言葉の物語 <世界>
世界は昔平らだった。そう思っていた。
丸なんて想像だにできなかった。
まして、反対側に人がさかさまに立っているなんて。
天が回っている。地が回っている。
どちらにしても、今ここにいる私は変わることない。
世界は舞台、人は皆役者。シェイクスピアは言った。
デカルトは書物を捨てて、世界と言う書物を読む旅に出た。
世界に扉を閉ざしたのは、プルースト、ユイスマンス・・・・。
芥川龍之介は書物の世界の人であった。
頭に浮かんだことをつらつらと。
世界とは。
元は仏教語。
世とは、「過去、現在、未来」の三世。
界とは「東、西、南、北、上、下」。
時間と空間の全てを意味した。
明治にwarldの訳語として「世界」を充てた。
国にない観念を翻訳する時、自国にある似通った語を充てる。
そのとき、これに携わったのが漢学者であったため、
難しもののようになった。
哲学が日本で難しいと思われる一因でもあると言います。
哲学はフィロソフィーは「知を愛する」こと。
これを西周が希哲学と訳した。
哲とは辞書を引くと「からみあった複雑な物や事柄を分解する意味」
とありますが、どれだけの人がこの意味を知っていたでしょうか。
学問の哲学の意味を良く表してはいるんですが。
世ーセイ・セ・よ
2冊の辞書はほぼ同じでいた。
<十を三つ並べた形で、長い時間んの流れを表す。
転じて世の中の意味を持つ。>
第三の辞書
<分れた木の枝に芽が出る形で、人の一生、寿命、よのなか
の意味に用いる。>
ちなみに、一世代とは三十年を一区切りとするとあります。
やはり、十を三つですかね。
世説(セセツ・セイセツ)
世の中のうわさ。
『世説新語』と言う本は、後漢から東晋までの知識人の
逸話を集めたもので、
人生訓として読むと面白いかも。
世知(世智・セチ)
仏教では、仏道の妨げとなる世俗智。
日常には「ケチ」の意味でつかわれ、これを強調して
「辛い」をつけ、勘定高い「世知辛い」ができ、
それが転じて、現在用いられている「暮らしにくい」
という意味になったと。
世に就(つ)く(世に即く)
世を終わる意味で、死ぬこと。
出世(シュッセ)
世の中で成功することですが、もとは仏門に入ること。
「世を出る」となれば、欲を捨てること。
「世に出る」となれば、欲の追求ですかね。
世間は張物
世間は見栄を張って生きているってこと。
騙されてはなりませんが、
「人は見た目」という本がありましたね。これ本音ですね。
世の毀誉は善悪にあらず
世間の評判は、必ずしも客観的な価値判断によらず、
時流によるものがほとんど。
くれくれ゛も、自己の能力を疑って、失望することのなきように。
世人の交わり結ぶこと黄金を須(もち)う
人の情は軽薄なもの。
それが世間というもの。嘆いても仕方がない。
砂糖にたかる蟻みたいなもんですよ。
世帯仏法(腹念仏)
僧侶の説法も世帯のやりくり。
母の法事に来る坊主。
定年後に通信教育で坊主になったと、自分から言っていた。
噴き出しそうなお経を読んでいた。
世間とは、最悪の者が最上の席を占めている劇場である。
(アリストニム)
「お先にどうぞ」のお人好しでは、いい席は取れませんね。
世の中は芝居と同じで、自分の役をいかに演じるかを
学ばなければならない。(パラダス)
世の中は瞑想的な者には喜劇とうつり、
直感的な者には悲劇とうつる。(ホレイショ)
運命と気質が世界を支配する。(ラ・ロシュフーコー)
世の中は立派な書物だが、その読み方を知らない者には、
ほとんど役に立たない。(ゴルドニ)
そう、意識を以て世を眺めないと。
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
