ACT4 復讐

「わかった?! バリアの弱点がですか?」
 ハヤトの中央作戦室で、猛が声を上げた。
 中央作戦室には、艦長土方を始め、メインスタッフたちのほとんどが集められている。独が、二時間かけて徹底的に行った、調査の報告をしているところだった。
「うん。バリア発生の形状を分析した結果、この部分に、都市帝国全体を包むためのバリア発生装置があるはずだ、ということがわかった。まだ確認はできていないが、理論上、ここ以外にはあり得ん。まず間違いない。ここに、波動砲のエネルギーを集約して撃ち込む。」
 独は、床面のパネルに映し出された都市帝国のモデル図を指差した。
「集約?」
「そうだ。地球艦隊のように拡散させるのではなく、これまでの約二十分の一の範囲に集約して、ドリルのように撃ち込む。エネルギーの効率は、二十倍になるはずだ。それで、バリア発生装置を破壊する。」
「やりましたね、ミスター!」
 猛は小躍りした。あの無敵のバリアを破らない限り、ハヤトに戦う方法はない。しかし、バリアさえ解除できれば、戦い方はある。
「だが、波動砲を撃った直後は、身動きできん。もし、上手く行かなかったら、ハヤトも地球艦隊の二の舞だ。」
 独はまだ険しい顔を崩さなかったが、猛は、光明を見出した明るい顔で、それに続けた。
「ハヤトにだって、金のバリアがありますよ。少しは弱まっているかもしれないけれど、ゼロになったわけじゃない。その強度は、質と量に比例する。レムリアはそう言いました。量の分を質で補いましょう。」
 猛の言葉に、他のスタッフたちの顔も、次第に生色を取り戻した。
 ハヤトの金のバリアは、弱まったとは言え、全く使い物にならない、というわけではないのだ。ここはいちかばちか、波動砲で敵のバリアを解除し、裸の都市帝国と勝負する以外になかろう。
「神宮寺。波動砲改造完了までの時間は?」
「あと三時間、次のワープまでには完了できます。」
 独の返答に、土方は頷いた。
「頼むぞ。都市帝国が地球に接近するまでに、何としてでも改造を完了させるのだ。」
 都市帝国の地球接近まで、推定四時間。三時間で改造を終え、直ちにワープすれば、地球の寸前で、都市帝国を止めることができるかもしれない。
「はい!」
 独が、決意を込めて頷いた時だった。
「うわあっ!」
 ハヤトは、突然激しい振動に襲われ、乗組員たちは、全員、床に投げ出された。
「どうした?! 何が起こったんだ?」
 猛が機敏に立ち上がると、第二艦橋に待機していた諒からの連絡が入った。
『てっ、敵艦です! 敵の艦が一隻、突然、前方からワープアウトして来ました! ハヤトの真横に、艦体を接して停止しています!』
 第二艦橋に残された諒は、怠りなく、周囲の空間を監視していた。すると、前方の空間が微かに揺らいで、そこから一隻の艦が現れたのである。艦は、わずかにハヤトの艦側を逸れて、艦体をこすり付けるようにして停止した。ハヤトのバリアは、常時張り巡らされているわけではなく、具体的な敵が現れた瞬間に発現する。ハヤトがカーレルに白兵戦を仕掛けた時は、それが幸いしたが、今回は、その時とは全く逆に、災いした形になった。

「ハヤトめ……。」
 恨みに燃えた冷たい声が、低く通る。
 それは、アシュレイの指揮する第七艦隊の新しい旗艦、『レクセル』であった。かつてハヤトが金の艦カーレルを攻め立てた時と同じように、アシュレイも、ハヤトへ白兵戦を仕掛けに来たのである。
 ただ一艦ながら、放置しておいてはこの先どんな障害になるかわからぬ、金と銀の星、そして、銀の娘を擁するハヤト。それを潰しに、彼らはやって来た。
 しかし、アシュレイにとって、それは復讐であった。自分から誇りと名誉、何より、宇宙でただ一人の最愛の者を奪って行った者たちへの、それは、復讐以外の何ものでもないのであった。
「全員、ハヤトへ乗り移れ!」
 アシュレイは、自ら陣頭に立ち、声を枯らした。
「一番守りの厚い所が、星と娘の位置だ。そこを狙えばよい!」

 不意を突かれて、ハヤトの艦内は混乱した。
 彗星帝国は、総力を挙げて、地球へ戦いを挑んでいるはずだ。今のこの段階で、なぜ、遠く遅れているハヤトを狙わねばならないのか?
