おだづもっこ風呂宮 -13ページ目

おだづもっこ風呂宮

変な東北人の思いつきを書いてます。宜しければ、ご覧になっておくんなまし…。

お聞き苦しい“なまり”など、多々ございますが、皆様にゆったりと寛いで頂けるよう、努めて参りたいと思っております。

どうぞ宜しくお願い致します。m(^(工)^)m

しばらく、その状態が続きました。

救急車に構うことなく、
車はガンガン横切って行きます。



この時、気づいたんです…



「曇り空」のときって、
救急車の色が目立たないんですね~。

一見、目立つモノとばかり想ってたんですが、迂闊でした。


白い車が多過ぎるので、
埋れてしまうようです。

パトライトも、ちょっと弱い感じ…



その時まで、
「救急車の色」「インパクト」というのをそこまで気にした事はなかったんですが、トラック達が気づかなかった理由がわかりました。



信号が青になり…

救急車がパトライトとサイレンを鳴らしながら、
私の横を通り過ぎて行きました。


「遅いわけだ…」


緊急車両って、緊急事態のためにあるから、
緊急車両ですよね?

つまり、一分一秒を争う状態。



これって、
交通状況うんぬんの次元じゃないような気がします。

「渋滞しとったもんで!」
「工事中で通れなかったもんで!」

現場で待ってる患者の家族の目を見て、
こんなセリフは言えませんよね…


思わず、友人のH君に電話しちゃいましたよ!

「完全に気づかなかったわ!」
「救急車をもっと目立つ様に変えなイカンね!」
「それから、信号機をコントロールできるようなシステムにせにゃイカン!」
「救える命も救えねーべ、こりゃ!」

って…

急に電話したんで、
H君もビックリしてましたがーーー


救急車の「色」と「装備」。
これは、なんとか改善したいですネ。

海外の救急車って、
目立つ仕様のが多くないですか?

緊急事態というのは、万国共通だから、
「イチバン目立つ仕様」で統一してもいいと思いますよね。

昔、「ゴーストバスターズ」って映画があったんですけど、
アレに出てきたゴーストバスターズの車が印象的でしたね。

「曇りの日」や「夜」には、
アレ以上のインパクトが必要ですね。



photo:01



昔から、こんな素晴らしい文化があるんですよ、日本には…
欧米に負けてちゃいけませんよね?


「日本人は控え目」だと言われたりしますが、
「やるときはやる」んだと思います。


ハイブリッドの技術、
電気自動車の技術、
太陽光発電・蓄電システム、
カスタムカーの技術、etc。。。


こーいう部分で、
最先端医療を支えることにもなるんじゃないでしょうか?



そして―――。

何と言っても、
「信号機をコントロールできるシステム」です。

主要な国道や県道には、完全配備!

コレ、如何でしょう。




救急車から、数百メートル先の信号機に信号を送る。

すると前方の信号機が、サイレンを鳴らしながら、

「青」→「黄色」→「赤」

へと変わり…


サイレンを鳴らしながら、
ビカビカに光る救急車が通過!




その後は
また、元の状態に復帰していく…


線路の「踏切」も、
似たようなカンジですよね。




悪くないと思います。

仮にデメリットがあったとしても、
前向きに検討する価値はあるかと…。



もし、関係者の方がみえましたら、
ぜひ、ご検討頂ければと存じます。

私も頑張りますので…






整体屋さんに着いた後ーーー

もちろん、
その話で盛り上がりましたよ。

なんか、
マッサージ所の話じゃなくなってましたネ!
(^^;;















先日ーーー。

仕事にキリがついたんで、
身体のコリをほぐそうと、軽い運動をしたんです。
ボクシングでいう「シャドー」みたいな感じで…(^^;;
足も疲れてたもんで 、足のストレッチもしました。

その後、台所にあった食器類を洗って、
鍋をしまおうとしゃがんだとき…

アレ?なんか、おかしい!

右膝が変なんです。
何かが膝の所でひっかかっている感じがします。

何度も確認しましたが、やっぱりおかしい。
膝を曲げようとすると、痛みがあるんです。

もしかして、さっきの運動?
アレがイカンかったの?

左膝と比べて見れば、ちょっと腫れてるし…


まさか、「水」ってやつ?

溜まったの?

あの運動で?

ウソでしょ!?


