉首相の関係よりも、今回のトランプ大統領・安倍首相の方がより問題だ。

世界平和や核兵器禁止などを訴える有識者でつくる「世界平和アピール七人委員会」が世紀の会談を待たず6/6「日本人の道義は地に堕ちた」と安倍内閣に退陣を求める、異例の緊急アピールを行った。株価を見て首相はよくやっていると言う富裕層や利口ぶらず親しみやすいよい首相だと思う庶民層の各位、いい加減眼を覚まされたら、いかがか。

 

米国にとって、安倍首相は都合のいい女と同じ。言いなりになってくれる。性能等情報が筒抜けになった防衛機器等を高値で買ってくれる。無理やり集団的自衛権を通してくれる。後述する属国からの脱却に不可欠な憲法9条二項の削除・改変を後送りさせる。

米国にとって唯一誤算と言えるのは、安倍首相の露骨とも言える言動により、国民の一部に属国における偽りの繁栄という夢から眼を覚まさせたということ。

英国は阿片により中国人をつぶした。米国は阿片が通用しない(ヒロポンは少し蔓延したが)日本人に経済的繁栄をさせることにより牙を抜いた。チャーチルが第二次世界大戦の回顧録で書いた思惑どおりか、日本人は劣化した。それもトップ組織のトップから腐る。

内閣、不正・不祥事の大企業・公益法人、採点ミスしたトップ大学、タレントが不祥事を起こしたトップ芸能事務所。共通するのは、組織・組織人を守ることよりも保身が優先。責任をとらないこと。為政者・経営者の先祖ともいうべき武士にはありえないこと。

子供に進められる道徳教育は不要だ。今年の1月号NO.83(よんれんぱVS よんれんぱい)で、こう書いた。「日本人としてのDNAなのか若者にはよき日本精神(勤勉、正直、謙虚、潔さ、約束の厳守、惻隠の情)がまだ息づいているのではと思うと嬉しい気持ちになる。」

悪質タックルをした日大アメフト部員は見事なまでに責任をとった。武士を見てるようだ。問題は、まっとうな子供達が大人になるとそうでなくなるということだ。子供に道徳教育を施すのは、間違った大人、馬鹿な大人に黙って従えということになるだけだ。かの籠池氏は幼児に教育勅語を暗唱させたが、今必要なのは、大人達に武士道を教えることだ。

 

戯言と言いながら私は再三「平和大三元論」を唱えている。發牌(米国)と中牌(中国)だけでは(子)2翻2,000点に過ぎないが、白牌(日本)が加わると大三元(役満)になり16倍の32,000点となる。平和に向けた大きな力となる。そして白牌はNO.1ではなく、Only Oneを目指すべきだと。

Only OneとはBoxingに喩えて説明すると、現世界チャンピオンの米国と挑戦者中国とのタイトルマッチで、米国のセコンドにつくのではなく、審判としてリングに立つことだ。。その審判の信条は「公平」と「正義」。

リング上では審判は現チャンプに優遇とは言えないまでも敬意を払っているように見える。日本も米国とはその距離感でよい。米国の股肱之属国ではなく、(正義に基づき)米中の股座膏薬戦略をとるのだ。米国が日本に無理難題を言うなら、倭の国に戻るぞと警告するのだ。地政学的に見れば、北から中国が黒、北朝鮮が黒、韓国は白、一番南の日本は白だが、日本が黒に変われば、オセロゲームのごとく、韓国も黒になり、黒一色となろう。

 

審判が選手を殴ることはないが、選手が審判を殴ることはある。観客席から物が飛んでくることもある。その為には備えが必要だ。

 日本が真の意味で独立し、審判になるには、国を守るための憲法第9条二項で禁止する戦力の保持と交戦権の賦与を認める改正が不可欠。長年自民党は改正を検討し自民党改正案を作案したが、あろうことか自民党総裁が9条二項を改正しない案を持ち出し、さらにモリ・カケ問題により国民の信を失い、改憲のチャンスを潰してしまった感がある。

 9条二項の削除・改変に反対する国民は、第二次世界大戦のように、東南アジアのジャングルや満州の極寒地で、自身や家族が悲惨な目に遭う。徴兵制が復活すると思っている人が多いのではないか。戦争の形態は時と共に変わる。

私が居た銀行業界も変っていく。私が若い頃融資の可否を判断する審査役の補助をしていたが、もうそれはAIの役目。内勤の銀行員はほとんど要らなくなる。戦争も、近い将来サイバー攻撃、無人攻撃機、AI ロボット兵士(スター・ウォーズに出てくるバトルドロイド)が主流となってくる。若くて体力があれば誰でもという時代ではない。天才高校生ハッカーが重用される時代に変わる。高度な技術を持つ者でないと志願しても採用されない。

 侵略はしない。防衛だけと言っても、サイバー戦では先制攻撃しないと意味がない。システムを先に壊されたら反撃できない。そのためにも9条二項の改変は焦眉の急だ。

 今のままでよいと言う人は、温暖化しているから二度と地球に氷河期は来ないと言う人と同じだろう。

 

 