(復讐だ!)
 猛がそう直観した時、諒が狼狽した声で告げた。
『敵がDブロックに侵入して来ました!』
 その瞬間、猛は確信した。
 狙いは、舞、そして、金と銀の星だ。ハヤトがこれらを保持する限り、彗星帝国は、常にハヤトを意識していなければならない。後顧の憂いを絶つために、乗組員を殺傷して、これらを奪うか、殺し、破壊するつもりなのだろう。
「全艦、白兵戦準備! 敵の狙いは、星と娘だ。ホスピタルと中央作戦室を中心に、防御ラインを敷け!」
 猛と同じことを考えたらしく、土方も、すぐさまそう指示を出した。
「我々は、都市帝国と戦わねばならない。こんな所で倒れるわけには行かん! 皆、それを忘れるなよ!」
 最後にそう言い残して、土方は急いで第二艦橋に戻り、猛を始め、メインスタッフの面々も、足りぬ手を補いに、艦内の各所に散って行った。
 猛と恭一郎の短い協議の結果、中央作戦室の守備は空間騎兵隊が、ホスピタルの守備は戦闘隊が、それぞれ担当することになった。待機していた場所からの距離を考えて、それが、最も短い時間で、防御ラインを完成する方法だったからである。
 空間騎兵隊の到着を待って、猛は、ホスピタル地区に急行した。独と麗もそれに従い、剛也は、恭一郎と共に、中央作戦室の守備に当たることになった。

「剛也くん!」
 配置に着こうとした剛也を、後ろから美央が引き止めた。
「美央! 第二艦橋へ戻ってろ!」
「イヤっ。」
 美央は、剛也の制服の袖を握り締めたまま、激しく首を振った。
「君には戦闘は無理だ! 危ないから、艦橋へ戻れ!」
 剛也は、ことさらに強い口調でそう言ったが、美央は、黙ったままで、なおも首を振り続けた。
「一体、どうしたんだ。君らしくもない……。」
 言いかけて、剛也は、涙で濡れかけたそのつぶらな瞳に気付いて、ハッとした。かつて、展望室で、得体の知れない恐怖に取り憑かれ、泣いていた美央を思い出したのである。
 舞も猛くんも、剛也くんも飛翔も、私も、皆死んでしまう――。
 あの時、美央は、そう言って怯えた。
 今、その予感通り、現実に飛翔が死に、舞も死にかけている。いや、あれは、ただの悪い予感などではない。彼ら、ハヤトの乗組員たちが持つと言われている「拡大された認識」が鋭敏に捉えた、未来のビジョンだったのではないか?
 未来には、滅亡が待っている。皆死んでしまうのだ……。
 その恐怖が美央の心を支配しているのを、剛也は理解した。
「大丈夫だ。俺は死なない。猛も恭一郎も、ミスターも麗さんも、誰も死なない。舞は猛が絶対に守る。俺たちは、都市帝国と勝負しなくちゃならないんだ。こんな所でくたばるわけには行かないからな。必ず勝って生き延びる。だから、君は第二艦橋に戻っていてくれ。」
 剛也は、美央の怯えを労るように口調を和らげたが、美央は、そんな言葉も耳に入らぬように、剛也の制服を握り締めたまま、首を振り続けた。
「美央! いい加減にしろ!」
 この非常時にこれだけ噛んで含めるように説得しているのに、と思うと、精一杯の労りが裏切られたようで、猛烈に腹が立った。剛也は、乱暴に美央の手を引き剥がし、その手首を掴んでエレベーターの前まで引きずって行くと、有無を言わせず中に放り込んだ。
「剛也くん!」
 叫ぶ声を振り切るように、顔を背けてボタンを押すと、ドアが閉まり、エレベーターは上昇を始めた。
「美央……。大丈夫だから……。俺は死なないから。」
 ホッとそれを見送りながらそう呟いた後で、剛也は、それが単なる己の希望に過ぎないことに気付いて、慄然とした。
 皆、死んでしまう。
 美央のその怯えこそが正しく、生き延びてみせる、という自分の決意の方が、ただの強がりなのではないか? 不意に、そう感じられたのである。事実、飛翔は死んだのだ。
「冗談じゃない! 死ぬものか! 絶対に。死んでたまるか!」
 剛也は、小さく首を振った。無理矢理にでもそう言わないと、美央の抱える恐怖が乗り移り、それに支配されてしまいそうな気がして、怖かったのだ。
「剛也! 来るぞ!」
「おう!」
 恭一郎の呼び掛けに応えて、剛也は、心に浮かんだ弱気を振り払い、コスモガンを抜いて配置に着いた。
「死んでしまう……。皆……。」
