壱岐の島移住 奮戦記

壱岐の島移住 奮戦記

2020年退職を機に年季の入った愛車プリウスで日本一周を計画し、
コロナ禍あり、2年かかりで日本一周完結。
23年秋に、急遽故郷壱岐の島に移住することになり、その奮戦記をお届けします。

 5月6日(火)  晴れ 22℃

 

  GWが終わりましたね。こちらは日常とほとんど変わりませんでしたね。友達から、「GWに知り合いが壱岐に行くから案内してくれる」と連絡があり、空けていたのですが、当人の体調不良によりキャンセルとなり、そのまま予定ないままGWに突入しました。その中で、甥っ子家族が帰省したり、シングル会や誕生会を開催したので、その様子をお伝えしますね。

 

 

 

≪目当てはカラオケ?≫

 

 兄貴の次男家族が帰省しました。その子供らは私のことを「みさおおじちゃん」と呼んでくれ懐いてくれています。

今回も、遊びに来てくれたのですが、お目当ては私でなく、カラオケだったみたいで、ずっとマイク持って歌ってました。

 

 

 

 

 それでも可愛い孫みたいな兄弟です。 

 

 

 

 

≪シングル会は乙島の浜にて≫

 

 4月に出来なかったシングル会(独身メンバーでの集まり)をしました。

 すーちゃんが来た時に訪れた乙島の浜に行ってみました。

小橋さんは、初めて来るみたいで、景色の良さに感動してました。

 

 

 

 

 

 

 シートを敷いて、マリンパルで買った総菜を食べ、コーヒー飲んでくつろぎました。

 

 

 

 この写真は、リモコンシャッターを使って撮ってみました。なかなかうまく撮れています。

 

 

 

 灯台の近くまで行ってみましたが、やはり海に阻まれ行けませんでした。

 

 天気も良くて、リフレッシュできた一日となりました。

 

 

 

≪5日はオッコンの誕生日で≫ 

 

 5月は、私の誕生日月なのですが、オッコンも子供の日が誕生日で

お互いに祝うようなことをしていました。

 今回は、オッコンの誕生日祝いを娘夫婦も誘って居酒屋でしました。

その写真は撮るの忘れてましたが、二次会は私の自宅で、二人で盛り上がりました。 

 

 

 オッコン持参のイモ焼酎魔王の一升瓶を半分ほど空けてしまいました。

 

 

≪家の周りも華やかに≫

 

 
 
 
 
 

 

 こんな感じで、春を感じています。

 

 

 

 

 

≪あとがき≫

 

 兄貴の長男がこのたび、「訪問看護リハビリステーション」という事業を立ち上げ、実家の隣に事務所が出来ました。

 

 

 

 

 事業をスタートさせるには、看護師さんが2名ほど必要で、なかなか採用できずに苦労しています。

 

 せっかく、甥っ子夫婦で立ち上げた事業なので、なんとか協力してあげたいと思っています。

 

 

 

 

 

 

    4月21日(火)  晴れ 20℃

 

 

 磯明けという行事があり、一年に一回だけ漁業権なくても魚貝類を取れる日があります。誰でもいいということではなく、漁業権を持ってる方の親族に限られるのですが、今回、縁あって当日許可証をいただいて、ウニ取りに行ってきました。

 

 また、ネパール娘たちが壱岐に来て一年が経ちました。合わせて、スガ(ネパール娘の上司)の尽力もあり、3年滞在延長が認められました。今回は、一周年のお祝い兼ねて集まりました。

 

 

 

 

 

≪初体験ウニ採り≫

 

 初のウニ採り体験で道具もありません。そこは、友達の海女さん美鈴さんが、ウニ採りの道具と入れるカゴを貸してもらいました。有難い。

 

 よしたかのお母さんも行くというので、一緒のところで採ろうということになりました。岩と岩の間、岩をはぐったところにウニはいます。

採れるでしょうか。

 

 お母さんは友達と来られていて、私は一人でチャレンジします。

こんな感じで潮が引いた磯でスタートです。

 

 

 

 

 意外といますね。大きなはそこまでないですが、採ったら岩においてあとで集めます。

 

 

 

 集中して採ってると時間も忘れますね。1時すぎから3時すぎの2時間ほどでこれだけ採れました。

 

 

 

 お母さんはどうかなと、行ってみます。しっかり採っていますね。

 

 

どうみても、85歳には見えません、若いお母さんです。

 

 

 

≪採ったウニを取り出します≫

 

 ウニは、殻を割って中の実を取り出す作業が大変です。

採った日は、バイトがあり作業出来なかったので、次の日朝から作業開始です。ウニ取りスプーンも美鈴さんが貸してくれました。

 4時間格闘してこれだけのウニが採れました。

 

 

 

 ネパール娘らの祝う会に、海鮮丼として出したのと、残りはウニ飯にして、兄貴や娘の所に配りました。

 

 
 

 

 貴重ないい体験が出来ました。

 

 

 

≪ネパール娘も1年経ちました≫ 

  

