先日、夫に言われました。
「“丁寧な暮らし”って知ってる?(笑)」
いや、知識としては知ってる。
なんならインスタでめっちゃフォローしてるし、毎日見てる。
木のスプーンとか、
白湯とか、
蒸籠とか。
で、その時の私はというと。
携帯に気をとられつつ、
キッチンでスープを保存容器に移し替えながら、
「あ、熱っ!」
……バシャッ。
!(꒪ꇴ꒪〣)
床、スープまみれ。
しかもよりによってミネストローネ。
赤い。
被害状況が事件。
さらにその横では、
冷蔵庫を閉めた勢いで、
なぜか小松菜が飛び出してくる。
洗濯物は“畳む”という工程を飛ばされ、
ソファの上で「一時置き」という名の永久保存。
Σ("ืд"ื 〣)
気づけば私は、
片づけているのか、散らかしているのか分からない動きをしている。
そう。
私は、がさつである。
丁寧な暮らしに憧れて、もう何十年。
子どもが小さい頃は、
「いやいや、生活が最優先だから」
「仕事と家事でワンオペなんだから仕方ない」
と、自分に言い聞かせていた。
でも今は。
再婚もし、息子も独立。
昔より時間はある。
……はず。
なのに現実は、
「今日は調子がイマイチ」
「施設の母から電話」
「あ、また通院日」
「もう夕方?」
気づけば、
“丁寧な暮らし”どころか、
“今日を無事に終える”で精一杯。
※この画像はaiで作成しました
SNSでは、
50代60代の素敵な女性たちが、
季節の花を飾り、
発酵食品を仕込み、
白いリネンで微笑んでいる。
私はというと、
賞味期限ギリギリの豆腐を見つめながら、
「これ、今日ならいけるか?」を真剣に考えている。
たぶん、向いてない。
“丁寧”に憧れる才能と、
実際にできる能力は別物だった。
でも最近思う。
丁寧じゃない暮らしにも、
妙な味わいはある。
小松菜を落とし、
スープをこぼし、
「あーもう!」と言いながら、笑っている夕方。
笑えるって、ホント幸せなことだ。
私の「がさつ」を笑いに変えてくれる夫に感謝しかない![]()
だから今日も、
丁寧な暮らしには届かないまま、
とりあえずスープを拭いて生きているとします。
合言葉は「ま、いっか」で![]()


