ACT5 捜索
「ああっ?! 金の光点が!」
美央が鋭く叫んだ。
ハヤトのレーダーには、カーレルを脱出し、高速で彗星に向かう金の光が映し出されている。もう少し、あとほんの十数メートルというところで、金の娘の脱出を許してしまったのだ。ここで彗星内に逃げ込まれてしまったら、万事急す、接触することはまず不可能と言ってよかろう。
「あっ?!」
その時、舞も、通路の小窓から、小型艇が離脱してゆくのを見ていた。そして、金の娘イルーラの姿がその中にあることを、はっきりと認識したのである。
「イルーラ!」
何万光年も追い続けて、ようやく間近に迫ったのに、ここで取り逃がしてしまったら、恐らく二度と会うことはできまい。舞が思わず小窓に取り縋った時、
(レア……。)
という微かな声がこだました。それは、レア・フィシリアを呼ぶレダ・フィオリナの声である。
(お姉様!)
舞の中で、レア・フィシリアが叫び、同時に、舞の脳裏に、イルーラの姿が一杯に広がった。
燦然と照る日の光のように豪華な黄金の髪、青くきらめく優しく懐かしい瞳……。
本当に、これでもう会えないのか?
これほど求めているのに。
必ず会うと誓ったのに……!
「イルーラーッ!」
舞は、去ってゆく脱出艇に向けて絶叫した。
「舞っ?!」
その瞬間、舞の体は、眩しく輝く銀の光に包まれた。常に舞の側を離れなかった飛翔が、咄嗟にその腕を掴むと、辺りにブン、という衝撃音を残して、光はいずこかへ飛び去って行った。
「何だ、今のは!」
ハヤトの第二艦橋でも、レーダーが、金の光を追うようにカーレルから飛び去った、不思議な銀の光をキャッチしていた。
『き、消えた?!』
時を置かずして、カーレル内の空間騎兵隊員から、ハヤトに連絡が入った。
「何?」
『消えた。消えました! 今の銀の光と共に、舞と飛翔が消えてしまいました!』
「消えただと? どういうことだ?! 落ち着いて話せ。」
『わかりません! とにかく二人とも、光と一緒に目の前からいなくなってしまったんです!』
全く要領を得ない報告に、土方は眉根を寄せた。
「今の銀の光も、カーレルを離れて、彗星へ向かっています!」
続く美央の報告を聞いて、土方は腕組みした。
金の艦から飛び去った銀の光。光と共に消えてしまった、舞と飛翔。
その放った色合いから考えても、飛び去った光は、舞に違いあるまい。同時に消えたとなれば、飛翔も一緒だろう。何か不思議な力が働いて、舞に金の娘の後を追わせ、彗星へと導いているのだろうか?
普通に思考すればあり得ないことだが、何しろ、ルーナンシアからこっち、ハヤトを巡る状況は不思議だらけなのである。彼の頭脳は、今や常識と呼ばれるかものに囚われてはいない。
「金の娘が離脱してしまった以上、ここにいても仕方がない。金の艦内部の戦闘員に、帰艦命令を出せ。艦内の敵はどうだ。」
「今のところ、Dブロックで持ちこたえています。」
「よし。坂本が戻ったら、本城を上へ上げろ。」
敵の人数が多いだけに、艦内は苦戦していたが、猛の獅子奮迅の働きと、やがてカーレルから戻って来た戦闘員たちの加勢もあって、形勢はやや持ち直した。土方は、その瞬間を逃さず、
「陣、彗星へ向かえ。」
と指令した。ハヤトは、なおも執拗に取り付こうとする敵兵を振り落とすように、遥か彼方で妖しい紫色の光を放つ彗星へと、進路を向けた。
「十二時の方向、ミサイル来ます!」
美央の報告に、独が慌てて、
「剛也! 避けろ!」
と指示した。
「ミスター?!」
言われた通り、反射的に回避行動を取りながら、剛也が不審げに背中で問い返すと、独は、
「今の白兵戦で、犠牲者が出たんだ。舞と飛翔も抜けた。バリアの強度は、周囲の思念波の質と量に比例する。レムリアが言った通りなら、人数が減った分、強度が落ちている可能性がある。これまでのように、正面から当たるのは危険だ。」
と、バリアの輝きを見据えた。
ハヤトの周囲を取り巻くバリアは、変わらぬ金の光を燦然と放って、宇宙空間を輝かせている。杞憂であってくれればよいが、と独は願ったが、不幸にも彼の予感は的中した。次の瞬間、バリアをかすめた敵ミサイルが爆発し、その破片が、ハヤトの艦体を直撃したのである。
「当たった?!」
第二艦橋に動揺が広がった。独が早速分析にかかる。その結果、バリアにミサイルやエネルギーが触れた瞬間に、その部分の強度がわずかに落ちることが判明した。
「落ち着け! バリアはまだ十分機能している。だが、これまでのように完璧ではない。陣! 大ダメージを避けるために、敵の攻撃はなるべく避けろ。特別砲撃隊は、彗星との間に立ち塞がる敵艦を攻撃!」
続く土方の指示で、艦内に落ち着きが戻った。
強度が落ちたと言っても、バリアの内部に入り込んで来るのは、ミサイルの破片や、エネルギーの余波だけで、ハヤトは、大きな被害を受けることはなかった。しかし、敵の攻撃を気にしながらの前進は思うに任せず、ハヤトは、彗星本体から次々に出撃して来る敵の猛攻に、行く手を阻まれる形になった。
「舞……! 飛翔!」
帰艦した恭一郎らに後を任せて、第二艦橋へ戻った猛は、舞と飛翔の身を心配しながら、艦内の指揮と敵への対応に追われた。
不思議な銀の光と共に飛び去った舞と飛翔は、どうなっていたのだろうか?
