ACT7 行進
明けて二一八七年八月十六日。ハヤト旅立ちの朝である。
詰め掛けた人々の期待と不安の入り交じったざわめきが潮騒のように微かにうねる、ト
ウキョウ・ベースの中央広場には、艦長沖田を除くハヤトの乗組員ニ百三十二名が整列して
いた。
この旅立ちが地球や愛する者たちとの永遠の別れとなり、遠い宇宙の彼方で一人死ぬこ
とになるかもしれない。そんな思いが若い乗組員たちの顔を緊張させていたが、さすがに
覚悟は決まっていると見えて、その中に静かな決意があった。
ざわめきを背に沖田が壇上に上ると、若者たちの熱い視線が一斉に注がれた。
食い入るように自分を見つめる乗組員たちの顔を見回して、さすがに沖田の胸はグッと
熱くなった。
医長の佐渡のような大ベテランの顔や、科学技術長の独のような宇宙防衛軍の生き残り
の顔もあったが、そのほとんどが、まだ表情にあどけなさを残す、二十才にもならぬ少年少
女たちなのである。そして、今は、これが精一杯の精鋭なのであった。
「私が宇宙戦艦ハヤトの艦長、沖田充だ。間もなく、我々は、人類がかつて経験したこと
のない、往復四百四十四万光年の旅に立つ。そして、一年という限られた日数で生きて戻
り、地球を救わねばならない。我々には従来の物に数倍する宇宙戦艦ハヤトがあるが、そ
の力は未知数だ。また、長い宇宙の旅の途中に何が起こるかは、全くわからん。しかし、
諸君の力を結集すればいかなる難関も越えて行ける、と私は信じる。諸君の奮闘努力に
期待する。以上。」
気負いのない、むしろ淡々とした沖田の簡単な挨拶が終わると、ハヤトの乗組員たちは
一糸乱れず敬礼した。沖田も毅然と返礼してそれに応える。
やがて、時計の針が九時ちょうどを指し示した。
「総員、搭乗用意! 前へ進め!」
時計から沖田の顔が上がると、猛の号令の下、乗組員たちが行進の一歩を踏み出した。
それは、ティアリュオン星への長い旅の一歩でもある。
道の両側は、見送りの市民で一杯だった。
最後の希望を託し、心からその帰還を祈る者がほとんどだったが、中には、あまりにも
困難なその計画に、ティアリュオン星へ行くというのは口実で、実際は少数の人間だけで
地球を逃げ出すのではないか、と疑う者もいた。
だが、それらの疑心暗鬼にかられる人々も、敵の強大さを思い起こすと、旅立ってゆく
彼らが残る自分たちよりも恵まれているとは、やはり言えないのであった。
まさに、行くも地獄、残るも地獄――。
歓声に送られて、行進は整然と続く。やがて、行進の前方に、ハヤトの後部入口が大
きな口を開けて彼らを待っているのが見えた。その傍らには、地球に残る戦士や整備員ら
が、彼らを見送るために整列している。送る者たちの願いを込めた敬礼に返礼しつつ、乗
組員の列はハヤトの後部入口に飲み込まれて行った。
地球は、謎の星デイモスによって刻々とその命脈を絶とうとしている。人々の最後の希
望を一身に背負った宇宙戦艦ハヤトは、遙か彼方のアンドロメダ星雲のティアリュオン星
に向けて、往復四百四十四万光年の旅に出る。
時に西暦二一八七年八月十六日。
地球滅亡と言われる日まで、あと三百六十五日。