2018. 4  臨時号 NO.90 やく VS やく

 昨年の流行語大賞で「ちーがーうーだーろー!」が候補としてノミネートされた(結果は落選)。「違うだろ」は男言葉だと思うが、豊田真由子前議員はこの言葉で男性秘書を叱り、手も出したという。横綱と同様品格が求められる国会議員が、育ちも悪くないだろうに、なぜ女言葉で「違うでしょ!」と言わなかったのか?

 彼女独自の個性なのか。それとも、国会で男性議員に負けないためにそういう言葉使いになるのか。やくざに対峙する刑事がやくざと同じ風貌になっていくのと同じなのか。

 ジェンダーフリーが進化しても、生物が雌雄同体からオス・メス分化の道を選んだ生物学的性差は否定すべきではない。将来人工子宮ができ女が子を産まなくなっても千年万年単位では染色体のXXXYが変わるものではない。

男女同一の政治家口調ではなく、女性らしい語り口で、しかも言うべきことをしっかり相手に伝える(拉致問題で拉致被害者の兄蓮池透氏と対立する)中山恭子議員の話し方に、女としての自信と奥深さを私は感じる。女の強さは、腕力ではなく、芯の強さと心得る。

 日本では、女らしさを求めているのは我ら男だけではなさそうだ。小池代表が「排除します」、「さらさら・・」と発言して風向きが一変し、希望の党は先の衆院選で惨敗したのは記憶に新しい。師匠の小泉首相なら大ウケする同じ手法をとっただけなのに。隠れ男尊女卑主義者だけならこんなに酷い負け方にはならない。女性選挙民も、いじめられている弱い立場の小池さんを応援するが、権力者の顔を見せた小池さんにNO!をつきつけた。

 某ジャーナリストによるレイプ被害を世に告発した女性に対して、その勇気を褒めたたえる意見だけだと思ったが、予想に反して、“女だてら”にと批判する日本女性が少なくないらしい。それも年配の女性だけではないという。男尊女卑でレディー・ファースト(リスク回避で女を前に行かせた)に女たちが反旗を翻した西洋とはすこし趣が異なる。

上述の豊田前議員も不倫問題で民進党を離党した山尾志桜里議員も東大卒。頭もいいし弁舌も立つ。攻撃する場合は舌鋒鋭く責め立てるが、自らが攻撃されると雲隠れしたり説明責任を果たそうとしない。男でもそんな態度をとる者がいない訳ではないが、女々しいと生き恥をかき、出馬もままならない。両女性議員はいざとなると女性(の甘え)が顔を出す。それに対して、男たちは「しょうがないなぁ」と言って追及の手がつい緩んでしまう。

日本には、映画『女神の見えざる手』のロビイスト女主人公みたいな、知力、強気、ち密さを兼ね備え、夜も眠らず働きチームを牽引する、男勝りなスーパーウーマンはいないようだ。東大法学部を首席で卒業し財務省に入省した経歴をもつ超エリートの山口真由弁護士(以下「山口女史」)がいる。著書『リベラルという病』(新潮新書)を読んだが、さすが才媛と思わせる。それでも、映画の女主人公みたいにはならない。

同じ年に生まれた中で最も頭の良い者が大蔵省(現財務省、今般決裁文書改ざんで権威失墜したが)に入省すると言われてきた。キャリア官僚は、受験勉強を何時間したとかは隠す。努力する姿は他人には見せないという。頭が悪いと思われるから。そんな人たちが昼夜問わず国の為に猛烈に働く。山口女史はそんなスーパーマンの巣窟から早々と抜け去り、一キャリアウーマンとして生きる道を選んだ。119時間半?受験勉強し、教科書を7回読んだと公言する。そんな山口女史だが、美貌と相まって、メディアからも引っ張りだこだ。

日本の男性が女性に甘くなる。それは女性蔑視になるのか。そうとは思わず愛しみのように捉える私は、絶滅危惧種ではなく、すぐさまあの世にワープされるべき罪人なのか。

 

日本では、男女平等が進まない。女性議員が少ない、と言われる。西洋と違い、宗主国中国の則天武后、呂太后ら悪女を見て女権力者を忌避し、韓国と同様儒教等で女を権力の座から遠ざけたのでは。とくに日本は「大和撫子」に仕向けた面もあるのではないか。

サッカー日本代表女子チームの代名詞(なでしこJAPAN)にもなっているが、ナデシコの花に喩え、清楚で美しい女性が日本の美徳とされてきた。その中に奥ゆかしさも含まれているが、それが日本女性の世界に類を見ない特質になった。女性の社会進出の遅れの一因かもしれないが、そのためになくなってもよいとは思わない。

その奥ゆかしさを備えた日本女性を日本男性だけではなく外国の男性も少なからず惹かれているのも事実だ。日本男子を対象とした?2014年マイナビウーマンのアンケート調査で回答した男子の68.2%が大和撫子タイプの女性と付き合いたいとしている。

ならば、男性がそれを望むなら、愛されたいと思う女性は大和撫子を目指すのかもしれない。この選択は、国が介入できない個人の幸福追求権の範疇だ。

涙腺が緩い私など涙なしでは読めない短編集・山本周五郎作『小説 日本婦道記』(新潮文庫)に登場する、夫や子の為に清く健気に生きる武家の女性のような、古風な女性はもういないだろうが、内助の功に努めたいとする専業主婦は少なくないのかもしれない。

そんな女性にとって、政府の打ち出した「一億総活躍社会」には戸惑いを覚える。家事だけでは活躍にならないのか。専業主婦になりたい女性は“仕事の嫌いな人”とのレッテルを、キャリアウーマン以外からも、貼られてしまうのか。

女性社会進出の後押しを謳い文句とする「一億総活躍社会」は国民が望む「一億総幸福社会」を確約しているわけではない。夫(正規雇用800万円)+(専業主婦) →夫(正規雇用400万円)+ (非正規雇用300万円) or (非正規雇用300万円)+(非正規雇用300万円)に時代が変わってしまったら、幸福と感じるだろうか。

長年の無策のツケを女性に押し付けるかの如く、全体主義戦前日本の国家総動員法みたいに、「皆の者働け!」と上から目線で言う国に対し、主権者たる国民を代表?して一主婦が日本死ね!とオヤジ言葉で反発した。家事と育児だけでも大変なのに生活の為に働かざるを得ない主婦やシングルマザーの悲痛な声も代弁して。

 

ここまで書いたが、幾つ問題があったろう。ジェンダーフリーに盾突く。LGBT(性的少数者)が抜けている。女々しい、男勝りは差別用語。ツッコミどころ満載だ。山口女史が上述書籍で書いているように、米国ではレッドハージならぬPCパージの嵐が吹き荒れているという。日本ではPCと言えば、まだパソコンを思い浮かべる人が多いだろうが、米国ではポリティカル・コレクトネス(政治的に正しい)のことを指す。ポストマンはダメ。ポストウーマンもダメ。ポストマン・ウーマンもポストウーマン・マンも正しくない。「どうすりゃいいのさ、この私」と『圭子の夢は夜ひらく』の替え歌でも口ずさみたくなる。絵に描いたようなエリートキャリアウーマンの山口女史でも、今の米国は息苦しいと言う。私のブログなど米国では直に差別主義者と大炎上するだろう(別段世の中が困ることはないが)

老人介護を扱った犯罪小説『ロスト・ケア』で一躍有名となった葉真中顕氏のSF短編小説『政治的に正しい警察小説』(小学館文庫)のように言葉狩りがエスカレートしていけば、どうなるか。神しか言葉を発することはできないだろう。

いずれ、日本へもPCパージが飛び火してくるかもしれない。しかし、狂信的な行き過ぎたことまで米国に追随する必要はない。セクハラ撲滅は当然だが、ハリウッドの騒動は仏映画大女優カトリーヌ・ドヌーブ女史に行き過ぎではと窘められた。人種差別に苦しむ国を、憐れんでも、真似するべきではない(英語で論文を書く先生方には同情申し上げるが)。キリスト教でも普及・定着しないのだから、まぁ大丈夫か。日本が言いなりになっている暴君トランプ大統領がこのPC問題で日本に迫ってくることもあり得ないことでもあるし。

 

2018.4  NO.89  なんった VS  なんった

春と言ってもまだ肌寒い昼下がり、とあるインドカレー店にて。

A:「ナン喰った? B:「今なん言った?

A:「ナンを食べたのかと聞いた」B:「そうだよなぁ。何釣ったかと聞こえた。どうして

 昨日釣りに行ったのを知っているのかと思った」

A:「バカか? 知る訳ないだろう。それでナンは喰ったのか?

