未来に=ミラクルに(Kamoさんの一人親・父さんの育児奮闘記) -8ページ目

未来に=ミラクルに(Kamoさんの一人親・父さんの育児奮闘記)

じっとしていても何も変わらない 動いてミラクル起こそう

いつの間にか 日本一周!
1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-自転車

片道10キロの自転車通勤を始めて9ヶ月半。


朝、新聞配達での自転車走行を合わせると


1日およそ35キロ。


35㎞×286日=10,010㎞となり、


いつのまにか日本一周の距離を走破した


ことになる。


ちなみに日本一周は8,955㎞とのこと。


「行こうと心を決めた者のみが行ける道がある」


との言葉どおり、


味わえない体験をさせてもらっている。


やはり、「継続は 力なり」である!


雨の日も 猛暑の日も そして極寒の日も


自転車を走らせてきたその原動力となったのは


自転車通勤の実行を宣言したからだと思う、


なんとしても1年間は続けたい!


という気持ちが強くなり


体力的にも精神的にも健康体となり


時間を大切にできるようにもなった。


自転車通勤という単純なことを


きちんと繰り返したことで


どんどん自分に変化が起きていった!


人生も同じことなのかもしれない


単純なことをきちんと学んでいく


繰り返しなのかも?


目標や夢を誰かに宣言するといいネ!!


次なる目標・夢に向かってGO!











地域の「とんど」づくりを


16日の日曜日、雪がちらつくなか決行!


今年は いつもより少し低めの 12メートル。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-とんど

とはいっても、天を見上げる感じで


背の低い私が さらに小さく映る(笑)


毎年1月、第2週か第3週の日曜日に


地域の人たちが 朝早くから集まり、


竹、モミの木、ウラジロを山に取りに行く班、

わらでひもを編む班、飾りを作る班、

それぞれに分かれて行動していく…

誰がどの班と決めているわけではない

当日、参加した人数を見て

おのおのが声を掛け合って自然と分かれていく。

これこそ町内の不思議な絆である。


材料が揃ったら いざ作業開始!


※以下の写真は一昨年の作業風景
1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-とんどb1

柱となる4本の竹を合わせ上部を縛る


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-とんどb2   1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-とんどb3
柱の上部と中央の2箇所に割った竹で段飾りの円を作り

寝かせたままで上部の飾りつけ。ウラジロを敷き詰める。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-とんどb4   1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-とんどb5
四方の綱を上手に引きながら全体を起こす。

(この作業が大変!途中倒れた年もあったが今年は成功)

下部に藁を敷き詰め、モミの木を飾り付けて完成。



作業は朝9時頃から昼過ぎ3時頃まで、

地域の女性陣が とんどを立てている畑のそばで

豚汁や甘酒、おにぎり等を作って

ねぎらってくれる…これも楽しみの一つである。


世代を超え地域の男女が集い


1年の始まりを たわいない会話で


時を一緒に過ごす。


素晴らしい時間だと思う。


1週間後、「とんど」に火が入る…


年女年男が点火するのも地域の習わし、


今年は、誰かな?


最後に「とんど」の 炭火で 餅を焼いて食べる。


地域の老若男女が集い 


談話する風情は なかなかのものである。


この「とんど」、以前は 地域の組ごとに分かれ 


3箇所で行われていたが、今は2箇所となった。


この行事も 次世代に 伝えていきたい


ひとつである。


こどもカクテルを提供!

1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-こどもシェーク

シェーカーを振って カクテルをつくる!


思い出づくりをしてもらう!


私の勤務する「みはらし温泉・夢の宿」では


オリジナルのカクテルを自由に作って飲めます。


バイキングをご利用の方は無料で体験できます。


今、子どもさんやお酒を飲めない方向けの


ノンアルコールカクテルのオリジナルレシピを


作成しました。
1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)

ただジュースを混ぜるだけでは、ただのジュース…


「おやっ?」と感じていただける


そんなカクテルをつくろうと試行錯誤。


本部スタッフのSさん(アルコールに詳しい女性の方)


夢の宿のバイキングコーナースタッフKさん 


妥協を許さない会長(容姿や行動からはとても感じない82歳)


の協力を得ながら完成!