ネットで検索したら…

確かに、
「水が溜まってる可能性大」
といったカンジ…

しかもその日は、完全に日曜日!
最悪やね~( ̄O ̄;)

とりあえず、
体重をかけたり、極端に曲げたりしんとけば、痛みは酷くないみたいなんで…

なるべく動かさないようにして、
翌日を待ちました。
(子供って、こーいう時を見計らって、攻撃しにくるんですよね。賢いわ…)











その日は、雨が降りそうな曇り空。

いつものように、
行きつけの整体院に向かっているときのことです。

国道を横切ろうと、ある交差点で止まりました。

すると、信号の向こうから、
救急車がやってきたのです。

何気なくその光景を見ていたのですが、
途中から不自然なことに気づきました。


その救急車が、交差点に差しかかった時、
サイレンもパトライトも回っていました。

たいていは、
この後、全体がスローモーション状態になって、
救急車が通り過ぎて行きますよね?

でも。。。

この日は違いました。



救急車が、交差点に来ているのに、
国道を走る車は止まろうとしないのです。

それどころか、
大型トラックにクラクションを鳴らされている始末…



思わず、「えっ?待ってんの?」
って言ってしまいました!


そーなんです。

国道を横切ることができずに、
救急車が、信号待ちしてたんです!



車は、バンバン通り過ぎて行きます。

救急車は、どっちつかずの状態…
サイレンも鳴ってるし、パトライトも回ってます。


でも、みんな気づいてない…

そう。

救急車なのに「気づかれてなかった」んです。















じつは私ーーーー

幼い頃から、
「食べ物をコラボレーションするクセ」があるんです。


家族からは、白い目で見られていますが、
評判が良かったのも過去にあるんです。

じつは私、甘いモノが大好きでして。
あ、甘納豆とかようかんってのは、
ちょっとパスですけどね…

チョコとか、おはぎとか、生クリームとか…
フルーツの缶詰に入ってるシロップとか…
大好きであります。


今日は、妻が用意してくれた「おしるこ」を食べようと思い、早速、スタンバイしました。

といっても、
井村屋さんが出してる「おしるこ」です。
お湯を入れるだけのモノ。

最近は、
ゆっくり料理できる時間ないもんで(^^;;



お湯を入れてワクワクしながら、
待つこと数秒…

食べようとしたら、餅がない!

アレ?2つ入れたよね?
確か…

と思ったら、

photo:01



出てきました。

アイヤ~…

確かに、「食べやすいお餅 2つ入り」
って書いてあったけどさ…

こりゃちょっと…

ってことで、鏡餅を入れたりました!
(たまたま、近くにあったので…)

photo:02



ジャーン!やっぱり、こーじゃないと!

ここで、ちょっと思いつきました!

「きな粉は合うか?」って…

昨日も娘と食べとったんですよ、
「きな粉餅」。

思い立ったら即実行!

photo:03



見た目は、みそ汁みたいですけど…

悪くない!ウン、悪くないです。
「あんこ」と「きな粉」、それぞれの風味が絶妙です。


そーだ、考えてみれば、
小豆と大豆ですもんね。



ぜひ、みなさんもお試しあれ。






ある日、帰宅してふとテレビに目をやると・・・。


「小児集中治療室」のドキュメンタリーが放送されてました。


全国に4つ」しかない、このセンターは、
必死に生きようとする子ども達にとって、
“命の砦”と言われているようです・・・。


でも・・・。

「1つ」あるだけでも、ありがたい事だと思います。


「いつも、近場の病院にしか行かない」という方にとっては、
受け入れ難いことかもしれませんが・・・。

ぜひ、普段から「良い病院」「良い先生」を、
『子どもの為に探す』という選択肢を持ってあげてください。



そーすれば―――

たとえ、良い病院が遠方にあったとしても、
抵抗なく飛んでいくことができるようになりますんで!


子どもは親を信じています。
親の判断を「きっと、間違いない…」と信じています。


だからこそ、

病気のこと・・・
薬のこと・・・
病院のこと・・・

そーいったことを、ちゃんと考えてあげたいですよね!

夫婦、兄弟、爺ちゃん婆ちゃん、親戚、みんなで・・・。





いや~、それにしても・・・。


植田医師のような人がいてくれること―――。

とても心強いですよね!



