ACT3 地球艦隊壊滅
猛の顔を見て、張り詰めていた気が一気に緩んだ舞は、ひとしきり甘えて、逆に気力を取り戻したらしい。飛翔が最後に託したビームソードを猛に渡すと、報告の続きの邪魔になるから、と、心配する猛と佐渡を、部屋から追い出した。
「先生。舞はどうなんですか? 正直なところを教えてください。」
アナライザーを残して病室を出た猛は、続いて出て来た佐渡に、単刀直入に質問をぶつけた。その佐渡が、無言のままひどく難しい顔をするのを見て、猛は、胸をザックリとえぐられたような気持ちになった。
「舞は……、もう助からないんですか?」
素人目にも、舞の消耗は激しい。無事に戻って来てくれた安堵も束の間、舞は、このまま衰弱して死んでしまうのだろうか。
「そうは言わん。だが、非常に危険な状態じゃ。」
佐渡は、怒ったように、猛に背を向けた。
「あと三時間もすれば、鎮痛剤ができ上がる。それを打ってやれば、苦痛から解放されて、少しは眠ることができるようになるじゃろう。しかし、少しばかり回復した体力も、これからの連続ワープで奪われる。全てのワープが終わるまで、舞の体力が続くかどうか……。五分五分のところじゃ。」
金の星の守護者ユリアナが予言したように、金の娘は死ぬことはないのだろうか? 舞の心には、もうその気配は感じられないのだが、ハヤトのレーダーは、変わることなく金の輝きを映し出して、都市帝国の場所を教えている。
その金の光点は、刻々地球に近づきつつあった。彼らの次の目標が地球であることは、もはや明らかである。艦の修理が完了し次第、ハヤトも後を追わねばならない。長距離ワープのできない銀河系内で、一刻も早く、地球の手前で都市帝国に追い着くためには、ワープインターバルをなるべく詰めて、通常のワープを連続で繰り返し、距離を稼ぐしかないのだ。
「そうですか……。」
猛は、言葉少なに、歩き始めた佐渡の後を追った。
「それ以上に、精神的なダメージも深い。飛翔を死なせたのは自分だ、と思っとる。何よりも、金の娘とのコンタクトに失敗したことで、自分を責めている。可哀想にのぉ。舞を責められる者など、どこにもおりはしないのに……。」
佐渡は、歩きながら深い溜め息をついた。
「体の傷もさることながら、わしとしては、こっちの方が心配なんじゃ。何せ舞は、レア・フィシリアという爆弾を内に抱えておる。精神のバランスを崩したら、また突発的な何かが起こらないとも限らんからな。何とか、心だけでも安んじるようにしてやらんと……。ああして、アナライザー相手の報告を続けさせているのも、そのためじゃ。少しは気が紛れようでな。」
佐渡は、立ち止まって振り向き、猛の顔を見上げた。
「猛。お前の言う通りじゃ。舞の使命は終わった。これからは、皆で力を合わせ、必ずあの都市帝国を打ち破らねばならん。そうでなければ、飛翔を始め、死んで行った者たちが浮かばれまい。彼らは、皆、残った者が使命を果たしてくれる、と信じていたはずじゃ。頼むぞ。」
「はい。」
猛は力強く頷いた。
今回の作戦では、飛翔を含め、十七名の戦死者が出た。出航時に百名、その後、涼たち戦闘機隊と土方を加えて総員百二十五名だった乗組員は、百八名に減ってしまっている。無事だった者はそのまた半数、残りの者は、多かれ少なかれ傷を負って苦しんでいた。その分、バリアの強度は落ち、もはや、無敵というほどの効果は期待できまい。苦戦は疑うべくもない。が、やるしかない。
実際、明るい材料もないわけではなかった。何と言っても、彗星を取り巻いていた高速中性子の嵐と高圧ガスの帯が取り払われたのは、一筋の光明だった。あの都市帝国相手なら、戦いようもあるはずである。
幸い、金と銀の星の発するバリアのお蔭で、艦の損傷はそれほどひどくはない。白兵戦で、艦内が多少破壊された程度で、その修復は間もなく完了しよう。後は、連続ワープで、一刻も早く都市帝国に追い着かなければならない。勝負はそれからだ。