 上昇を続けるエレベーターの中で、美央は床に座り込み、虚ろな瞳でそう呟いていた。

 独と麗は、猛にわずかに遅れて、ホスピタルに向かっていた。独が負傷して以来、麗は、影のように常に独の側に付き従っている。
「麗! どこかへ隠れてろ!」
 独は怒鳴ったが、麗は澄まし顔でついて来る。
「何言ってるの。それはこっちのセリフよ。独こそ半病人みたいなものなんだから、少しはおとなしくしてて欲しいわね。」
 麗の射撃の腕は、メインスタッフの中では誰にも劣らなかったし、運動能力も格段に優れていたから、実際のところ、独の心配は余計なお世話である。むしろ、麗が心配したように、この場合は、独の怪我の方がよほど危ぶまれた。二度の手術で、さすがに出血は止まっていたが、痛みは完全には引いていない。そのため、銃の照準がぶれるのである。ただ、これはあくまでも軽口で、麗は、独をおとなしくさせられるとは、露ほども思っていない。
「気をつけて。敵が近いわ。」
 麗が注意した。
 ホスピタルに近づくにつれ、銃撃の音が大きくなり、微かに爆薬の匂いも漂って来る。ホスピタルの入口付近は、激戦区と化しているのだろう。
「麗っ!」
 その時、一発の銃弾が、麗の至近をかすめて飛んだ。独は、麗を死角に押し退け、銃弾の飛んで来た方向に、コスモガンを発射した。それが命中したのか、辺りは、一瞬静かになった。
 独は、慎重に様子を覗った。
 付近一帯には、先に金の艦の攻防戦で一時白兵戦になった時よりも、数倍強い殺気が漂っている。恐らく、相手は、星と娘の奪取だけでなく、バリアを弱めるために、ハヤト乗組員の殺戮をも狙っているのだろう。そう直観された。
「気をつけろ。敵は、俺たち全員を殺そうとしている……。」
 独が言いかけた時、コツン、という小さな音がして、何かが転がって来た。
 音のした方向に目を向けた二人は、息を呑み、青ざめた。それは、一個の手榴弾だったのである。
「危ない!」
 麗が独を死角に押しやり、手榴弾に飛び付いた。
「麗っ!」
 独は、叫んで手を伸ばしたが、肩の痛みが邪魔をした。次の瞬間、大爆発が起こり、そのショックで、衝撃防止シャッターが閉まった。
「麗っ!」
 もうもうと煙と炎の立つ中で、独は茫然と立ち竦んだ。
 今の爆発の衝撃をまともに受ければ、何ものも無事ではいられない。恐らく、シャッターの向こうは滅茶苦茶になっているだろう。
「麗ーっ!」
 独が絶望的な気持ちでもう一度叫んだ時、黒い噴煙の中に、むっくりと起き上がる人影があった。
「ふう。やれやれ、危機一髪……。」
 麗だった。
 手榴弾に飛び付いた麗は、素早くそれを投げ返し、シャッターが閉まる直前に、その下を身軽にくぐり抜けていたのである。麗は、煤で真っ黒な顔を手で二三度拭い、微かに血の滲んだ指先を舐めると、独の方を向き直った。
 そこには、安堵のあまり、独が棒のように立っていた。
「イヤだわ、独ったら。情けない顔……。」
 思わず笑いかけて、麗はハッとした。
 それは、常に冷徹な科学者として、ハヤトの勝利に貢献し、ミスターサイエンスと異名を取った、地球きっての天才科学者の顔にしては、あまりにも情けない表情であった。
 後悔と絶望と、そして、安堵がごちゃ混ぜになった、茫然としたその表情。同じように煤で黒くなっているその顔に、二本の筋が光を弾いて走るのを、彼女は見た。
 この瞬間に、長かった二人の勝負は、終わりを告げたのである。
 いつも、崩すか崩されるかの勝負を続けて来た二人。先に崩れた方が負けだった。
 無論、勝負は独の負け――。
 だが、それは、同時に、彼の勝利と麗の敗北をも意味していたのである。
 独の涙を見た瞬間、麗は、これほどの男が、どれほどの時間をかけて、自分を深く愛し抜いて来たかを、正確に認識した。それが、どれほど尊く、かけがえのないものであるかも。
 そして、彼女は、初めて自分の本当の心を知った。
 自分もまた、深く独を愛していたことを。どれほど必要として来たかを……。
 負ける時が勝つ時、勝つ時が負ける時。
 二人は、この時が来るまで、それを知らなかったのだ。
「独……。」
 心というものは、近くにあるほど、見えにくいものなのだろうか?
