ACT6 真夏の夜の宴

 やがて日が傾き、西の空が美しい夕映えに染まる頃、一人、また一人と、英雄の丘を訪ねて来る者があった。
「佐渡先生!」
「おお! 皆、来たな。」
 佐渡が顔を向けると、懐かしい顔が続々と近づいて来る。
「ご無沙汰しています。」
「お元気でしたか、先生!」
 口々に言いながら、皆は佐渡の周囲に集まって来た。
 一足先に来ていた佐渡、それに猛、舞の他にも、元チーフパイロットの陣剛也、元通信班長で通信部門チーフの新命飛翔、元科学技術長の神宮寺独、元機関長の徳川正成、元航海班航海計画部門チーフの明日香麗、元生活班長の海堂美央、そして、分析ロボットのアナライザーまでがやって来ていた。
「猛!」
「剛也! 久し振りだな。どうだい、輸送船団勤務は。」
「宇宙の運び屋だからな。ハヤトとは比べるべくもないが、まぁ無事に往来できるのはありがたいことだ。」
 猛と剛也も、久々の再会に肩を叩き合った。この親友同士も、ハヤトが地球へ戻ってからは勤務が別々で、滅多なことでは会えないのである。
「総員整列!」
 式典開始の時間になったので、佐渡が号令を掛けた。独と飛翔が、持って来た花輪を沖田の像に捧げ、一同はきびきびと整列する。
「沖田艦長、地球にいる者は全員集合したよ。皆、それぞれの部署で、地球国家の建設に努力しております。ご安心ください。」
 そこで、佐渡は、キリリと顔を引き締め、一段と声を張り上げた。
「宇宙戦艦ハヤト艦長、沖田充へ敬礼!」
 一同は沖田の像を振り仰ぎ、胸に手を当てて一斉に敬礼した。沖田と、それを取り囲むように建っている三人の女神の像が、皆を見下ろし、その労を労うかのように優しく微笑んでいる。
 遠くメガロポリスの彼方には、赤々と夕日が落ち、辺りに静寂が忍び寄っていた。
 遥かなティアリュオンへの旅で、何人の仲間が生命を失ったことだろう。今ここに生きていることは全くの奇跡であり、幸運でしかないことを、全員が心の奥深くにズシリと感じていた。そして、青い地球を見ることなく死んで行った彼らのためにも、ハヤトが、地球が、大いなる愛によって生かされたことを決して忘れず、宇宙の平和を守るために、一歩一歩着実に歩んで行かなければならないのだ、と改めて決意し、胸に刻むのであった。
 礼典を終わった一同は、それぞれのグループに分かれ、今が盛りのレアの花の上に車座になって談笑に入った。宇宙で勤務に着いている者同士は、こうした機会でもなければ会うこともままならない。皆、それぞれに、仕事の話、来られなかった仲間の話で、楽しく盛り上がっていた。
 かつて生死を共にした仲間たちは、固い絆で結ばれている。このとりわけ強い人の繋がりは、ハヤトを降りて三年が経った今でも、少しも変わってはいない。
 中でも、元メインスタッフたちの繋がりは一段と強く、その周囲がほの明るく輝いて見えるほどであった。
「ところで、飛翔。いよいよだな。どうだい、三日後に結婚式を控えた気分は。」
 早速、剛也が飛翔を冷やかしている。
 剛也も、猛と同じように資源輸送船団護衛艦に乗り組み、そのチーフパイロットとして活躍中だった。
「おめでとう。」
 猛も、祝福の言葉を投げ掛ける。
「ありがとう。式には、お前さんらも出席してくれるんだろう?」
「もちろんさ。それに合わせて休暇を取ったんだ。楽しみにしてるよ。」
 飛翔は、宇宙港の通信室長を務めている。最愛の婚約者、花月唯子との結婚式を三日後に控え、さすがに喜びは隠せず、いつも涼しい眼差しが和らいで、和やかな表情をしている。だが、一人の女性を愛し抜き、一生共に歩んで行くのだという決意が強く瞳に滲み出て、いつも端正な顔が一層大人びて見えた。
「あーあー、飛翔さん、いつものクールな顔が崩れてますよォ。」
「全く羨ましいなァ!」
等々、メインスタッフ三人組の周りは、飛翔の結婚話で大いに盛り上がっていた。
「飛翔、唯子はどうしてるの? 一緒に連れて来てくれればよかったのに。」
 久し振りに親友に会いたかった舞や美央は、残念そうに口を尖らせた。
「ああ、唯子は、第六区輸送船団の病院船勤務なんだ。本当は、今日の午前中には帰って来るはずだったんだが、少し遅れていてね。二十二時到着予定だとさ。」
「結婚式の直前まで宇宙勤務だなんて……。本当に人使いが荒いわよね。」
 舞が、自分のことのように、頬を膨らませて嘆いた。