エイプリルフールではないけれど、週刊文春連載中の宮藤官九郎さんのコラム『いまなんつった?』をヒントにちょっと言葉遊びをしてみた。

(諸説あるが)本場インドからではなくイギリス海軍(海上では曜日の感覚がなくなるので毎週木曜がカレーとのこと。日本の海上自衛隊らは金曜日)から伝わったとするカレーは、今や国民食。大人から子供まで、もちろん私もカレーが好きだ。すこし、自身の華麗ではないカレー生活の変遷を振り返ってみる。

子供の頃、母の作るカレーは、かつお出汁に小間切れの牛肉で、とろみは片栗粉でつける和風カレーというべき代物であった。昭和47年前後の大学生の頃、高校も同じ同級生に明石にあるご自宅にお呼ばれした。店屋物ではなく家で揚げたとんかつが乗ったカツカレーをふるまってもらい、リッチだと思った。その折その同級生の許嫁も同席しており、彼我の境遇の差を感じざるを得なかった。

社会人となり、一人住まいしていた時、本格的なものではなく市販のルーを使ったカレーをよく作ったものだ。ハウス食品のジャワカレーの辛口が好みで、角切りの牛肉、ニンジン、じゃがいも、そのほかにセロリ、ローリエ、リンゴか梨のすりおろしを入れていた。仕上げにコーヒーの粉末を少量加えた。

 結婚し、子供がまだ小さい頃、妻に飼い馴らされた3人の子供たちは、「ヒデキ、感激!」でお馴染み (古すぎるか?) のバーモントカレーで作った妻のカレーの方を好むので、家でカレーを作ることはなくなっていった。妻の作ったお子ちゃまカレーは食べず、妻から可愛くない!と言われながらもレトルトを食べるか外食していた。

中高年になると、成人病が気になり、欧風カレーよりもさらっとしているインドカレーをより好むようになった。最近になって同じインドカレーと言っても、主として北インド料理と南インド料理があると分かったが、当時は違いなど理解していなかった。

辛さに強いわけではないが、結構辛いインドカレーを食していた。勤務地の最寄りの店にランチで出かけて行った。三越前にいるときは、『フジヤ』。当時は店主の息子と手伝いの母親で営むインドカレーの店。カウンター越しの親子の諍いは要らぬスパイスだと思った。雪が谷大塚では、『ヤーマ・カーマ』。スパイシーチキンカレーは辛くて辛いぐらい。でもこれを食べずしてこの店を訪れることは沽券に関わると思っていた。

しかし、前立腺肥大になって(後に前立腺がんも判明)からは辛いカレーを食べることができない。未訪の、激辛インドカレーで名の通った祐天寺『カーナ・ピ―ナ』や某歌舞伎役者が贔屓にするという福岡天神『ツナパハ』には残念ながらもうチャレンジできない。

前立腺と古狸の妻にはとにかく刺激を与えないのが鉄則。それで辛くないカレーを食べることになり下がるのだが、毒を吐かない時の私のようで物足りない。そこで大学生のとき感じ入ったあのリッチなカツカレーを思い出し、カツカレーの名店巡りと相成った。

かつてDancyuの特集『日本一おいしいカレーをあつめました』でカツカレー部門で取り上げられた町田の『リッチなカレーの店アサノ』に行くことにした。町屋は近いが町田は遠い(カツカレー1,450円と同程度の交通費がかかる)。そこで小旅行を仕立てた。まず、カリスマラーメン女店主で高名な『雷文』で昼食をとり宇都宮節子店主の尊顔を拝したあと、版画美術館に立ち寄り、その後南町田に出て映画を鑑賞したあと、町田に戻りようやくアサノでカツカレーを賞味した。さらさらのポークカレー。イタリアの国旗の色のように人参、インゲン、ポテトが一ずつあしらわれ、日本一かどうかは別として、カツもさくさくで胃にもたれないのはさすがだ。カツが1cmもない幅で細切りカットしてカレーにのせているのは、地元向島の洋食『牧野』を思い出す。食べやすい細切りカツにすることで、芸妓さんたちが着物を汚さずに済む心遣いなのだが、残念にも数年前閉店してしまった。

下北沢にあるタレント松尾貴史氏の店『般゜若(パンニャ)』にも行った。さらさらのインド風カレーにイカ墨を混ぜたパン粉で揚げられたトンカツがターメリックライスに乗ったマハーカツカレー。私が理想とするカツカレー(インドカレー+とんかつ)に近い。

カツカレーの名店はどこともトンカツが分厚くない。あくまで主役のカレーを喰ってはいけない(トンカツのカレーソースがけとは違う)

千円未満の手頃なカツカレーでは、新御徒町『サカエヤ』(さらさらのポークカレー)を贔屓にしていた。「色々野菜のせイベリコ豚のカツカレー膳」の神保町『TAKEUCHI』にもよく寄る。カツカレーのほか、煮込みハンバーグカレー膳には、素揚げの野菜が多く盛られ、具だくさんの豚汁もつきコスパは最高。行きつけの店として外せない。

ちなみに、チキンカツカレーなら、恵比寿『焼きとり鶏梵梵』や秋葉原『たつみ屋』(マウンテンチキンカツカリー)に足を運ぶ。

 

しかし、そのカツカレーとも別れる日は思いのほか早く来た。“好事魔多し”ではないが、前立腺がんの放射線治療から数年経ち、前立腺肥大は残るものの違和感、不快感が薄れたことをよいことにハイになり、カツカレーや他のごはんものを好きなように食べていた。すると、尿酸値とともに血糖値が上がってしまった。痛風は、痛いがサーモスタットのようなもので怖くない。サイレント・キラーの糖尿病は癌と同じで忍び寄りたちが悪い。糖尿病を心配する者にとって、チャーハン、オムライス、カツ丼と並んでカツカレーは悪魔の食べ物。糖質、脂質、カロリーと三拍子揃う(それだけにめっぽう美味いのだが)

本ブログの本年2月臨時号NO.86(「はいじゅ VS はいじょ」)で、美味しいものを食べるのを捨ててまで長生きしようとするのは糞喰らえだ!とイキがったが、正直糖尿病は怖い。銀行の組合専従をしていたとき、両目を失明しかけた人のところへ見舞金を持って行った。歌手の故村田秀雄が下肢を切断したことは有名な話だ。

武士なら二言はないところだが、軟弱にも舌の根も乾かぬうちに宗旨替えした私はカツカレーの名店巡りに終止符を打つことにした(溜池山王『まさむね』のカツカレーは、以前すごい行列で断念した。それが心残り)

これから先は、スープカレーでもと銀座にある『イエロースパイス』や『札幌ドミニカ』に行ってみた。サラサラ好きと言っても(カレーを飲み物と称するデブタレさんでなくとも)飲み物みたい。俳優の故阿藤快ではないが「なんだかなぁ」

亡き母が晩年「歳はとりとみない」(神戸弁or播州弁の、歳はとりたくない)とよく口にしていた。その気持ちが理解できる年齢になってしまった。

 

 

 

 

2018.3 臨時号 NO.88 そ VS 

 私は嘘をつくのが好きではない。だから嘘はつかないと言えば、嘘をついたことになる。私はよく無邪気な嘘をつき妻をからかう。嘘ばかりで信用できないと妻から言われている。

 他人に嘘をつくのはお天道様が見ているとか、嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれるとかは思わないが、保身の為の嘘は自らを蔑む。以下に述べる体験も嘘をつくことを躊躇させる。

社団法人にいた頃トップは私より数段記憶力がよい人だった。過去の話をしているとき私の方が正しいと思っているのだが、こちらがすぐには具体的に思い出せないので、自分の方が間違っているという形で決着するのが口惜しかった。後で思い出しても後の祭り。

こんな具合だから、嘘などつけば後になって矛盾を指摘されることになる。それだけで済まず、「なぜあの時嘘をついたのか」と詰問される。こちらは嘘をついたこともよく覚えておらず返事に窮してしまう。嘘をつくとずっと覚えておかないといけないので、面倒だ。頭のよくない者は正直に限ると悟ったものだ。

 嘘をつくよりも、嘘をつかれるのは、もっと嫌い。医師は大勢の患者を相手にしているので、前何を話したことなどいちいち覚えていない。こちらはよく覚えているので、矛盾したことを言われるとコノヤロー!と腹を立てる。口には出さず、行かなくなる。

癌が不治の病だった頃、医師は患者に癌とは言わず別の病名を告げ、嘘をついていた。今は、告知するのが原則になっているが、却って死期を早めるからとの家族の意向で患者本人に癌と告知しない場合もある。それを嘘ついたと言っては医師が気の毒だ。「故あって本当のことを言わない」だけなのだから。

「嘘も方便」と言われ、糞は大便と呼ばれる。共に嫌われものだが、時には役に立つ。金文学氏は『日中韓 表の顔 裏の顔』(祥伝社黄金文庫)で、「糞」は「米」と「共」に「田」にあるという意味の漢字だと紹介している。糞は水田の肥やしになる。「便」が「便益」になるのだ。嘘も、人間関係を悪化させるだけではなく、人間関係の潤滑油にもなりうる。

 

政治家は、嘘をつく仕事と言えば言い過ぎだが、嘘がつきものだと思われている。確かに沖縄北方相を見ていると正直すぎるのは政治家に向いていないのかもと思い至る。

政治家の嘘には二種類ある。国民のために今は知らせない方がよいと思う場合などは嘘とは言わず、「政治的発言」をしたと理解される。政治家個人の保身で嘘を言う場合は「保身的ウソ」(以下「ウソ」という)をついたと糞害と同じ汚いものと見下されるべきだ。

 モリ・カケ問題では、安倍首相が、政治的発言ではなく、ウソをついたと国民に疑われ、内閣支持率を大きく下げた。相手の欠点ばかり見る私とは違い、日本人の大勢は他人の長所に眼が向いているものだが、さすがにこの疑惑には皆が怒った。