かといって、それで安心しきってしまっては、
植田医師達の負担が増えていってしまうだけ・・・。


町医者も含めた、
医療機関どうしの綿密なネットワーク作り


これもどんどん強化されていくといいですね。


それは、これからの子供達のためになりますし、
それこそ、孫達、ひ孫達・・・・・・。

ずっとずっと受け継がれてく善循環になります。









紹介状や検査資料を持って大病院に行ったとき、


「コレ、どこの病院?」
「このCTじゃ見れないから、再度撮り直します」


こーいった先生、いますよね?
ちょっと、心配になってしまいます。




せめて、


「ああ、●●先生ね!」
「ハイハイ、そーいうことかぁ・・・」


こんなカンジで対応してもらえると、
安心できるんですけどね。




より良い医療システムの発展を、切に願っております。



それに―――

『教えること』『伝えること』
「やっぱ大事だわ!」って思いました。
「バタン!!」

「ドンドンドン!!」




けたたましい音と共に、部屋が揺れました。



「ん?」

そう思った瞬間!

私のすぐ左手にあったR君の部屋の引き戸が、
真っ二つに割れました!


「ボッコーッ!!」
「バターン!!」
「ガラガラガラガラー!!」


同時にR君の真上にあった吊り棚がぜんぶ落下!!



そして、真っ二つに割れた戸から、白竜の足がっ!



「オメーらぁ!」
「何時だと思ってんだー!」




なんと!

引き戸を突き破って、
白竜が乗り込んできたんです!



サリーちゃんのパパ状態の私・・・

睨みつける白竜・・・

「バカヤロー!」

って、私がどつかれるかと思ったら、
吊り棚に飾ってあったエアガンやら、
プラモデルやらにまみれたR君を引きずり出し・・・

まるで、ボールを蹴っていくかのように、
R君を蹴って蹴って蹴って蹴って・・・


茶の間へと消えて行きました。



まるで台風でも通り過ぎたかのような、
R君の部屋・・・。

残された私とT君・・。



「ヤベエ!!」


ふと時計を見れば、
「1:30」をすでに回ってます。


「うわっ、完全にヤバイわ…」






暫くして、R君のお母さんが、
「2人とも、ちょっとおいで」と…


モソモソと茶の間に行くと、
親父さんの前でR君が正座をしていました。


その後ろで私達も正座をしました。






「コイツはどーも、大工を舐めてるみてーだ!
足場から落ちて死んだヤツ。親指を無くして、
ゲンノウ(ハンマーのこと)が持てなくなったヤツだっているんだ!
指無くして大工が務まるか?しっかりモノ握れるか?」


「明日、コイツ仕事なんだわ…
久しぶりだから、話したいことが山程あるのは、わかる。
 だけど、寝不足で仕事いってケガでもしたら、笑い事じゃ済まねーべ?」

「コイツは、オレに“一人前の大工になる!”って言ったんだ。
 だから、オレもコイツを1年でそれなりのヤツに育てねーといけねぇ。
 くだらねー理由で、半身不随になったり・・・。
 手が使いもんにならなくなったりしたら、バカらしいべ?」


そんな状況だったとは、知りませんでした。

きっとR君は、私達に気を遣ってくれたんです。
彼はそーいうヤツなんです。



その日は金曜日の夜―――。

でも、建設業というのは、土曜日も仕事。
場合によっては、日曜も仕事。休みがないこともあります。

それなのに、R君は、
私とT君に合わせてくれたんです。



R君の親父さんが続けました。

「オメーら、2人・・・。
 いま、目指してるもん、なんだ?」


T君は、当時、大学に通っていたので、
その大学の事を話しました。

私は、ただのフリーターで・・・

「そーえば、●●。オメー、バンドはどーなったんだ?」
(●●というのは、私のこと)

そーなんです。

私は、アルバイトをしながら、バンド活動をしていました。
でも、メンバー同士の時間が合わなくなってきてから、
しばらく、活動を休止していたのです。モチベーションも全くなく・・・。


「●●!いま、オメーの眼は死んでる!」



「そんなんで、いいバンドできるわけねぇべや!」
 自分が本当にやりてーんだったら、何があってもやる!
 そんぐらいのキモチを持て!」

「いま、オメーらの中で。
 一番、目にチカラがあるヤツ、誰だかわかるか?
 一番、目が輝いてるヤツ、誰だかわかるか?」


私とT君は、顔を見合わせました。
R君じゃないんだとしたら、もう1人・・・。

H君です。

H君とも、しばらく会ってませんでしたが、
彼はコンビニでアルバイトをしながら、
消防士になるための試験勉強をしていたのです。


「そーだ、Hだ。アイツが一番目にチカラが入ってる!」
「今のオメーらとは違う。アイツは、目標に向かって、一生懸命頑張ってるんだ!」
「オメーら、そんなんでいーのか?アイツに先越されっぱなしで、いーのか?」
「いつまでも死んだような目ぇしてんじゃねぇ!悩みがあるなら、言ってこい!
「オレが、全部聞いてやる!」