 各惑星のステーションには、それほど整った医療施設がないため、定期的に病院船が巡回し、そこで働く人々の健康状態をチェックしたり、医療品の補充を行ったりしている。唯子は、その病院船に医師として乗り組んでいるのだ。
 実は彼女は、この三年の間に医師の資格を取得していた。眠る間も惜しむほどの努力の賜物で、結婚を延期していたのはそのためでもある。
「輸送船団で、ちゃんと計画通りに行って帰って来てくれるのは、今のところ猛と剛也の二人だけなのよ。さすがは、元ハヤトの艦長代理とチーフパイロットよね。今日だって、猛の第三区輸送船団は、途中アクシデントに遭遇するも、定刻五分前に到着! 言うことないわ。お疲れ様。皆そうだと苦労しないんだけれど、他の船団は、一週間とか平気で遅れたりするものねぇ。遅れが半日ならましな方よ。」
 そう言う麗の笑みは、相変わらずあでやかである。
 彼女は、今は資源輸送船団航海計画室の主任を務め、資源調達計画を切り回し、推進している。言わば、輸送船団の大元締めである。
 地球に帰還した直後は、舞と同じように連邦大統領の秘書にと懇望されたのだが、秘書などは性に合わない、とあっさり断って、今の職に就いたのであった。
「麗さんにはかないませんよ。遅れて戒告食らうのはゴメンですからね。」
と、剛也が混ぜ返す。
 麗は、相手がどんなベテラン艦長だろうと、大した理由もなく遅れようものなら、すかさず戒告処分にするので、その美貌と相まって、評判になっているのであった。
「ねぇ、今日の猛くんの到着は、十四時三十分頃でしょう?」
「そうだけど?」
 猛が怪訝そうに返すと、生活局の主任として、メガロポリスの衣食住を取り仕切っている美央は、
「やっぱり! そりゃ、あれだけキラキラ翔んで来れば、よっぽど鈍感な人以外はわかるわよ。」
と茶目っ気たっぷりに答えた。
「キラキラ?」
「あら、本人にはわからないのかしら? 翔んで来るのよ、キラキラ、ってね。」
 美央は、自分の前で手をひらひらさせながら、微笑んだ。
「最初は何かと思ったけれど、なぜかしら? すぐにわかったわ。翔んで来るのは、猛くんと舞、二人の輝きなの。私たちにはわかるのよ。ああ、猛くんが帰って来たんだな、って。ね、ミスター?」
 美央の隣では、科学局主任の独が、ニコニコと頷いている。その眼差しは、大人の落ち着きを加えてますます深く、澄んだ湖のようだった。
「不思議だよな。本当に『人の繋がり』が成せる、というこの『事実』は。科学者の端くれとしては、とても信じられないところだよ。やっぱり、猛と舞ってのは特別なんだろうな、俺たちにとっても……。何しろ、宇宙に奇跡を起こした二人だからな。全てはそこから始まったんだから、二人が『繋がり』の中心にいるのも当然だろう。まぁ、勤務中にあんまりキラキラされると参るがね。」
 独は、暖かい目で笑った。
 彼こそ、猛と舞の幸せを心底願っている者の一人と言えるだろう。その思いは、実の弟妹を思う兄のそれに近い。
 猛も舞も、とにかく可愛い。二人のためなら何でもしてやりたいと思う。ルーナンシアで、二人を支える大きな柱になってやらねば、と沖田と共に語り合ったのを、独は昨日のことのように思い出していた。
 舞は、レア・フィシリアとして目覚める運命に否応なく巻き込まれ、自分を失うほどに苦しんだ。そして、身を挺して人々に宇宙の愛を見せ、ハヤトの危機を救い、危うく生命を失いかけさえしたのである。そんな舞を、猛は見事に支えきり、遂に救い得た。だが、その愛故に、猛がどれほど苦しみ、辛い思いをしたか、独は知っている。
 だから、輝きがきらめいてかすめて行くと、二人の幸せを受けて独もまた嬉しく思い、安心するのだ。その都度、人はこうして繋がって輝けるのだと実感し、未来への希望を見出しもする。そして、愛し合う者同士が幸せであれる、この平和な時代が永遠に続くように、と、心から祈らずにはいられないのだった。
 それにしても、これだけのメンバーが揃ったのは、本当に久し振りである。
 美央は、懐かしい仲間たちを見渡しながら、ホッと溜め息をついた。誰の上にもあれから三年の月日が流れたのだ、という感慨がある。
 猛、剛也、飛翔といった面々の横顔も、すっかり骨格が変わって、少年特有の丸い線が消え、大人の鋭い確かな線が見え隠れしていた。この骨格の変化こそは、彼らが青年と呼ぶに相応しい存在へ成長したことの証である。皆、確実に階段を上ったのだな、と、美央は思う。