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)

「シェーカーを使って思い出づくりを!」というのが


「会長が妥協しないコンセプト」となっており、


みんなで 試作試飲を繰り返しました。


ジュースもシェーカーを使うことで、


まろやかな味わいとなります。


温泉で飲みやすい低アルコールカクテルも


続々登場しています。


須波海岸をイメージした「須波ブルー」は


ご宿泊のお客様からも大好評のようです。


もちろん本格的なカクテルもありますが


黒酢をつかったオリジナルカクテルなど


レシピ入りでメニュー化しているので


簡単に自由に作って楽しんでいただけます。


無料の飲み放題!がすごい!


会長いわく


「また来て飲みたいと思っていただけることが


私の願いであり、一番の喜びです」と。


がーん! あわや大怪我に!


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-自転車転倒

体調は良いのだが 


昨年末から 寝付かれない日が 続いていた


以前、処方して貰った 睡眠安定剤を飲んで


寝ることにした。


薬は効き、眼が覚めたのは 朝6時!


大変だぁあああああ!


新聞配達! 朝ご飯に弁当の支度!


家族は、私がこんなこととは気付かず


まだ寝ている…


あわてて一連の作業をこなしたが


頭はボーとしていた…


自転車に乗るとそれを実感した!


まっすぐに運転しているつもりが


なぜかフラフラと蛇行運転している。


やがて ゆるやかなカーブを


曲がりきれずに ガシャーン!


高さのある田んぼの水路に落っこちた!


反射的に土手につかまって下に落ちるのを防いだ。


が、その代償として すね坊主を強打した。


大事にはいたらなかったが


とんだ(飛んだ)一件だった(笑)



仕事の関係で年末年始は 出勤。


まだ2011年が明けた感じがしない…


新しいスタートといえば、


今から15年前、妻が他界し


四人の子どもたちとの新たな出発を開始した。


ショックのあまり 


外出できない日が続いていた ある日


友人からの


「四人のお子さんは 奥様が残された最高の芸術です」


との言葉に 勇気を出して外出した。                                                  


当時、2歳だった末っ子と4歳の次男を自転車に乗せ


7歳の長女と9歳の長男が自転車に乗り


みんなで買い物に出掛けた。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-自転車で

夜空の星を見上げていると


四人の子どもたちを 必ず輝かせ

自分も一緒に輝きたい!


絶対に 子どもたちを見捨てない!


との熱い思いが込み上げてきたのを 今でも忘れない。



当時2歳だった末っ子が今年18歳を迎え


上の三人は社会人としてそれぞれの道を歩んでいる。

これからも 四人が どんな輝きをしようとも


私にとっては 大切な宝である。


あと2年、三男が20歳になったら


みんな集まって 酒でも飲みながら


子どもたちが談話する姿を楽しみたい…


もう一つのスタート


子どもたちに感謝の気持ちを忘れてはいけないことを


気付かせてもらった出会いがあった。


子どもたちは それぞれに反抗期を迎えた…


「こんなに一生懸命 育ててきたのに…」と


悩みの種が年々増えていた。


そんな時、ある「子育ての会」で


笑顔の素敵なお母さんと出会った。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-出逢い

「私、毎日、子どもに だ~い好き!って言ってるんです」


との彼女の一声に 驚かされた!


そうだった、


ここまでこれたのも 子どもたちのおかげ!


感謝の気持ちを忘れてはいけない!


表面だけを見てはいけない! 


なにかを忘れている自分を 気付かせてくれた。


後でわかったことだが、彼女も一人親として


さらに病魔と闘いながら 子育てをしていた。


その笑顔からは想像もできなかった…


彼女とは21歳の歳の差があったが


子育てや趣味、人生についてなど


共鳴し合うことも多く 機会あるたびに


お互い励まし合っている。


これも不思議な出会いである。            

年末年始は大荒れの天気になるとの予報。


一昨日12月28日、勤務先の「みはらし温泉」の前も


いつになく荒々しい波が


あの映画 「ポニョ」を追いかけてくる 波を連想させる


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-温泉海


事務所に入るやいなや 大雨に!