「あのな。ウチに来てるからには、他人と思わねーからな!
 たとえ他人の子でも、オレは自分の子と同じように接する!
 チャラチャラしてるヤツは、遠慮なくいくからな!」


こんな事を言われたのは、生まれて初めてでした。
涙が溢れてきました。

悔し涙じゃありません。

嬉し涙?というのか?なんちゅーのか、
わかりませんでしたが、とにかく涙が溢れていました。

「この人なら、ついていける・・・」

そんなキモチが込み上げてきました。



その後―――


私は、バンド活動を再開し、
R君の親父さんに報告しに行きました。

大工の現場の手伝いにも行きました。

“釘を打つマシーン”があって、なかなか巧く使えず・・・
歯を食いしばりながら、釘を打っていきました。

でも、指があって。手がある。立って歩ける。

五体満足で動けること、演奏できること、働けることに、
改めて気付かされたのです。

昼にご馳走になった、
「カルビ弁当」と「広東白湯麺」も、
もの凄く美味くて・・・その後の私の定番メニューになりました。




R君の親父さんから、いろんな意味で、
強烈なインパクトを貰いました。

引き戸を突き破っている白竜の絵
そして、【目標に向かっていくこと】。

色褪せることなく、
今でも、私を支えてくれています。

親父さん

感謝しています。










それから歳月が過ぎーーー

私は東北を離れ、
中部地方で働くようになっていました。

社会の世知辛さに埋もれてしまい…
実家にも、誰にも連絡を告げずにいた時期があったので、
そのお詫びと状況報告のために、実家に電話をしたときのことです。

「…亡くなったんだよ!」

その言葉だけが、何度も頭に響き、
まるで、時間が止まったような錯覚になりました…


あーいう時って、色んな事が横切っていくんですね。
スローモーションで。。。
いわゆる、「走馬灯」ってヤツですね…


仙台に戻ったら連れて行きたかった場所と海。
食べさせたかった、犬用クッキー。




「亡くなる前日まで、遠吠えしてたんだよ~」
「アンタの事、呼んでんじゃないかと思ってさ~」


姉の話によると・・・

ムックの食欲がないので診てもらおうと、
近くの動物病院に連れて行ったそうです。
しかし、良くなる所か、逆に容態がどんどん悪くなっていった。
どうして容態が悪化したのかと医師に追求しても、
「老犬だからしょうがない」という返答のみ…