2018.7 NO.98 じぎょう VS  きぎょう

 本ブログ前月号NO.95(「ゴロフキン VS ボロフキン」)で、男女平等・同権の権利の裏側にある義務を果たそうとしないと谷岡学長や女性議員を批判した。男にも、上っ面の謝罪はしても潔く自身の非を認めようとしない、アメフト内田監督やレスリング栄監督がいることを指摘しておかねばならない。不公平にならぬよう。身の処し方が酷いのは首相を手本にしているのか。日本人の美学はどこへ行った。草葉の陰で武士が泣く。

さて、今回は、私と中小企業とにまつわる、ちょっとだけ不都合な話。

自らの利益を追求して事業を行う法人を営利法人という。通常、会社とか民間企業と呼ばれる。これに対し、営利を目的としない事業法人を非営利法人という。主なものとしてここでは財団法人と社団法人を取り上げる。前者は活動原資を基本財産の運用益(預金利息等)とし、後者は会員の年会費を活動原資とする、違いがある。さらに、一般財団法人(又は社団法人)と公益財団法人(又は社団法人)とに分かれる。一般のそれは要件を満たせばだれでも作れるものだが、公益の方は、県の認定か、県を跨ぐ場合内閣府の認定が必要となる。

ちなみに、公益財団法人の日本相撲協会、日本レスリング協会に対して告発状が出されたことがあったが、都ではなく内閣府に届けられたのは、両法人が全国組織であるため。

 民間企業は、最小のコストで最大の収益を上げ、国に税金を納め、社会に貢献するというのが松下幸之助翁流の企業の社会的使命のあり様。非営利法人は発想が逆。基本財産の年間の運用益や会員の年会費等、まず1年間の活動資金ありきで、それを有効に活用して、不特定多数の利益に資する(公益)、あるいは、業界の利益に資する(共益)、ことを目的として事業を展開するのが役割。したがって、企業の利益とは違い、非営利法人が多額の収支尻を残すことは美徳でもなんでもない。年間収入(活動資金)の1割程度なら許されるが、2割、3割残すのは、それは単に仕事が足りないか、怠けていると言っても過言ではない(だからといって、事業を拡充せず、役職員の人件費等を膨らますのは、もちろん本末転倒)。

 私は、社会人となってから20年間中小企業向け金融機関に勤め、その後の20年間は中小企業を会員とする二つの社団法人(協会)に勤務した。さぞかし中小企業とウマが合ったと思われるかもしれないが、そうでもない。私は、一代で日本を代表する企業を築いた、ユニクロ柳井社長、楽天の三木谷社長はすごいとは思うが、下で働きたいとは思わない。

中小企業オーナーで最も苦手とするのは、ワンマンで、激しく、会社のお金は自身の財布と思うも、社員にはケチる、強烈な個性の持ち主。(20年以上前のことだが)証券大手の部長と意見一致をみたが、会社を上場させる中小企業のトップはそんな猛烈なタイプが多い。もっとも、そのようなトップでも、社会に貢献し、従業員とその家族の生活を立派に支えているのなら、私が嫌いなことなどどうでもよいことではあるが。

私が尊敬するのは、城山三郎作『落日燃ゆ』での広田弘毅首相、没後70余年を経ても台湾の人々が恩を忘れない八田與一土木技師、日本のシンドラーと呼ばれた杉原千畝外交官。ウィキペディアによると杉原が広田首相を尊敬してご子息にコウキと名付けたとあった。私も長男に広田首相に肖ってコウキと名付けた(人生の最後まで同じではとコウの一漢字は変えたが)。尊敬する杉原と同じ想いかと分かり嬉しかった。

こんな私なので非営利法人の事務局には向いているかもしれない。が、都合よく協会を利用(悪用?) しようとする中小企業オーナーにとっては私は目障りだったに違いない。上手くあしらえばよいものを、正面からぶつかるので、当時の社団のトップは私を困った奴だと思っていたハズだ。「君自身が怒る必要はない。私に報告するだけでよい」と諭された。冗談半分、本気半分で「君が方針を立てて私が事務(会員のお守り)をするのか」と言われたこともあった。一般社団法人(業界団体)の時も、理事としての権利の裏側にある責務を果たさない理事には事務局の分際でありながら容赦しなかった。当然軋轢が生じる。私の存在がメリットよりもデメリットが上回ってくると、出過ぎた参謀役の潮時となる。それでも両団体共10年ほど使ってもらえたから、そこは感謝を忘れてはいけない。

 

 かくいう私自身も中小の組織に身を置き続けた。20年在籍した銀行も中小金融機関であり、優良企業を育てても企業が大きくなると都銀にさらわれる。海外進出や社債発行など間尺に合わなくなり仕方ない面もある。当時たしか自虐的にサンドイッチ銀行と呼んでいたと思うが、今は死語となっているようだ。

非営利法人に転身してからも、社団法人(今流で言えば公益社団法人)も一般社団法人もどちらも小さな協会であり、それなりの苦労はした。天下り用のような親方日の丸の一部の公益財団法人に対しては少なからず敵愾心を抱いた。お金(会費)を集める苦労も知らず、形だけに拘るような言動には、よく虫唾が走り、罵声を浴びせたい衝動に駆られたものだ。

