ACT6 潜入
(舞が死んだ? 舞が……。)
その光景を見ながら、独もまた、棒のように立ち尽くしていた。
ラ・ムーの星を使って、舞が死ぬ。
それは、彼にとって、非常に意外な成り行きだったのである。
舞がラ・ムーの星を使う時、それはいつも、ハヤトと地球にとっては勝利を意味して来た。そして、舞自身も、常に危地に陥りながら、最後には必ず生還して来たではないか。
この意外さは、そうした思い込みの故なのか? いや、それは、幾ら何でも楽観的に過ぎるだろう。そんなに上手く行くはずがないのは、重々わかっていたはずだ。
何か違う。
とにかく、今、ハヤトはようやく一つの危機を脱したに過ぎない。それなのに、舞は呆気なく死んでしまった。
なぜ、舞がここで死なねばならぬのだ?
あの彗星の爆発の中からさえ、帰還した舞が……。
しかも、この戦いの鍵は、レア・フィシリアではないはずだ。
それなのに舞が死ぬ? どうして?
「ああ……?」
独は、思わず声を上げた。
そうしたとりとめもない思いの隙間にフラッシュバックする、現在と過去の情景の中に、未来の情景が混じっていたような気がしたのである。
しかし、その情景はすぐに消えて行き、代わって彼の脳裏を占めたのは、死の星と化したルーナンシアで彼を呼んだ、一冊の本だった。
視界を霞ませる砂嵐の中で、光を発するかのように、独の意識に語り掛けて来た『ギジェの眠り』。砂に埋もれて朽ちかけたその本は、この戦いの鍵がレア・フィシリアではないことを、彼に教えた。
そう、ディオネ――猛こそが、その鍵。
「そういうことだったのか!」
独はガクガクと震え、思わず後退りした。
暁のディオネ、その嘆き、空を駆け、その怒り、空を裂き、以って暁を呼ぶ――。
彼は、たった一行判読できたその文言の意味を、この時初めて理解したのである。
彗星の爆発の渦中から舞が帰って来られたのも、舞の力ではない。
あれは、猛が引き戻したのだ――。
「独? どうしたの?」
その異常な様子に、麗が心配そうに声を掛けたが、独の震えは止まらなかった。
既に物言わぬ舞の体を抱き締めて、身を震わせる猛。その嘆き、その怒りこそが、宇宙に暁を呼ぶための原動力だとすれば、嘆きが深いほど、怒りが強いほど、力は増すということになる。舞がここで死なねばならなかったのも、道理なのだ。
(女王レムリア……。恐ろしい方だ、あなたは……。)
叫び出しそうになる口を右手で押さえながら、独は心で呟いた。
彗星帝国を打倒できるのは、完全な金の力しかない。それが動かせない以上、レダ・フィオリナとしての金の娘を取り戻すしかなく、そうするためには、彼女の深い心の傷を癒さねばならない。
しかし、元々、それは不可能だったのだ。
イルーラの心の傷は、過去でも変えぬ限り、そう簡単に外から癒せるものではない。
そう、過去を変えない限り。
となれば、レダ・フィオリナを取り戻すための方法はただ一つ、宇宙に暁を呼ぶこと――。
レムリアの目的は、最初から、金の娘とのコンタクトではなく、ここにあったのだ。
いや、必ずしもそうではあるまい、と、独は首を振る。
かの女王とて、舞がレア・フィシリアであるが故に、イルーラの心を開き得る万一の可能性を、思わなかったわけではないだろう。むしろ、それができるよう、望んでいたはずだ。しかし、宇宙の代弁者の一人たる彼女は、それができなかった場合のシナリオをもまた、周到に用意していたのである。
つまり、ハヤトの未来に待っているのは――。
その時、都市帝国からの砲撃が始まり、発進して来た無数の艦載機が、攻撃を仕掛けて来た。乗組員の半数以上を失い、今また金の力による攻撃にさらされたハヤトのバリアは、既にほとんど機能せず、敵の攻撃のほとんどが、ハヤトの艦体を確実に傷つけて行った。
「生活ブロック、ホスピタル地区が被弾しました!」
「被害は?!」
舞を補助席に固定してやり、自席に戻った猛が、顔色を変えて怒鳴り返す。
「わかりません! 応答がありません!」