 嘘をつくとき、相手に嘘をついていると思われては嘘をつく意味がない。私の妻は嘘をつくとき笑ってしまう。社団法人に居たときある会員は嘘をつくときいつも小声になった。

安倍首相は平然と嘘をつくようには見える。ネット上ではアンチたちに根っからの嘘つきみたいな書かれ方もされている。その根拠と思われる、野上忠興氏の『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館)を読んだが、首相の乳母兼教育係であった久保ウメさんも、著者も、そんなひどい言い方をしていない。私も、子供の頃よく「嘘つきは泥棒の始まり」と母親に叱られていたと思うから、子供はそんなものだ。私もアンチの一人ではあるが、生まれつきの嘘吐き呼ばわりするのはフェアではない気がする。

嘘つき呼ばわりされてもある面仕方ないと思えるのは、故佐藤栄作首相の方だろう。核持ち込みの密約がありながら非核三原則を高らかに唱えた。が、裏で非核三原則など無意味と言っていたというなら。それでノーベル平和賞もしれっと受賞しているのであれば。

安倍首相の嘘は、練りに練って吐かれた能動的な嘘ではなく、短気・強情な性格による相手の意見・攻撃に対して「即否定」するという防御的「ウソ」に過ぎない。宿題はと聞かれると「した」と言い、傘は忘れたと聞くと「忘れていない」と反射的に答える。

首相になっても、森友学園問題では「関係していない。夫婦で関係していたらすぐに首相を辞任する」と言ってしまう。加計学園問題では、加計学園が国家戦略特区の獣医学部新設に関わっていることを知ったのは、今治市とともに申請が決定された昨年の1/20だと答弁し呆れられた。すぐにウソをついていると思われることを言ってしまう。

完全犯罪ほどではないとしても、ウソをつき騙しとおすことは、容易ではない。とくに今の首相発言がメディアに半永久的に保存される時代にあっては。発言の矛盾をメディアからすぐに指摘されてしまう。

不倫問題で見るように、政治家や芸能人の不倫が雑誌社等に追及されると、動揺してついウソをつき否定しまうが、認めるまで傷口をさらに広げられ塩をすり込まれてしまう。

 君子危うきとウソに近寄らず。政治的発言は避けられないとしても、ウソをつかざるを得ない状況を極力つくらないことが肝要だ。モリ・カケ問題(ソバだけでなくスパも浮上)も、「李下に冠を正さず」(信用を旨とする、銀行に「お金をごまかしてはならない」、警察に「物を盗んではいけない」、との内部規定などない。それなら当然憲法に「首相は不正をしてはならない」との条文はない。疑われた時点で失格と戒めているのだ)と直諫できる人が周りに居れば、あるいは諫言に聞く耳をもっていれば、首相としての信頼を急激に損ねることにはならなかったであろう(真相はウヤムヤのまま。いくら芸人と交わっても芸人とは違い、オフホワイトではなくダークグレーのままでは信頼回復はそう簡単ではない)

 切れ者でうるさ型の後藤田官房長官を大家老とした(敬仰している訳ではないが)中曽根大勲位とは器が違うと言わざるを得ない。

 嘘でもいいから聞きたいが、無理というものか。「26年全うできるのは望外の幸せ。優れた先輩総裁達も連続2期を守った。3選をお膳立てしてもらったが辞退したい」と。

 

トルーマン米大統領はウソをつき通した。

副大統領だったトルーマンはフランクリン・ルーズベルト大統領が急逝したために心の準備もなく大統領に昇格した。原爆投下は軍の主導で進められており、それを拒否する選択肢はトルーマン大統領にはなかった。一昨年放映されたNHKスペシャル『決断なき原爆投下 ~米大統領 71年目の真実~』に見るように、歴史の検証が進み、広島に原爆投下されたときトルーマン大統領は事の重大さを知りひどく後悔していたとする。その段階で原爆使用の中止を命令しておれば長崎だけでも投下されることはなかったのだが。

自身が犯した大きな過ちを素直に認め懺悔すればよかったのだが、「原爆の使用は戦争を早く終わらせ、数百万の米兵の命を救うために必要だった」と強弁し、自らを正当化した。そのウソがひとり歩きし米国の公式見解となっていった。

その代償として、トルーマンは、二人のアドルフ(ヒトラーとアイヒマン)と並べられて有史上最も残虐非道な人物との烙印を押されてしまった。

唯一擁護する米国市民においても、今の若者の間では原爆投下の必要性に疑問を感じ始めている。大統領のウソは末代まで祟る。

 

2018.3 NO.87  VS 

  2/9より平昌オリンピックが始まる。米朝対立は冬季五輪中休戦状態となるか。バランピックが終わる3月中旬以降、また北朝鮮が核・ミサイルの実験を再開するかもしれない。

私は過去本ブログの20175NO.71(「ロクサン VS ロクヨン」)、同11NO.78(「しゅうじん VS きゅうじん」)等で書いたように、米朝の軍事衝突はないという立場にいまだ変わりはない。米国は中国の了解なしに北朝鮮を攻撃できない。中国は了解しない。北朝鮮の金正恩党委員長は愚かではない。たとえ狂って米国への攻撃を命じても軍幹部は従わない。家族、一族もすべて地球上から抹殺されるよりも暴君の排除を選択するだろう。

ただ、責任ある立場の政府が万が一の場合を想定し韓国在留邦人の救出の検討をすることは理解できる。昨年11月頃BS番組で元駐韓大使と防衛大臣が話をしていた。自衛隊が在韓邦人を救出するには韓国の承認が必要だが、それがネックと。防衛大臣はまだ韓国側と了解に至っていないとした。韓国側は、自衛隊が入国するのを嫌い同意はしないだろう。それで今、北朝鮮内で有事があった場合を想定して、在韓米人を救出する米軍艦にコバンザメのようにくっついて救出することを検討しているという。

米国なら、韓国でなくてもどこでも承認などとらず自国民を救出するだろう。いきなり主権侵犯せず事前承認を求めて断られたとしても、救出に向かうと思うが。

 日本は、紛争地での海外邦人の救出・保護を目的に自衛隊を派遣できる前提として、次の3要件を設けている。①相手国が公共の安全と秩序を維持している(戦争状態にない)こと。②相手国の同意があること。③相手国の関連当局との連携が見込まれること。

 北朝鮮軍と韓国軍とが偶発にしろ韓国内で戦争状態になった時、上記3要件の①に抵触し自衛隊は②③の韓国の同意の有無に関わらず在韓邦人の救出に向かえない。なぜか? 憲法第9条第2項に抵触する。北朝鮮が韓国日本人村を包囲したとき救出するには北朝鮮軍と交戦状態になることは避けられないが、それは憲法違反となる。

 安倍政権は散々危機感を煽っていながら、本ブログ201711月増刊号 NO.80(かいVS かいん」)ABE主義と批判した安倍総裁私案は自衛隊明記を加憲するだけ。適切な喩えではないが、相撲親方に内縁の妻がいるとする。正妻になれば妻本人にとってはめでたいが、従前と変らず弟子の世話や親身に相談に乗る、おかみさんとしての役割を果たせないなら、弟子にとって何の意味もない。安倍総裁私案に「ありがたい」とあえて媚びた?発言をした自衛隊幹部は何なんだ。心ある自衛隊員は複雑な思いをしているだろう。

 在韓邦人はどう思っているのか。私なら、こう声をあげる。「海外邦人は、戦前日本にあった(意味合いは違うが)二等国民なのか」「海外邦人の命より、憲法9条の方が大事なのか」

 生半可な知識もない、ド素人の私は、自信を持って怒ることはできないが、なぜ自民党議員だけではなく政治家たちは憲法改正論議に際し海外邦人救出問題をよく国民に目に見える形で議論しないのか。それを不思議に思う。

 本ブログの201611NO.65(「アイヒマン VS アイスマン」(1) (2))で触れたが、ノンフィクション作家門田隆将氏が『日本遥かなり エルトゥールルの「奇跡」と邦人救出の「迷走」』で数々の紛争事件での海外邦人を置き去りにしてきた薄情とも言える不甲斐ない日本政府の対応ぶりを批判・問題提起している。なぜ政治家は真摯に受け止めないのか。

 

安倍首相に、戦闘地域に海外邦人が取り残されたら、伝家の宝刀・国家緊急権を発動するという覚悟があれば、話は別だ。時間の猶予もなく首相が決断し、紛争地における邦人を救出するため首相が自衛隊の政府専用機で救出に向かう。たとえ憲法違反に問われ政界を去ることになっても、他の政治家から手本・鑑と崇められ、国民から英雄と長く後世に語り継がれれば、それこそが政治家としての本懐というものだろう。 

 自民党改憲案にその国家緊急権を改憲案に盛り込もうとしている。GHQに押し付けられたから改憲と言っていたのに今やその米国への従属を一層深めている。それなら自民党に改憲を急ぐ理由はないハズ。憲法9条は当て馬で国家緊急権が改憲の本命との見方もある。