 そう思いながら、麗は、ゆっくり歩み寄って長身の独を見上げ、まだ流れ続ける頬の光をそっと触った。その光が発する熱が、麗の磨かれた指先に、ほのぼのと伝わって来る。それが、言いようもなく愛しかった。
「絶対に負けれらないわ、私たち。必ず勝って、一緒に地球へ帰るのよ。そうしたら、その日のうちに、あなたの部屋へ越して行くわ。」
 麗は、独の胸に頭を持たせ掛け、そう言って微笑んだ。いつも以上に華やかで美しい、そして、穏やかな笑みであった。
「約束よ、ね?」
 安堵と、信じられないほどの幸せが、独の全身に降り注ぐ。一度、平衡を失って崩れた心を立て直すのは、容易なことではなかった。涙は止まらない。独は、麗を抱き締め、その肩の上で、無言でただただ頷いた。

 ホスピタルに続く通路に、カツン、カツンという規則正しい音が響いていた。微塵の焦りも感じさせぬ、憎いほどに落ち着き払ったその響きは、決して乱れることなく、確実に舞の病室に近づいて行く。
「くそっ! コスモガンも手榴弾も効かないのか?!」
 コスモガンも、手榴弾の爆発の衝撃さえも、あっさりと跳ね返す、戦闘用重甲冑に身を包んだアシュレイは、四方八方から攻撃を仕掛けて来る乗組員たちなど眼中にない、といった様子で、ハヤトの艦内に深く侵入して行った。時折、その周囲で青い光が一閃すると、襲い掛かった乗組員が、声もなく通路に崩れ落ちる。
「後退だ! 後退! 舞の病室前のバリケードまで戻れ!」
 戦闘隊員たちの必死の働きで、敵のほとんどは倒すことができたのだが、最後に残ったこの一人には、こちらの攻撃は全く通用せず、接近すれば、青く輝く光剣で倒される。ホスピタルの守備に当たる戦闘隊員たちは、成す術もなく後退し、舞の病室前に築いた急造のバリケードの中に立てこもって、アシュレイを待ち受けた。
 アシュレイにとって、銀の娘の居場所を知るのは、難しいことではなかった。守りの一番厚い場所、すなわち、彼らの後退して行く場所が、目指す場所なのである。
「くそっ。一体、どうすればいいんだ!」
 近づいて来る足音を聞きながら、涼は歯噛みした。
 とにかく、こちらの攻撃は、全く効かないのだ。ここに立てこもっていても、小型爆弾の一つでも投げ込まれれば、たちまち全滅である。無論、それで舞が守られるのならいいが、そうは行かない。敵は、易々と舞を連れ去るか殺すかするだろう。つまり、ここで死ぬのは犬死に以外の何ものでもない。
(こんな所で死んでたまるかよ!)
 涼は思い、
「飛翔の馬鹿野郎!」
と、思わず口に出して、今は亡き友を詰った。
 サイズが合うからという理由で貸した、涼の予備の戦闘服。
 ちゃんと返せ、と、俺は言ったはずだ。なのに、勝手に約束を破りやがって……。お蔭で、俺は、着替えがなくて困ってるんだ。
 涼はボヤき、飛翔に向けて宣言する。
 俺は死なんぞ! 絶対に。地球が守られたのを、この目で見届けるまでは――。
 そのために、ハヤトは、まだこれから都市帝国と一戦交えなければならないのだ。ここで死んでしまったら、戦う者がいなくなってしまう。だから、絶対に死ぬわけには行かない。
 しかし、どうすればいいのだ?
