第ニ章 さらば太陽圏 銀河より愛を込めて
ACT1 旅立ちの時
西暦二一八七年八月十六日、午前九時三十分。
各地下都市から送られて来る始動のためのエネルギーをハヤトに注入する音が、軽い唸りとなって、トウキョウ・ベースの地下ドックを震わせていた。既にドックのドーム状の天井は開け放たれ、赤い空がのしかかるように広がっている。
その空の下、乗員ニ百三十三名が乗艦を終えたハヤトは、その姿を静かに横たえて、エンジンチェックの終了を待っていた。
「徳川機関長。エンジンチェックの状況を報告してくれ。」
ハヤトは、資材と乗組員のチェックを終え、機関部以外の各セクションのチェックもほどなく終了しようとしている。艦長沖田は、若干遅れ気味のエンジンチェックをやや気にしたように、せわしなく機関室と連絡を取り続けている機関長、徳川正成(とくがわまさしげ)に声を掛けた。
「予定より三パーセントほど遅れていますが、ほぼ順調です。」
沖田と同年配の徳川も、緊張した顔でこれに答える。
三つある艦橋の内の一つ、ここ第二艦橋は、ハヤトの中枢である。常時、約十人のスタッフが顔を揃え、ここから各セクションに命令が下る。
艦橋の前方中央のチーフパイロット席では、チーフパイロットの陣剛也が、発進に備えてメーター類の調整中である。その左隣の戦闘隊長本城猛は、特別砲撃隊の南部祐矢と武器の再点検中。左舷のパネルの前では、通信班長で通信部門チーフ、新命飛翔(しんめいひしょう)が、トウキョウ・ベースの地球本部と交信をしている。その隣では、同じく通信班長でレーダー解析部門チーフの片桐舞が、レーダーと解析システムを駆使して各情報の収集中だった。他に、生活班長海堂美央は食糧倉庫で最終点検中、科学技術長神宮寺
独はサイエンスルームで情報処理中である。医長の佐渡酒造はホスピタルで待機し、航海班航海計画部門チーフの明日香麗は第二作戦室で最終会議のはずだ。
さすがにどの顔も緊張しているが、慌ただしさの中に一種の落ち着きが感じられる。
「艦長!」
突然、舞がレーダーから顔を上げて振り返った。
「どうした。」
「レーダーが巨大な飛行物体を捉えました。」
「遊星爆弾か?」
「いいえ、もっと金属質の固いものです。大型ミサイルの一種だと思われます。」
「ミサイルか。メインパネルに拡大投影せよ。」
「了解!」
舞が軽くスイッチを操作すると、艦橋前方上部のメインパネルに、宇宙空間を突進する大型ミサイルが映し出された。
「目標ハヤト! 正確に狙って来ています。到達まであと十五分!」
第二艦橋にサッと緊迫が走った。恐らく、ハヤトの発進を阻止する目的で、敵冥王星基地から発射された物に違いない。ここ数日のハヤトへ注入するためのエネルギーの流れを探知し、その動きを不穏と見てのことだろう。
「うむ。各セクションは発進準備を急げ。終わり次第報告せよ。」
だが、落ち着いた様子で命令を下す沖田の顔に、動揺はなかった。ハヤトの全ての武器は、エンジンが始動しなければ使えない。今は、エンジンチェックの終了を待つ以外に、できることはないのだ。
「レーダー、各システム、異状ありません。」
「武器関係のチェック、終わりました。異状ありません。」
「通信関係、異状ありません。」
チェック終了の報告が、次々と沖田の耳に届く。
「本城。エンジン始動後、主砲を発射する。主砲発射準備!」
「了解!」
沖田の命令を受けて、早速、猛が主砲の発射準備を始める。
一同は、苛々する思いでエンジンチェックの終了を待った。こうしてただ待っている間にも、巨大ミサイルは刻々ハヤトに迫っているのだ。
「エンジンチェック、終了しました!」
やがて、徳川から待ちに待ったエンジンチェック終了の報告がなされた。
「よし、発進だ。」
沖田は、抑えていたエネルギーを顔にみなぎらせて、パイロット席に座る剛也に指示を出した。