 40年の職業人生を通し、思うに任せず中小が故の悲哀も少しは味わったので、中小企業オーナーや社員に対する想いは、愛憎相半ばというのが正直なところだ。

 

芸能人は歯が命。中小企業は人が命。中小企業は“人財”が少ないことが悩みの種。人材紹介会社等を通じて中途採用することも少なくない。その場合大企業の部長などがよいと思われがちだが、そうでもない。例えば、経理部長経験者は中小企業に入るとすぐ経費削減を徹底しがちだ。売上3,000億円の大企業では経費率を0.1%下げるだけで3億円も節減できるが、売上3億円の中小企業ではたった30万円でしかない。そんなことよりも売上をいかに伸ばすかが先決だと言えば、それは自分の守備範囲でないと使えないことを言う。中小企業にはやはり中小企業の役員経験者などがよいのかもしれない。

取引銀行へ人材招聘を依頼する場合においても、支店長経験者を要望する中小企業は少なくない。支店という小さい組織であっても一国一城の主としての経験がある銀行員の方が経営に対する姿勢や責任感が違うと思われている。

 社団法人に居たとき、会員(中小企業)からの求人ニーズが強いことから人材仲介をやろうとした。が、有償でも無償でも免許がいると分かり、当時某県からの出向者がお手の物とばかりにちゃっちゃっと申請書類を用意し免許を取得してくれた。私が人材紹介の真似事をしたが、職を求めている割には覇気がない人がいるのはなぜかと思い始めた。

覇気のない人達は、アウトプレースメント(企業側の都合で離職せざるを得ない従業員のために、企業側が費用を負担して民間の会社に委託して行う再就職支援)の会社から紹介された中高年達であった。話を聞いてみると、能力や性格について厳しい指摘や指導があり、今の価値なら年収が半分以下になるのは当たり前だと言われたという。あたかも「退社は、自身が悪いのであって、会社を恨むなよ」と言わんばかり。何のための再就職支援なのか。

依頼する大企業側も?と思った。貢献度は知らないが長年企業に忠誠を誓ってきたいい歳をした大人たちに対してもっと違った親切?があるのではと感じた。

すべての人材紹介会社が皆そうだと言うつもりはない。無論すべての会社を知っている訳でも、近況が分かっている訳でも、ない。しかし、求職者を見下す、物扱いするような所は、免許があっても人材仲介や労働者派遣をする資格はないとは断言できる。

 今や病院ならどこでもよいと思う人はいないだろう。人材を求める中小企業も求職者も人材紹介会社を選別することも必要だろう。

 

2018. 6 増刊号 NO.97 ひかくか VS  ひらくか

  世紀の米朝首脳会談がいよいよ6/12にシンガポールで実現する見通しとなった。非核化で合意し朝鮮半島の平和の扉が開くか世界が固唾を呑んで見守ることになる。

 北朝鮮は、トランプ大統領との会談が実現すれば、会談内容の如何に拘らず、成功と言える。最貧国とも言える北朝鮮が核強国として世界最強の米国と差しで会談できるのだから。金正恩党委員長は晴れて祖父、父と肩を並べた将軍様として人民から崇められる。

たとえ、会談が物別れになっても、トランプ大統領は脅しているが、米国から攻撃されることはない。南北コリアが南北首脳会談で融和ムードが高まっており、さらに中国の庇護のもとにある。ロシアにとってのシリアと中国にとっての北朝鮮とでは地政学的に意味合いが全然違う。米国はシリアを攻撃できても北朝鮮を攻撃できない。北朝鮮が中国の言うことを聞いてお利口にしている限り攻撃されたら習近平総書記は面子にかけても応戦する。第二次朝鮮戦争になってしまう。

実際は南北会談と同様米朝首脳会談も融和ムードで終わるのではないか。北朝鮮の目的は金王朝体制の承認と経済制裁解除・経済支援。金王朝にとって、米国も怖いが、朝鮮人民も怖い。赤貧に苦しみ死んだ方がましだと追い詰められたら、怒りの炎が金王朝に向けられる。人民の大集団に銃を向けることはできない(中国にとって天安門事件は最大タブー)。核開発が一段落した今米国と和睦し一刻も早く経済を立て直さなければならない。

なによりも中国の経済制裁解除が最優先で、中国が堂々と制裁解除できるよう、北朝鮮はお利口になったというところを国際社会に猛アピールしなければならない。

その後は、財産目当ての結婚を目指すのか。軍事力が強い方が花婿。花婿の北朝鮮は標準時を早速韓国に合わせた。いざとなれば王朝を廃し、プーチン氏のように大統領を装うかもしれない。花嫁の韓国は、豹変ではなくいつ狼変するか分からない相手といきなり結婚ではなく、互いの体制を容認しゆるやかな連携を模索したい。縁談が強引に進められたらマリッジ・ブルーに陥るのかも。親同士の綱引きもありうる。花嫁の父(米国)は婿養子でないとダメと言うかもしれない。韓国も北朝鮮と同化し中国の属国になれば、釜山周辺に中国の軍事基地ができる。ますます日本から米軍基地が出ていくのが難しくなっていく。