 昨年のこの時期に、ネパール娘たちの歓迎会を開いて、早1年が経ちました。コスモスを一緒に植えたり、飲み会に誘ったりと関わりを持ちながらの1年でした。今回その一周年を祝いました。

 

 ケーキも準備しました。

 

 

 

 いつものように、ダンスも披露してくれました。

 

 

 嬉しい報告で、あと3年在住資格が延長となりました。しっかり日本語が話せるようになり、永住資格が取れますように。

 

また、離れ離れの旦那さんが来島される日が早くきますように。

 

 

 

 

 

 

 

≪あとがき≫

 

 昨年はじめて、コスモスを植えてなんとか、咲かせることができましたが、刈り取るのを遅くして、種を土に返すようにしてみました。

 そしたら、なんと、たくさんの芽を出しているではないですか。

 

  草と一体化して分かりづらいですが

 昨年植えたのが7月なので、3ケ月早い。7月にはきっと、花を咲かせてくれるでしょう。また、その花の種を土に返すと、11月頃にまた咲くかもしれませんね。

 

 植物の生命力、侮れませんね。

 

 

 

 

 

  4月 12日(日)  晴れ 20℃

 

 

  大阪から2年前に壱岐に移住してきたさっちゃん。彼女の勤務先のお店(一番館)で知り合い、移住生活がうまくいくよう、応援してきました。

そのさっちゃんから、嬉しい報告がありました。

 

 

 

 

≪さっちゃんも壱岐定着だね≫

 

 さっちゃんは、12月頃から縁あって、新規オープンの居酒屋「壱州坊」で、一番館の仕事終りや休みの日にバイトしていました。

 

 2月にすーちゃんが来て、一緒に一番館にあいさつ(以前会ってたから)に行った時「勤めてる壱州坊にも来てほしい」と言われたのですが、結構スケジュールが入ってて行けないままでした。

 

 3月に入ってからまた、「一緒に壱州坊に行きませんか?」と誘いがあり、「何か相談したいことがあるんだろう?」と聞いたところ、会わせたい人がいるということで、なんとその壱州坊の大将と付き合っているということでした。そして、何とうれしいことに、4月の彼女の誕生日に入籍をするということでした。私は、さっちゃんが壱岐を離れるような話しをするのかと心配していましたが、逆で、これでさっちゃんも壱岐定住だね。

なんか、自分のことのように嬉しいですね。

 

 壱岐に来てからお世話になっている私に是非会わせたかったという嬉しい言葉をもらって、今週の木曜に一緒に壱州坊に行ってきました。

 

 

 

≪優しい大将で安心しました≫

 

 さっちゃんの仕事終わりを待って、現地集合で壱州坊に。

入口はこんな感じです。

 

 

 

 中はこんな感じです。平日ですが、団体さんがいたり、カウンターも埋まっています。

 

 

 

 

  初めて大将と会いましたが、忙しくされているので、とりあえずさっちゃんと食事することに。

 

 

 

 

 

 料理は美味しいし、値段もリーズナブルで、いつも予約でいっぱいなのがうなずけます。

 

 さっちゃんの話しでは、バイトしているうちに仲良くなったそうで、そばにて安らぐって言ってました。女性にとって安心できる人がそばにいるって大切ですよね。そういう人に巡り合ったさっちゃん、良かったね。

 

 忙しさが落ち着いたら、大将も顔出してくれて、お話ししました。見るからに、優しさが溢れてる方で、ほんとに良かったなあと思います。

 

 

 

 これからも、末永くお付き合いよろしくお願いします。

 

 

 

 

≪他のクラスのミニ同窓会に参加≫

 

 高校の同級生カズヨちゃん(下関市でパン屋さん経営)が壱岐に帰ってきて、同じクラスのメンバーとの飲み会に、私も誘ってもらいました。オッコンや重友など知り合いもいますが、久しぶりの顔もあり、楽しいひと時を過ごしました。

 

 

  やはり、学友っていいですよね。

 

 

 

≪散歩は2時間も≫ 

 

 昨日、今日と天気もよく結構歩きました。天気がいいということは、見る景色も良いので、写真を撮ってきました。

私の好きな風景です。

 

 

 

 

 そして、我が家の対面の丘からみた、我が家です。

 

 
 
 

 

 

 

 

≪あとがき≫

 

  実家の裏の家のおばさんが先日亡くなりました。99歳ということでした。

 家族葬ということで、葬儀に参列していないので、お線香あげたいと思い行ってきました。

 小さい頃から我が子のように接してくれて、大人になって実家に帰った時も顔見せに寄ったりしてました。話し好きで話し出したらなかなか止まりませんでした。笑

 

 線香をあげて、戒名を見せてもらったらその中に「饒説」という字が。おばさんが話し好きだったから、住職さんが入れてくれたそうです。なかなかいいなあ。

 

 戒名に何か好きな言葉入れてもらえるなら、なんて入れてもらうかな。死ぬまでに考えてみよう。