60代、ちょっと不安。でも今日も笑ってみる理由 | わたしを癒す暮らし

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色々ありすぎた時代を終え、今は「自分を整えながら暮らす練習中」の60代です。
くすっと笑える日常と、小さな安心を。

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何度か書いていますが…

私はもともと
「いい子でいないといけない」家で育ったタイプです。
(反発していたけど、しっかり根付いていた)
モラ元夫に、がっつり削られ
実家からもまぁまぁな洗礼を受け・・・

気づけば
「ちゃんとしなきゃ」
「もっとがんばらなきゃ」
が、デフォルト設定になっていました。

…いやもう、初期設定どこいったん。笑



今の夫と一緒になってからも、
誰にも何も言われてないのに、ひとりで気を使って、
ひとりで勝手に縛られてる。
(誰も頼んでないのに、勝手にがんばる選手権 NO1)

そんな私に夫がぽつりと一言。
「とにかくnicoが笑っててくれたらいい」

え、そこ?
そんなシンプルでいいの?ってなりまして。笑

さらに体調も崩して、
強制的にストップがかかり、
ようやく、ちょっと立ち止まりました。


そこで気づいたんです。
人生って、
何かを足すより
ゆるめた方が、うまくいくのかもしれないって。


以前に書いた記事を読み直してみました。

 


まずひとつめ。

「小さな贅沢が、地味にすごいってコト」

 

あたたかいお茶をゆっくり飲むとか、
ひとりでふらっと散歩するとか、

ささやかなこと。

昔の私なら
「そんなことしてる場合ちゃうやろ」って言ってたけど、
今はむしろそれがないと機嫌がもたない。笑

いろいろあったからこそ、“なんでもない時間”が
じわっと効いてくるようになりました。




ふたつめ。
「答え、外に探しがち問題」


これ、長年やってました。

本読んだり、人に聞いたり、検索したり。
(だいたい迷子になるコース)

でも最近は、「まぁ一回、自分に聞いてみよう」って
思えるようになってきました。

すぐ答え出なくてもいいから、ちょっと放置してみる。
するとそのうち、「あ、これやわ」って
ちゃんと自分の中から出てくるんですよね。

不思議だけど、ほんとに。

遠回りでも、自分で決めた道のほうが、あとで納得できる。
ようやく、そう思えるようになりました。





みっつめ。
「年齢重ねたら、意外とラクになる説」

 

 

若い頃は、

ちゃんとせなあかん、
迷惑掛けたらあかん、

弱音吐いたらアカン、

って、ずっと力入ってたけど、
今は「あ、今日は無理やわ」って
普通に言えるようになりましたニコニコ

人のしんどさにも気づきやすくなったし、
過去のあれこれも、

ちょっとだけやさしく思い出せるようになった。

年齢を重ねるって、
何かを失うことというより、
“余白が増えること”なのかもしれません。



がんばることを少し手放して、
自分をちゃんと扱うようになったら、
人生、思ってたより、静かで、あったかくて、
あ、これでいいやんって思えるようになってきました。

60代、ちょっと不安。
でもまぁ、今日もなんとか笑ってます。

そう言えることに感謝。

 

今日も読んでくださってありがとうございましたラブラブ