非核化については、金正恩党委員長はトランプ大統領に恭順の体を演じるだろう。核・ミサイルは元々矛ではなく盾の為に開発。10数発保有できたならそれ以上は必要ない。核実験場等を破壊することなど痛くもかゆくもない。既に保有の核も放棄しろと言っても、IAEAの査察には限界がある。軍事施設内は北朝鮮が拒否するだろう。

 ロシア疑惑、ポルノ女優への口止め料等失点続きのトランプ大統領の本音は、とにかく会談を成功させたい。ICBMを米国に向ける気を北朝鮮が無くせばそれでよい。ノーベル平和賞を受賞し、大統領任期あと2年半の間北朝鮮が大人しくしてくれたら御の字だということだろう。軍産複合体はしばらく中東で核・ミサイルビジネスを展開するのだろう。

 

米朝会談の後は米・中・北朝鮮・韓国の4カ国協議が始まるのか。北朝鮮の仮想敵国が米国からとって代わる当の日本は蚊帳の外。元々南北コリアが反日である上、日本が独自のスタンスで半島問題に関わっておれば別だが、米国の威を借りて北朝鮮を非難していただけでは(ロシアが参加するならその時はバランス上日本も参加できるのかもしれないが)。

味方のハズのトランプ大統領は、米朝首脳会談開催も国務長官の電撃訪朝も事前に知らせない。ポチ犬(某哲学者はバター犬と呼ぶ)に大事なことを相談してもということか。

拉致問題にしても、安倍首相は訪米しトランプ大統領に北朝鮮に言ってくれと懇願する。まるで、講義すらろくに出席もしていないのに「就職が内定しているので、なんでもするからとにかく単位をください」と教授の家に押しかける女子大生に似ている。

国民の生命と財産を守るべき首相として最も基本的なことを他の国に委ねる。天敵の拉致被害者の兄蓮池透氏に「お手上げだと表明しているのと同じだ」と安倍首相は皮肉られる。隠れて頼むならまだしも国民だけではなく世界にも配信され世界からも嗤われる。

ビジネスマン大統領のトランプ氏は、米人質3人が解放された以上人権問題が議題にあがるのを嫌がる北朝鮮に拉致問題を提議するかは分からない。話すとしたら、お安い御用のハズだが大きな見返りを求められるのでは。北朝鮮からの経済支援要請を日本が肩代わりさせられるだろう。北朝鮮は渡りに船で「もう一度よく探したら拉致した日本人が数人いた」と北朝鮮に言われたら、それで1兆円?単位での経済支援をするのか?

私は、「外交は武器をもたない戦争」と心得ていながら安倍首相のことを外交が強いと持ち上げる外務省OBやジャーナリストを信用していない。ニコニコと個人的に親しくなるだけでは外交とは呼べない。トランプ大統領にいいように使われ、プーチン大統領にあしらわれ何も前に進んでいない。

 北朝鮮は王朝時代の前近代から中国の属国から抜け出せず苦しんできた(今回の南北会談の板門店宣言の「南北と米国、あるいは南北と米中4カ国による協議」で、なぜ最初から中国を入れないのか。中国に対する南北コリア首脳の気持ちが表れていると見てとれないか)。北朝鮮は核強国になった今も結局中国に屈服させられた形となった。安倍首相は、宗主国米国に、それも暴君が君臨する時に、進んで従属しようとしているとしか思えない。

昨年の憲法記念日に安倍首相は唐突にそれまでの自民党改正案と違う自衛隊明記の加憲総裁案を発表した。国会では自ら説明しようとせず読売新聞を読んで(読売の毛沢東サイドのサゼスチョンということか)と信じがたい暴言を吐いた。その前には「安保法制が成立したので、憲法改正は別しなくてもよいのだが」と首相が言っているとの記事もあったぐらいなのに。憲法学者は「安保法制に憲法を近づける」のがねらいと看破する。それなら米国しか見ていない安倍首相が飛びついたのも納得だ。

 

そんな首相に印籠を渡す動きが政界に出てきた。加計問題で愛媛県知事が声を上げ、政権内の石破鳥取藩の齋藤農水大臣、岸田広島藩の林文科大臣が呼応した。やむなく柳瀬元秘書官は2015年4月等の加計関係者との面会を認めた。それでは昨年1/20に獣医学部新設を知ったとする首相発言と平仄が合わない。「加計氏との奢り奢られは贈収賄か?」との疑念が再浮上。それで秘書官でありながら首相には一切報告していないと強弁する。国民の不信感は募るばかり。国会では無理。司法が動かないなら自民党内で自浄するしかない。

私は、旧経世会の竹下派(竹下島根藩)を長州藩と擬え、石破鳥取藩(薩摩藩)と連衡して経世会を壊した恨み骨髄の清和会幕府に戊申戦争を仕掛けると見た。しかし、どうやら竹下派は主導権を確保できるならどことでも組むようなスタンスに今の所ではそう見える。

 細川護熙元首相の佳代子夫人がTVで回想していたのを思い出した。細川首相に「いつ辞めるの? 政治家たちは自分のことばかり。早くこんなところから出て行きましょう」と言ったことを。竹下派もそうだと断言するのはまだ早い。最初に飛び出し新政府が出来たときには影すら見えなくなった水戸藩になりたくないということか。国を憂いた長州藩の下級武士ほどの志も気概も持ち合わせていると思いたい。