しかし、月刊『新潮45』の今正月号で、橋爪大三郎氏は、「国家緊急権」とは何か、と題して、国家緊急権は憲法の条文に明記しない方が良いと言う。条文に入れれば、安易に、しかもなんでもありになり、その反面責任が追及できなくなるとして、国家緊急権は憲法違反にしておくのがよいとする。まったくもってその通りだ。海外邦人の救出など本来の目的ではなく国民をがんじがらめにすることに利用されかねない。

安倍首相は乱用しないとしても、後世乱用する者が現れるかもしれない。ドイツのワイマール憲法における緊急事態条項もヒトラーが創った訳ではない。既に存在していた条項をヒトラーが悪用したのだ(これを強く意識しているのかとの誤解を招く発言を行い世界から顰蹙を買った重鎮が現政権内にいる)

 

 やはり憲法92項を改正するのが本筋というものだろう。憲法9条は立派な精神だが、それをいいことにして国の最も基本である国民の生命と財産を守る義務をかまけることになってはいけない。

核の抑止力問題はともかくとして、在韓邦人の救出までトランプ大統領に依頼する安倍首相を大統領はどう見ているのだろうか。藪中元外務事務次官はTV番組にて「トランプ大統領は強い男が好き。習近平総書記に一目を置いている」と言う。なんでもかんでも頼る安倍首相はそれでも武士(の国の長)?と大統領に思われてはいないか。

 憲法9条があるから日本は平和というのは幻想にすぎない。武力はなくとも話をすれば解決すると言っていた有識者達もISには説得に行かないだろう。ホモ・サピエンスが進化し哺乳類・霊長類から分離独立する日が来ない限り、平和国家といえども国内の国民のみならず海外邦人も守るためには矛が必要である(刀を抜かずとも敵を威圧した勝海舟が理想形だ)。そこから日本人の凛とした美しさ、誇りを取り戻すこともできるのではないか。

92項を改正し、戦力を保持し交戦権を持てば、中国は日本がまた侵略国家を目指していると大声を上げるだろう。しかし、本音は、中国が沖縄、本土を侵略するのに不都合ということだろうから、本気で相手にする必要はない(周辺諸国の理解を得る方が大事)

 2項改正の暁には、自衛隊を“国民と国土を守る”という意味の国防隊に変えよう。自衛隊は一旦解組すべきだ。自衛隊員の家族の中には「お父さんの仕事は災害救助」と思い込んでいる家族もいるかもしれない。神風特攻隊の時の真似はしてはいけない。家族の反対を押し切ってまで無理強いさせるべきではない。国防に空白は許されないが、自衛隊員を一旦全員解雇し、軍隊としての国防隊員を新規採用するのがよい。先走った話ではあるが。

 

2018.2臨時号  NO.86  はいじ VS はいじ

私が銀行を辞め社団法人に在籍していた頃歴史学者でNHKの教養番組でお馴染みの東京大学名誉教授故木村尚三郎先生にお世話になった。トップが知遇を得ており、節目の記念講演の折何度か登壇いただいた。講演の案内資料を郵送すると先生から「拝受しました。」とFAXが送られてくるのが常だった。「拝受」という言葉は、銀行員時代には使わず(単に教養がないだけかもしれないが)、新鮮に感じ、その後自身でもよく多用させてもらった。

木村先生は「ゆっくりと美味なものを食している時間が至福の時だ」とよく仰っておられた。20年以上前の6月頃か札幌で講演会を開催した折、昨晩至福のときを迎えられたであろう講演者の木村先生をお迎えに宿泊ホテルに向かった時、膝関節が痛く、足を引きずるようにしか歩けなくなってしまった。

遡ること1か月程前東向島・白髭橋近くにある『カタヤマ』というちょっと名前の通った洋食店でオージービーフを300g食べたが、値段も手ごろで400gでもイケる。牛肉好きの私はこれからも手軽に至福の時が迎えられそうだとほくそ笑んだ。が、数日後足の親指にチクチクと痛みが走りガラスの破片でも踏んだか?と思った。それが痛風の始まりだった。

 残念なことに、同じ肉でも鶏肉は比較的大丈夫で、牛肉が私には一番痛風に悪く、それから10数年牛肉を食すること控えざるを得なくなってしまった。

 その頃は薬などできるだけ飲まないようにしていたので、食事内容はかなり制限されていた。尿酸値が高いだけではなく、高脂血症、中性脂肪も多い、血糖値も要注意と成人病のオンパレード。鶏卵は、細胞の多いイクラ、うにと違って、細胞が一つなので痛風には良いのだが、コレステロール値が高い。ちりめんじゃこも、カルシウムが取れるが、小さくても一尾一尾内臓がついているので尿酸値を上げる。前立腺肥大とか何かと体によい納豆も痛風にはよくない。あれこれ気に掛けると食べるものはなくなってしまう。

 加えて、前立腺肥大の症状が出てからは好きなカレーも冬には控えていた。前立腺肥大では体を冷やすと炎症を起こしやすい。カレーは基本体を冷やす。体を温めるということなら常夏のインドで常食しないだろう。日本でも夏に毎日鍋焼きうどんを食べないのと同じだ。コーヒーも体を冷やすので、ブラックでは飲まない。

冷たい食物は体を冷やす。冷たい女は心を冷やす。ともに避けるに如くはない。

 前立腺肥大と前立腺がんは別物なので、前立腺がんになるのを防ぐためにと数年間(滑稽なことにとっくに癌にもなっていたのだが)、元々あまり食さなかったヨーグルトやチーズを一切食べないようにしていた。前立腺がんの原因は分かっておらず(長時間座り続ける生活はよくないらしい。作家やタクシー運転手はどうなんだろう)、食品との因果関係もまだ解明されていない。北欧に前立腺がんが多いので乳製品が悪いのではないか。フランス人は比較的癌が少ないからワイン(ポリフェノール)がよいのかも。イタリア人もトマト(リコピン)が予防に有効?と研究されている段階だ。

 

前立腺がんと分かった瞬間から、ばからしくなって、何でも食べるようになった。成人病予防の薬など数種服用しながら(体調も悪くないのに定期的に病院に通う私は、内科と調剤薬局にとっては死ぬまで上客だ)、好きな物を食べる。留意していることと言えば、毎日きっちり三食とること(私の辞書にはブランチは載っていない)。毎食の最初に野菜を食べること(昼食をラーメンで済ませる時は野菜たっぷりのタンメンにする)。塩分を取り過ぎたと思うときは、バナナかアボカドでナトリウムを摂取すること、ぐらいか。

前立腺がん以外でも胃がんや大腸がんになったら、もう肉は食べないという人がいるが、どうなのか。数十年の食生活で癌になっている訳なのに急に肉を食べないからといってプラスに作用するとも思えない。

 肉を悪者扱いする人がいるが、癌との因果関係が解明されたとでも言うのか。赤肉と大腸がんは統計学的に有意だとしても、肉の広報大使・寺門ジモンさんや文字通り肉食系女性ヴァイオリニスト・高嶋ちさ子さんならいざ知らず、日本人はそもそも欧米人ほど肉を食さない。明治以降欧米の体格に追いつきつつあることや寿命が延びたのは、肉と牛乳のお蔭ではないか。私よりすぐ上の団塊の世代が日本の高度成長を支えてきたのに、中高年に差し掛かるといかにもお荷物だと言うのと同じではないか。

最近では、逆に、6566歳からは肉を食べたほうが良いと推奨され始めている。血管を丈夫にし、免疫力も上がるとして。それで牛肉も日を決めて食べるようにしている。

過ぎたるは及ばざるがごとし。体に良いと言われる物でも食べ過ぎたら良くないのは当たり前。銀行員時代のある先輩の母親が「ホウレンソウが身体にいい」と山ほど食べた結果、緑色の大きな胆石(色素胆石)ができたという。

悪いと思える物でも頻繁に食さなければ影響は小さい。要はバランスの問題だ。

 

けだし、私が節制して長生きしてもだれも喜んではくれないだろう。憎まれ口をたたく私に妻は早く逝って! (ほんとはもっとひどい言い方なのだが)と言う。銀行員時代「高ければよいと思っている。ブランド品ばかり!」と妻が文句を言うと、「そんなことはない。嫁さんはブランド品ではない」と言い妻を逆上させた。最近も旅行から帰る新幹線の中でトイレから戻ってきた妻が、鏡を見てがっかりすると私に言った。本人より夫の方がもっとそう思っていると言い終わるや否や「痛たたた!」と私が声を上げたら、近くに座っていたよその子供がびっくりしてこちらを見ていた。

これに限らず、なにかと余計なことを言っては妻を怒らせる。他人に厳しいが自身にも厳しい貴乃花親方と違い、私は、自分自身には甘いが、周りやブログ上で勝手な正義感を振り回し毒を吐く。早く「排除」されるのを望むのは妻だけではないかもしれぬ。かの希望の党からではなく、この世から。

無理に節制したとしても効果があるとは限らない。ある80歳を優に超えた官僚OBは、同世代が逝くのを見送ってきた経験から「70歳ぐらいまでは自助努力で寿命をもたせることができるが、それ以降の努力はあまり関係ない。DNAでその人の天寿が決まっているのでは」という話をされていた。百寿や白寿の方の食生活を参考にしてもということになる。