おまけに竜巻のような風が 吹き荒れる…


一時は どんな天候になるのだろうかと心配したが


やがて晴れ間が除き


窓の外には 大きな虹の橋が 瀬戸内に架かった!


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-虹の架け橋

急いで 外に出て シャッターを押すと


虹は 二重の架け橋であることが わかった!


瀬戸内の島から みはらし温泉まで架かった


大きな大きな虹の橋が


私の真上にあるようで 見とれてしまった。


だんだんと薄れていく 虹の光景に


心が癒されました…

 
1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-虹アップ

虹の思い出といえば 子どもの頃、


雨と雨の境目を肌で感じることがよくあり


雨に追いつかれないようにと


懸命に空を見上げながら


「雨のカーテンが来たぞ~」と、大声で叫びながら


田んぼの中を走った。


私は勝手に この瞬間を


「雨のカーテン」と名付けた。


当然、雨は私の頭上にあっという間に


降りかかって、体全身がびしょぬれになる。


でも、このシャワーが 心地よかった。


この体験を私の子どもたちにもさせてやりたくて


雨がふりそうになると 近所の子も呼んできて


空を見上げ、今か今かと待っていた。


12年前に 一度だけ体験することができ


子どもたちは 大喜びだった!


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-近所の子と1

私が子どもの頃は


雨が振ると 口をあけて 空を仰いだり


雪が降ると 雪をすくって


砂糖を振り掛けて 食べた。


もう40年前のことだから 今の環境とは違うが


自然界との対話は日常茶飯事であり、


あの感動は 今も忘れることはない。


まだ自然が汚染されていない良き時代であった。







最近 知りました


カードビンゴなるもの


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-bingo

ガラガラと 回しながら


番号の付いた玉が出てくるのではなく


トランプのようなカードに番号が書いてあり


カードを引いていくビンゴである。


これだと番号も大きくて


ご年配の方でも わかりやすい


ゲームのやり方も


いろいろ変わっていくんですね。


ゲームといえば


子どもたちが小さい頃


風呂に入ったときは


必ずといっていいほど


しりとりゲームが始まる。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-CL7
四人とも負けずぎらいなので


納得いくまで 延々と続く…


誰かが のぼせて ヘトヘトになったときが終了。


浴室の中は 声も響き


時には合唱になることも。


学校で習ったばかりの


ベートーベンの第九「歓喜の歌」の


ドイツ語バージョンは


子どもたちのお気に入りだった。

下の二人がまだ保育園に通っていた頃、


よく二人で絵を描いて遊ぶことが多かった。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-お絵かき2


四番目の末っ子は


競い合うのがとても大好きで


兄がチャレンジしていることに


すぐ ちょっかいを出していく。


兄が描いている絵を見ては アレンジしていく…


そのことが兄にとっては 少々、不愉快のようで


「自分で考えて書き~や!」と


見えないように隠そうとする。


すると弟は なんとしても見ようとして


兄の体に ちょっかいを出す!



それでも兄は 我慢し


「やめろや~!」といいながら


向きを変えたり 場所を移動しながらも


絵を描きつづける。


兄弟四人で一緒に 描いたり 工作することが多く


三番目、四番目のの子は 兄や姉に 感化され


いろんなことにチャレンジし 体感していく。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-ダンボール作品・子

四人の子どもたちの合作(ダンボール絵)



一人親で子育てをする私にとって

上の二人の子の存在は とても大きく 

今も感謝の気持ちでいっぱいだ。

このことを 忘れないようにしよう!


冬になると思い出すことがある…


いつものように 絵を描いて遊んでいた


下の二人が些細なことで もめごととなった。


寝転がって絵をかいており


弟の足がちょとした拍子に 兄の体に触れた、


ときどき 弟がわざと そういった行動をすることがあり


兄は わざと蹴飛ばされたと思い蹴りかえした。


当然、弟は?と思い、蹴り返す!


すると再び 兄が蹴り返す…


こんな風に 徐々にエスカレートしていった。


何度か やめるように声を掛けながら


様子をみていた…が


お互い やめる気配がない。


それどころか


弟はどんどん倍にして向かっていく。


ついに弟が 物を投げ始めた、


これ以上は いけないと判断し仲裁に入った。


ところが 弟は 物を 兄にではなく


窓ガラスへと投げだした。


私も おもわず大声となり二人を叱りつけた。


兄の方は謝ってきたが 弟は しらんぷり!