 舞は、猛の隣に座って、静かに微笑んでいる。その心が、ピタリと猛に寄り添っているのが、美央にはよくわかった。似合いと言ってこれほど似合いの二人も、そうはいまい。周囲のレアの花も見事な赤に変色して、その愛と繋がりの深さを表している。
(もっとも、愛を誤りなく映して色を変えるこのレアの花は、嘘偽りが通用しないだけに、世の恋人たちにとっては、悶着の種でもあるらしい。)
 舞の幸せそうな横顔は、猛の愛を受けて一層美しく、透き通るような輝きで、女の自分も見惚れてしまうほどだったし、飛翔に熱愛され、結婚式を控えている唯子も、さぞ美しくなっているだろうと想像できた。
 麗も、ますますその美貌に磨きが掛かって、妖しく光るようである。いつもシャープなその横顔に微妙な憂いが加わって、一段と魅力的だった。
 だが、その微妙な翳が、ティアリュオンに残った隼人への、未だ断ち切れぬ思いの表れだということまでは、美央は知らない。
 麗に言い寄っていると噂される男は、美央が知っているだけでも十指に余るほどだった。そうした男たちの際どい情念を泳ぎ抜けて、麗は、今こうして鮮やかに微笑んでいるのだ。多分、独も、あっさり麗にすり抜けられてしまったうちの一人なのだろう。しかし、その瞳は、深い愛を込めて今も麗を追っているし、剛也にしても、決して手が届かぬと思いつつ、憧れを禁じ得ない様子である。
(なるほどねぇ。こうしてみると、剛也くんの気持ちがよくわかるわ。)
 美央には、ハヤトが地球に帰り着く直前に、剛也が、自分には守る人がいない、と嘆いていた気持ちがわかるような気がした。
 皆、それぞれに、愛したり愛されたりして輝いているのに、自分は、特に誰かを愛しているわけでもなければ、誰かに愛されているわけでもない。自分だけが先へ進んでいないような、一種の焦燥感がある。羨ましいのかもしれない。剛也が感じていたのは、こうしたもどかしさだったのだろう。
 あの時、剛也には、きっといつか守るべきただ一人の人と巡り会うわ、と言った。
 では、自分はどうなのだろう。自分は誰と巡り会うのだろうか?
 だが、美央は、一時物思いに沈む自分の横顔から、「明るい」一辺倒だった少女の面影が消え、子供と大人の境界で揺らめくその微妙な曖昧さが、皆の目に印象深く映っていることには気付いていない。かつて剛也がそうだったように、誰しも自分の変化には気付かないものなのだ。
「いいですなぁ、若い者は。」
「いや、全く。」
 ハヤトの長老二人、佐渡と徳川は、寛いだ表情で差し向かい、酒を飲んでいた。
 輝くような若さというものは、いつ見ても気持ちの良いものである。彼らが成す緩やかなその繋がりは、いつも健全さを感じさせた。それを心底良いことだと思いつつ、苦しかったティアリュオンへの旅が見事に結実し、地球が新しい道を歩いて行こうとしているのを実感する。後は、彼らが道を誤らぬよう、見守ってゆけばよいだけなのだ。
 佐渡は連邦中央病院の医長であったが、大病院は性に合わん、とさっさと辞めて、今は町の医院の院長をしている。
 徳川は現役の機関長。相変わらずの頑固親爺ぶりで、若い機関士たちの育成に尽力しているが、家へ帰れば、孫娘に大甘の良き祖父であった。
 完全に暮れた空に満天の星々が輝き、遠くメガロポリスの灯が瞬く。辺りにはレアの花の芳純な香りが漂い、虫の鳴く声もして、静かで楽しい、良い夏の夜だった。
「こうしていると、ルーナンシアの夜を思い出すわねぇ。」
 猛と舞の周囲で、赤、紫、空色のレアの花が織り成す、美しいグラデーションを眺めながら、美央がうっとりと呟いた。
「全くじゃ。女王レムリアも、今の地球の復興ぶりを見たら、きっと喜んでくれることじゃろう。」
 佐渡も酒を手に頷いた。
 しかし、猛は、瞬間、穏やかな気持ちがかき乱され、無性に苛立つのを感じていた。ここへ来る直前に見た、嫌な夢を思い出したのである。
(まただ! ルーナンシア……。女王レムリア……。なぜだろう。今日は必ずこの二つに行き着く。妙だな。)
 心に何かが引っ掛かる。猛には、それが、巧妙にばら撒かれた何かの暗示に思えて仕方がないのだ。
「ああ、レムリアと言えば……。」
 飛翔までもが話を継いだので、猛は、身を固くして視線を向けた。