言葉の物語 <死ーし>
嫌な字なんでしょうね、パソコンの漢字変換で、
真っ先に出てきたことはありません。
三冊の辞書を調べてみましたが、ほぼ同じでした。
<古い字体は「歹(ガツ・ガチ)=切り取った骨」に「人」が逆さ
になった「ヒ=変わった形」を合わせた字。つまり、
死体がばらばらな骨になること。>
どの本でしたか忘れましたが、人が逆さということは、
日常と異なる異界を表すらしいです。
日常との境界を引くことらしく、死人に蒲団を裏返しにかける
なども、そうらしいです。
<古くは死体を一時的に草むらにおいて、残骨となった骨を
拾ってほうむるのを「葬」という。>
確かに、「葬」の字は草冠がついていますね。
昨日「生」について書いたので今日は「死」について調べて
みました。
大昔の人にとっては、死は一つの自然現象だったんでしょ
うね。
ただ不気味に思っただけで、特別な意味は含んでいませ
んね。
死についての言葉を少し。
死相 「おぬしには死相が表れている。」なんて、怪談話
によくでてきますね。どういう訳か、目の下に青黒
い隈は死相の象徴で、ひったしですね。
死して後に已(や)む 死ぬまで努力すること。(論語)
この見本は、画狂人北斎ですね。
90歳で死ぬんですが
「天我をして五年の命を保たしめば真正の画工となるを
得べし。」と言ったという。
辞世 人魂で 行く気散(きさん) 夏野原
人魂となって、夏の野原に気晴らしにでも行きましょ
や。多少、満足はうかがえますね。
旅に病んで 夢は枯野をかけめぐる
これには芭蕉の辞世と言われるものですが、
口惜しさがうかがえます。
死しての千年よりも生きての一日
→明日の百よりも今日の五十
一日一生 重ねて一生
死生命(めい)あり 人の力ではどうにもならないこと。
人の生死は天命であると。
死に至る病 キルケゴールの言葉
人間にとっての真の「死に至る病」は、肉体の死ではな
く精神の死、つまり「絶望」であるという。
死に掛けの念仏 死が近くなると誰でも念仏を唱える。
全てご都合主義。
死んで花実が咲くものか
我が人生は生きても花実が咲かぬ無花果の木
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
