ACT2 中央作戦室
五分後、中央作戦室に、メインスタッフとセカンドスタッフ二十名が顔を揃えていた。
「ここで、各自の役割とこれからのスケジュールについて、改めて確認しておきたい。」
場をリードしているのは、艦長沖田である。出航前には時間が取れず、スタッフ全員が一堂に会するのは、これが初めてだった。
ハヤトは、戦闘隊、航海班、通信班、科学技術班、機関班、医療班、生活班の七つの部門から成り、その重立った者たちが、メイン及びセカンドスタッフとなっている。
「最初に皆に言っておく。言うまでもないことだが、ハヤトには人員の補給が期待できない。少ない人数で大勢の敵を相手にするのだから、人員が一人減るということは、ハヤトにとって大打撃となるのだ。労を惜しんではならんが、生命は最大限に惜しめ。コスモクリーナーと共に生きて帰ることこそが目的であることを、決して忘れるな。勇猛果敢と蛮勇とを履き違えて、無駄に生命を失うようなことがあっては絶対にならんぞ。このことは全員に徹底しておくように。」
沖田は、厳しい顔でそう言い渡した。
乗員総数、わずかにニ百三十三名。半数でも欠けようものなら、この巨大な艦は、運用するのさえ困難な状況に陥るだろう。何しろ、復讐の念に燃える若い乗組員たちばかりなのである。少しでも多くの敵を道連れにして死ぬことができれば、などと思ってもらっては困るのだった。
「本城、加藤は戦闘隊の責任者だ。戦闘隊は、当然この航海の重要な鍵になる。それだけに、隊員一人が、何千、何万という敵に匹敵するのだということを、絶対に忘れるなよ。頼むぞ。」
「はいっ!」
二人は、やや緊張した顔で返事をする。自分たちの働き如何では、ハヤトは太陽系を出ることさえできずに、宇宙の藻屑と化してしまうだろう。失敗は許されない。
ハヤト一の大所帯、戦闘隊は五十一名。空戦用のコスモゼロ部隊アストロ・レオ三隊と特別砲撃隊より成る。
「陣は、チーフパイロットだ。ハヤトの命運は、操縦士であるお前の腕一つに懸かっていると言っても過言ではない。頑張ってくれ。」
「はい。」
剛也も厳しい顔で頷いた。
航海班は十三名である。艦の運航の全ての責任を負うチーフパイロットの剛也と、サブパイロット、他に、明日香麗がチーフを務める、十名から成る航海計画部門がある。その麗は依然会議中だ。
「新命は通信、片桐はレーダーとデータ解析の責任者。正確な情報の伝達と戦況の分析は、特に戦闘時には非常に重要な要因となる。しっかり頼むぞ。」
通信班は三十名。班長は二人で、それぞれが通信部門と、レーダー・分解析部門を分担する。
通信部門担当の新命飛翔の元には、艦橋勤務三名、通信室勤務十一名、計十四名の通信士がいる。
身長百八十三センチの飛翔は、猛たちと同じ訓練学校新卒の十九才。訓練学校では、舞と通信・情報科学コースのトップを分け合った、優秀な若者である。涼しげな目元と知的な雰囲気とが、彼を一見クールそうに見せているが、実は大変な情熱家で、大恋愛の末に婚約した美しい婚約者を地球に残して来ていることで有名である。
舞は、レーダー・データ解析方面でその能力を発揮する。どこか神秘的なところのある、知的
な十八才の少女だ。
「神宮寺君には、ハヤトの全ての科学技術面を任せる。」
科学技術班は五十名。観測、分析、技術の三部門から成る。その三部門の全てを統括する科学技術長神宮寺独は、二十五才。数少ない地球防衛軍の生き残りで、ハヤトの大改造の中心ともなった、若き天才科学者である。
一口に科学技術と言っても、未知の自然現象の解明から艦の修理まで、扱う範囲は非常に広い。だが、独は、それをこなすだけの実力の持ち主であった。常に冷静にして沈着、落ち着いたクールな男ではあったが、冷徹な科学者という印象はない。彼本来の優しい気質が、内から滲み出てしまうからであろう。
「徳川君には、ハヤトの動力関係の一切を任せる。」
機関長徳川を始めとする三十五名の機関士たちは、科学技術班の技術部門と連携を取りながら、エンジンの管理に全力を上げる。相手が地球の常識ではよく理解できない波動エンジンだけに、その作業が困難を極めるであろうことだけは想像できる。
六十三才の徳川は、沖田や佐渡らと同年輩で、特に沖田とは、艦長と機関長という立場で長年行動を共にして来た、言わば戦友同士であった。白い髭を蓄えているところは沖田と同じだったが、禿げ上がった頭は佐渡に似ている。もっとも、髪の毛の占める割合は、佐渡に比べればやや多いと言えた。