「陣! エンジンの始動をやり直している暇はない。波動エンジンの始動は一発でしなければならんぞ。慎重にやれ!」
「はいっ!」
訓練学校のパイロットコースを首席で卒業した剛也も、さすがに緊張で手が震える。
猛は、そんな剛也の様子を隣席からチラリと見て取ったが、敢えて声を掛けることはしなかった。この場合、そうすることが剛也にとって却ってプレッシャーになることを、彼は知っている。ここは剛也を信じ、その後の処置に全精力を注ぐべきであろう。
猛は、自分の前のボードを戦闘監視システムに切り替えた。エンジンが始動したら即座に主砲を撃つべく、ミサイルの軌道のデータを読んで、特別砲撃隊に指示を出すためである。
「補助エンジン始動。」
「了解。補助エンジン始動!」
剛也がレバーを倒すと、微かなエンジン音と共に、補助エンジン始動を示す緑のランプが点灯した。
「波動エンジン点火一分前!」
「シリンダー内圧力上昇。エネルギー充填八十パーセント!」
その頃、トウキョウ・ベースの地球本部でも、郷田司令長官以下の部員たちが、ビデオパネルに映し出された超大型ミサイルの姿を、固唾を呑んで見つめていた。
「ミサイル、月の軌道を通過しました。到達まであと五分!」
監視員が報告する。
「ハヤトはまだ発進できないのか?!」
郷田の顔にも焦りの色がある。沖田に対する信頼には一点の翳りもない郷田だったが、ここでハヤトがやられてしまったら、全てが水泡に帰してしまうのだ。
(沖田!)
郷田は、祈るような気持ちで、じっとパネルを凝視した。
「地球本部より入電! ハヤトはまだかと言って来ています。」
飛翔が緊迫した表情で振り返った。
「待てと伝えろ。」
沖田の声は、相変わらず落ち着いている。
「エネルギー充填百パーセント! 波動エンジン点火五秒前!」
メインパネルには、大気圏に突入し、空気との摩擦で炎に包まれているミサイルが映し出されている。
「三、二、一、接続!」
剛也が最後のレバーを倒すと、一瞬艦内は静まり返った。徳川はじっと目を閉じ、剛也は食い入るように計器を見つめている。ここで波動エンジンの始動に失敗すると、ハヤトは飛び立つ前にミサイルの餌食になってしまう。
全員がしんと耳を澄ます中、やがて、艦底から微かな振動が伝わって来た。同時に、各人の目の前に並ぶランプが、快い音を立てて端から点灯して行く。それが、ハヤトの目覚めであった。
「掛かったぞ!」
思わず剛也が声を上げる。
「ハヤト、発進せよ!」
「ハヤト、発進します!」
沖田の命令を復唱して、剛也はテキパキとスイッチを操作し、操縦カンを引いた。エンジンの唸りが一際高くなり、ハヤトは徐々に上昇して行く。強いGが乗組員たちの体を襲い、やがて、ハヤトは凄まじい爆音を残して大地を蹴った。
「ミサイル接近! あと五十秒。」
超大型ミサイルは、既に肉眼でも認められるほどに接近している。
ここからは、猛の出番であった。この時をじっと待っていた猛は、勇躍、計器の数値を読み取って、特別砲撃隊へ指示を出した。
「ショックカノン、動力連動! 方位AZ一〇二からRZ三〇八へ!」
猛然とハヤトに迫るミサイルを追って、砲塔が旋回する。
「目標、敵大型ミサイル。オート追尾正常に作動なれど、大気圏突入に際して揺らぎあり、誤差修正願います!」
舞の声が凛と響く。
「誤差修正。仰角+〇.〇一度。敵ミサイルを補足。主砲発射準備完了!」
猛の準備完了の報告に、間髪を入れず沖田の声が返った。
「よし、主砲発射!」
「主砲発射!」
猛の復唱と共に、ハヤトの主砲はミサイル目掛けて轟然と火を噴き、その反動で、艦体がわずかに傾いた――。
その様子は、地球本部のビデオパネルにも映し出されていた。
「ハヤト――!?」
ミサイルがハヤトに命中するのが先か、ハヤトがミサイルを叩き落とすのが先か?