続く諒の報告に、猛は唇を噛んだ。
地球に戻るまでは、と、歯を食い縛って苦痛に耐え続けて来た負傷者たち。その大部分の生命が、失われてしまったのに違いない。佐渡とアナライザーの安否も気遣われる。
「第二主砲塔全壊!」
「波動砲発射口、損傷しました!」
「波動砲発射口が?!」
反撃もままならないまま、次々に被弾報告が入る。特に、波動砲が使えなくなったのは、大きな痛手だった。これまでの経験を踏まえてか、真っ先に波動砲発射口を潰しに来たのは、敵ながらさすが、と言うべきだろうか。
その時、またしても凄まじい衝撃が全艦を揺るがせ、計器がバチバチと火花を散らした。何発かの大型ミサイルが、同時にハヤトに命中したのである。
『こちら、機関室……。』
ややあって、機関室の徳川から、苦しげな声で通信が入った。
「機関室! どうした?」
呼び掛けてみても、しばらく返事がない。途中の回線に、何か障害が起こったのだろう、モニターにも、機関室の様子は映し出されず、サーサーと砂嵐のような走査線が走るばかりだった。
「機関室?!」
不安に駆られた猛がもう一度呼び掛けると、今度は、弱々しい返答があった。
『波動エンジン、出力低下……。』
その声には力がない。恐らく、徳川は、最期の力を必死に振り絞って、マイクに噛り付いているのだろう。
『しかれども……、目下のところ、航行に支障なし……。』
「機関長! 徳川機関長!」
それきり声のしなくなったマイクに向かって、剛也が叫んだが、それ以上、何も返答はなかった。
「徳川さんが……。」
最悪の事態を認識して、一同がしばし暗然とした時、飛び込んで来た敵弾が、轟然と第二艦橋を揺るがせた。直撃だ、と察して猛らが振り向くと、艦長席付近が被弾したらしく、もうもうとした煙が立ち込めていた。
「艦長!」
思わず猛が立ち上がると、薄れてゆく煙の中に、艦長席に突っ伏した土方の姿があった。
「艦長! しっかりしてください!」
駆け寄った猛たちの前で、土方は、力なく顔を上げた。
「……生きて汚名をさらしていた自分も、やっと死に場所を得た……。」
土方の顔は、むしろ満足そうだった。
「あれを見ろ……! 敵戦闘機の発進口だ。」
土方は、残る力を惜しむように、窓の外を指差した。土方の指差した、都市帝国の小惑星部分の大きいクレーターは、カメラのシャッターのような開閉扉になっていて、そこから一機、また一機と、敵の戦闘機が飛び出して来るのが見える。
「……あの発進口を破壊して、内部に進入し、エネルギー制御部を破壊しろ。波動砲の使えない今、それ以外に戦う手段はない。」
土方が苦しさをこらえて下す最後の指示を、猛たちは、一言も聞き漏らすまいと、歯を食い縛っていた。沖田に比肩する武勲と、若い戦士たちの才能を見出す優れた判断力の持ち主である土方が、その最期まで、敵を倒す方策を思い巡らしていたのである。その指示に誤りのあろうはずがなく、また、それ以上の方策が見出せるはずもなかった。
「本城……。次の艦長は、君だ……!」
「艦長!」
土方の言葉に、猛はハッとした。
「……戦え、本城! ハヤトの栄光は、君の肩に、君たちの肩に懸かっているのだ……!」
猛は、きっぱりと頷いた。
「はい! 本城猛、ハヤト艦長の任に着きます!」
「頼むぞ……。本城艦長……。」
土方は、血の気の失せた顔で満足げに微笑むと、そのまま絶命した。
メインスタッフたちは、一斉に粛然と敬礼した。
太陽系辺縁で土方を迎え、その的確な指揮のお蔭で、ここまで戦って来られたのだ。その人柄と能力に敬服していただけに、皆の顔は悲しみに沈んでいた。しかし、悲しんでいる暇はない。ここから先は、土方の命令を実行するだけである。
「土方前艦長の命令を決行する!」
猛は振り向き、力強く宣言した。皆も大きく頷いた。
まさに進むも死、退くも死。それならば、たとえ刺し違えることになっても、何とかあの都市帝国に食らい付いてやろう、という覚悟なのである。
「剛也! ハヤトを、なるべくあの発進口に近づけてくれ。後は、できるだけ敵の攻撃を避けろ。」
