ACT5 決戦

 猛とアシュレイの一騎討ちの終結は、そのまま白兵戦の終結となった。帝国の奇襲は、ハヤトを壊滅させるという当初の目的を果たすまでには至らなかったが、かなりのダメージをハヤト側に与えることになった。
 左舷砲塔の損傷など、物的被害もさることながら、人的被害は一層深刻だった。バリアを弱めるためには人を減らすことだ、というアシュレイの指示が徹底されていたこともあって、犠牲者は、全乗組員の半数に上った。残りの半数も体中に傷を負い、まさに満身創痍というところであった。
 何よりの痛手は、都市帝国のバリアを破るための波動砲改造が遅れたことである。

 ホスピタルで目覚めた舞は、長い間自分を苛み続けていた痛みが、霧のように消え去っていることに気付いた。鎮痛剤がよく効いているのだろう。目覚めた頭もスッキリして、手足の先まで透明なエネルギーで満ちているような気がした。
(ハヤトは、都市帝国は、今、どういう状態なのかしら……?)
 舞が考えたのは、そのことだった。
 白兵戦の片は何とか付いたようだが、皆は無事だったろうか? こんなところまで敵の侵入を許してしまったということは、さぞかし激しい戦闘が繰り広げられたに違いない。乗組員たちの安否や、艦の被害の程度が気遣われる。
 先行する都市帝国の位置も、気に掛かった。ハヤトは地球の手前で追いつけるのだろうか。
 舞は、ベッドの上に体を起こした。
 長い間横になっていたために、さすがに筋肉に力が入らないような感じだったが、起き上がっていても、さして辛い感じはしなかった。
 舞は、のろのろと起き出すと、ロッカーに掛けてあった自分の制服を引っ張り出した。予備の物を、美央が用意しておいてくれたのだろう。
(大丈夫。私はもう大丈夫……。)
 着替えながら、舞は、自分自身にそう言い聞かせていた。
 一刻も早く、第二艦橋に、皆の側に戻りたい。戦闘の役には立たないが、ハヤトの戦い振りをそっと見守ることはできる。
「舞! 何しとるんじゃ!」
 そこへ佐渡が入って来て、血相を変えて舞を怒鳴りつけた。
「先生。お願いです。私を第二艦橋へやってください。」
「何を無茶なことを言っとる。楽になったように思えても、薬が効いとるだけじゃ。そんなことは無理じゃ。」
 佐渡は、激しく首を振った。
「先生……。」
 舞は、じっと佐渡の顔を見つめた。どこか遠くを見るような、澄んだ眼差しであった。
「飛翔が……、飛翔が最後に言ったんです。もう二度と、猛さんの側から離れるな、って。」
 佐渡は、ギクリと口を噤んだ。
「飛翔は、私をハヤトに帰すために死にました。せめて言った通りにしたいの。美央の横でおとなしくしていますから。お願いします。」
 そう切々と訴えられては、佐渡も、その願いを無下に退けるわけには行かなかった。いずれにせよ、ここにいても、第二艦橋にいても、危険なことには変わりない。それならば、第二艦橋で、仲間の側、愛する人の側で過ごした方が、舞にはずっと幸せなのかもしれない。
「……わかった。」
 佐渡は嘆息し、同意した。
「じゃが、絶対におとなしくしとるんじゃぞ。言うことを聞かなかったら、すぐに連れ戻すからな。」
 佐渡は、アナライザーを呼び、舞を第二艦橋へ連れて行くように命じた。
「ワカリマシタ。」
 アナライザーは、軽々と舞を抱き上げると、ホスピタルを出て、第二艦橋に向かって進み始めた。佐渡も、心配そうに後からついて来る。
「舞サン、大丈夫デスカ。無理ハイケマセンヨ。」
「ありがとう、アナライザー。心配掛けてごめんなさい。」
 人間臭く舞の身を案じるアナライザーに微笑み返しながら、舞は軽く目を閉じた。アナライザーのキャタピラーがカタカタと振動するのが、舞には、夢の中に誘い込まれるように心地好く、単調なその音に乗せて、どこからか、歌が聞こえて来るような気がしていた。