老人の常套句を言う日が来るとは思わなかったが、この歳になると美味しい物を食べることぐらいしか楽しみがない。それを捨ててまで長生きしようとするのは糞喰らえ!だ。そうと決まれば、至福のときを求めて、早速B級グルメの名店探訪に繰り出すことにしよう。

 

2018.2 NO.85 いしば VS いしば

 3月にロシア(連邦)大統領選がある。2008年の憲法改正により大統領の任期は4年から6年に変更された。連続3選は禁止されていたが、212年に延びるなら3選したのと変らない。プーチン大統領が今回再選されたら2024年まで大統領に居座る。その後はまた一旦首相に下がり、また212年大統領として君臨するつもりか。まさかではあるが。

 昨年10月中国共産党習近平総書記体制の2期目(任期5)がスタートした。最高指導部政治局常務委員(通称:チャイナセブン)には後継者となるべき若手リーダーが入っていない。慣例に反して3期以上の長期政権を習総書記が狙っているという見方もある。

 一方、民主主義の宗主国米国では、独裁者にはなれない。暴君トランプ大統領をもってしても28年を変更することはできないだろう。もっとも、ロシアゲート疑惑を抱えるトランプ大統領は14年の任期も全うできるかどうかも怪しい。

 日本の県知事の権限は大統領に似ている。その大きな権力を有する知事の多選については、5選、6選もあるように制限がない。テレビで見たイメージでは、もっと長く務めてもという知事ほど早く辞めているというのが私の印象だ。元鳥取県知事の片山善博氏(2:元旧自治官僚)、元三重県知事の北川正恭氏(2:元衆議院議員)しかり。

 権力を持った者は、どんな立派な人でも変わっていく危険性がある。上記の2知事はそれを強く意識していたのではないか(民間においても、賢者なトップほど早く後進に道を譲ろうとし、そうでないトップほど長く居座ろうとする。そして、組織が歪んで行く)

権力者の変貌は、通常次のような段階を踏んで変わると見られる。1段階:権力は必ず腐敗すると自戒して職務に臨む。2段階:周りからチヤホヤ、ペコペコされ、一度やったら辞められない。3段階:この重責が務まるのは自分自身しかいない。みんなもそう思っていると思い込む。4段階:「お言葉ですが」の「お」を聞いただけで烈火のごとく怒る。

 埼玉県の上田清司知事がこの好例?だ。1期目の2004年に任期を連続3期までとする「多選自粛条例」を知事自身が定めたのに(上記の3段階目なのか)4選目にも出馬し当選した。

 日本のトップ、首相には多選の制限がない。首相の専権事項は実質衆議院解散ぐらいで制限がなくてもよかったのか。だが、その解散権が乱用され、また、モリ・カケ問題が表面化し、首相の権限の私物化が問題になってきた。このままでよいのかとの疑問が残る。

 これまで首相にはほとんど自民党総裁が国会で選ばれてきた。これでは、自民党内で総裁の多選が決められると国民の意思には関係なく首相の多選も決まることになる。

 こうした問題を含め自民党内で十分な議論をすることなく、総裁の26年を39年に延長した。だが、今9月の総裁選で安倍総裁3選を阻止しようと自民党の反主流派が動きはじめた。自分達が総裁になったときを考えれば3選はよいが、安倍総裁の3選はダメということか。それとも安倍首相続投を望まぬ声が少なくないのを背に受けてのことか。

 

いずれにしろ、安倍総裁への対抗馬となりそうな議員を独断と偏見にて触れてみた。

安倍総裁の対抗馬最右翼は、側近が出馬を明言した石破茂元幹事長。

昨年9月頃「米国が本当に守ってくれるのか。本当に守ってくれるよう非核三原則を見直しすべき」と石破氏は核シェア論?を発信した。北朝鮮の核武装に対するカウンターパワーとしては現実的ではあるが、100年経っても米国の属国から脱却できないのでは。被爆国・平和国家としての自立への強い意志を、安倍首相との違いを、示してほしいのだが。

11月のBS番組で加計学園認可に対してMCに問われてもこの期に及んで煮え切らない返事。竹下亘総務会長でなくとも本当に安倍政権を倒す気があるのかと思ってしまう。

本ブログ20173 NO.69(「いたがり VS いいたがり」)で同様な批判をしているが、かの世界的投資家ジム・ロジャーズ氏も「選挙に勝つことしか考えず日本の未来を壊す」と安倍政権を批判している。日本の未来を守る命懸けの姿勢を今国民に見せないと、気概の人・いしばし(石橋湛山)と一字違いで大違いと言われかねない。

安倍首相から禅定の二文字をチラつかされた?岸田文雄政調会長は、対抗止まりか。

週刊ポストで外務省OBの天木直人氏に「もともと安倍首相と政治の方向が違うのに、何も批判しなかったから4年間外務大臣を続けさせてもらった。その外交も外務省の役人のいいなり。政治家としての信念がなく、総理大臣にふさわしい器ではない」と酷評された。手厳しすぎるとは庇えない。9月の総裁選に出馬するのなら、核兵器禁止条約不参加決定の折決然と閣外に去り、広島選出の国会議員としての矜持を見せつけるべきだったと思う。

私は宏池会なら領袖の岸田氏より同派の林芳正参議院議員に期待したい。東大法学部卒で、バンド演奏もやる、典型な秀才タイプ。なにより政策通だ。しかし、非の打ち所がないと思ったら、昨8月の内閣改造で文科大臣を引き受けて仰天した。地元下関で親の代から宿敵である安倍首相の疑惑の尻ぬぐいをさせられる、嫌がらせのようなポストを引き受けた。それも、まるで初入閣組が呼び出しの電話を今か今かと心待ちするような、そんな場面をメディアに撮らせた。そして、案の定加計学園認可で泥をかぶってしまった。貸しを作って衆議院への鞍替えとの深謀遠慮とでも言うのか。人が好過ぎるとしか思えない。前からお公家集団と揶揄される宏池会だが、本家の公家はそんなお人好しではないハズ。

 穴としては、野田聖子総務大臣だが、風向きはよくない。女性議員の層と歴史(習熟)が少ない中で女性首相を急ぐ理由はない。首相候補と持ち上げられた、小渕優子議員、稲田朋美前防衛大臣、小池百合子都知事の顛末を見せられた今の国民はとくにそう思うだろう。

女であれ、男であれ、総裁選の立候補に必要な推薦人20人を自前で用意できる会派のリーダーになりうる、実力と人望を示すことが先決だ。

 将来の総裁候補と言うべき小泉進次郎筆頭副幹事長は、先の衆院選にてスカジャンを着た客寄せパンダとしてメディアからも神輿に乗せられワッショイ! ワッショイ!されていた。その後小泉氏本人は自民党の檻の中でパンダから吠える若獅子に変貌している。

父親譲りかパーフォーマンスが上手いのは分かったが、どういう政治理念やビジョンを持っているのか。メディアも真面目に「小泉進次郎は本物か?」との論調に変わっていかなければ、懐疑的な私を含め庶民には彼の本質が見えてこない。

ダークホースとして急浮上した河野太郎外相にも触れようとしたとき、「あれ? これじゃ、反主流派候補を貶しているだけじゃないのか? 」と気づいた。「いやいや、これでも叱咤激励なのだ。大企業の不正・不祥事が蔓延している折蕎麦屋じゃないがモリ・カケ問題を抱える安倍首相が『日本の経営者よ、姿勢を正すべきだ!』と訓戒を垂れても、様にならない。」

そう独り言ちてると、妻が部屋に入ってきた。「何ぶつぶつ言ってるの? あら、またろくでもないブログを書いてるの?」とぬかしおった。「ウルヘィ、ろくでなしがろくでもないブログを書いて何が悪い!?」と言い返した。「ふん! もっと社会に役立つことでもしたら」と妻は捨て台詞を、遺して逝った。否、残して行った。

 

2018. 1臨時号 NO.84 ほう VS ほう

 今から60年も前私がまだ小さかった頃、最初のヒーローは月光仮面だった。楠公さんの縁日の屋台でサングラス、白いマフラー、マントの衣装セットを買い、月光仮面となって外に出たときの嬉し・恥ずかしの気持ちは今も覚えている。昭和33年から昭和34にかけてTV放映されたので、家では見ていない。日曜の夜になると小遣いの10円をもってうどん屋に行き玉子とじうどんを食べながら見るか、テレビのある家にお邪魔していた。

当時神戸の下町にはまだ裕福な家しかテレビかなかった。映画『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズでもそんな場面があったが、テレビのある家にみんな集まっていた。私も四つ上の兄と一緒によく近所でテーラーを営む家に夜上がり込んでいた。家に戻ると、迷惑をかけるからと止められていた親に閉め出されてなかなか開けてもらえなかった。小学校23年生の頃の私はよく泣きべそをかいたものだった。

 月光仮面が終わると、大相撲の横綱初代若乃花とその若乃花の兄弟子にあたりプロレスに転じ空手チョップで一世を風靡した力道山がヒーローになった。昭和37年に若乃花が引退するとプロレスに夢中になっていった。昭和3812月に39歳の若さで力道山が亡くなった時は、スーパーマンがそんな簡単にあっけなく死ぬものかと驚いた(前月にはケネディ大統領が暗殺されたばかりだった)