現役よりも自民党OBの方が事態を深刻に受け止めているらしい。それにしても、小泉元首相は、清和会幕府側の主要人物のハズだったが、討幕に向け暗躍しているように見える。幕末にこんな人物は実際いたか。いやぁ、さすがにこんな変人はいないのではないか。

 

 

2018.6臨時号NO.96 イエローカード VS イエローバード

山口達也氏騒動でデヴィ夫人が、ブログで「たかがキスで」と発言した。世の流れに掉さす人が多い中で、流れを堰き止める勇気と強さに触発された。私も思うことを書いておこうと思った。

5/1の不起訴報道を受け、TOKIOの山口氏を除く4人が会見した。私は次のような会見があるかと思っていた。「山口はアル中でした。しかし、それを言い訳にできないことをやらかしました。ですが、私たちにとってかけがえない仲間です。本人も猛省しています。甘いと言われるかもしれませんが、もう一度彼にチャンスをください。お願いします」

実際は、「我々に報告しなかったのは許しがたい」「自分のことよりも被害者のことを」などうらみつらみを言っていたので、山口氏を除籍させるつもりの会見だと思ったが、それはまだ決まっていないという。自分達は苦悩しているという。何の為の会見なのか。

会見を見た人は、山口氏以外の4人は歳相応の分別があり、発言も大人としてしっかりしていると思ったことだろう。それが狙いだったのか。当の山口氏はその会見を見ていたら、いたたまれなくなったことだろう。5/6事務所に山口氏は辞任を申し入れた。そして、受理された。今度は会見時とは打って変わって(私に言わせれば)空虚なコメントが4人連名で出されただけだ。

被害者本人及び家族は、示談に応じ、被害届を取り下げ、「誰一人の人生の未来もこの事件によって奪われてほしくない」との旨を寄せていた。今回の契約解除が、山口氏以外の4人が言っていた被害者のことを一番考えていることになるのか。家族の願いは世間が早くこの件を忘れてくれることだったハズだが(分かっていながら今書いている私も愚かだが)。女子高生本人も山口氏の事務所との契約解除に自身を責めることにならなければよいが。

 ブログ前号NO.95(ゴロフキン VS ボロフキン)で支店長に無理やりキスされた女子行員を知っていると書いたが、それは私の妻の事。結婚する前だがら、40年弱前の出来事。結婚を前提に付き合い始めた頃、妻の実家にタクシーで送り届けたときタクシーから降り際に突然妻が「変なことをするんでしょ!?」と言った。「何を言いだすのか」と不審に思い、妻に聞くと、支店長にキスされたとのことであった。宴席などがあると次長が支店長の横にすわる様仕向けたと言うから、単なるセクハラではなくパワハラによるセクハラ(セクパワ)にあたる。妻は私に告白したのはキス程度で終わっていたからだろう。仮にレイプだったとしたら訴えるか、あるいは訴えないなら結婚相手の私にも告白などしないだろう。私も、元上司のその支店長に対して「元々徳がない人だと思っていたが、やっぱりな」と思うだけで、「断じて許せない。が、怖くて訴えられない」などとは全然考えにも上らなかった。その支店長は、私らの想いも知らず、結婚式で妻側の主賓として祝辞を述べてくれた(#Me Too運動に乗っかっている訳ではない。デヴィ夫人の見解も一理あると言いたいだけ)。

 それから時代が進み、セクハラに対する取り組みが進化しているのは認めるが、何でもかんでもレットカードにする風潮は、いかがなものか、行き過ぎではと思っている。

 厳格な法の世界でも、例えば覚醒剤の件でも、一回でも使用すれば罪は罪だが、初犯では執行猶予がつく。いわばイエローカードだ(再犯率が高いのは分かっていながら一度は人の良心を信じようと司法といえども血が通っているように私には感じる)。再犯すればほぼ問答無用で刑務所に入れさせられる。

 私は、ファンでもなんでもないが、今回の山口氏の件はイエローカードでよいと思っている。警察もそう判断し起訴猶予としたと思う。それなら、山口氏が心から反省し、もう一度だけチャンスが与えられ、5人でのTOKIOで演奏した音楽が愛の鳥イエローバードとなってファンの心に届ことくになることを期待していたのだが。

 

 TVワイドナショーで、松本人志氏が、女子高生(JK)のハニートラップでは?などネット上での中傷に対して、男気を出して反論したのは好感を持った。だが、「高校生になんで電話(番号を)聞くのか」と言ったのは、どうなのか。素面の時に電話番号を聞いたからといってわいせつ目的とは限らない。たしかに、毎週のように映画館に足を延すジジイの私は、恋だの青春だのというJK対象の映画は見ない。だが見たいオジサンがいてもよいではないか。常識から外れたら変な奴だと疎外すべきではない。松本氏でさえ漫才界の常識から外れていたから人気者になったのではないか。ロリコンと言う言葉もある。聖職者でもなければJKにあらぬ妄想をしてもよいではないか。妄想が罪なら男性ホルモンに支配される男達はみな罪人になる。妄想を本当に実行してしまえば罪となるが、その一線を越えさせたのは山口氏の場合はお酒。それを言い訳にしてもいけないが、酌量の余地もあっていい。