「わかった。任せておけ。」
剛也が力強く頷くと、猛は、特別砲撃隊に指示を与えた。
「祐矢! 第三主砲と副砲を集中して、都市帝国の艦載機発進口を破壊してくれ!」
『了解!』
「他の戦闘隊員で、動ける者は、全員アストロ・レオで出撃する。」
猛がそう言うと、横から、
「おっと、俺たちを忘れてもらっちゃ困るぜ。」
と、恭一郎が不敵な笑みを浮かべた。
「敵の懐に飛び込むんだ。生還は期しがたいぞ。」
「そんなこたわかってるよ、新艦長。」
恭一郎は、気負いのない口調で言い、猛の肩をポンと叩いた。
「だいぶ人数は減っちまったけどな。要塞戦ならお手の物だ。必ず役に立つ。」
確かに、恭一郎ら空間騎兵隊が同行してくれれば、心強いことこの上ない。
「よし。アストロ・レオの後部座席に、一人ずつ乗せることにしよう。」
猛が頷くと、
「俺も行く。」
と、横から独が口を出した。側で聞いていた麗の表情がハッとしたように動いたが、形のよい紅い唇は、閉ざされたままだった。
「ミスター!」
「俺がいなきゃ、メカのことはどうにもならんぞ。」
静かに笑う独の顔に、猛は胸が詰まった。
「ありがとうございます。では、ミスターは、俺のバイオレット・シリウスに乗ってください。」
独は頷いた。
「行こう!」
「おう!」
猛たちは、剛也、美央、麗、諒の四人を第二艦橋へ残すと、急いでコスモゼロ格納庫に降りて行った。アストロ・レオと空間騎兵隊の生き残りは、二人一組でコスモゼロに搭乗し、次々に発進して行く。
猛も、愛機バイオレット・シリウスで、発進準備をする。
飛翔が死に、舞が死んだ。土方が死んだ。佐渡も、徳川も、恐らく死んでしまったろう。だが、彼らは皆、後に残った者たちが、敵を撃滅してくれると信じていたに違いない。今また自分が倒れても、後の者が任務を引き継いでゆくだろう。
猛は、そう思うことが、平常心を取り戻させることを知った。
無論、無為に死ぬつもりは毛頭ない。
「麗。すまん。約束は果たせそうにない……。」
バイオレット・シリウスに乗り込む前に、独は天井を仰いだ。
必ず勝って、一緒に地球へ帰ろう。
その約束は、とても果たせそうにない。しかし、独は幸せだった。最後に、この世で一番欲しかったものを手に入れたのだから……。
「君は生き延びろよ……。」
そうであってくれれば、思い残すことはないと思う。
「ミスター!」
コクピットから猛が呼んだ。
「おう、今行く。」
バイオレット・シリウスの前方で、発進口がパックリと口を開け、濃紺の宇宙が透いて見えた。
「女王レムリア……。」
そこで散る火花を睨むように、独は呟いた。
暁のディオネ、その嘆き、空を駆け、その怒り、空を裂き、以って暁を呼ぶ。
ディオネが「暁の」と呼ばれる所以を示す、その不思議な文言が胸を浸す。しかし、未来を見てしまうということは、恐ろしくもあり、ある意味で平穏でもあった。
「ここまで来たら、あなたの望むようにやるしかありません。やってみせますよ、俺は。猛が必ず呼んでくれるでしょう、宇宙の暁を……。」
それが、全てのものが再生することに繋がるのだ。独は、バイオレット・シリウスの後部座席に乗り込んだ。
「発進!」
バイオレット・シリウスは、残っていたアストロ・レオ全機と共に出撃した。
今、出撃して行った者たちの何人が、無事で戻って来るだろうか。すっかり数の減ってしまった整備員が、いつになく痛切な思いでそれを見送っていると、
「これ、借りるわよ。」
と声がした。
「麗さん!」
それは、戦闘服に身を包んだ麗だった。
「駄目ですよ! それは、燃料がほとんど残っていないんです。」
整備員は止めたが、麗は、気に留める素振りも見せず、身軽に乗り込んでしまった。
「いいのよ、どうせ片道分しか必要ないもの……。」
発進準備をしながら、そう呟く。
「麗さん! 麗さんっ!」
必死で止める整備員を尻目に、麗は、さっさとエンジンを始動させ、発進してしまった。