「佐渡先生には医長をしていただき、乗組員の健康管理をお任せする。生かすも殺すも先生の腕次第。宜しく頼みますぞ、佐渡先生。」
「任せときんしゃい、艦長。」
佐渡は陽気に答えた。
彼の下にはインターン二名、看護師二十五名が付き、常時ホスピタルに待機して非常時に備える他、乗組員の日々の健康管理に当たる。
さすがに一升瓶は自室に置いて来たらしいが、佐渡は名前に似て酒好きである。だが、中身はれっきとした世界的権威の医学博士であり、彼の手に負えない手術はないと言われているほどの名医なのであった。そして、この佐渡と沖田、徳川の三人が、ハヤトの中では思慮も分別も経験もある大人らしい大人なのであった。
「海堂は生活班長。長い航海の間、大勢の乗組員の生活に気を配るのは、地味だが大変かつ重要な仕事だ。頑張ってくれよ。」
「はい。」
言われた美央は、いかにも闊達そうに返事をした。そこにいるだけで場の雰囲気が何となく和らぐというのは、この娘の特性らしい。
生活班は二十五名。生活、食糧、居住の三部門から成る。班長は、これも訓練学校新卒の海堂美央十九才。底抜けに明るく、よく気の付く性格が、この仕事に相応しい。レーダー操作の腕前は舞にも劣らぬほどで、時にレーダーに携わることもある。つぶらな瞳の可愛い女の子だ。
「ん? アナライザーはどうした。」
沖田が問うた時、背後のドアが開き、独特の機械音を響かせて、赤いロボットが入って来た。
「皆サン、遅レテスミマセン。」
合成音だが、その声はひどく人間臭く聞こえる。
アナライザー。自称最新型天才ロボットである。足に相当する部分がキャタピラーであることからしても、最新型というのは自称に過ぎないことが判明するのだが、天才かどうかという点では、そう無情に否定してみせるわけには行かない。人型から掛け離れた丸みの勝ったそのデザインからは想像し難いが、性能だけは良く、調査・分析には欠かせない存在なのである。
「アナライザー! お前また酔っ払ってるのか。不謹慎だぞ!」
独の叱声が飛んだ。
ウィ・・ッ、ヒッ・・クなどという音と共に、不規則に光を明滅させているこのロボットは、明らかに酔っ払っているらしい。ロボットが酔っ払うというのも変な話だが、アナライザーは人間並に酔っ払うことすらできるのだ。無論、彼に酒を覚えさせたのは佐渡である。元来陽気が取り柄のこのロボットは、すっかり佐渡と意気投合し、たちまち酒を汲み交わす仲となったのであった。
「まぁまぁ。どうじゃ、アナライザー。後でもう一杯やらんか。」
「ヘイ。」
「アナライザー!」
「……まぁいい。」
声のトーンが半音ほど上がりかけた独の横で、苦笑混じりに沖田が取りなした。
「しかしアナライザー、酒はほどほどにしろよ。」
「ヘイ。」
返事をする時に「ヘイ」と言うのは、このロボットの特徴である。合成音がやや不明瞭なため、「ハイ」のつもりが「ヘイ」に聞こえるのだ。
「お前の任務は、佐渡先生の専属補佐と、非常時における全ての補佐だ。つまりオールマイティというわけだ。お前の『天才的頭脳』ならできるな?」
「モチロンデス。」
いかにも得々と答えるその様がやや小面憎く思え、
「全くアナライザーはおだてるに限る……。」
と独は呟いた。
ハヤトの中で、アナライザーを上手くあしらえるのは、沖田と佐渡と独だけだと言われている。が、独にしても、好きで扱えるようになったわけではない。艦長の沖田を煩わせるほどでもなく、かと言って佐渡では面白がって逆にけしかけたりするので、勢い、アナライザーに関する苦情は科学技術長の元へ持ち込まれるようになり、それに対応しているうちにコツを掴んだというところであろう。だが、さすがに艦長だけあって、沖田はさらにその一枚上を行くようである。
「何カ言イマシタカ、みすたー神宮寺。」
人間に聞こえるかどうかのその微かな呟きをすかさずキャッチした(これも性能の良さと言えるであろう)アナライザーは、丸い頭をくるりと回転させて、独に向き直った。
「別に。」
すっとぼけながら、独は苦笑した。
確かに性能は良いが、ロボットのくせに人間臭過ぎる。特に、自尊心の高さは処置なしであった。彼は、行くところに必ず大小の騒動を巻き起こし、人間たちを翻弄して回るのだが、そのささやかな喧騒が、当の人間たちに人間らしさを取り戻させるのである。だからこそ、アナライザーは皆に愛された。