「猛! 猛はいないのか?!」
 涼は叫んだ。
 こんな時、猛なら、必ず事態を打開してくれるはずなのだが、先刻から、その姿が見当たらないのだ。
「わかりません! さっきまでそこにいたんですが……。」
 答える者の声にも、不安の影がある。まさか、やられてしまったのではなかろうが、と、涼が苦々しげに思った時、
「き、来ました!」
という見張りの声が上がった。
 戦闘隊員たちは、バリケードの隙間から、通路の角を曲がって現れた敵の姿を認めて、青ざめた。変わらぬゆったりとした歩調で進んで来るその男は、妖しく光る剣で彼らの首を刈りに来た、死神そのものに見えた。
「攻撃開始!」
 ただ手を拱いていても仕方がないので、彼らは、コスモガンや手榴弾による攻撃を開始したが、やはり、何のダメージも与えられない。相手は悠然と近づいて来ると、ゆっくり右手を振り上げた。
 小型爆弾が来る! そう直感した涼は、咄嗟に、
「退避!」
と、指示を出していた。
 戦闘隊員たちが転がるようにして退避し、物陰に身を潜めた瞬間、大爆発が起こり、バリケードが吹き飛んだ。アシュレイは、なおも悠然と歩み寄ると、爆風で破られたドアから部屋の中に侵入した。
 見渡すと、さほど広くはない部屋の右奥の端にベッドがあり、そこに、見覚えのある銀の娘が、半身をやや起こした状態で横たわっていた。
「銀の娘……。」
 アシュレイは、甲冑の風防を上げ、その顔をまじまじと見つめた。
 怪我のために顔色は青白かったが、勝気な二つの瞳は、強い光をたたえ、大帝グレゴリウスに侵略をやめるよう迫った時も、こうであったろうと思わせた。
 舞は、身じろぎもせずに、アシュレイを見返した。
 甲冑で大部分が覆い隠されたその顔は、俄かには判別し難かったが、殺気を秘めて冷たく光るグレーの瞳に見覚えがあり、それが、目の前で飛翔と死闘を繰り広げた、彗星帝国におけるイルーラの恋人だったことは、すぐにわかった。
 その男が、こうして自分の前に立つ。それは、間接的にとは言え、イルーラを奪った自分に対する復讐のためだ、と、舞は理解した。理解してなお、舞は、逃げも隠れもせずに、アシュレイの顔を見据えていた。
「私のことを忘れたとは言わせん。ここへ来た理由もわかっているだろう。銀の娘よ。」
 アシュレイは、ゾッとするような冷たい声でそう告げると、青く輝くビームソードを振りかざした。
「ええ。」
 舞は、短く同意した。
 今、アシュレイが感じている思いを、自身で深く見つめようと努めれば、己ら彗星帝国が数え切れないほどの人々にさせて来た同じ思いに、やがては気付くだろう。だが、ここで、それを言ったところで、相手が理解するとも受け入れるとも思えなかった。ただ、こうして復讐に来られずにはいられないほど、イルーラを愛していたのだと思うと、その運命が心底哀れまれた。
 全ては間違いだったのだ。
 それは、イルーラの絶望である。
「愛していたのね……。」
 舞は呟き、覚悟を決めたように、目を閉じた。
 その双眸から涙が溢れ出し、アシュレイは一瞬息を呑んだが、ここまで来てためらうようなことはない。アシュレイが、もう一度青く輝く剣を構え直した時、一陣の風と共に、青い稲妻が一閃した。
 右肩に強い痛みを感じて、アシュレイは、一瞬膝を突いた。
 この重甲冑には、通常の爆弾やエネルギー銃は効かない。太刀打ちできるとすれば、ビームソードくらいのものだが、ハヤトの乗組員がそれを持っているはずもない……?