出撃したアストロ・レオ各機は、猛のバイオレット・シリウスを先頭に、壮絶な空中戦を繰り広げながら、敵艦載機の発進口を目指していた。その時、轟然とハヤトの主砲が火を吹き、発進口が破壊された。
「よし!」
一路発進口を目指すバイオレット・シリウスに、敵の攻撃が集中する。
「させるか!」
それを防ぐように、アストロ・レオⅢのキャプテン航の機、オレンジ・ライトが間に入った。たちまち砲撃をその身に受けて、オレンジ・ライトは爆発する。
「航!」
猛は、顔を背けて唇を噛む。やめろ、とは言えなかった。今は、その命の代わりに、自分が使命を果たすことを誓うだけである。
「侵入するぞ!」
雨霰と降り注ぐ敵の弾幕をかいくぐり、それでも、十数機が、都市帝国への侵入に成功した。広い通路の奥には滑走路があり、猛たちは、次々にそこに着陸した。それを待っていたかのように、四方八方から銃弾が飛んで来たが、敵もここが戦場になることは想定していなかったらしく、どこからか急遽持ち込んだらしい、軽火器ばかりである。
猛と独は、バイオレット・シリウスから飛び出すと、翼の下で応戦しながら、様子を覗った。
「猛! 中心部へ向かう通路は、あれだ!」
独は、予めアナライザーから取り出しておいたデータを照合しながら、そう言った。それは、いつか役に立つ時が来るかもしれないと、舞が重傷の身に鞭打って残しておいたものである。
バイオレット・シリウスの隣には、涼のゴールデン・ジュピターが止まり、後ろに乗っていた恭一郎が、武器を手に早速飛び下りて来た。
「行くぞ!」
恭一郎は、空間騎兵隊の仲間たちに合図を送ると、さっと駆け出した。
「恭一郎?! 無茶するな!」
猛は慌てたが、恭一郎らは、互いに援護しながら、巧みに通路に飛び込み、死角に取り付くと狙撃を始めた。アストロ・レオに残った戦闘隊員たちも、銃座を回転させて、敵を撃ちまくる。
「凄い奴らだな。」
独が呆れたように呟き、その横で、猛も頷いた。さすがに、特殊訓練を受けた空間騎兵隊員である。無謀なようで計算されたその行動には、猛も感心し、送り込んでくれた郷田長官に、改めて感謝した。
「猛! 今だ! 来い!」
恭一郎の呼ぶ声に、猛は、コスモガンを撃ちながら走った。独も後に続く。
凄まじい敵の銃撃を縫って、猛、独、恭一郎の三人は、援護射撃を背に、また、自らもコスモガンで応戦しながら、正面のエレベーターに飛び込んだ。
グングン上昇するエレベーターの針を見ながら、恭一郎が言った。
「全く、何てでかいんだ。こいつを、俺たちだけで吹っ飛ばそうって言うんだからな。」
「しかし、急所を押さえれば、幾ら巨大でも、誘爆で何とかできるはずだ。」
独は、データのチェックを続けながら、断固として言った。やがて、エレベーターが停止し、三人は、身をかがめて飛び出した。
辺りは、複雑な機械やパイプが並び、網の目のように連なる通路が続いている。舞の報告にもあったが、都市帝国の内部は、少ない人数で運用されているらしい。敵の姿が見当たらないのは幸いだったが、それも時間の問題だろう。今のうちに、少しでも目指す動力部に近づいておきたい。
「ミスター、どっちに進みます?」
猛は、じっとパイプの流れを目で追っている独に尋ねた。
「多分、あっちだ。」
三人は、独の指差した方角へ走り出した。
「あそこだ!」
やがて、三人は、遂に動力室の入口を発見した。動力室もまた、野球場ほどもあろうかという巨大なドーム空間だった。正面二、三十メートルのところに、空間のほとんどを占める巨大なエネルギー発生炉があり、その外壁に、インジケーターランプが無数にチカチカと輝いている。
「これだ! こいつを破壊すれば……!」
独の顔は輝いたが、ここは、さすがに無人というわけではないらしく、警備の兵がチラホラと見受けられる。
「猛。俺と恭一郎で、あの中に入る。援護してくれ!」
独は言った。
「わかりました。援護します!」
「俺たちが向こうへ着いたら、お前は帰れ!」
続く独の言葉に、猛は顔色を変えた。