 洋の東西を問わず、宗教は、人は愚かで過ちを犯すとの前提に立ち、「罪を憎んで人を憎まず」と教える。不寛容はアカンヨウと諫める。

今は、罪を憎んで、人も憎む、になっていないか。そんな風潮を警察が先導していないか。警察は、暴力団を憲法で結社の自由が保障されていると結社を許し、その一方で暴力団排除条例にて暴力団員の憲法で守られるいるハズの基本的人権を否定する。付き合う者も罰せられる。本当になくしたいなら暴力団の結社を禁止させればよいだけ。庶民に人を憎ませるようなことをさせる必要はなくなる。大いなる矛盾、欺瞞だ。

弱い立場の我らは、相手が芸能人だからといえ、関係ない者たちが池に落ち溺れかけている人に石を投げるようなことはすべきではない。弱い立場だからこそ、薬を使用した?レイプ事件(準強姦罪としては不起訴)の被害者伊藤詩織さんが容疑者の逮捕を不当に回避させたとして警察権力と闘っているのに対して支援の声をもっと上げるべきなのではないか。

 私の頭の中でビリー・ジョエルさんの代表曲『オネスティ』(誠実)が鳴り響いている。

         Honesty is such a lonely word

Everyone is so untrue

Honesty is hardly ever heard

And mostly what I need from you

 

 

 

 

 

 

2018.6NO.95 ゴロフキン VS ボロフキン

 妻が私の部屋に入ってきた。手になにやら持っている。殺虫スプレーか。何かブツブツ言いながらベットで寝ている私の方に吹きかけようとしている。「何するんだ!?」と喚いたが、聞こえていないのか。壁の鏡に眼をやると、私の姿が映っていない。「エッ! 俺はダニになったのか!?」と思うや否やプシューと顔面に殺虫剤が。噴霧された私は「ううっ、苦じい~」と呻いたところで目が覚めた。思えば、新婚の頃のご主人様扱いからどんどん妻の私に対する扱いがぞんざいになっていった。それに伴って呼び名も、ダメ亭主、ハズレ、ポチ犬、ナメクジと落ちて行った。もう後はダニか粗大ごみしかないと思っていたので、こんな夢を見たのだろうか?

 今世紀最強ボクサーの呼び声高いゲンナジー・ゴロフキン世界ミドル級チャンピオンは、GGG(Gennady “God of war” Golovkin)つまり、神の拳を持つ男と崇められている。私は妻からKKK(Kusai Kitanai Kirai)と蔑まれている。妻の私の扱いは、ボロフキンと同じだ。真っ新なフキンは食器等を拭くのに使われるが、少し古くなると水周りのテーブルを拭くときに使われ、ボロボロになると汚れた床を足で拭くときに使われてしまう。

か弱い妻は歳と共に強くなった。他の女ならもっとそうだろう。女(母)の一生における呼び名の変遷を見ても分かる。稚女→少女→生娘→若妻→妊婦→ママ→おばさん(関西ではオバタリアン)→老婆。死後は妖怪・お化け。だんだん強くなり、どんどん怖くなる。

 日馬富士暴行事件の折久しぶりに下重暁子女史をTV報道番組で拝見した。NHKのアナウンサーの頃可憐で人の後ろからちょっと顔を覗かすような感じに見えたが、今は貫禄もあり強いと感じだ。白鵬関に批判が集中していた時だったが、「私は白鵬のファンなの。よく頑張ってるじゃないの」と平然と言いのける態度にさすがのやくみつる氏も反論せず首をひねるのが精一杯だった。ただ怖さは感じなかった。レスリングのパワハラ問題で、名古屋の至学館大学谷岡郁子学長の怒りの会見を見た時は、怖さを感じた。爬虫類を見て恐竜時代の遺伝子が震えるように、道鏡を寵愛した孝謙天皇時代の遺伝子が震えた。

 五輪4連覇の伊調馨氏のことを「選手ですか?」と言い放ったにも拘わらず、第三者委員会によるパワハラ認定のあと福田協会長が謝罪した記者会見の場に副会長でありながら同席もせず、頭を下げなかった。追いすがる記者に対して、伊調さんの件は認定されなかったと負け惜しみしか言わない。本ブログ本年4月臨時号NO.90(「かつやくVS かくやく」)にて豊田前議員や山尾議員にも同じ指摘をしたが、非を認めず直に謝ることをしない。

 得も言われぬ怖さを感じ、男女平等・同権の権利の裏側にある義務を果たそうとしない学長や議員の女性たちを見ていると、本ブログ2016年9月NO.63(「おとこVS おとめ」)の話はあながち夢物語ではないと思ってしまう。男たちに則天武后や西太后を思い起こさせるようでは女性総理の誕生はますます遠のいてしまうのではないか(そうではなく、真の女性総理にふさわしい女性が少なからずいるが、奥ゆかしいから表に出ないだけなのか)。

今パワハラ、セクハラに対する♯Me Too運動が盛んだが、それをよそに、男の私は違うことを考えている。正直女という者がよく分からず、権力を持たぬ女も怖いと思っている。