 そう思って顔を上げた時、舞との間に、アシュレイと同じ青く輝く光剣を構えて立ち塞がる、一人の男がいた。
 それは、飛翔が舞に託したビームソードを手に、駆け込んで来た猛だった。
 猛は、コスモガン等の武器が全く効かない相手が、唯一手にしている武器がビームソードだと知って、もしやと思い、自室に置いたままになっていたビームソードを取って返して来たのである。
「させるか!」
 そう叫んで剣を構える男の瞳には、銀の娘と共に彗星に乗り込んで来た男よりも、数倍強い光があった。
 それは愛であろう。この二人は愛し合っているのだ。
 愛し合っていたというなら、自分とイルーラとて同じである。だが、自分は、イルーラを守れなかった。この男はどうか?
 アシュレイは、皮肉な笑みを浮かべた。
 守らせるものか! この男にもまた、愛する者を守れぬ、その苦衷がどれほどのものか、思い知らせてやらねばなるまい。
 アシュレイは、無言のまま、猛に斬り掛かった。
「猛さん!」
 舞は、横たわったまま、猛の後姿に呼び掛けた。聞き覚えのある金属的な音が、部屋中にこだまする。目の前で、再び繰り広げられる壮絶な戦いに、舞は、顔を背けたい気持ちに駆られた。
 こうして戦い続けて、いつか猛も死んでしまうのだろうか? 飛翔のように、シュナザードでのイルーラの恋人のように――。
 その予感への恐れと不安と悲しみに涙しながら、しかし、舞は、目を見開いて、その光景を見守り続けた。
 今は、せめて、戦いの一部始終を見届けること。
 それが、愛する人の危機を目の前にして、何もできぬ自分にできる唯一のこと、と思われたからである。
 ビュン! と、一段と激しい気合が空を裂き、血飛沫が舞った。猛が、左腕を押さえて、うずくまる。
「猛さん!」
 次に展開される光景を予想して、さすがに舞はウッと目を瞑った。
 自分のせいで、自分を愛したせいで、この人は命を落とすのだ。自分さえいなければ、自分を愛しさえしなければ、こういうことにはなるまいに……。
 それは、イルーラの、歴代の金と銀の娘たちの、嘆きであり、悔恨であり、絶望である。
 だが、猛が倒れた後、アシュレイは、すぐに自分の命を奪うだろう。
 生きるも死ぬも一緒。死んだ後でも、共にいられる。
 それだけが、舞にとっての救いであった。
 しかし、次の瞬間、ギン! という激しい音がして、猛は、アシュレイの二の太刀を受け止めた。そして、目にも止まらぬ早業で、己の剣を鋭く繰り出したのである。
 二人の男の激しい動きが止まった。一体、何が起こったのか、と、目を見張る舞の前で、アシュレイの体が大きく傾いて倒れ、そのまま動かなくなった。猛が絶体絶命の窮地で放った一撃が、アシュレイの急所を貫いたのである。
 舞は、ただ一人の愛する人が、すっくりと立ち上がるのを、夢を見るような思いで見た。
 必ず生きて舞を守り通す。その約束を、猛は果たしたのである。
「舞。大丈夫か。」
 アシュレイの最期を見届けると、猛は、剣を捨ててベッドに駆け寄り、傷を負わなかった右手だけで舞を抱き締めた。
「猛さん……。」
 舞も手を伸ばして、傷だらけのその体を抱き返す。
 自分を守るために、愛する人が目の前で倒れる。それが、守られる者にとって、どれほどの悲しみであり、苦しみであるか。猛は、それを理解していた。仮に命と引き換えに守ったとしても、それは、愛する者をさらに苦しめるだけである。
 だから、猛は生き抜いた。舞を守り、なお生き続けること。それが猛の愛なのだ。多くの者が持とうとして持てない、その強さを猛は持っている。そうした猛を愛し、愛されていることが、この時ほど誇りに思われたことはなかった。
 レア・フィシリアの守護者、暁のディオネ。
 その使命は、レア・フィシリアを守り抜いてなお、自分自身も生き抜くことを要求する。レア・フィシリアとディオネの真の困難は、そこにあるのだ。金の娘の守護者はそれを成すことが叶わず、イルーラは道を誤り、猛はそれを成した。
(猛さん。ありがとう、守ってくれて……。)
 自分が本当に愛されている、それを改めて知って、舞は幸せだった。この愛を揺るがすことは、誰にもできはしない。そう知ることは、真に平安だった。同時に、愛する気持ちが、涙と共に熱く込み上げて来る。
 愛している。本当に。何にも代えられない……。
(私も守るわ、あなたを……。必ず……。)