 意識の宇宙で高らかに響いていた、生命の歌が――。
 第二艦橋に着くと、全員が、目を丸くして舞を見た。ピリピリした空気が、その時だけ、振動するのをやめたかのようだった。
「舞。もう大丈夫なのか?」
 幻でも見るような、ポカンとした表情で、猛が尋ねた。
「ええ。皆さんにはご心配をお掛けして、申し訳ありません。」
「猛。舞は、皆の側にいたいのじゃそうじゃ。舞も立派なハヤトの戦士じゃからな。」
 佐渡が言うと、仲間たちは声もなく頷いた。苦しい負傷の身を押して、艦橋へやって来た舞の気持ちが、痛いほどわかったからである。
 アナライザーは、レーダー席の横の補助席の背を倒すと、舞を寝かせてやった。美央が、その傍らから毛布を掛けてやる。
「舞。大丈夫なの? あんまり無理しちゃ駄目よ。」
「美央?」
 妙に間延びした声と、いつも闊達な彼女に似合わぬ曇った瞳に、舞が不審を抱いた時、地球からの緊急通信が入った。
『土方くん……。』
 明るくなったメインパネルを振り仰ぐと、郷田の厳しい表情が映し出されていた。
『たった今、彗星帝国から、降伏勧告のメッセージが送られて来たところだ。』
「何ですって?!」
 メインスタッフたちが思わず声を上げると、郷田の合図で、その時のやり取りの模様が映し出された。
 スクリーンには、彗星帝国の空母と護衛艦らしき艦が映り、ややあって、その将軍と思われる男の顔が浮かんだ。
『我が紫色彗星帝国大帝グレゴリウス・ド・ズールの命により、汝ら地球人類に告ぐ。生存か破滅か、選択する時が来た。地球時間三時間以内に決断せよ。回答なき場合は、我々の実力を行使する。』
「三時間?!」
 一同の間に、悲鳴に似た声が渦巻いた。郷田は黙って頷き、
『土星空域で我が防衛軍艦隊を全滅させた都市帝国は、各惑星基地を破壊しながら地球に接近し、現在、月の軌道のやや外側で停止している。地球には、もはやハヤトしか残されていない。』
と、悲痛に続けた。
「わかっています。今、都市帝国のバリアを打ち破るために、波動砲を改造中です。それが済み次第、ハヤトは、直ちに地球へ向かいます。」
 土方が努めて力強く告げると、郷田は、憔悴し切った顔で頷いた。
『頼むぞ。地球の全人類は、ハヤトの帰還を待っているのだ。』
 苦悩そのものの郷田の顔がメインパネルから消えて行くと、猛は、機関室の独に連絡を入れた。
「ミスター! 波動砲の改造完了まで、あと何時間くらいかかりそうですか?」
『三時間だ。』
 独は、邪魔をするな、と言いたげに、無造作に額の汗を拭った。
「そこを何とか、二時間半で終わらせてください!」
『猛! 無理を言うなよ。』
 さすがに驚いた顔で、独は言い返した。
「無理は承知の上です。彗星帝国が、降伏か全滅か、三時間と期限を切って、最後通告を寄越したんです。」
『何だと? 本当か?!』
 独の声が上ずった。
「とにかく、ハヤトは、二時間半後に都市帝国に向けてワープします。」
『わかった。俺の意地の見せ所だな。何としても終わらせる。』
「お願いします。」
 猛が通信を切った時、
「都市帝国のバリアの発生装置らしきものを確認しました。」
と、美央が報告した。
「この都市帝国の前面を見てください。ここに、エネルギーの流れの特異点らしきものが見えています。」
 美央が指差す、上半分の都市部と下半分の小惑星部分の境目付近に、バリアのエネルギーの流れが渦状に噴出しているらしい点が観察された。
「都市帝国が停止したために、バリア表面のエネルギーの流れの揺らぎが収まって、よく見えるようになったものと思われます。」
「よし、海堂。よくやった。」
 土方が労った。
 舞と同様、美央の様子がどこかおかしいことに気付いて心配していた剛也も、これなら大丈夫だろう、とホッと息をついた。