そして、独は、アナライザーにかくの如きプログラミングを施した製作者に、敬意を表すると同時に、嫉妬を感じるのである。その発想が、同じエンジニアである自分にはないものだと知らされるからだ。アナライザーを前にするとなぜか平静でいられないのは、そのせいなのかもしれない、と独は思う。
「遅れまして申し訳ありません。」
そこへ、会議を終えた麗が入って来た。
航海班航海計画部門チーフ、明日香麗二十四才。独や隼人とは同期生である。額に掛かる髪の奥に、幾分寝不足気味ではあるが、理知的な大人の目が覗いている。
「おお、明日香。ちょうどいいところへ来た。早速やってくれたまえ。」
「はい。それでは航行スケジュールを一部説明致します。」
麗がスイッチを操作すると、床のパネルに航行図が映し出された。
「ハヤトは、現在月の軌道に差し掛かったところです。まず、三十四時間後に、テストとして火星から土星までのワープを行います。その後、戦闘によるロスを含めて太陽圏を五日で、さらに銀河系を四十五日で突破。銀河―アンドロメダ間を百日、コスモクリーナー受け取りのためのティアリュオン滞在日数を二十日、帰路を百二十日として、二百九十日目には地球へ帰還するということになります。」
一同の間に、低いざわめきが広がった。
確かに、計画としてはこうあらねばなるまい。しかし、それは、彼らの想像していた以上に厳しいスケジュールだった。
太陽圏を五日で突破するということは、敵の冥王星基地を壊滅させるのに五日、ということである。後顧の憂いを断つという意味でも、冥王星基地を叩いて、地球をこれ以上悪くならない状況に置いておくことは、絶対に必要だった。
が、何しろ、地球側は、今まで一度たりとも敵に勝ったことがないのである。たった五日で、それを成し遂げることができるのだろうか?
予めわかっていたこととは言え、全員が、その道程の厳しさに改めて思いを馳せずにはいられなかった。
予備の日数も、わずかに七十五日。それくらいの日数は、ちょっとした宇宙の自然現象にぶつかっただけで、あっと言う間に食い潰されてしまうだろう。しかも、人類絶滅まで三百六十五日というのは、ハヤト出立の日から、通常の一年という日数で、目安として決めたものである。そのXデーが後ろに延びることは十分考えられるが、その逆もまた同じくらい十分考えられるのだ。当然ながら、余裕は全くない。
「それでは、ワープについて少し説明します。」
中央作戦室を占めた重苦しい空気を振り払うように、独が麗に代わると、パネルには白い円が映し出された。
「ワープとは、光の速度を越えて航行する方法です。アインシュタインの閉じた宇宙論によると、我々の今いる位置はここ。つまり、光はこの周に沿って移動するわけです。」
独が円の一点を指し示すと、光を示す光点が円に沿って廻り出す。そして、次に、その円が拡大されて波形となった。
「これを拡大して、時空間をこのような波だと考えると、この波の波頭から波頭へ一気に飛び越えてしまえば、谷間の分だけ時間と距離を節約できることになります。これがワープの原理です。」
独は淡々と語った。
「もちろん、実際のワープはこんな単純なものではありません。目的地の時間の波とこちらの時間の波が一致した時にワープしなければならず、そのタイミングは非常に難しいものです。波動エンジンが理論通りに動けば、それは自動的に決定されるわけですが、何らかの原因でタイミングを誤るようなことがあれば、我々は次元の谷間を永久に漂流することになるでしょう。」
独がごく簡単な説明を終えると、一同は大きく息をついた。
とにかく、地球では誰も経験したことのない航法なのだ。何が起こるのか、予想できる者は一人もいない。しかし、ワープ航法の実現こそが、遙か二百二十二万光年の彼方にあるティアリュオン星と地球とを一年で往復するという、途方もない計画の大前提なのである。これができなければ、地球と人類を救うというハヤトの目的を達成することはできないのだ。
一様に押し黙った皆を見回しながら、沖田は言った。
「困難な計画だか、今はやるしかない。我々の旅の成功は、このワープテストの可否に懸かっているのだ。テストは絶対に成功させなければならん。各セクションは、配置に着け。テスト空間に達し次第、計画を実行する!」
「はいっ。」
今は、目の前のやるべき事を一つ一つ確実にやり遂げて行く以外に、道はない。スタッフたちは、未知の経験を前にした不安と興奮を胸に包んで、各所に散った。