それから、数日後…息を引取ったのです。
16才の誕生日を迎えたばかりでした。



涙が溢れてきました。

「オレ、何やってたんだ…」

悔しくて悔しくて…
申し訳なくて、申し訳なくて…


耐えられませんでした。
思い出が甦るたびに、涙が溢れてくる…

やり場の無い気持ちが、
また涙になっていく…


そのときに、ふと横切ったんです。
それまで、完全に忘れていた、あるシーンが…


まだ、私が高校生だった頃、
自分の将来についてとても悩んでいた時期がありました。

その時、「自分の夢と誓い」をムックに語っていたんです。

どう受け止めてくれたのかわかりませんが、
キモチだけは伝わっていたと思います。


「ああ、そーだったなぁ…」

あらためて、ムックに感謝しました。

目的地は、変わっていなかったんです。
ブレてたのは、私の軸の方だったんです。





いま…

あの時の「夢と誓い」に向かうレールの上にいます。
いくぶん遠回りはしましたが、なんとか頑張っております。

ひき続き前進して参ります。





私が小学生のときに、彼はやってきました。




近所の小さなスーパーで生まれ、

行き交う小学生の足に噛みついては、追いかけ、

噛みついては、追いかけ・・・




その彼が、我が家にやってきました。




血統はついてませんが、シェパードとコリー犬の間いの子で、

姉がつけた名は「ムック」。




名前の由来は、「なんか、ムクムクしてるから・・・」




とにかく人懐っこくて、誰にでもついていく・・・

食べ物がもらえるなら、ベッタリくっついていく・・・




母親は、「番犬」という意味で飼うことに賛成してたみたいですが、

とても番犬が務まるような性格ではありませんでした。




冒険好きだった小学ボーイの私は、

ムックを連れてあらゆる場所に繰り出して行きました。


いわゆるそれが、「散歩」というモノでした。




用水路や水門。家具家電が放置された場所で、

ボロボロのベッドを見つけて遊んだり。。。




河を渡り、ドブにハマり、

悪臭をプンプンさせて帰っては母に怒られ。。。




とにかく、ありとあらゆる場所へ、

散歩にいきました。






走るのもメチャメチャ速かったので、

自転車に乗って散歩に行くこともありました。







私が高校生の時―――


缶コーヒーをムックの隣で飲んでいたら、

欲しそうな顔をしてたので、わけてあげました。




ガブガブ飲みました。




夏には、アイスを、

顔面バニラまみれにしながら食べていました。


(色んなモノを食べさせるのって、ホントは良くないんですよね。

 でも、あんなに欲しそうな顔されると、弱いです・・・)






つづく







私が高校生の時。




地元の幼なじみで、通ってる高校は別だったんですが、

いつも一緒に行動していた「R君」。




朝、登校していくと・・・




途中で彼が待ってたりするので、

「モーニングコーヒー」を一緒に飲むんです。




公園で、なんだかんだと喋ってるうちに、

時計は9:00をまわります。




「どっか行くか~!」となって、

仙台駅前にくりだすことがシバシバ・・・。




彼はとてもひょうきんで、何でも笑いにしてしまうセンスがあったので、

それに引けをとるまいと、私も必死に笑いをおりました。




そして、彼の親父さんは、


俳優の「白竜」にそっくりな大工の棟梁―――





(こんな感じ・・・)




なんちゅーか、「男!」って感じの、強面の人で、

当時、私が最も尊敬していた人でした。






それは――――。




久々に「R君」の家に遊びにいった時のことです。




互いが、別々の友人らと遊んでいた時期があって、

たまたま「R君」の家に、もう1人の友人「T君」と3人で集まることになったのです。




日が沈んだくらいに、

「白竜」の親父さんが帰ってきたので―――。




 私達:「お邪魔してまーす!」


 親父さん:「オウ!元気か!」


 私達:「ハイ!元気ッス!(正座)」




挨拶を終えた私達は、

再び「R君」の部屋に戻って話を再開・・・。




なぜか、ブリーチ(染髪剤)が出てきて染髪やりだし、

私の頭は、サリーちゃんのパパ状態になっておりました。




積もる話がたくさんあり・・・




自然とボルテージも上がり・・・




時間も忘れ・・・




テンションも忘れ・・・




バカ騒ぎしていた、つぎの瞬間!!!!


それにしても、あの雲は何だったのか?
赤い川は何だったのか?ただの夢だったのか?
「臨床体験」ってのに似てるけど、それだったのか…

入院中。
父親から、北斗の拳のマンガを全巻買ってもらい、
上機嫌で退院した私…

相変わらず、ケッタ(自転車のこと)で行動するのが多かったので、小さな事故を繰り返しながらも、無事、小学校を卒業しー。

中学校では、バスケ部に入り、マンガ「スラムダンク」全盛期に突入。マイケルジョーダンやマジックジョンソンに憧れる少年が増え、バスケットシューズ(バッシュ)を外履きにするのが流行ったんです。

またーーー。

プロレスとF1にハマり、夜な夜な録画して観てました。

この頃に、あのX JAPANに出会ったんですね。
そう、あの「紅」という曲…

それまでは、洋楽のヘビメタバンドばかり聞いてたんですが、たまたま「紅」のCDを聴き、衝撃をうけたんです。

だって、あのビジュアルで、紅白歌合戦に出るんですよ!北島サブちゃんや小林幸子さんらと、同じ舞台に立ってるんだもの…

「何だべあれ~!」って、

母ちゃん たまげてましたわ!


とくに、影響を受けたのは、
X JAPANのギタリスト「hide」。

あの人、外見とは違って、すごく男らしい人で、
陰でX JAPANの楽曲を支えてた人だったんです。

ただ、まだこの頃は、お金がなかったんで、
楽器を持つことができず…



友人が「BOWY」のコピーバンドとして、
演奏しているのを、羨望のまなざしで見ていた少年でした。