「いっ……、一体、何がどうなったんだ!」
飛翔は、うろたえながらも、反射的に自分と舞の身を物陰に隠し、小声で叫んだ。
「ここは金の艦じゃないぞ。ハヤトでもない!」
辺りは、種々のパイプが縦横に走り、巨大な機械が唸りを上げる、見慣れない通路であった。
「巨大な宇宙船か、基地のようだが……。」
飛翔は、周囲に注意深く視線を走らせ、あっと声を上げた。天井を走る太いエネルギーパイプに、カーレル内で見た彗星帝国の紋章が刻まれているのを見つけたからである。
「どうやら、ここは敵地らしいな。」
そう囁いて、飛翔は武器を確認した。
ライフルは身に着けていない。舞の腕を掴んだ時に、取り落としたのだ。コスモガンがあったが、これまでの戦闘で、既にかなりエネルギーが不足している。
「……ここは紫色彗星よ。」
それまでじっと黙って飛翔の言葉を聞いていた舞が、頭を上げてそう言った。瞳には、確信に満ちた光が瞬いている。
「何だって?」
飛翔が問い返すと、舞は言った。
「ここは彗星の中なのよ。間違いないわ。金の艦の中で感じたのと同じ金の娘の気配を、確かに感じるもの。」
飛翔は唸り、再び辺りを見回した。
ハヤトなどよりは遥かに巨大な建造物に用いられるであろう設備類、明らかに敵のものと思われる紋章。レムリアは、彗星の中には人工の帝国がある、と言っていた。ここは、その帝国内部なのかもしれない。
しかし、二人は、今の今まで金の艦深くに侵入していたのだ。それが、今は彗星の中に存在する。そんなことがあり得るのだろうか?
飛翔は腕組みし、自分の身に起こった出来事を思い返した。
あの時、舞の体は突然銀色の光に包まれた。周辺に漂う光が、四方八方から集まって来て、その身に音を立てて凝縮した、そんな感じだった。何事かと驚いて、咄嗟に舞の腕を掴むと、わずかな衝撃と共に、視界が光で真っ白になった。そのままでどれほどの時間が経ったろうか、やがて光が薄れると、辺りの風景が一変していた、というわけである。
あの銀の光が、舞と自分をここへ運んだというのか?
突飛な考えだが、それ以外には、二人が今ここにいる理由は思い浮かばなかった。彼の思考は既に切り換えられていて、そういうことが起こっても不思議ではない、と感じられる。
これこそは、ラ・ムーの星の導きであろう。今は引き裂かれている、レダ・フィオリナとレア・フィシリア。二つの星が遂に出会ったように、やはり、二人は会わねばならぬのだ。
「本当なのかしら?」
それでも舞が問うた。
「知らん。舞がそう思うなら、本当だろう。」
飛翔は答えた。
今は、検証なぞしている暇はない。事実ならば、それを事実として行動するまで、無論、イルーラを探すのである。金の艦よりは遥かに広い場所だが、舞になら、必ずイルーラの居場所を突き止められるばずだ。
「ここが彗星なら、金の娘に会おう。どちらの方向か、わかるか?」
飛翔が問い掛けた時、足音が近づいて来た。艦がワープアウトして来る時のものとはまた違う、ごく微小な重力震発生を察知したイゾルデに、警戒を命じられた兵士たちである。
しかし、二人の兵士の足取りは、どこかのんびりしていた。
大体、何をどう警戒しろと言うのか?
帝国内の全ての人間は、精神分析装置デュアナによって調べられ、管理されている。謀反や内乱の類が勃発する危険性は、全くない。ましてや、外部の者が、高速中性子の嵐と高圧ガスの帯に厳重に守られたこの彗星内部に、監視網にも引っ掛からずに侵入して来ることなど、あり得るはずがないのだ。
もう長い間、絶対無敵のこの帝国に在る兵士たちにとって、彗星内での「警戒」とは、常に形式だけのものであった。勢い、イゾルデの命令は、定められた配置に取り敢えず着く、という形で実行されようとする。
飛翔は、舞を後ろに庇い、何とか気付かずに通り過ぎて行ってくれればよいが、と、コスモガンを構えて油汗を流した。二人の兵士は、何やら私語を交わしながら、暗がりに潜む二人には気付かずに、通り過ぎてゆく。
(そのまま行ってくれ!)