息を詰め、冷汗を滲ませながら見守る彼らの前のビデオパネルには、火炎と黒煙が渦巻くばかりである。
(万事休したか……。)
さすがの郷田も瞑目しかけた次の瞬間、
「ハヤトだ!」
「ハヤトは無事だぞ!」
という歓声が沸き起こり、幾多の拳が宙に振り上げられた。
渦巻く炎と煙の中から、ハヤトの巨姿がゆっくりと現れたのである。まさに間一髪、ハヤトから発射された閃光は、迫りつつあったミサイルに見事命中し、それを粉々に打ち砕いたのであった。
「おお……。ハヤトが行く!」
爆発の凄まじい黒煙を抜け、翼を開いてハヤトは一気に上昇して行く。
地球を離れ、遙かなアンドロメダ星雲の星、ティアリュオンへと。
(頼むぞ、ハヤト! 沖田!)
部員たちが総立ちになって万歳を叫ぶ中、祈りを込めて郷田が敬礼する。
(沖田、子供たちを頼む。皆、しっかりやれ!)
郷田の隣で、土方も、育てた子らへの激励を込めて、去ってゆくハヤトを見送った。
「やったな!」
ハヤトの第二艦橋で、メインスタッフ一同は、さすがにホッとしたように笑顔を見合わせていた。それは、お互いへの信頼の証である。艦長沖田もまた無言で頷いた。
「間もなく地球の引力圏を脱出します。」
「よし。外翼収納。第二航行速度に切り替えろ。」
「了解。」
剛也の操作でハヤトは翼をたたみ、さらにスピードを上げた。
メインパネルには、遠ざかって行く地球の姿が映し出されている。宇宙空間へ初めて出た者にとって、赤錆のような地球を実際に見るのは、これが初めてのことであった。
「ひどいな……。」
剛也が絞り出すように一言言った以外は、皆、無言だった。地上で想像していた以上の惨状に、今さらのように胸が締め付けられる思いだったのである。
乗組員たちは、誰もが手近の窓やビデオパネルに張り付いて、間もなく見ることができなくなるだろう地球の姿を見送った。
星が死に絶えるのが先か、自分が死ぬのが先か――。
二度と自分の目では見ることができないかもしれない、瀕死の故郷の星。そこに残して来た愛する者たちを思う時、彼らの胸は切り裂かれるように痛んだ。
引き裂かれた家族、友人、恋人たち。
必ず生きてまた会おう――。
それは、会いたい、という儚い望みでもある。若い宇宙戦士たちは、めいめいに手を上げ、万感の思いを込めて故郷の星に別れを告げた。
やがて、ハヤトは引力圏外に脱し、対ショック指令が解除された。
(土方の言う通り、なかなか頼もしい奴らだ。)
沖田は、ぐるりと艦橋を見回した。
発進の際の落ち着いた手順や、冷静沈着に敵のミサイルを撃破したことが、頼もしく思い出される。
舞が誤差修正を喚起し、それに応えて猛が〇.〇一度の修正を加えて、ミサイルの中心に主砲を命中させた。ほんのわずかでも照準がずれていたら、結果はまた違っていただろう。
咄嗟にあれだけのことができれば、寄せ集めの急造部隊としては、まず上出来の部類と言ってよい。だが、彼は、その満足を決して顔に出しはしなかった。
「新命。」
「はい。」
「メインスタッフとセカンドスタッフを、中央作戦室に集めてくれ。」
「了解!」
早速、飛翔が、艦内各所に散っているスタッフたちに招集を掛ける。
沖田は、厳しい表情のまま立ち上がった。全てはこれから始まるのである。