 プロレスはそれ以来あまり見なくなって行った。ヒーローをまた相撲に求めていき、大鵬の後好きだった若乃花の弟貴ノ花(現貴乃花親方の父)が登場すると応援した。その子供達が相撲取りになり若乃花、貴乃花として横綱になったが当然惜しみなく声援を送った。初代若乃花一族の小柄ながら強靭な足腰とガチンコ精神で大きな関取を投げ飛ばすのが痛快だった。当時千代の富士が大横綱として君臨していたが、取組で小錦に跳ね飛ばされるのを見て31回もの優勝に疑問をも感じていた。数多いた千代の富士ファンとっては、そんなことよりも、その勇姿を長く見続けていたいというのがファン心理というものなのだろう。

 若貴が引退後相撲に対する関心が薄れていったが、10数年前社団法人に居たとき社員(会員)総会の記念講演で相撲の親方を呼ぶことを企画した。親方に連絡をとろうとしたが、日本相撲協会(2014年に公益財団法人になったが、前身の財団法人の時から公益法人として存在)に問い合わせしたら、「私ども公益法人だから協会を通せ」と言う。押っ取り刀で協会に依頼状を持参し、謝礼はと聞くと、また私どもは公益法人たから要らないみたいなことを言った。訝しく思うも薄謝で済むかと喜んだが、晴れて某親方に電話すると、「協会が何を言ったか知らないが、50万円でしか講演しない」と断言されてしまった。50万円も出して聴く話かと口には出さなかったが、親方を呼ぶことを断念した。建前と本音、協会と親方の二重構造みたいなものを垣間見て、さらに相撲界に対して興味を失っていった。

 いつの間にか、モンゴル出身の横綱が3人になっていたことを知り違和感を覚えた。白鵬関は認めていた。競馬ファンなら分かってもらえると思うが、朝青龍がオルフェーヴル(双方のファンから異議が出でそうだが)なら、白鵬はディープインパクト。優等生で相撲界の人間国宝にでもなるかと思っていた。32回の優勝をするまでは。千代の富士が31回で終わったのを強く意識したのであろう。大鵬親方に恭順の意を示し、白鵬関によれば、大鵬親方が「勝ち続けることが横綱の品格」と言った、とする。「横綱は勝ち続けなければいけないから32回を抜いていいんだよ」とは大鵬親方が言ったかもしれないが、横綱の品格を穢してまでとは大鵬親方が言うハズがない。

 32回を超える優勝を重ね、大鵬親方が亡くなると、大鵬夫人も苦言コメントを出したように、白鵬関の言動や取組が様変わりになった。私も本ブログ20151254(

 みけつ VS しけつ」で白鵬関をすでに批判している。

白鵬関が猫を被っていただけなのか。それとも変節したのかは分からない。異国の地で体格や言葉の壁を死ぬほどの努力で克服して大横綱になり、一人横綱として角界を支えてきたのに、自身が思うほどに日本人は認めてくれはしないという思いから(過言かもしれないが)力尽く、独裁者としての道を選んだ。土俵の鬼ではなく、本当の鬼になったのか?

今般の日馬富士暴行事件で、一部に白鵬黒幕説が囁かれているが、私もそれに一票を投じる。私流の解釈では、大相撲のモンゴル相撲化で征服を図る蒙古襲来に対して執権北条時宗(貴乃花親方)が決然と立ち向かい、公家(相撲協会)はオロオロとうろたえている、そんな構図だ(史実と違うのは公家サイドが蒙古軍より執権サイドをより怖がっていることだ)

モンゴル人3横綱で優勝を回していく。その抵抗勢力の一力士は潰したが、大反撃に遭い三本矢の大事な一矢が折れてしまった。神風ならぬ世間の風も大逆風として吹き荒れている。第一次元寇は失敗に帰したと見える。さらに、今回の件でモンゴル相撲の英雄である白鵬関の父は親方及び協会理事長の前提となる日本帰化の許諾を白紙にもどすと激怒しているという。その週刊誌報道が正しいとすれば、白鵬関は弱り目に祟り目だ。

 

 私の気性からして、貴乃花親方にシンパシ―を感じるが、ボクシングと同じになればよいとは思っていない。正義感を振り回す私にしてはと意外に思われるかもしれないが、八百長は嘘と似ていると思う。「嘘も方便」と言って、相手や周りを慮って嘘をつき、許される場合がある。病み上がりの柏戸に大鵬が負けた取組。武蔵丸が大けがをしていた貴乃花に負け、小泉首相が感動したと言った取組。八百長だという声があった。私は人情相撲(片八百長)と理解した(ガチンコに違いないのだが、負けた力士は始めから気合負けしてしまっている)。腐敗として問題にすべきなのは、ろくに稽古もせず星の貸し借りにて地位を守り、有望な若手力士の昇達の道を阻んでいる力士達がいるとすれば、まさにそのことだろう。

神事、興行、格闘技を三位一体とする国技の改革は、必ずしも貴乃花親方の考え方がすべて正しいとは限らない。仮にそうだとしても、貴乃花親方の進め方は、日本人社会に受けいれられにくい。

 たしかに、日本人の特質・和の精神は、互いに切磋琢磨しつつも、他人を思いやり、事あれば助け合い、心を一つにしていく、ということ。なれあう、もたれ合う、傷をなめ合う、くさい物に蓋をする、ということではない。澱みを除くために池に小石を投げ入れるのはよい。が、池の水を枯らすほどのドラスティックなやり方は日本人になじまない。三島由紀夫のごとく思い込みが激しい天才はクーデターまがいのことを起こすが、日本人は歓迎しない。天才にとってはのろくさいのかもしれないが、それも和の精神というものだ。

 改革はできなかった理事長ではあるが、北の湖理事長が存命なら、日馬富士事件も起こらないし、起こったとしても、貴乃花親方が協会にそっぽを向くことはなかっただろう。

戦前米国にまだ勝てる力はないと日米開戦に反対していた天才石原莞爾は陸軍の先輩東條英機をとかくバカにし、そんな石原を毛嫌いした東條は石原を予備役に追放したのを思い起こす。相撲界も戦前日本と同じく奈落の底へ向かってはいけない。貴乃花親方も八角理事長も最後は和の精神だ。

 

 

2018.1 NO.83よんれんぱ VS  よんれんぱ

正月恒例の箱根駅伝に原晋監督率いる青山学院大学駅伝チームが4連覇をかけて1/23天下の剣の箱根路に挑む。出雲駅伝、全日本大学駅伝は落としたが、果たして。

2年に1度開催される世界陸上において、この前(20178)の大会で引退し文字通りレジェンドとなったウサイン・ボルト選手は、200m走にて過去4連覇を達成している(引退の今大会では出場せず5連覇は目指さなかった)

4年に1度開催されるオリンピックで4連覇(12年を要する)するのは、どの種目においても、至難の業。前回(2016)のリオ・オリンピックの女子レスリングで4連覇を目指した日本の二人の選手で明暗が分かれた。伊調馨選手が4連覇を果たし、国から国民栄誉賞を授与された。夏季オリンピックの120年の歴史の中でオリンピック4連覇を果たした選手は、陸上男子走幅跳のカール・ルイス 選手(1984-1996)、水泳男子200m個人メドレーのマイケル・フェルプス選手 (2004-2016)を含めこれまで5人しかいない。あのボルト選手でもオリンピックでは100m、200mで三連覇したに止まる。それもすごいことではあるが。

吉田沙保里選手は、残念ながら4連覇を逃した。ただ、男子レスリング(グレコローマン)のアレクサンドル・カレリン選手は、霊長類最強男と呼ばれたが、オリンピック3連覇の後の4連覇目のシドニーオリンピックは銀メダルに終わった。吉田選手もこれとまったく同じで霊長類最強女子と呼ばれるにふさわしい実績に変わりはない。

 

スポーツ界に限らず勝負の世界では、4連勝することがあれば4連敗することもある。4連敗と言えば将棋の竜王戦を思い起こす。奇しくも本年度同じ二人が戦っている(羽生棋聖が31敗でリード。本日からの対局に勝利すればファン念願の永世竜王)が、その9年前の2008年の竜王戦において羽生善治現棋聖が渡辺明竜王に初挑戦した。ともに制すれば初代永世竜王の称号を得る(羽生棋聖は通算7期目、渡辺竜王は連続5期目)。羽生棋聖にとっては史上初の永世7(当時の全7大タイトルのすべてで永世称号を得る)もかかっていた。

羽生棋聖は7番勝負の初戦から3連勝した。当時3連勝した後7番勝負で負け越すことはまだ起きていなかった。リーチがかかった第4局目も羽生棋聖が勝勢となり、渡辺竜王は羽生棋聖が次どんな手を指しても投了するつもりだった。しかし、勝ちを確信していた羽生棋聖がゆっくりと水かお茶を飲んで指そうとしたその一瞬の間に、渡辺竜王が詰まない手を発見し、結局羽生棋聖はその対局を落としてしまった。それが尾を引いたのか、その後の3対局も全敗し、結局4連敗となり永世7冠は幻に終わった。最終局の大盤解説会場は重苦しい雰囲気に包まれたことは想像するに難くない。