飛翔は、心の中で叫んだ。が、彼らの姿が完全に行き過ぎる直前、一人がひょい、と横を向き、その目が飛翔と合った。
兵士が驚愕の叫びを漏らす前に、飛翔のコスモガンが火を吹いた。突然、崩れかかった同僚を見て、もう一人は一瞬狼狽したが、すぐに、何か叫びながら、光り輝く剣のようなものを抜いた。しかし、これも、通路へ飛び出た飛翔の次の一撃に倒れた。
この間、わずか三秒である。
飛翔は、すばやく辺りを確認した。
幸いなことに、人影はない。機械音がうるさく響いているお蔭で、音を聞かれることもなかっただろう。だが、長い時間隠し通すことはできまい。敵が異状を察知する前に、少しでも金の娘の元へ近づく必要がある。
「ビームソードか……。エネルギーを発して、剣として使うようだな。」
飛翔は、昔のSF映画みたいだな、と苦笑しつつ、まだわずかな音を立てて微動している光剣を、兵士の手から奪い取った。ボタンを押すと、エネルギーが消え、携帯に便利な大きさになる。剣などという物は、訓練学校時代に扱ったことがあるだけだったが、いざという時は、コスモガンの代わりになろう。
「急ごう、舞!」
「ええ。こっちよ。」
倒れている兵士たちを、二人が潜んでいた物陰に押し込むと、舞と飛翔は、イルーラを求めて、巨大な紫色彗星の内部を移動し始めた。
彗星内部は、思ったよりも少ない人数で運用されているらしい。元々、宇宙空間を高速で移動していることもあって、外部の者が侵入するという想定自体が薄いのだろう。監視装置や警戒の人影は、ほとんど見当たらなかった。
二人は、それでも十分に注意しながら、エレベーターで何層ものフロアを上り、舞の感覚が教える金の娘の気配に向かって進み続けた。できるだけ、二人が彗星内部に侵入している痕跡を残さぬようにしなければならない。今は、それが、時間を稼ぐ最も有効な手段なのである。
「ここは……。」
途中、二人は、連絡艇の発着所らしき一角を通り掛かった。恐らく、彗星の外に出ている艦との連絡に当たるためのものだろう。ここも、警戒というほどの警戒は敷かれていず、四人の歩哨が退屈そうに佇んでいるだけだった。
「帰りはここからだな。」
期せずして、不思議な銀の光に導かれて彗星に乗り込んでしまった二人だったが、ハヤトへ戻る具体的な方法も考えておかねばなるまい。
帰りは、金の娘も入れて三人。
ここに待機している連絡艇は、どれも、三人は十分に乗れる大きさだ。飛翔は、フロアの番号を示すらしい見慣れぬ記号を頭に刻み込むと、舞と共に先を急いだ。
二人は、エレベーターを乗り換え、さらに上の階層へと上った。
「近いわ……。」
とあるブロックで、舞が、歩速を緩めて呟いた。ずっと舞の意識に働き掛けている金の娘の気配が、辺り一帯に一段と濃厚に漂っている、そんな感じだった。
その一角は、ちょうど彗星の中心部にも相当するだろうか。それまで二人が通って来た、機械剥き出しの殺風景な通路とは明らかに異なり、壁や床などの内装にも、高級感が漂っている。エンジン音もほとんど聞こえないほど防音設備も整い、要人のために用意された場所であろうことが察せられた。
二人は、さらに用心を重ねて、厚い絨毯が敷き詰められた通路を進んだ。
「あそこよ。」
舞は、通路の角の柱の陰で足を止め、身を潜めながら、飛翔に目配せした。
飛翔が用心深く柱の陰から向こうを覗くと、角を曲がって数メートル先に、豪奢な装飾の施された重厚なドアがあり、その前に、二人の兵士が身じろぎもせずに立っている。
「あの部屋か……。」
ほとんど無警戒と言ってよいほどに警戒の薄い彗星内部で、一つのドアの守備に二人の兵が着く。それこそは、ドアの向こうに重要人物が存在することの証明であり、舞が断定する以上、それは金の娘に他ならない。
飛翔は、コスモガンを消音モードに切り替えて、慎重に構えた。
見張りは二人。ここまで来て、気付かれるわけには行かない。とにかく、騒ぎにならぬよう、一撃必殺で倒さなければ……。
飛翔が息を詰めて狙いを定め、引き金を引くと、ボスボスッ、というくぐもった発射音が二つ響いた。狙いは正確で、見張りの兵士たちは、声もなくその場に崩れ落ちた。
「よし! 行くぞ、舞!」
飛翔は、今の射撃でコスモガンのエネルギーが残りわずかになったのを気にしつつ、舞を促した。
「ええ!」
二人は、柱の陰から飛び出ると、ドアの前に駆け寄った。
格調高い彫刻の施された、黒いドア。このドアの向こうに、金の娘がいる!
舞は息を弾ませた。
宇宙を滅亡に追いやろうとしている紫色彗星を倒すための最後の鍵、金の娘イルーラと接触する時が、いよいよやって来たのだ。宇宙の平和が守られるかどうかは、このコンタクトに懸かっている。
探し求めた金の娘の気配が確かに存在するのを感じながら、舞は、震える手でドアの開閉スイッチを押した。