とある鑑定士
その方のお父様も、いわゆる「みえる人」だったそうで、
今では予約の取れない占い師さんらしい。
私は占いに人生を預けるタイプではありません。
でも、不思議なことに、
その方に会うと毎回ほぼ同じことを言われます。
「心配しなくても大丈夫。」
「もっとご主人や周りに甘えなさい。」
「一人でやりすぎ。」
……。
はい、そのセリフ、耳にタコです。
でも、毎回ちょっとだけ刺さる。

というのも、
私には「甘える」という機能が、どうも初期設定されていないらし
前の結婚生活が、まあまあ壮絶でした。
モラハラやDVという言葉でまとめると簡単だけれど、
実際はもっと地味に、もっと長く、
「自分を小さくして生きる練習」をしていたようなものです。
頼ると怒られる。
相談すると責められる。
笑うタイミングまで気を使う。
そういう暮らしを長く続けると、
自由になっても心だけは正座したままなんですね。
だから今でも、
夫が「やっとくよ」と言ってくれても、
「いやいや私がやります!」
と、反射で立ち上がる。
昭和の良妻賢母ではありません。
トラウマの反射神経です。
しかも厄介なのは、
「私なんかが幸せになっていいんだろうか」
という、意味のわからない罪悪感までセットでついてくること。
誰ですか。
こんなオプション付けたの。
返品したい。

頭ではわかっているんです。
今の夫はまったくもって敵ではない。
頼っても怒られない。
むしろ、頼ったほうが喜ぶ人です。
なのに体が先に昔を思い出す。
厄介な私・・・
でも最近、
少しだけ思うようになりました。
幸せになることに資格なんていらない。
苦労した人だけが幸せになっていいわけでもないし、
苦労した人は幸せになってはいけないわけでもない。
幸せは、ご褒美じゃなくて、
暮らしの中で練習するものなのかもしれません。
だから今の私の課題は、
「頑張ること」ではなく、
「ありがとう。お願いするね」と言うこと。
たぶん、そっちのほうがずっと難しい。

……とはいえ。
昨日、夫に「洗濯干しとくから座っとき」と言われ、
「悪いし!」
と言いながら結局手伝ってしまいました。
鑑定士さんが見えていたのは未来ではなく、
私の頑固さだったのかもしれません。
霊感より手強いもの。
それは60代の意地です。