 この対局に限らず、対局終盤の帰趨は分かりやすい。勝勢の方が盤面に覆いかぶさるように前のめりになり、一心不乱に詰めに間違いがないか読み耽っている。だが、対局が終わった直後ではどちらが勝ったか分からない。勝った方も苦虫を嚙み潰したような顔をしている。負けた相手の気持ちを慮ってのことだ。日本人の美徳「惻隠の情」というものだ。

 惻隠の情と言えば、日露戦争の水師営の会見が有名。旅順降伏後の会見にて敗軍のステッセル将軍を辱めることなく(世界の常識に反し)帯剣を許して記念撮影したことで乃木大将が世界から称賛された。その前にも、日清戦争の折、伊東祐亨初代連合艦隊司令長官と島村速雄参謀は、敗戦した清国の丁汝昌提督が自裁した際、没収した艦船の中から輸送船「康済号」を返し、丁提督の棺を送らせるともに弔砲を撃ち哀悼の意を表した。花も実もある武士の美談として欧米諸国にも打電されたと中村彰彦氏が自著『智将は敵に学び 愚将は身内を妬む』の中で記している。

 

 20168月のリオ・オリンピックで銅メダルを獲得した水谷隼選手に対して、TV番組でご意見番の張本勲氏がクレームをつけた。『あんなガッツポーズはダメ 手は肩より上に挙げちゃいけないんだよ!  スポーツは『礼に始まり礼に終わる』ですから」と。世間はガッツポーズの高さの発言部分に反応し張本氏に異を唱えた。張本氏が言いたかったのは、発言の最後に“礼に始まり礼に終わる” 将棋と同じことを言っているから、惻隠の情のことだったと思う。その意味では、銅メダルがかかった大一番の試合で、勝った瞬間卓球界では珍しく仰向けに大の字に床に倒れこんだのを指摘すればよかったのだと思う。何としても勝ちたいと思うのは相手の選手も同じ。その気持ちを酌むべきと(卓球界を牽引する水谷選手には地味との卓球イメージを覆したいとの想いも根底にあったのは確かだと思うが)

20175月末埼玉スタジアムで行われたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝トーナメント1回戦第2戦の浦和レッズ対済州ユナイテッド戦で乱闘騒ぎが起きた。負けた韓国チームが非難されて当然の狼藉であったが、その韓国チームの監督に「負けたチームもマナーを守るべきだが、勝ったチームのマナーも守る必要がある」と言われてしまった。敗者の気持ちを逆なですることがあったとすれば日本人として恥ずかしい限り。

こうした大人のサッカー選手がいる一方、その前日に行われたサッカーU-20ワールドカップ1次リーグ第3(日本対イタリア)の韓国サッカー場の日本側のロッカールームにおいて「ティシュペーパー一枚も落ちていなかった。ペッボトル等もきちっと分別されていた」とかの韓国人が驚嘆し賞賛していた。試合後のピッチでの日本チームの行動も褒められていた。そういえば、2014年に行われたFIFAワールドカップブラジル大会でも、負け試合だったが、試合後の日本サポーターのゴミ拾いが世界から称賛されていた。

日本人としてのDNAなのか若者にはよき日本精神(勤勉、正直、謙虚、潔さ、約束の厳守、惻隠の情)がまだ息づいているのではと思うと嬉しい気持ちになる。

 

今の少年たちを見ていると、日本の、日本人の、未来は明るく思えてくる。

公式戦29連勝し将棋ブームを再来させた、15歳にして礼節、惻隠の情も弁える藤井聡太四段、同い年で内村二世と呼ばれる体操の北園丈琉選手。近い将来世界チャンピオンが約束されたような卓球天才少年の張本智和選手。日本のメッシと呼ばれるサッカーの久保建英選手。日本陸上選手権の100m走、200m走で優勝し、日本最速記録が期待されるサニブラウン・ハキーム選手。2008年からショパン国際ピアノ・コンクールin Asia5年連続1位になった18歳の牛田智大ピアニスト。光速ウクレレ少年と称される10歳の近藤利樹プレーヤーなど、男子だけを見てもジャンルを問わず若き天才が目白押しとなっている。

ただ、才能を持った若者が順調に育つとは、残念ながら一概には言えない。昔から「神童も二十歳過ぎればただの人」という成句もある。大人になって、だれもが野球の松井秀喜さんやゴルフの宮里藍さんのように実績も(驕らず周りを気遣う)人格も両面認められ、世界から愛される日本人になるとは限らない。

本人自身の問題だけではないのかもしれない。若木に養分を与え過ぎるスポンサーの存在がかえってアダになるのか。それとも取り巻く大人たちがいけないのか。

我らロートルも、自らは平和ボケしているくせに「今日日の若い者は」と言いがちになる。あの世は我らの為、この世は若者の為にある。臭い息と加齢臭は許してもらうとしても、稲の伝染病いもち病のように若者を腐らせないことを年頭にあたり心に深く刻もう。

 

2017. 12 臨時号 NO.82  し VS 

 今年を振り返ると、日本の大企業の不正・不祥事が相次いだ。201610月号 NO.64(「ナチス VS マチス」)で、三菱自動車、東芝に触れ、日本は平和ボケと結んだ。その時は一部の大企業の問題だろうとまだ高を括っていた。だが、富士ゼロックスの「不正会計」、日産自動車、SUBARUの「無資格検査」、神戸製鋼のデーター改ざん」に加え商工中金の「不正融資」。名だたる大企業の不正が相次いで明るみになった。長年に亘るものも少なくない。

これら不祥事を監督官庁は全然知らなかったのか。一般論として、監督官庁と大企業との関係は、まあまあ、なあなあの関係にあるのかもしれない。しかし、一旦問題が表面化すれば、監督官庁は、組織防衛から、手のひらを返して厳しく断罪するだろう。「そんなご無体な。お代官様もご存知であったハズでは」などと言おうものなら、潰されてしまう。「ご無理ごもっとも」と平伏すしかない。

私自身元銀行員なので、商工中金の不正に驚愕した。8百人以上、総行員の1/4が処罰された。私が居た小さな銀行でも、営業成績で一度得た名声を落としたくないからと無理が高じて不正に手を染める者はいたが、組織的にやることはなかった。一般大衆からの大事なお金を大切に預かり、それを企業等に貸し付けて、その利ザヤで収益を上げさせてもらう。極めて公共性の高い仕事との自覚と責任感を持てと新人時代から叩き込まれた。数段優秀な人が集まる政府系金融機関がなぜ!?と思わざるを得ない。

 平和ボケと連呼してきた私に読者は反感を覚えていたかもしれない。しかし、危機感のなさやモラル低下の蔓延であり、戦前の教科書疑獄、戦後の造船疑獄と違って政治家との贈収賄問題もない、単なる企業内部の不祥事であるなら、やはり平和ボケと言うしかない。

 

ふと、そう言えば、江戸時代はどうだったのだろうと疑問が湧いた。徳川幕府開府からペリー来航までの250年間、内戦もなく、鎖国もし、外国からも攻めてこられなかった天下泰平の時代、武士は平和ボケしなかったのか?

 武士には武士道があった。武士は厳しく自分を律し、常に緊張感を保持した。武士道に関する著作は多数残るが、それらを完読するのは、時間はあっても、読破、読解する能力も気力も私にはない。そこで、山本博文氏の『武士道の名著』(中公新書)を読んでみた。

 数ある武士道書の中で佐賀藩士山本常朝の言葉を記した『葉隠』の一文「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」は有名だ。むやみに死ねと言っているわけではない。「常住死身」、いつも死を覚悟する中で、二者択一に際しては、死ぬ確率の高い方を選べと言っている。いたらぬ主君に諫言すれば即切腹となる公算が高い。諫言しないで後々藩が傾城すれば責任をとって切腹となる。同じ切腹でも、名誉ある死に方ができると説く。

 不祥事企業のトップや役員陣が、不正が前から続いていたのを知らなかったとは考えにくい。先輩たちを売るようなことはできない。自身も責任をとりたくない。自身の任期中に問題が発覚しないことを願う。会社の危急存亡など二の次としか言いようがない。

常朝は、出世を目指せとも言う。主君を諫言する、その目的のために。家老という高い地位に居なければ諫言が効きにくいからと説く。

 現自民党幹事長代行は首相の最側近でありながら、「李下に冠を正さず」と諫言もせず、むしろ積極的に関わっていながらモリカケ問題が発覚すれば首相の盾にもならず逃げる。あげく、衆院選で当選すれば「有権者には一定の理解は得られた」と禊は終わったと言わんばかり。こんな生き恥は武士なら耐えられない。

 なお、常朝は、主君にいくら諫言しても直らない場合その恥を外に出してはいけないという。これは今の時代に合わない。藩というのは個人商店に近いイメージなのではないか。大企業の場合そうはいかない。神戸製鋼の不正の影響は国内に留まらず計り知れない。

トップが不正を止めようとしない。内部通報は潰される。現場を知らない社外取締役に期待するのは無理がある。それなら、外部への内部告発でないと止めることができない。しかし、内部告発した者は公益通報者保護法があっても (まるで一人でクーデターでも起こしたようなガチンコ命の貴乃花親方ほどではないにしろ) 少なからず孤立するかもしれない。誰かがやらねばとの使命感と会社を守るため正しい事をしたとの信念を持って、強く生き抜いてもらいたい。武士は生きることが許されない。