しばらく 頭を冷やすために 弟一人を


ベランダの外に出した。


すると兄が弟に向かって


「おれが一緒に 謝まってやるから 謝ろうや!」


と泣きながら窓越しに弟に呼びかける。


三番目の子は 兄や姉、弟思いの


やさしい心を 素直に表現するタイプであった。



冬の肌寒い夜だったので 特に心配したのであろう、


兄は発端が自分にあり、弟のことを随分心配していた。


そんな心配を 振り払うかのように


弟は真っ暗なベランダの外で、石ころや板を拾って


遊んでいたのである。


私も「しつけ」と思って 外に出したものの


冬空でもあり、行き過ぎ?では?


と自分に問いかけていただけに


ホッとした出来事だった。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-CL6

どこまで、大きな心で包むことができるのか試され


我が家のベランダには囲みもなく、


一歩間違えれば大惨事だったかもしれない…


どこまで冷静に判断し 行動できるか


この時は まだまだ半人前の親だなあ、


と、つくづく思った。

待つこと1時間


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-CL5

第1子長男と 第3子次男は


大の注射嫌いで 手をやいた…


とはいうものの 無理もない要因があった


長男は生後6ヶ月のときに


乳たんぱくアレルギーと診断され


その日以来 3年間


注射ぜめとなった。


次男は4歳のときに 喘息と診断され


1ヶ月入院となり 点滴生活を送った。


二人とも ほぼ完治したが


注射への恐怖は


小学校低学年まで続いた。



病院では 親が大きな声を出して


子どもさんに注射を強制している姿も


多く見受けられたが


私は 子どもが泣き止むまで

病院の廊下や外に出て

1時間以上もあやしたり遊んだりして

どうにか注射を終えたこともあった。



先日 家で


インフルエンザの予防注射の話となり


子どもに小さい頃の注射のエピソードを


話してみたが


あまり記憶にないようであった。


親は子どもの些細なことでも記憶しているが


子どもはそうでもない(笑)


ウソもためになる


私自身も 時折、母から


「こんなこと覚えている?」


と問われるが、記憶に無いことが多い…


そんなとき


「そういえば、そうだったかな…」と


返事を濁らすことにしている。


母の中では、その記憶のことが


大切な宝物の1つのように


毎回、話に出てくるからである。


「知らないなあ」と返事をしたら


きっと その時点で会話も途切れて


母の気持ちもダウンすると思うので


嘘も使い方しだいで ためになる。

あれは何年前だったろうか? 


母が美容院に行ったときのこと。


「白髪の方がお似合いですよ」


お店の人にすすめられ


髪を染めることをやめた。


その日から 白髪の母の姿を


見ることとなった。


1人親・父さんの育児回想録(未来に=ミラクルに)-白髪

真っ白でキレイな白髪は


母には似合っている


しかし 私には


その姿がなぜか弱々しく感じた…


若い頃 無理をしているし


背骨も圧迫骨折を繰り返し


5本もなくなり背中が曲がってきた。


母の口から弱音を聞くことは


ほとんどない、


なんと忍耐強い人なんだろうと


いつも感心する。



幾つもの試練を乗り越えてきた


人生の達人である母よ


あなたの笑顔は


ときに私の心を絞めつける…


無理をしていないだろうか?


どこか痛みがあるのでは?


そんな心配事をたずねてみても


あなたは 決まって


「大丈夫! 大丈夫!」


私の心には ?が残る…


でも、


それが母の大きな「愛」なんだ!


と、自分に言い聞かせる…



先日12月12日


そんな母と初めての温泉宿泊。


バイキングで


料理に手が届かないくらい


母の身長が縮んでいた。


宿のスタッフの細やかなもてなしに


食事も楽しく出来て母も喜んでいた。


根っからの人好きな母は


温泉から出たあとも


初対面の泊まり客と和気あいあいと


話をしていた。


人とおしゃべりをすることが


母の一番の健康法かもしれない。