「何ですって? そんなバカな!」
しかし、独は首を振った。隣で、恭一郎も静かに頷く。
「お前は艦長だ。ハヤトに戻って、最後まで指揮を執る責任がある。」
「そんな……! ミスター……。」
なおも納得できないでいる猛に、脇から恭一郎が言葉を添えた。
「ここは俺たちに任せろ。それよりも、後のことをしっかりやってくれ。」
「その通りだ。動力源を破壊したら、都市帝国の全ての動きが止まる。そこを狙うんだ。頼んだぞ。」
独は言うと、恭一郎を促し、何か言いかけようとする猛を無視するように、動力炉の入口に駆け込んだ。たちまち非常警報が響き渡り、四方八方から、二人目掛けて銃弾が飛ぶ。
「ミスター! 恭一郎!」
猛は、叫びながら、必死に援護射撃をした。その甲斐あってか、恭一郎と独は、二三発の銃弾を浴びながらも、動力炉にたどり着くことに成功した。
「早く行け!」
「ここまで来りゃ、大丈夫だ!」
二人は、口々に叫んだ。敵も、迂闊に二人を攻撃するわけには行かない。下手に間違って機器を傷つけでもしたら、それだけで、都市帝国の機能は麻痺してしまうのだ。
「猛! 行け!」
しかし、猛は、二人に向かう敵を撃ちながら、なかなか立ち去る気配を見せなかった。
「行け! 行かんか!」
独は怒号した。
非情なようでも、今は私情に囚われている時ではない。猛にしても、理性では、それを理解していないわけではなかった。今さら後を追っても、何の意味もなく、却って爆弾のセットが遅れるだけである。この上は、機能を停止した都市帝国を、確実に倒すための努力をせねばならない。
(さようなら……。ミスター……。恭一郎!)
猛は、悲痛に顔を歪ませると、踵を返して、元来た通路へ駆け込んだ。
それを満足げに見送った独は、万一敵に倒されても起爆スイッチが入るようにタイマーをセットし、
「頼むぞ、隊長。十五分だけ持ちこたえてくれ。」
と、早速爆弾のセットにかかった。
「任せてください。頼みます!」
恭一郎は、動力炉の入口に陣取り、迫る敵を一歩も近づけまいと、仁王立ちになって、応戦を始めた。
独は、巨大なエネルギー炉のあちらこちらに、コスモ爆弾をセットして行く。一発や二発では、とても完全に破壊することはできない。だが、これをし遂げなければ、確実に地球は滅亡するのだ。そう思うと、つい気が焦り、コスモ爆弾が手から滑り落ちた。
その音が聞こえたのか、
「技師長。慌てず、急いで、正確に頼みますよ。」
と、からかうような恭一郎の声がした。余裕すら感じさせる声だったが、恭一郎は、既にかなりの銃弾を身に受けていた。
「もう少しだ。頑張ってくれよ。」
そうとも知らず、独は恭一郎を励まし、さらに奥へとコスモ爆弾をセットしに向かった。
独と恭一郎に心を残しながら、猛は、敵を振り切って、滑走路に駆け戻った。滑走路上には、敵味方の戦闘機が撃墜され、方々で火の手が上がっている。猛のバイオレット・シリウスも無残に破壊され、もうもうと煙を吐いていた。猛が途方に暮れた時、
「猛! こっちだ!」
と、声がした。
顔を向けると、涼のゴールデン・ジュピターがまだ無事で、猛の帰りを待っていた。猛の行く末を見届けるまでは死ぬわけには行かない、と、涼は、猛の戻ることを信じて、奮戦していたのである。
後部座席の銃座に陣取る涼の援護射撃を受けて、猛は、やっとのことでゴールデン・ジュピターに乗り込んだ。
「涼! 無事だったか。」
猛の呼び掛けに、涼は蒼白な顔で頷いた。
仲間のほとんどは死んでしまった。独も恭一郎も死ぬだろう。その中で、涼だけが無事でいて、自分を待っていてくれたのが、猛には無性に嬉しかった。
幸いなことに、エンジンは無傷だったらしく、ゴールデン・ジュピターは、飛び立つことに成功した。
「涼。大丈夫か。すぐにハヤトに戻るからな。」
猛は、後部座席で荒い息をつく涼を気遣った。
「ああ……。大丈夫だ……。大丈夫……。」
涼は、明らかに力なく、呪文のようにそう繰り返した。
