髙島屋は堺店(堺タカシマヤ)を令和8年(2026年)1月7日の営業をもってクローズすると発表しました。髙島屋は都心店が好調な中でも港南台店、岐阜店と相次いで地方都市の店を閉めまくっている印象がありますが、堺店についてはこれらとは一線を画した事情があるようです。



 堺タカシマヤを取り巻く事情。



昭和39年開業当時の南海堺東ビル。

当時、南大阪最大の駅ビルだった。

(画像提供:南海電気鉄道)



堺店は南海堺東ビルが完成した昭和39年(1964年)に南海高野線の堺東駅前に開店して、ことしで開店60年になります。「堺東」というと堺のまちの東というイメージを抱かせますが実は市にとっては中心として扱われており、堺市役所本庁舎、堺地方合同庁舎(法務局・検察庁・税務署・公共職業安定所など)、大阪地裁堺支部などもここに集まります。大阪市以南では最大の繁華街を形成するのもここです。




「コブクロ」の黒田俊介さんが堺東のデュオ発足の

場所に店舗を開店し、開店日にはご覧の行列が。



同店は平成3年(1991年)には300億円ほどの売上(総取扱高ベース)あったものが直近は100億円(同)にシュリンクしていたようで、面積が17000㎡あると考えるとかなり赤字体質だったものと思われます。そのため髙島屋社内ではリーマンショックの頃からクローズ店舗の候補に上がりつつも、堺市ではこの地の百貨店を守るために9階フロアを長らく実勢の賃料の数倍で借り上げて、子育て関連施設や事務所スペースに使っていました。実はつい1ヶ月ほど前にその契約が切れる情報(一部なのか全部なのかは不明だがその大半を占める事務所スペース)を入手していて、情報収集を進めていた矢先のクローズ情報。要は自治体からの赤字補填が切れたために「満を持して」閉店という流れでしょう。はっきり申して、髙島屋としても行政の支援があるから続けていただけで、そこまで思い入れはなかったものと思料します。



堺店9階のパーテーションの中には堺市の

給付金の事務センターとコールセンターがあった。



同店に限らずですが、「百貨店」の看板を守るべく、地域のニーズに合わない店を延々と続けててもしかたないことで、採算に合わない店はクローズしてSC化することは自明の理であると考えます。ただ、このクローズにはもうひとつ、建物の大家である南海と髙島屋の関係性にも触れておかねばなりません。

この両社は大阪市の南海ビルディング、つまり大阪店(大阪タカシマヤ)の賃料を巡って係争関係にあって、髙島屋は賃料減額を、南海は賃料増額をそれぞれ突きつけ合っている関係で、この泥仕合ともいえる状況は簡単に収集がつく状況にありません。



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雑然とした中低層建築が並ぶ堺東駅前の景観。

堺市さん、これが「都心」ですか!?!?



一方で堺市では堺東駅を中心とするエリアを「都心」と位置付け(※あくまで市がそう言っているだけで、とても「都心」と呼べる状況にはない)、建築都市局の中に都心未来創造部を設置、昨年(令和5年)5月には「堺都心未来創造ビジョン」を策定、事業者公募を実施し、同年10月には東急不動産を代表企業とするグループに決まっています。加えて、ことし7月にはそれらを踏まえた堺東駅前再開発の「基本的な考え方」を公表しています。そんな中で飛び出したタカシマヤ撤退のトピックは、堺市に相当のショックを与えていることでしょうし、また、再開発の機運に水を差すことになりやしないか強く懸念をしているところです。


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 ポンコツぶり炸裂の行政。



ことし7月の「基本的な考え方」に基づくイメージ。

1枚目の画像と同じ方向から見ている。



堺は近世の自治都市として知られ、貿易で得た巨万の富を活用しつつ、武野紹鴎や千利休といった茶人が活躍、茶の湯の文化が根付いた地域。また鉄砲やその技術を活用した刃物や自転車の製造など多くの産業の発祥地でもあります。いわゆる太平洋戦争における堺大空襲で4度に亘って焼夷弾の脅威に晒され、市街地のその殆どが灰燼に帰すことになったものの、戦後には大阪府により泉北ニュータウンが開発されて人口は増加の一途に。加えて大阪市営地下鉄(現:Osaka Metro)御堂筋線の車庫を引き受けたバーターで同線の延伸を勝ち取り、堺市内に北花田・新金岡・中百舌鳥(なかもず)の3駅が設置されたことで、沿線は大阪市のベッドタウンとして成長を遂げることになります。



市内最大のターミナルである中百舌鳥駅は、

堺東から僅か3kmほどの距離にある。



ただし都市機能としては堺東のほか中百舌鳥・泉北ニュータウン内の泉ヶ丘などに分散した結果、どの地域においても中途半端な開発に終わり衰退傾向がみられるなど、ここははっきり記しますけれども、堺市のポンコツぶりの片鱗がみられるというところであります。要は無計画さにも程があるのですね。タカシマヤに話を戻すと、1次商圏内人口は堺区内のおよそ15万人で堺東駅周辺のマンション開発によってファミリー層が増えているのだそう。それだけだと店には追い風に聞こえますが、先に申した市による都市機能の分散施策によって1次商圏より外に広がりを持たない店になってしまっていて、誰がどう見ても将来性に不安を感じさせる状況となっていました。



 まとめ。



「HiViE堺東」構想で唯一出されたイメージ。

衰退著しい堺東エリアの活性化に繋げられるか?

(画像提供:南海電気鉄道)



タカシマヤの撤退後、南海による商業施設「HiViE堺東」として再開業させる計画。キーテナントを含めて未発表ですが、南海としては早めにSC化の計画を表に出すことで混乱を収束させたいのでしょう。さりとて商圏が変わるはずもないので、おそらく食品スーパーを核にした小商圏対応テナントで埋めることになるでしょう。「タカシマヤ」という集客の目玉を失うことになる堺東は、官庁街のワーカーに大きく支えられる構図がますます強くなっていくことだろうと思います。




▶︎次回の記事は12/6(金)に公開します。



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