「先生。舞を頼みます。」
猛は、舞のことをくれぐれも佐渡に頼むと、固い決意を胸に、第二艦橋へ戻って行った。
「……すまん。猛。わしのことを恨んどるじゃろうな。」
佐渡は、猛の後姿に向かって呟いた。
舞の乗艦に断固反対だった猛を騙す形で、佐渡は、舞の乗艦の手助けをした。それは、舞の強い意思でもあったのだが、その結果は、猛の心配していた通りになった。そして、片棒を担いだ飛翔は、既にこの世にない。
「いずれ、わしもこの責任は取るつもりじゃ。じゃが、今は許せ。お前たちは、皆の希望なんじゃ。それをわかってくれ……。」
宇宙に起こった異変を察知したことの正しさと、彗星帝国の情報をもたらした功績が、ようやく防衛会議の議員たちに認められ、ハヤトの反逆罪は取り消された。防衛軍艦隊への合流を要請されたハヤトは、艦の修理が完了すると同時に、地球へ向けて連続ワープを開始していた。
地球までの距離、約一万光年。その距離を踏破するために、一日三回が体力的な限界と言われるワープを、一日に五回繰り返し、普通に飛べば七日はかかる距離を、四日で飛ぶという過酷な計画が立てられた。健康な者にも厳しいそのスケジュールは、負傷者には相当な負担になる。最悪の場合、状態が悪化し、死に至ることさえ予想されたが、彼らは、誰一人文句を言いはしなかった。ハヤトの到着が少しでも遅れて、地球がやられてしまっては、全てがおしまいだからである。そうなったら、自分だけが生きていても、何にもならなない。
負傷して働けない自分にできることは、とにかく生き続けること。レムリアが告げたように、石に噛り付いてでも生き延びることが、バリアを、ハヤトを支える力になる。その誇りだけを胸に、負傷者たちは、地獄の苦しみに耐えていた。
地球攻略の勅命を得て、艦隊を率いて太陽系へ出撃した彗星帝国第四艦隊司令、シュレンジャー・サルトス将軍は、先に地球の太陽系外周艦隊を壊滅させた先発の第三遊撃部隊と合流し、地球へ総攻撃を掛けようとしていた。
ハヤトからの情報を得て、準備万端整えていた地球防衛軍司令部は、それを察知し、直ちに全艦隊を集結させて、迎撃体制を取った。
ハヤト第二艦橋のメインパネルにも、その様子が映し出されていた。銀河系内に入ったため、超光速通信網で、戦闘の様子をリアルタイムで見ることができるのである。
「始まってしまうのか……。」
ハヤトは、太陽系内に入るための最終ワープを控えていた。ワープを終えても、土星空域に達するまでには、さらに時間がかかるから、ハヤトは、とても戦闘には間に合わない。それをもどかしく思いつつ、メインスタッフたちは、手に汗を握ってスクリーンを見つめていた。
決戦の場は、土星周辺空域である。地球艦隊は、美しい土星の輪を背に、隊伍を整え、威風堂々と進撃して行く。
「頑張れよ。俺たちもすぐ行くからな。」
乗組員たちは、ワープの準備を進めながら、手近のスクリーンに向けて、激励の言葉を掛けていた。反逆者と罵られた自分たちが、今は待ち侘びられている。それが、艦内の士気を一段と高めていた。
「波動エンジン内、ワープのためのエネルギー充填完了!」
「よし。ワープ二分前。全艦ワープ準備!」
剛也の報告を受けて、土方が指令した。ハヤトが地球艦隊に合流するために、最低でもあと四時間はかかる。それまでは、何としてでも持ちこたえて欲しい。
猛は、シートベルトを締めながら、メインパネルを見上げた。地球艦隊と敵艦隊は、間もなく遭遇する。ハヤトがワープを終えた時には、その勝敗は決しようとしているかもしれない。
「頑張ってくれよ……。」
猛は呟いた。それは、地球艦隊だけでなく、ホスピタルで苦しむ舞と仲間たちへも向けられていた。