 ベストセラー『武士道』の著者新渡戸稲造は、「サムライにとって、卑怯な行動や不正な行為ほど恥ずべきものはない」と言う。

 商工中金の危機対応業務における不正行為は、ある意味今の日本人の精神的退廃を象徴している。2005年石原元都知事の肝入りで開業された新銀行東京なら、武士の商法と嗤って済ませる面もある。しかし、商工中金は創立80周年を迎えた銀行であり、かつ危機対応業務を始めた2008年には、同様の業務を行う新銀行東京がたった3年で1,000億円にのぼる累積赤字を計上し問題になっていた。事情は違うが乱脈融資を自戒すべき立場だった。

ノルマが不正の温床って言うが、ノルマのない銀行ってあるのか。国民の税金を使うならより心して事にあたるべきところを自分たちの腹は痛まないからと思っていたとしたら、言語道断。武士ならぬ銀行員の風上にも置けない。赤信号みんなで渡れば怖くない。さらに信号機を止めてしまうのを上が見て見ぬふりをしていたとしたら、酌量の余地はない。武士なら、赤穂浪士四十七士のような切腹ではなく、斬首されるべきところだろう。

維新の立役者西郷隆盛は死して『西郷南洲遺訓』を遺した。西郷は外国(強大国)との付き合い方において、こう述べる。「正道を踏むためには国が倒れてもいいという精神がなければ、外国との交際をしていくことはできない。相手が強大だからといって委縮し、円滑に交際することに腐心する余りに考えを曲げ、相手の意向に従うようでは、相手の軽侮を招き、友好な関係はかえって破綻し、ついには相手に制圧されることになるだろう」

トランプ大統領来日の後、週刊新潮は『「安倍総理」は「トランプ父娘」の靴を舐めたのか』と題し、過剰接待を猛獣への盲従?と皮肉った。まさに西郷の遺訓通りの展開ではないかと危惧する。盲従してないと言うのなら、核兵器禁止条約にぜひ賛成してもらいたい。

 『葉隠』の山本常朝なら、懇意な関係を築く必要があるのは、それは上に諫言しやすい環境を作る為だと言うだろう。安倍首相に限らず、小泉元首相もレーガン大統領と中曽根首相とのロン・ヤス関係を手本としてブッシュ・ジュニアと同じ関係を作ろうとした。が、賢弟が愚兄の愚計、つまりイラク攻撃、を諫めるというような関係になっていなければ意味がない。愚兄愚弟の親密な関係では、それは首相の自己満足に過ぎない。

 

今の日本人は、もう武士にはなれない。が、義士(人間としての正しい道を堅く守り行う者)にはなれる。そして政治家、経済人、我ら庶民等すべての人が平和ボケから目覚め、日本人の劣化をくい止めるには、本ブログの201711月号NO.78 (「しゅうじん VS きゅうじん」)に書いたとおり、米国に頼らず自力で国を守ることが先決だと思う。

 一人暮らしをしたことのある者は覚えていよう。親元から離れ一人暮らししたときの、衣食住のほかに防犯、防火に対する心構え・気構えを。

 

 

 

 

2017.12 NO.81 コンビ VS コンビ

 作家の村田沙耶香さんはコンビニでバイトしながら小説を書き、昨年上半期芥川賞を受賞した。私も10数年前わずか8ヵ月間だけだったがコンビニでバイトした経験がある。公益社団法人に在籍しながら深夜のバイトをすることになった経緯については、仔細は書けない。一言、自他ともに私自身に罰を与えるためとしておこう。

料理が趣味なので、フグのチェーン店をはじめ外食の店の面接を数度受けたが皆断られた。先方はイキのいい若者を欲しているのに、貧相でいかにも訳アリの中年男はお呼びでない。結局、その頃長男と長女がSコンビニにバイトしていたのでそのよしみでSコンビニの某店の店長(以下「店長」という)に拾ってもらった。親の七光りと言うが、子供の七光りでバイト職を得たヘタレな父親だ。

 

頭書の受賞作『コンビニ人間』(文藝春秋)P63に書かれているとおり、コンビニのアルバイト店員を見下しているお客は少なくないと私も感じていた。バイトとはいえコンビニ店員としての自覚と責任感を強く持たなければアブナイと思った。気の強そうな若いホステスに袋への詰め方が悪いときつくなじられたり、釣銭を渡したつもりが千鳥足の酔っ払い客が受け取り損ね他の客もいる前で罵倒されたりもした。が、やってられるか!とキレることはなかった。やればできるものだと思った。

この他バイトしてみてよかったと思えることは、50歳を過ぎていたが意外に体力があると発見できたこととお金の有難味がわかったこと。夜の10時から朝方5時か7時まで途中の仮眠なしで勤務した。それで1日税引き11千円ほどだったか。社団の仕事もあり週に23日勤務でもしんどかった。月20万円を深夜バイトで稼ぐのは容易ではないと痛感した。

銀行の元同僚で銀行本体から関係会社に移り不遇をかこつ者に対し「能力があろうとなかろうと、もう必要としていないのに関係会社に置いてくれる。それがどれくらいありがたいことかコンビニの深夜バイトをすれば分かる」と諭した。

       

 当時コンビニでの昼間のバイトは女学生らで用が足りた。深夜は私のようなおっさんでも使い道がある。いろんな訳アリの人がバイトに来ていた。私に最初に仕事を教えてくれた人は、家で塾を開いている先生で、里子を預かりその子の為にバイトするという奇特な人だった。敬拝すべき人だが、塾長口調に中学生に戻った気分になり、それには閉口した。運送業を廃業した中年女性は介護職の資格を取るまでのつなぎとしてバイトに来ていた。

訳なんかなさそうな明るく若いフリーターもいた。私自身の二十代の頃に比しずいぶんとしっかりしている。どうして正業に就かないのかと思ったが、尋ねることはしなかった。

 店長は昼間働き夜の11時前後に店長の奥さんと交代する。奥さんが私の仕事を手伝ってくれた。奥さんは怒るとややヒステリックになるが全うないい人だった。奥さんも私が悪いことをするような人ではないと思ってくれたようで、次第に、真夜中商品の入れ替えや補充の作業しながら世間話をするようになった。ある時私は奥さんに夫婦での旅行や楽しみは後に残すのではなく、できる時にしておかないと後悔するときが来るかもという話をした。奥さんはそうだねとは言わなかった。

 バイトして3か月経った10月頃バイトが終わり自転車で家に帰ろうとしたとき、奥さんに呼び止められた。不二家のノベルティーかペコちゃんの携帯ストラップを貰った。中年男に不似合いだったが、その心遣いが嬉しかった。それが奥さんと会話した最後だった。その日か次の日に店長が自宅のマンションから飛び降りた。

 近所の新聞販売店からの未入金が溜まっていることや知り合いからの無心を断った気まずさなどストレスはあったようだが、それが原因になるものではない。

 真相は知る由もないが、コンビニは24時間365日。それが1年続くということではない。店長である限り正月や盆も関係なく同じ日々が際限なく延々と続く。それで成績もよくないとなれば、無間地獄のようで鬱にならない方が不思議なのかもしれない。

 コンビニ店の売上は一に立地、二に他店との競合関係に左右される。亡くなった店長のいた店は最寄りの駅から少し離れていた。その間に創設の頃はなかった僚店や他店ができ成績は振るわなかったようだ。バイトを多く使えば休む余裕もできるが、それでなくとも経費を抑える必要があるなら夫婦がフル回転せざるを得ない。夫婦コンビにしないと店のオーナーになれない条件があるのはそういうことなのだろう。

 300万円そこらを用意するだけで、数千万円はかかる立派な店舗の一国一城の主になれる。安易な考えやゆるんだ経営姿勢を許さないのはある面理解できる。だが、“一将功成りて万骨枯るでも困る。私のドジな長女はSコンビニは2店舗ほどクビ同然に辞めたが、Rコンビニにはそんな事態にはならなかった。本部からの締め付けがきついのかSコンビニ店のオーナーに心の余裕がないと見受けた。Sコンビニのカリスマ経営者が退任したので少しは状況が変わっているのかもしれないが。

 

コンビニ業界の問題点について言えば、今年初発覚した病欠バイトの罰金ペナルティー問題は店側だけの問題といえるのか。本部サイドに問題はないのか。私がバイトしていた当時の問題点については、早稲田大法学部安達陽子さんがまとめた卒業論文『どこまで黒いの、コンビニ・ フランチャイズ』に書かれている。なかなかの名論文 (今もネットで検索できる) で、彼女の後を追い卒論のテーマにコンビニ業界の問題点を取り上げる学生も散見された。そうした問題点は今どう改善されているのであろうか?

高齢化社会において、近くにコンビニがなければ高齢者は『コンビニ難民』(竹本遼太氏著:中公新書ラクレ)に陥る。今やコンビニは単なる小売店ではなくライフラインだという。

それを支える店長夫婦とアルバイト店員がいる。勝ち組のコンビニ業界は、政治家にとって大きな支援団体かもしれないが、心ある政治家には業界の実態に関心を持ってもらいたい。亡くなった店長も草葉の陰からきっとそう望んでいることだろう。