「都市帝国が停止してくれたお蔭で、やっと弱点が掴めた、というわけか。」
「あそこに波動砲のエネルギーを集約して撃ち込めば、バリアを解除できる……。」
 一筋の希望を見出した表情で、皆も頷き合った。
「よし、後は、波動砲の改造作業終了を待って、彗星の前面にワープし、同時に波動砲で攻撃する!」
 猛の言葉に、一同は力強く頷いた。
「ワープまで、あと二時間二十五分。」
 剛也が秒読みを開始した。

 それから、息詰まるような二時間が経過した。ワープまであと二十五分、独からの改造終了の報告は入って来ない。
 メインスタッフたちは、じりじりと焦る気持ちを抑えて、待ち続けていた。
「ワープまであと五分。」
 剛也が告げる。
 ワープまでに波動砲の改造が終了しなかったら、どうなるのだ。負けを覚悟で、不完全な波動砲のまま敵と対するのか、ワープを延期すべきなのか……。
 そこへ、
「波動砲の改造が終了したぞ!」
と、ようやく独が戻って来た。苛々しながら待っていたメインスタッフたちが、それぞれの席から振り返って、笑顔を見せる。
「ワープ五秒前!」
 元気を取り戻した剛也の声が響いた。
「三、二、一、〇、ワープ!」
 ハヤトはワープした。
 短い距離のワープだけに、襲って来る不快感は、意外な早さで薄れてゆく。やがて、陽炎のように揺らいでいた周囲の景色が通常に戻った時、メインパネルは、金のバリアに守られて目映く輝く都市帝国を、正面から捉えていた。
「艦の姿勢を保て! 狙いを外すなよ。」
 土方が念を押すように言った。
 猛は頷き、波動砲のターゲットスコープを覗く。
「ターゲットスコープ、オープン! 目標、都市帝国バリア発生装置!」
 狙いを定めながら、猛は、
(焦るなよ……。この一発に、地球と宇宙の命運が懸かっているんだ……!)
と、額にベットリと脂汗を染み出させて、自分自身に言い聞かせた。しかし、緊張のあまりどうこうなってしまうようなことはない。
「発射五秒前。……三、二、一、発射!」
 猛が引き金を引くと、波動砲は唸りを上げて宇宙空間を突き進んだ。エネルギーの束は、一度広がってから途中で集約し、ドリルのように、都市帝国のバリア発生装置に突き刺さった。
 数秒の後、波動砲の命中した部分が、激しい黄金色の光を放った。それが急速にバリア全体に広がって行き、メインパネルは真っ白になった。
 乗組員たちは、固唾を呑んで結果を見守った。
 波動砲は、バリアを破壊できたのだろうか?
 やがて、光が四散すると、金色の光は消え失せ、そこには、見覚えのある、ビルの林立する都市帝国の姿があった。
「やった! バリアを破ったぞ!」
 剛也が叫んだ。
「よーし! アストロ・レオ発進準備! 全砲門開け!」
 猛も雀躍して指示を出す。
 ところが、その時、都市帝国がゆらりと回転し、巨大な砲らしき物をハヤトに向けた。攻撃をして来るのだろう、と、皆が身構え、ハヤトの周囲にバリアが張り巡らされた時、
「ああっ! いけない!」
と、補助席にガバと身を起こして、舞が叫んだ。
「金の力です! 金の力が来ます!」
「何だって?!」
 全員は顔色を変えた。
 前回は、完全な状態のバリアで、ようやくその力を退けることができたのだ。だが、乗組員の半数以上を失った今の状態では、バリアの防御力は、半分にも満たないだろう。それでは、再び対抗できるわけがない。
「ウワアッ!」
「キャアッ!」
 一瞬の後に、物凄い金の光がやって来て、ハヤトは激烈な光に包まれた。
 心を失って深い眠りに落ち、今や帝国の思うままに操られる金の娘の力は、最初にハヤトに向けられた時より、遥かに強力で、冷たく、機械的だった。その強大な力は、アシュレイの執念で防御力の弱まったハヤトのバリアを、容赦なく圧迫する。
(駄目だ……。このままでは……!)