元気な者にも、ワープの衝撃はきつい。しかも、通常の倍近い回数のワープをこなす強行軍なのである。鍛え上げた肉体を持つ猛でさえも、疲労でボロボロなのだ。負傷者にとっては、まさに地獄の責め苦であろう。幸いにも、今のところ、それを乗り越えられなかった者はいないが、次も同じ幸運が待っているとは限らない。特に、重症者の衰弱は著しく、限界も近いのではないか、と憂慮されていた。
(舞……。)
あれから見舞には行っていないが、佐渡によると、舞は、特に悪くもなっていないが、良くもならない、一進一退の状態らしい。
さぞ、苦しい思いをしているだろう。猛はそう想像し、側にいてやることすらできない現実に、胸が締め付けられるような辛さを感じた。それでも、猛は、そう感じることのできる時間を大切に思う。こうしてワープに備えている時ででもなければ、舞のことを思っている暇もないのだ。せめて、このわずかな時間だけでも、その苦痛に思いを馳せることで、苦しみを共有したかった。
(もし、舞が、ワープを乗り越えられずに死んでしまったら……。)
そう考え始めると、すぐにでも舞の側に走って行きたい衝動に駆られる。だが、自分が持ち場を離れたら、ハヤトの結束が崩壊してしまうことを、猛は理解していた。そして、たとえそうしたとしても、舞は自分を追い返すだろうことも……。
このワープが終われば、地球はすぐそこである。無論、さらに何時間もかけなければ帰還することはできないのだが、ルーナンシア星までの約百万光年の距離を考えれば、目と鼻の先も同然なのだ。いよいよ故郷の太陽系に戻る最後のワープを、舞と仲間たちが無事に乗り越えてくれることを祈りながら、猛は、ワープの衝撃に備えて目を閉じた。
「三、二、一、ワープ!」
剛也がレバーを倒すと、ハヤトは、忽然と宇宙空間から消えて行った。
「ワープ終了! 現在位置、冥王星まで五百宇宙キロ!」
ワープ終了と同時に剛也が報告すると、期せずして、艦内のあちらこちらで歓声が上がった。ハヤトは、往復二百万光年を飛んで、遂に太陽系に戻って来たのである。
『第二艦橋! こちら佐渡。』
同時に、医務室の佐渡から通信が入った。猛は、
(まさか?!)
と、体を固くしたが、佐渡の声は明るかった。
『ホスピタルに入院している者たちは、皆、無事にワープを乗り越えたぞ。もちろん、舞もじゃ。』
「そうですか。」
さすがに猛はホッとして、冷や汗を拭いながら、それだけ言うのがやっとだった。舞だけでなく、仲間たちが、ハヤトの力になるために、苦しみに耐え通して生き抜いたのだと思うと、目頭が熱くなる思いだった。
『さぞ、心配しとるじゃろうと思うてな。それでは、これで通信を終わる。』
「先生。ありがとうございました。後は任せてください。皆を頼みます。」
猛がそう答えて通信を終えた時、メインパネルに、戦闘中の地球艦隊と敵艦隊の様子が映し出された。
「戦闘はどうなったんだ?!」
メインスタッフたちは、その映像に釘付けになった。
「都市帝国の位置は?」
「土星空域まで、約二千宇宙キロ。およそ三十分後に、戦闘地点に到達します。」
美央の報告に、猛は腕組みをして、じっとパネルを見上げた。
どうやら、戦闘は、地球艦隊に有利に展開しているらしい。画面では、艦隊戦の最終段階として、地球艦隊の全艦が、波動砲の斉射を行うべく、その艦首をシュレンジャーの艦隊に向けているところだった。
固唾を呑んで見守る乗組員たちの前で、やがて、一斉に波動砲が発射された。波動エネルギーの目映い輝きは、一直線に宇宙空間を伸び、敵艦隊の直前で拡散すると、おびただしい数の敵艦をその中に包み込んだ。同時に、それらは、蜃気楼のように揺らぎ、わずかな光を放って、跡形もなく見えなくなってしまった。残ったわずかな艦は、慌てて戦線を離脱して行く。
「やった!」
思わず剛也が声を上げたが、猛は、
「いや、まだわからんぞ。すぐに都市帝国が来る。」
と、険しい顔のまま首を振った。
「だが、波動砲にエネルギーを再充填する時間は、十分にあるだろう?」
「それはそうだが……。」
果たして、あの都市帝国相手に、波動砲が通用するのか?