 社団法人に在籍の時、県からではない他からの出向者がバイトの女子大生と一対一で呑みに行き、店から出たところで女子の手をとり行こうと誘った。女子は何を勘違いしているのとか言って手を振りほどいた。それで終わったのだが、女子はトップに報告した。出向取り消しとなった。

 女子がとった行動は間違ってはいない。だから口にはしなかったが、「なぜいきなりレッドカードなのか。イエローカードというものがあるのでは?」と私は疑問に感じていた。

 今回の福田財務次官の問題も同じ。私が女性記者なら、4/4の件の後「セクハラは許せないので、もう会いません。これまでのはテープに録音済。今後も他の女性記者にも同じことすればテープを公開します」と次官にそう通告する。いきなりぶった斬りせず、芝居の「番場の忠太郎」のごとく、次官の反省の色がないことを確認してから、斬りすてる(女性記者にとっても、イエローカードでことが済むなら、財務省への出禁は覚悟しても、全官庁から敬遠される事態は避けられるのでは)。

 なお、私が女性記者の父親であればテレビ局を許さない。夜に一対一で取材であれ何であれ女性にそんなことさせるのは、私が居た(20年以上前だが)銀行ではありえない。本来権力と対峙すべきメディア業界は、即刻協定?を結びそんな悪弊を止め、姿勢を正すべきだ。

 財務省は、一旦問題として公表されてしまったら、すぐ泣いて馬謖を切るべきだった。パワハラによるセクハラ(セクパワ)は、世界共通の正義の問題で問答無用。海外から日本の最強官僚組織がセクパワに無理解で日本は後進国と評されてしまった。省益を優先し国益を損ねてしまった。さらに女性記者に名乗り出られるものならとの態度は最悪だった。

福田前次官も、恥の上塗りになるようなこと、裁判は止めた方がよい。

世界的な数学者岡潔(1901年~1978年)は日本の数学者では理解されず苦節数十年を経て海外で評価された大天才。数学の研究を終えると、日本はどんな国か、どう進むべきか書籍を多数刊行した。『日本民族』(月刊ペン社)を読んだだけでも歴史学者か歌人かと思ってしまう。とても同じ人間とは思えない。同じく数学者で『国家の品格』でお馴染みの藤原正彦先生も研究が一段落すると世のご意見番として活躍しておられる。福田前次官も高い能力を持つ者の使命を感じ、世に提言していくことが、不名誉を雪ぐ最良の策となろう。

最強官庁とは違い民間企業の職場では男は女に怯えているようにすら見える。私は何でもかんでもセクハラという今の風潮に違和感を覚えている。深刻な人種問題を抱える欧米を真似て職場の中までぎりぎりとセクハラ狩りをすることには賛成しない。たしかに、職場でもセクパワはあるだろう。昔銀行支店長にエレベーターの中で無理やりキスされた女子行員を私は知っている。職場内のセクパワも厳罰に処すことには異論はない。

しかし、例えば、イケメンで好意を持つ男子から肩に手を置かれ嬉し恥ずかしと思う女子社員に対して、それを見ていた(その女子社員が嫌いと思っている)別の男子社員が同じ事をしたとき、女子社員が上司にセクハラと訴えたら、それは正義の問題と言えるのか。

そもそもイケメンが肩に手を置かなければよいとなれば、殺風景な職場になっていく。

 私は思ったことをそのまま口に出すから、キレイと思えば「今日はとくに綺麗だね」と言ってしまう。それすらセクハラになるのか。ある弁護士は職場では一切容姿の話はしないと言っていた。冗談も通じないようなそんな職場は楽しいか。私ならそんなところで働きたくない。早く生まれてきてよかった。もう職場で働くことはないから。

 我が家は和やか。私が妻に「お~い、デブ!」と声をかけると、妻は「何よ、デブ、デブって。叩いて欲しいと思っているのね。今度言ったら100回叩いてあげる」と言い返す。妻は強くなったが、怖くはならない。職場も家族のように信愛があれば違うのだろうか。

 

2018.5増刊号 NO.94 かいさん VS  かいざん

  大阪地検が決裁文書の改竄問題で佐川前理財局長の立件を見送るとの報道があった。改竄部分は枝葉で核心の幹の所は変えていないからという。ならば、なぜ意味のないと思われる部分のために公文書改竄という前代未聞のことを財務省がやったのかに、戻ってくる。

 加えて、また加計問題がぶり返し、国会が空転したままだ。「連続国会空転事件」のドラマを見ているようだ。一視聴者としての私としても長い間みているとドラマの制作サイドが見えてきた。プロデューサーは官邸砦の3悪?人(安倍首相、菅官房長官、今井総理秘書官)、ディレクターは、官僚道という踏絵を踏んでしまった、迫田元理財局長、佐川前理財局長、藤原前内閣府審議官、柳瀬前総理秘書官の4人。

プロデューサー兼主役の安倍首相の精神的スポンサーは、日本のマクダと称すべき櫻井よしこ女史、古参政治評論家の田崎史郎氏とI元経産官僚など。

 政権延命の為なら、ありえない解散総選挙まで噂さに上るが、精神的スポンサーのみなさんに、こう申し上げたい。「もうアンモニアで気付けするのはよして、タオルを投げてあげてはどうですか。」

