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江川家の想い出

江川家家族の思い出をアルバム風に綴ります。

お母様との面談が始まった。

 

Yちゃん、よく頑張っていますよー、とお伝えし、成績のこととか、高校入試のシステムとかいろいろ話した。

 

お母様がいよいよ話始めた。

 

実は主人が1ヶ月前に家を出たまま帰ってこないのです。いちおう警察には届けを出してあるのですが。以前もそういうことがあったらしい。今回で2回目。つまり、塾代がどうも払えないらしい。娘に塾をやめてほしいと話したら、泣き出して「やめたくない」と。

 

「じゃ、払えるようになったら払ってください」。。。それでいいですよ。

 

払えるようになったら必ずお支払いしますから、、、ということで決着した。

 

過去にも何度か同じような相談を受けた方がいる。いいことをしたら、必ずそれは返ってくると思っているので、相談に見えられるということは助けてほしいからだと思う。相談に見えず、理由は言わずにいきなり退塾する方もいらっしゃる。

 

ということで面談は終了した。

 

その日以降、Yさんはいままで以上に勉強するようになった。そして質問をよくするようになった。

 

学校の定期テストで5科目合計が490点を超えたこともあった。

 

そしてお父様は1年経っても帰って来なかった。

中1の3学期は社会も5になり、5科目オール5となった。生徒の半数はオール5だ。

 

中2の5月ごろ、お母様より面談申し込みが来た。

 

オール5となったお礼かな?

 

面談の約束日の数日前、Yさんの授業が終わった後、本人から話したいことがあるといい、授業のあと残ってもらった。

 

その日、彼女は宿題をやってきていなかった。もちろん120分立ってもらったが、彼女は暗かった。他の生徒の手前、許すわけにもいかないので、立ってもらった。

 

授業終了後、「何か話があるの?」と尋ねたら「塾をやめなければならない」と言う。

 

「なんで?」と尋ねても本人は口を開かない。

 

そして面談の日、お母様がやってきた。

 

通常、塾をやめるときは電話の人が多い。

 

何の話だろう・・・・

 

面談の日がやってきた・・・

 

(つづく)

 

海星学院塾長・ 江川進二

 

 

入塾して1年後、全科目90点以上とれるようになり、

通知表は55554となった。

社会は中間テストは90点以上、

期末テストは80点台で通知表は4だった。

 



入塾したころは時々宿題をやって来なかった。



いまから35年前は

パワハラとか学校でも塾でも問題にされない時代で、

どこそこの塾は宿題をやってこなかったら花瓶で頭をたたかれた、

という噂が広まったら「すげ~~」と評判になり評価が上がったりする時代で、

あそこの塾は先生がビンタしようとしたら

生徒はとっさに顔を逃がして先生は手を柱にぶつけて、

指を骨折したとか・・・

そんな話が地域に広がったりしていて、

テレビでも竹刀でしばくという厳しい塾がテレビに取り上げられたりしていた。



では当塾はどうなのか、

宿題を忘れたら授業中は座ることができない。

授業終了まで90~120分間ずっと立ったまま授業を受ける。

ただそれだけ。

それが保護者に支持されていた。



どちらかというと生ぬるい塾だった。

生徒が座る場所は成績順。

成績のいい子は後ろ、良くない子は先生(私)の目の前に座らせた。

Yさんは真ん中だった。

教室の学校のテストの点数平均は90点以上、

5科目合計点は450点以上だった。


(つづく)