 舞は、激しく火花を散らす光を見て、そう感じた。
 このままでは、持ちこたえられない。ハヤトは敗れ、地球も滅びる。皆、死んでしまうのだ。
 猛も……!
 舞は、金の力に精一杯抵抗しようと努めながら、思いを巡らした。
 どうすればいい? どうすれば、この局面を切り抜けられる?
 どうすれば、皆を守ることができる……?
 その短い思考の果てに、彼女は、自分が奇跡的にハヤトに戻されたことの意味を悟ったのである。
 この事態を切り抜ける方法は、一つしかない。
(ラ・ムーの星!)
 舞は祈った。
 今ここでハヤトが滅びてしまったら、都市帝国は、やがて彗星の姿を取り戻し、再び宇宙を蹂躙して回るだろう。そんなことは、絶対にさせられない。それを可能にするのはラ・ムーの星だけ、そのために、自分はハヤトに戻って来たのである。
(皆を、猛さんを守って! もう一度、もう一度だけでいいから……!)
 ハヤトの中央作戦室で、銀のラ・ムーの星が瞬き、金のバリアに、わずかに銀色が加わった。
「舞っ?!」
 気配を察した猛が制止しようとしたが、既に遅かった。銀の力を加えて、強度を回復したバリアは、再び金の力を撥ね退けた。
「舞!」
 ハヤトの後方で、金の力の余波を受けた月が爆発し、飛び散った無数の破片の一部が、ハヤトを揺るがせる。その衝撃で、舞がシートにぐったりと倒れ込むのを見て、猛は、舞の席へ飛んで行った。
「舞。舞っ!」
 血の気の失せた白い頬をさすると、舞は、うっすらと目を開けた。
「猛さん……。」
 明らかに力を失ったその瞳を見て、猛の目に涙が込み上げた。舞は、また、自分の知らないところでラ・ムーの星を使い、一人で行ってしまおうとしているのだ。
「こんな体でラ・ムーの星を使うだなんて、無茶だ……。」
「ごめんなさい……。」
 猛の涙を見て、舞の目も曇る。
 自分を守って、なお生き延びてくれた猛。自分も生き延びて、その愛に応えたかったが、それはもうできそうにない。それが猛にとってどんなに辛いことか、よくわかるだけに、いつもこうした思いをさせてしまうことが心底申し訳なく、それ以上に、彼女が最も恐れていた別れの瞬間が訪れようとしているのが悲しかった。
「でも、これからよ。本当の戦いは……。」
「うん。」
「地球の……、皆の願いが込められているのよ。戦って……、必ず勝ってください。」
 途切れ途切れのかすれた言葉に、猛は声もなく何度も頷いた。
 それを認めて、舞は、安心したようにわずかに微笑んだ。
「猛さん……、お願い……。」
 この世の命が失われても、二人はいつも一緒にいられるだろう。舞は、微笑みを浮かべたまま、目を閉じた。その指から、スッと力が抜けて行く。
「舞! 舞っ!」
 猛は、舞の体を力一杯抱き締め、慟哭した。見守るメインスタッフたちも、茫然と立ち尽くす。
 ハヤトは、再び舞とラ・ムーの星によって守られたのである。今度こそ、その命と引き換えに……。