(出典:(株)プランテック)


百貨店大手の髙島屋の本店・大阪店。

世界初のターミナルデパートとされる阪急梅田駅の阪急百貨店(現:阪急本店)の成功を受け1932年、南海なんば的に「南海髙島屋」として誕生した90年あまりが経ちます。建築家・久野節の代表作として知られるコリント様式の建造物はまさに大阪ミナミのランドマークであり、売上も阪急本店に次ぐ大阪2番店の地位であります。大丸心斎橋店と同じく、バブル期に較べ外商の足腰は弱まっているとみられるものの、同店は南海線により関空と直結しているロケーションから旺盛なインバウンド需要を享受し、店内は外国人客で賑わっています。


「なんばパークス」に展開するT-terraceは、

髙島屋グループが手掛けるファッション特化型SC。


百貨店を持たない南海電鉄はこの出店以降、髙島屋の密接な関係性を保ってきたとみられます。南海線の和歌山市駅、南海高野線の堺東駅の両駅ビルにも出店、また大阪店がある南海なんば駅の隣接地に建つ南海グループの都市型SC「なんばパークス」にも髙島屋グループの東神開発がSCを手掛けています。


蜜月に見えていた南海電鉄と髙島屋が、その縁を繋いだ大阪店を巡って、まるで泥仕合ともいえる係争を繰り広げていることが、読売新聞によって報じられています。



​紛争の経緯

記事の内容によると、発端は2016年。04年から3億5900万円(いずれも/月)で据え置かれていた賃料を南海電鉄側が周辺地価の上昇を理由に増額要請、1度目の調停となり500万円増の3億6400万円に。

さらに南海電鉄は18年、大阪店の好業績を理由に髙島屋側に賃料増額を要請、髙島屋側が拒否したことで2度目の調停に。

コロナ禍真っ只中の20年10月に成立した調停では南海電鉄が増額要請をおこなった18年に遡り1000万円増の3億7400万円として髙島屋側が遡及的に支払うこと、調停成立月である20年10月から昨年にあたる22年9月までの2年間は時限的措置として1度目の調停内容である3億6400万円と決定。併せて、コロナ禍における店舗のクローズ等の事情含みで南海電鉄が髙島屋に営業支援金を支払う内容でした。

時限的措置が終了を迎える昨年、今度は髙島屋側が仕掛けます。髙島屋側は南海電鉄に賃料減額を要請したが南海電鉄側は拒否、3度目の調停に。しかしこれが不調に終わり、遂に髙島屋は南海電鉄を相手取り22年1月以降の賃料を3億4400万円であることの確認を求め訴訟を提起したとのこと。


​借地借家法によると……

これ以下は記事よりももう少し深く見ていきましょう。


借賃(賃料)増減請求権は記事にもあるように借地借家法上で規定されています。根拠条文は32条です。


「建物の借賃が、土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減により、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動により、又は近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となったときは、契約の条件にかかわらず、当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる。ただし、一定の期間建物の借賃を増額しない旨の特約がある場合には、その定めに従う」。


これは「事情変更の原則」が優先されるため、借賃増減請求が認められた判例を見ても、土地建物の価額の増減、経済事情の変動に加えて周辺賃料相場の増減などの客観的な指標が必要になるとみられます。読売新聞の記事ではこれを争点と見ているらしく、おもにコロナ禍によるダメージを挙げているので、こちらも記事よりも詳しく分析してみます。

大阪店の19年度(19年3月〜20年2月、2月期決算)の売上は約1495億円。コロナ禍に入り20年度(以下同様)は約969億円、21年度約1092億円と低迷したものの22年度は約1319億円と19年度対比の88%にまで回復、今期は約1469億円とほぼコロナ禍前の売上に戻す計画。となると借地借家法上の「経済事情の変動」は存在しないのではないか、というのが南海電鉄側の姿勢で、答弁書でもそのように回答しているもよう。


改正民法にも賃料減額規定が

ただ、実は借地借家法以外の根拠条文が存在します。20年4月に施行された改正民法です。611条1項を見てみます。


賃借物の一部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合において、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、賃料は、その使用及び収益をすることができなくなった部分の割合に応じて、減額される」。


改正前の同条文は賃借人の過失によらないで滅失したときとなっていて、賃貸借物件の滅失を賃料減額の要件にしていたのに対して、改正後は滅失以外の「賃借人の責めに期することができない事由」「使用及び収益をすることができな」いと認定(「」内は根拠条文引用)しうる場合において、賃料の不相当分を将来に亘っての借賃の減額請求ができる内容となっていることが特筆されます。当条文における判例が少ないため詳述はできませんが、これを根拠とするとコロナ禍で落ち込んだ業績分についての減額請求が認められる可能性がある、と考えることもできるでしょう。


関係「崩壊」の先にあるもの

南海電鉄はこの訴訟とは別に髙島屋に対して再三の賃料増額要請を行っていることも、先の読売新聞の記事で報じられています。双方の主張や思考がまったく理解できないわけではありませんけれども、ここまで90年もの間Win-Winの関係でやってきたはずの両社が訴訟にまで発展する泥試合を演じていることに、私は強い違和感を覚えざるを得ません。賃料をめぐっての交渉そのものは何も珍しいものでもないのですが、このまま判決が下ったとしても、この両者間にこれまで同様の大家と店子の関係性は蘇るのでしょうか。ひょっとしたら南海電鉄には髙島屋退店後の絵姿が浮かんでいるのだろうか…そういう疑心暗鬼すら感じます。少なくとも本件を耳にした資金力のある大手量販チェーンが南海電鉄に入居を働きかけていたとしても不思議ではありません。かつて髙島屋はJR九州の求めに応ずるかたちで新築する博多駅ビルに出店すべく交渉をしていたものの、店舗面積を巡る交渉が暗礁に乗り上げたところを阪急百貨店が掻っ攫っていった(やや語弊ある言い回しでゴメンナサイ…)経緯があります。当時、髙島屋社内では半ば出店決定と思われていた中での、青天の霹靂のような出来事と受け止められていたようですが、2012年に中洲川端の「博多リバレイン」の不動産信託受益権を髙島屋子会社の東神開発が取得、グループとして博多進出を果たし、15年には「博多リバレインモール by TAKASHIMAYA」と博多の地にタカシマヤの看板を掲げることに成功しているものの、髙島屋の九州戦略は博多駅ビルを押さえたことに較べると随分と"こぢんまり"したものになったことは否めません。



この件について報道されたのは先月なので、外部からみれば比較的新しいトピックであるものの、初回の調停から実に7年が経過、裁判沙汰にまで発展している係争。髙島屋サイドが店舗撤退を考えているとは到底思えませんが、さりとてこのまま何事もなかったかのように収束するようにも思えません。続報を待ちたいと思います。


【おことわり】

当ブログはそのタイトル通り「思い付き」更新のため不定期で更新をしてきましたが、長く続けていますと、定期的に投稿してほしい、とのお声を多数頂戴するに至りました。

そのため、原則として「月・水・金」の週3更新とさせていただきます。

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私も目標として励みますが、多忙時など更新が滞ることも想定されます。何卒ご容赦いただき、気長にお付き合い頂ければ幸いです。


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