今日は自閉症の息子くんの話ではなく

下の妹(1歳10カ月)のお話し。



去年末に卵巣に腫瘍がみつかった。


忘れもしない11月1日の夜に
突然の嘔吐
夜中1時間から2時間毎に吐いて
さすがにおかしいと思って
明け方の5時に市民病院の救急外来に。
吐き気止めの坐薬をもらって帰った。

9時にはかかりつけ医にかかり
胃腸風邪かな?ということで点滴をして
夕方まで吐いていたらまた来てと言われ帰った。

夕方になっても吐き続けたため、再度かかり、入院が必要だと言われ市民病院へ紹介状を書いてもらって行った。

市民病院では、急性胃腸炎と診断される。
入院は親御さんの希望があればと言われたため
希望する旨を伝えると
感染症が流行しているため、うつってしまう可能性も考慮した上で入院してくださいと言われた。


入院1日目は夜間だったため、点滴を取りそのまま就寝。
翌日は、嘔吐はなくなったが
何も食べれなかかったためだと思う。
高熱は続き、点滴も手の向きによって全然落ちず、かといって刺し直してももらえなかった。
脱水もあるから、入りにくいとのことだった。

それより、意識が段々朦朧としていくのが気掛かりで仕方なかった。
それを看護師に伝えても、脱水があるから仕方ないと言われ、嘔吐はあったものの便は出ていなかったため、主治医からは浣腸の指示が出た。
浣腸してもそんなに便は出ず、ただただ、眠る時間が増えていった。
その日の夕方、個室から大部屋に移ってほしいと看護師に言われ移った。その部屋は六人部屋で肺炎やRSウイルスの子もいた。

心配で心配で一睡もできなかった。

3日目の朝、さらにぐったりしているのに
点滴しか確認しない看護師に苛立ち
ナースコールを何度も押した。
申し送りの時間で忙しいのは分かる。
でも全然来ない。
何度もおかしいと伝え、
ようやく回診を少し早めてもらえることになった。
回診はたまたま病棟医長の日で
状態を伝えると
すぐ検査しようとなった。
それからはバタバタ。
採血、尿検査、便培、血培、レントゲン、睡眠導入剤使用しての造影CT、エコーまでやって
盲腸?じゃないかとなった。
その当時1歳7カ月。月齢的にうちの病院での手術は難しい。他院への転院が必要と伝えられ
救急車で移動。

他院での検査で卵巣腫瘍と診断された。
すぐに緊急手術が必要であり、状態によっては、卵巣を切除する可能性もあることを伝えられる。


24時間ずっと付きっきりでの疲労、精神的にも参っていた中、トドメを刺された気分だった。

もう正直訳がわからないと叫びたかったが
そんな猶予もなく
ただただ受けいれるしかなかった。
ブログを書くことで、
吐き出せる思いもあるけれど


今までを振り返りながら書くことは
すごく考えさせられる。


あのころは精一杯の毎日だった
反省しても仕方ないけれど

もしもっと早く分かっていれば
また違った子育てができていたのかな。





でも正直、やっぱり
「発達障がい」
という言葉が重くのしかかることもある。
ここに書くことは、いろんなことを引っくるめて、受け止めながら、考えながら書くから
辛くなるときもある。


プラスに考えたい。
マイナスに考えたって、子どもにとっても
自分にとっても苦しいだけ。

分かってる。





「自閉症スペクトラム」

と診断が付いて落ち込んでいたとき
療育の園長先生に
「正直、診断がつくかつかないかなんてあまり問題じゃない。診断がついたって軽い子もいるし、診断がつかなくても、より黒に近いグレーだと重い子もいる。親がさほど大変と感じなければ診断もつかない子だっている。」
と言われたことがある。



今になって思うけど
診断はついて良かった。
よくないけど良かった。

「障がい」
とつくことでショックもあるけれど
ありのままの彼と向き合えた。
そして、彼を否定しなくなった。
少しでもできたことに喜びを感じられるし
当たり前が当たり前じゃないから。
それに、彼がこの先どんなことに困って
どんな支援が必要なのか

たくさんたくさん、彼のために出来ることがある。分かった。



障がいという言葉に傷つきながらも
救われている部分もある。
気持ちの葛藤。



こうやって、落ち込んだり自分を励ましたり
そんな毎日です。
何が言いたいのか、まとまらなくて
ごめんなさい😞



何だか今日は

市役所の子ども支援課に手続きへ行って

「普通の子でもこうだから。」
「かわいそうだけど」



なんて言われた言葉が引っかかったりして


たまたま今日は癇癪がひどくて
1日身体も心も痛かったりして




そんな日だから、余計に。
療育に通い始めて、
最初は午前だけ。
慣れてきたらお弁当持ちで午後まで。


朝はまず外遊びで体を動かし
お部屋に入って知育オモチャで遊ぶ
みんなが集まったら体操をし
朝の会をする。
午前遊びと午後遊びはそれぞれ毎回内容が違って、日常では使わない筋肉を動かすことで発達を促したり、集団で活動することに慣れさせる。
癇癪もちの子どもが多い中、どんな風に声かけをすれば良いかなどアドバイスを頂きながら。


声かけ1つでも、子どもの反応は違う。
あと、親が❌ダメとしたことを、子どもが泣くから、癇癪を起こしたからと違う日に◯と許してしまうと、子どもは泣けば、癇癪を起こせばまた許してもらえると思ってしまう。
この❌→◯の対応は結果、親が疲れてしまう結果になるからいけない。

お弁当も、子どもが好きなもの、食べれるものだけを入れてきてくださいと指示があった。
何でも食べられる子に育てたいと思っていたわたしには衝撃だったが、
お弁当を全部食べれたという事実が子どもの自信となり、食べることは楽しいんだという満足感が得られる。



サワリしか書いていないけれど、子ども目線で見ると、療育って素晴らしい!







けど、わたしにとって
はじめは
はじめは!

地獄だった。




夜泣きが多くて朝が苦手な息子を
毎回決まった時間に朝、出られるように準備しなければならず、本当に本当にしんどい。

産まれて1年の下の子をおんぶして(←療育の妨げにぬらないようにずっとおんぶ!しかも前抱っこはだめでおんぶ!)息子に付きっ切りの活動。

体を動かす活動が多くて、息子の癇癪に対応したり、多動で動き回るのに必死に付いていき、下の子は歩きたい盛りだから背中で暴れる。

お弁当作りも、食べられるものが限られているから、毎回何を入れようか悩む。

先生方からの助言はありがたいけれど、それまでの育児を否定されたように感じ(←これは間違いなくわたしの被害妄想)落ち込む日々。

子どもも慣れない場所や活動ではじめはしんどかったと思う。
でもでも
親にとっても試練の日々だった!





これだけ書くと療育に行ったことを後悔しているように感じる人もいるかもしれないけど

療育に通って1年。
はっきり言って後悔なんて全然ないです。
1ミリもありません。
むしろ行って本当に良かった。救われた。
神さま仏さまのような存在です。
このことは後々書きたいと思います。

このブログは過去のことなので
そのときはそう思っていました。
という話です。