毎日少しずつ易経を読んでいます。
 

 

「鳴鶴(めいかく)陰に在り、

その子これに和す。」
         (風沢中孚)
 
親鶴が陰で鳴くと、
見えないところにいる子が声を合わせて鳴く。
 
親が子を思い、子が親に応えるような真心は、
姿が見えず、遠いところにいても
通じ合うということである。
 
風沢中孚(ふうたくちゅうふ)の
卦名(かめい)「中孚」は心の中心にある
真心、誠信をいう。
 
心の中で真から願うことは、
必ず感通するものである。
 
『易経一日一言』(致知出版社)竹村亞希子編より
 
ありがとうございます。
 
「心の中で真から願うことは
必ず感通するもの」
という信念で伝えていきますね。
 
それでは、また。(^_-)

 

本書は、2000人以上を在宅で看取ってきた

緩和ケア医・萬田緑平氏が、

「どう生き、どう死ぬか」

を現場経験から語った一冊です。

 

本書の中心にあるのは、

「歩けるうちは、人は死なない」

という非常に印象的な言葉です。

 

著者は、寿命を左右するのは

単なる病名や検査数値ではなく、

「歩こうとする気力」と

「生きる意志」だ

と説いています。 

 

本書では、現代医療への鋭い問題提起がなされています。

 

日本では「少しでも長く生きること」が善とされがちですが、

著者は

「延命」と

「幸福」は

必ずしも一致しないと指摘します。

 

例えば、点滴や胃ろう、

過剰な抗がん剤治療によって身体の自由を失い、

病院のベッドで苦しみながら長く生きるよりも、

住み慣れた自宅で好きなものを食べ、

会いたい人と過ごしながら

自然に最期を迎えるほうが幸せではないか、

と問いかけます。 

 

特に印象的なのは、著者が実際の患者のエピソードを

数多く紹介している点です。

 

例えば、余命1〜2週間と宣告されたがん患者に対して、

著者は「とにかく歩きましょう」と伝えます。

 

普通なら安静を勧めそうな場面ですが、

患者は少しずつ外を歩き、

自分で動くことで表情が変わり、

生きる力を取り戻していきます。

 

中には亡くなる数時間前まで歩いていた患者

もいたといいます。

 

著者は、歩行能力とは単なる筋力ではなく、

「脳の活力」

「気力」

の表れ

と説明しています。 

 

また、本書は「ひとり暮らし」や「孤独死」に

対する一般的なイメージにも一石を投じています。

 

世間では孤独死は不幸と捉えられがちですが、

著者は、家族に気を遣い過ぎず、

自分らしく自然体で最期を迎えられるケースも多い

と語ります。

 

さらに、「認知症は長生きしたい人にとってはむしろ有利」

という逆説的な話も登場し、

読者の固定観念を揺さぶります。 

 

著者自身は、かつて外科医として最先端医療に

携わっていました。

 

しかし、管につながれ苦しみながら亡くなる患者を

見続ける中で、

「本当にこれが人間らしい最期なのか」

と疑問を抱き、

在宅緩和ケアの道へ進みました。

 

その経験から、本書では「治療中心」ではなく、

「その人らしく生ききること」を重視しています。 

 

本書は単なる終末医療の本ではありません。

 

「死を考えることは、より良く生きることにつながる」

という哲学が根底にあります。

 

歩くこと、食べること、人と笑うこと―

―そうした日常の営みこそが人生の本質であり、

健康寿命とは単に長生きすることではなく、

「自分らしく生きられる時間」

を意味するのだと教えてくれます。

 

老いや病気への不安が強い現代だからこそ、

多くの人の心に響く一冊です。 

 
ありがとうございます。
よくわかりました。
 
私も終活を行いながら、
自分らしく生き、
自分らしく死ぬことを
考えております。
 
それよりも、まず、一日一万歩を
目標に歩きますね。
 
それでは、また。(^_-)

 

日本人にとって「氣」は、単なる言葉ではなく、

宇宙・社会・人間をつなぐ“見えない基盤”

として古くから重視されてきました。

 

空氣、

元氣、

氣遣い など、

日常に深く浸透している「氣」という概念には、

東洋的な世界観や生き方の哲学が込められています。

 

東洋思想では、

森羅万象は「氣」によって成り立つ

と考えられています。

 

老子や荘子、日本の神道にも共通するのは、

「目に見えないものこそ世界を動かす」

という発想です。

 

現代社会でも、日本人は

「空氣を読む」感覚を重視しており、

これは人間関係だけでなく、

経済やビジネスにも影響しています。

 

景気や消費行動も、

人々の感情や期待といった

“集団の氣”に左右されるため、

「氣を読む力」

は社会を理解する重要な感性といえます。

 

また、日本人は心身の状態や人との関係性

「氣」で表現してきました。

 

「氣が合う」

「氣が重い」

などの言葉にその特徴が表れています。

 

武道、茶道、書道などの「道」の世界では、

呼吸・姿勢・所作を整えることで氣を調整し、

自分と外界との調和を目指します。

 

これは現代でいうマインドフルネス

メンタルケアにも通じる考え方です。

 

さらに、「氣」の思想は

『易経』や陰陽五行思想によって体系化されました。

 

『易経』では、

万物は「陰」と「陽」という二つの氣の

相互作用によって変化するとされ、

社会や人生の流れを読み解く知恵

として発展しました。

 

日本でも陰陽道風水として生活に取り入れられ、

「氣」は見えない流れを察知する実践知として

受け継がれてきました。

 

現代は効率化やデジタル化が進む一方で、

人間関係の希薄化や

心の不調

が増えています。

 

その中で、

「氣を読む」

「氣を配る」

「氣を整える」

といった日本人の感性が改めて注目されています。

 

深呼吸をする、

場の空氣を感じる、

自然に触れるなど、

小さな習慣によって氣を整えることは、

不確実な時代を生きるうえで

大切な知恵といえるでしょう。

 

つまり「氣」とは、

神秘的なものではなく、

日本人が育んできた感性と実践の文化であり、

自然や他者、自分自身と調和して生きるための

智慧なのです。

 
私は神社仏閣の綺麗な「氣」の中で
深呼吸して、自分の「氣」の流れを
調整しています。
 
これからも「氣」を大切にして
頑張りますね。
 
それでは、また。(^_-)