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江川家の想い出

江川家家族の思い出をアルバム風に綴ります。

 

 

Yさんは新中1で入塾してきた。



当時、 入塾するのが難しいことで知られ、海星学院(当時は江川進学教室)に入塾するための予備校とも言える塾に1年間通い、当塾の入塾テストを受ける子もいる地域の名門塾だった。



その塾はチラシにE塾(江川進学教室)に合格できるための指導を行います

と宣伝していた。



入塾テストは難しく、合格するための合格倍率は最高で7.5倍という年もあった。合格発表の日、合格した生徒は近くの公衆電話からお母さんに「合格したよー」と電話したり・・・まあ平和でしたね。



Yさんはそんな倍率を突破して入塾してきた。べったこ付近(最下位)でしたけどね(笑)


中1のころの成績は43332くらいでまったくできなかった。4は数学、2は社会だった。



(つづく)



 

海星学院 塾長 江川進二

そして合格発表日。速達が届くことになっている。

そんなに心配はしていなかった。



でも、お母様は心臓バクバクだろうな。

「もし落ちていたら電話できないと思います」とお母様。

はいそれで結構です。と答えた。



続々と合格の電話が届く中、午後4時過ぎ、Mくん本人から電話が来た。

よかった~~~。ホッとした。Mくんはうれしさで泣くでもなく、いつも通り淡々としていた。



「先生、ありがとうございました」とお母様。

「いえ、私はサポートしただけで、頑張ったのはMくんとお母様ですから」。



の後、東山の高校生になったMくんが塾に戻ってくることはなかった。妹が通ってくれているので、時々様子を教えてもらえた。



それから3年後、大学は龍谷大学に指定校推薦で合格したらしい。

偏差値32の子が龍谷大学へ。



私は今日も進路指導に奮闘している。

(完)



次回からは中学生のときにお父様がいなくなり、

大学生の時にお母様ががんでなくなった。

「Yさん物語」です。塾版の「おしん」です。

2月10日(入試当日)の夕方、塾に来てくれた。


プレッシャーから解放されて、晴れやかな顔をしている。

「お疲れ様。やっと終わったな」とだけいうと、「先生、理科と社会がめっちゃできた」。


ということは、予想がばっちり当たったということだろう。



受験が終わった生徒には決して「できた?どうやった?」などは聞かないことにしている。

受験生の頭にはできた問題は残らないが、

出来なかった問題が鮮明に残っていて、

あれができなかった。これができなかったのとか、できなかった問題ばかりを言う。



通常、入試が終わったら結果がわかるまで勉強する気にならないものだ。

だから、好きにさせている。



他の受験生もいつも通り通塾してくれた。

出題予想は他の生徒にもしてあげた。

合格発表は土曜日だ。