 安倍首相は、父も、父方の祖父も、母方の祖父も、東大法学部卒で政治家。安倍首相は同じ道を進まず、神戸製鋼でサラリーマン人生を送っていたのに、無理やり政治の世界に引きずり込まれた。しかし、父を超えて総理になり、歴代総理の中でも長く君臨できた。もう十分ではないか。

 自民党反主流派は何を躊躇しているのか。本ブログ5月号NO.92(「かんりょう VS まんりょう」)で竹下島根藩と石破鳥取藩が薩長連合し、清和会幕府を討幕すべしと書いた。政権を奉還し禅定(岸田広島藩?)という形では、小泉首相からの流れを完全断ち切ることはできない。清和会幕府+岸田広島藩を想定して、竹下島根藩+石破鳥取藩を核とする反主流派が結集し9月に戊辰戦争を起こし政権を勝ち取らねばならない。戦争とは大袈裟だが、所詮国民が支持している(せざるを得ない)自民党というコップの中の嵐にすぎない。

 小泉首相は自民党をぶっ壊すと言って、経世会を壊し、政権を握ると、後継の安倍首相と相まって日本を壊した。国会を軽視、官僚制組織を歪め、失敗を認めずアベノミクスを無駄にふかし、日銀に機能不全の爆弾を抱えさせる。貧富の拡大により和の精神を歪める。米国への従属を深め、核兵器禁止条約不参加より世界から白い眼で見られ、ISから敵視され無辜なボランティアが殺された。北朝鮮にはロック・オンされてしまった。

 小泉首相の戦いは覇権を目的としていた。今回は正義の、救国の戦いだ。戦いと言っても本当の戊辰戦争のように血が流れる訳ではない。臆しているのかと見えるようでは、よくもそれで憲法改正、戦力の保持、交戦権の賦与などと言えたものだと思われてしまう。

 自衛隊は、「自衛隊が活動している地域が非戦闘地域だ」と無責任極まりなくイラクに派遣された。こんな怖い目にあっていると言いたいところだが、首相に迷惑をかけてはと日報を無いことにして報告しなかった。そんな自衛隊員に対して、シビリアンコントロールを無視するのかと叱りつける。南スーダンの件も同じだろう。戦前の陸軍上層部となんら変らない。トップが代わっても自衛隊から心腹される存在にならなければ、軍隊に変わるとき自衛隊員は拒否反応を示すことだろう。

 

 私は佐川長官が詰め腹を切らされたとき、福田財務事務次官がどう出るか注目していた。(官邸に非があると思う)私なら、自らの部下に責任を押しつけ省の名誉を著しく傷つけた官邸を許さない。省のトップとして真相を知りうる立場にあるのだから反主流派の政治家と組んで倒閣させる。そんな折も折、次官のセクハラ問題が報じられた。セクハラ的言動は今に始まったことではないだろう。反官邸の動きを制するために報じられたのか。

そんな憶測記事が出ないところを見ると、単に個人の性癖の問題なのか。省の重大事にテープにとられたのは、改竄問題は自身に関係がないと気が緩んでいただけとするなら、何をか言わんやだ。官僚の象徴ミスター官僚がこの体たらくでは他の官僚は推して知るべし。

官僚は、政治家のように定期的に国民の審判を受けない。一度の国家公務員試験をパスすれば、身分が保障され、主権者の国民から全幅の信頼を得た(とする)公僕となる。

官僚がその本分を弁えることができなくなったのは、米国の従属に慣れきって劣化してしまったのか。それとも、東大を出ても民間企業では学歴の低い者に負けることもある。学歴が保障される“両班”の方がよいとする志の低い官僚が増えたということか。

 両班と同じと言うべきキャリア待遇は、雑用をさせず、学歴コンプレックスを持ち嫉妬心も強い変な上司に潰されない様にし、心置きなく大所高所から天下国家を、日本の来し方行く末を考えることに専念してもらうという趣旨だろう。

 キャリア官僚が事の是非も考えず官邸に隷従するだけなら、そんな特権ははく奪するべきだろう。国家公務員試験を一本化し、真の実力主義に変え、内閣人事局が公正・公平に評価するのがよいだろう。

 

以前から鋭く安倍首相を批判し続けている哲学者・時事評論家の適菜収氏の新刊『問題は右でも左でもなく下である』(KKベストセラーズ)のP43にて、チャーチル首相の第二次世界大戦での教訓を次のように紹介している。

「そこで、敗れた敵に永続的な軍備撤廃を強制するのは戦勝国である。そのためには二重の政策を実行しなければならない。第一には、自分自身十分の軍備を維持しつつ、常に監視を怠らず、権威をもって旧敵国の再軍備を禁止する条項を強制すること。第二には敗戦国内に最大限の繁栄をもたらすような恩恵的行為によって、その国民を運命に甘んじさせるように努力し、あらゆる手段によって真の友情と共通利害の基礎を作るよう努力し、それによって再び武器に訴えようとする衝動を絶えず減らすことである」

天国にいるチャーチルは、今の日本を見て、思惑通りとほくそ笑んでいることだろう。米英に復讐などしなくていい。戦争もまっぴらだ。しかし、正しく、清く、自立した日本、日本人に戻ろうではないか。