よく無事で戻って来てくれた、と、涼は、今さらのように感嘆していた。無論、共に突入した独と恭一郎もそう仕向けたろうが、涼は、猛が戻って来ることを信じて疑わなかった。
猛なら、必ずハヤトに戻って、最後まで指揮を執る、と。
後に残る者ほど辛い役目を負わねばならないが、猛にならそれができる。
猛は、その信頼を裏切らなかった。それが誇らしく、彼は、猛を友として来たことに、無上の幸せを感じていた。
大丈夫だ……。地球は大丈夫……。猛が生きている限り……。
ゴールデン・ジュピターの目前に、ハヤトの艦載機着艦口が見え始めた。暗い宇宙空間に灯るオレンジ色の明かり。家族の帰りを待つ家の灯火のようなこの光を目にするのは、何度目になるだろう。これで、猛は確実にハヤトに戻る。涼は安堵した。
やがて、ゴールデン・ジュピターは、ところどころ炎の燃え盛る格納庫に、よろめくように着艦した。
「着いたよ、涼。生きて帰ったのは、俺たちだけらしいな……。」
猛は、ゴールデン・ジュピターから飛び下りると、ヘルメットを脱いで、暗然と呟いた。
「涼?!」
後に続くはずの涼が下りて来ないのに気付いて、猛は、慌てて後部座席を覗き込んだ。
涼は、銃座にもたれ掛かり、目を閉じて動かなかった。猛の帰艦を見届けて、安心したのだろう。穏やかな表情だった。
「涼……。すまない。」
猛は、言いようのない疲労を覚えた。
しかし、こんな所で疲れている場合ではない。都市帝国の動力炉では、独と恭一郎が必死に働いているだろう。あの二人なら、必ず任務を成功させるはずだ。それを無にしてはならない。一刻も早く第二艦橋に戻って、指揮を執らねば……。
そう思いながらも、猛は、襲って来る眩暈にたじろぎ、一瞬体を泳がせた。
「よし、これで終わりだ! 点火三十秒前!」
都市帝国内部の動力炉では、独が、コスモ爆弾の設置を終え、恭一郎に声を掛けていた。念のため、タイマーをセットされた爆弾は、動力炉のあちこちで、微かな光を明滅させている。その明滅が終わる時、間違いなく、動力炉は爆破されているだろう。
その声を待っていたように、入口付近で銃撃を続けていた恭一郎の体が、ドッと後ろへ倒れ込んだ。
「恭一郎!」
独は駆け寄ったが、既に恭一郎は絶命していた。確実に任務が遂行されるのを確認するまでは、と、気力で持ちこたえていたのだろう。
「ありがとう、隊長。爆弾のセットは完了したよ。任務は成功する。」
独は言って、開いたままの目を閉じてやった。
その独にも、恭一郎が倒れて障壁のなくなった入口から、容赦なく弾丸が浴びせられる。独は、床に倒れ伏したが、今となっては、爆破の成功は確実である。彼は、満足そうに微笑んだ。
その時、降り注ぐ銃弾と共に、一人の人影が倒れ込んで来た。独は、信じられないものを見たように、声を上げた。
幻かもしれない。それでもいいと思った。
「麗!」
それは、単身、都市帝国に乗り込んで来ていた麗だったのである。
「独……。ひどいわよ、私を置いて行くなんて……。」
満身創痍の麗は、倒れたまま、独に向けて手を差し伸べた。独は嬉しかった。嬉しかったが、こんなことを望んでいたわけではない。
「何でこんなことを……。君が生き延びてくれると思ったから、俺は……。」
言いかける独に、麗は微かに首を振った。
「駄目よ。私にもわかったの。『ギジェの眠り』に書かれていたことの意味が……。ディオネが暁を呼ばない限り、私たちに未来はないのよ……。」
「……そうだったな。」
独は短く同意した。
だとすれば、これも、ディオネが暁を呼ぶための力になるのだろうか?
「長い間、ごめんなさい、独……。これからは、私があなたを追ってゆく……。」
「麗……。」
独も、目だけを麗に向け、残されたわずかな力を振り絞って、手を伸ばした。
「独……。愛してるわ。」
二人の手が触れ合う寸前、タイマーが作動して、大爆発が起こった。その爆発は、次々に新たな爆発を誘い、それが、都市帝国中に広がって行く。威容を誇った都市帝国も、今や、紅蓮の炎に巻かれ、轟音を発して崩壊しようとしていた。