猛は、それを心配していた。
彗星には、波動砲は通用しない。ルーナンシアでレムリアがそう告げたのが、気になって仕方がなかったのである。確かに、今は、かつての彗星も、彗星の体を成してはいないのだが……。
「見ろ! 都市帝国だ!」
その時、遥か彼方に、都市帝国の白い光が姿を現した。都市帝国は、艦首波動砲を揃えて向ける地球艦隊などには構わず、周囲の空間を圧するように、真っ直ぐに突き進んで来る。
その都市帝国に向けて、地球艦隊は、再び一斉に波動砲を発射した。都市帝国ただ一点を狙ったそのエネルギーは、集約されて、先の射撃の何倍もの輝きになった。幾つもの光の束が重なる、超新星のような猛烈な光芒が、メインパネル一杯に広がって、都市帝国の姿を消し去った。
「やったのか……?!」
手に汗を握って見守る乗組員たちの前で、光は、次第に輝きを失って行く。
「ああっ?!」
やがて、完全に拡散した光の中から現れたのは、目映い金色の光に包まれた都市帝国だった。都市帝国は、進路を塞ぐ形で位置を占める地球艦隊に向かって、スピードを緩めることなく、そのまま突進して来る。地球艦隊は、慌てて百八十度反転し、離脱を図ったが、波動砲発射直後に全速を出すのは無理な相談だった。たちまち接近した都市帝国の目映い金の光に接触して、次々に爆発して行った。
「こんな……!」
剛也が絞り出すような声を上げた。
それまで何十隻もの地球艦隊がひしめいていた空間には、何一つ残らず、ただ、遠くで、土星がその美しい輪を光らせているだけだった。都市帝国は、その輪をかすめるように、金の光を残して、悠然と去って行く。
「全滅だ!」
猛は、愕然と立ち上がった。
地球艦隊の新鋭艦の波動砲には、ハヤトよりずっと強力な増幅装置が付いていたはずだ。それを数十並べても、都市帝国に何のダメージも与えられないとは……。
「何だ? あの金色の光は……。」
艦長席で、土方も唸る。
「あれは、バリアだと思います。」
独が艦橋前方に歩み寄り、身を乗り出すようにメインパネルを仰ぎながら、そう答えた。
「彗星帝国は、金の娘の持つエネルギーを、自由に取り出し、扱うことができます。あの金の光は、恐らく、そのエネルギーをバリア状に展開したものでしょう。何とかあのバリアを解除しなければ……。そうしなければ、戦いようがない。」
独の難しい顔に、猛と剛也は青ざめた。
「一体、どうやって?」
「それはこれから考える。どんなバリアにも、弱点はあるはずだ。それを突き止めるしかない。艦長! バリアの弱点を突き止めます! 麗! 今の戦闘シーンを、中央作戦室に転送しておいてくれ。」
そう言って、独が第二艦橋を出て行くと、同時に、メインパネルが新たな像を結んだ。司令本部の郷田からの通信である。
『土方くん。見ての通りだ。』
土気色をした郷田の顔は、苦渋に満ちている。
「長官。残念です。」
土方も、さすがに唇を噛み締めた。
『都市帝国は、地球に向かって進んでいる。これから、全市民を旧地下都市へ避難させ、司令部を地下に移して、都市帝国の接近に備える。だが、我々には、もう、わずかな守備隊と地上部隊しか残されていない。今となっては、ハヤトだけが頼りだ。急いで戻って来て欲しい。』
「わかりました、長官。こちらでも、都市帝国のバリアを破るべく、既に調査を開始しています。」
郷田の必死の要請に、土方は力強く頷いた。
『頼むぞ、土方くん。地球は、君たちの帰りを待っているのだ。』
通信が終わって、メインパネルから郷田の姿が消えて行くと、第二艦橋を深い沈黙が支配した。
ハヤトの最強の武器である波動砲が全く通用しない敵を相手に、どう戦えばよいのか?
反逆者と罵られ、蔑まされたハヤトが、待望されている、その喜びを感じる余裕もなく、メインスタッフたちは、暗然と押し黙った。