介護問題とうちの冷蔵庫事情 | わたしを癒す暮らし

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色々ありすぎた時代を終え、今は「自分を整えながら暮らす練習中」の60代です。
くすっと笑える日常と、小さな安心を。

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最近気づいたことがあります。
介護のことを考える日は、冷蔵庫の野菜がしおれがちです。


もちろん、野菜に罪はありません。
悪いのは私ですあせるあせる


実母は施設にいて、義父は同居。

義母もグループホームで安定しており、

一時のような慌ただしさはありません。

それなのに、ときどき

頭の中だけが忙しくなる日があります。

「いつまでこの生活が続く?」

「自分が倒れたら?」

「仕事どうしていく?」

考えても答えは出ないのに、考え始めると止まらない。

そして気づくと、スーパーで買った小松菜が、

冷蔵庫の奥で人生を終えようとしている。

ごめん、小松菜。

あなたには何の責任もない。

 

 

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私は昔、

「ちゃんとした大人」になれば、

人生は落ち着くものだと思っていました。

ところが60代になっても、

落ち着くどころか、

新しい心配が順番待ちをしています。


子どものことが終わったと思ったら親。
親のことを考えていたら自分の老後。

 

・・・・


人生、バトンタッチが早すぎませんか・・・不安汗


しかも誰もルールブックをくれない。
介護って、体力だけじゃなくて気力も使うんですね。
実際に何かが起きている日より、

「何か起きるかもしれない」と思う日のほうが疲れることもある。
まだ起きてもいない未来に、先回りして消耗してしまう。



でも最近は、そんな日ほど

無理に立派になろうとしないことにしました。

野菜がしおれたら、

今日はそんな日だったんだなと思う。

ごめん。野菜たちと謝りながら。

 

 

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冷蔵庫の中は、意外と心の天気予報です。
しゃきっとしたブロッコリーの日もあれば、
しんなりしたほうれん草の日もある。

人間だって同じです。
毎日しゃきっとなんて、無理。

だから今日は、小松菜のおひたしではなく、
自分のおひたし加減を気にすることにします。



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昨日、しおれた小松菜を救済しようと炒め物にしたら、
主人に「これは何の料理?」と聞かれました。

私にもわかりません。

名前のない料理が増えてきたら、
それはたぶん、人生のベテランになった証拠です(たぶん)ww