⇒初めから読む『プロローグ1 なんでもない悲劇』


父の死に対して


悲しみの感情が

現れなかったのは




僕の無意識が


悲しみ過ぎないように
制御させてくれたのかもしれない。




うん、

きっとそうだ。


そう思いたい。




または

突然すぎて


現実味が

湧かなかったのだろう。




その証拠に
悲しみは後からじわじわと

少ない思い出と共に
湧きあがってきた。




父は僕に
いろんなことを

してくれていた。




海に1回、

西武園に1回、


連れて行ってくれた。




毎月、普通より
多めのお小遣いを

送ってくれていた。




スーパーファミコンを
買ってくれた。




玉寿司という

良さげな寿司屋で


玉握りという

メニューをご馳走してくれた。




ある時は

カラオケ店を経営し、


カラオケやビデオゲームで
存分に遊ばせてくれた。




借金も100万円くらい

あったそうだが


僕(と兄)には

いつもお金も使ってくれた。




そして

父から送られてきていた手紙を

 

母から受け取って

読んだとき

 

 

 

 

心が大きく

揺さぶられた。




「貴君、絢ちゃん、お元気ですか?
 でんわもしないで、ごめんね。

 パパはお仕事が忙しいのと、
 貴君、絢ちゃんに申し訳なくて、

 なかなかおでんわが
 できないでいるのです。

 でも、今日は、どうしても、
 お手紙を書きたくなって、書いています。

 ちゃんと学校に行っていますか?

 ママと、おじいちゃん、
 おばあちゃんの言う事、良くきいて下さいね。

 パパなにもできなくて、
 でもできる時に少しでも、

 貴ちゃんと絢ちゃんに
 なんとかしてあげたいと思っています。
 もちろん、ママにも。

 でも、もう少し時間を下さい。

 今、いっしょうけんめい、
 また、夏に一緒に海に行きたくて、がんばっています。

 今年のお正月に年賀状が来ると思っていましたが、
 パパが書いた住所には、きてなかったです。

 ですから、こんど、
 お手紙をくれるときは仕事場の方に下さい。

 パパの写真もあとで送りますが、
 貴ちゃん、絢ちゃんの写真があったら手紙と一緒に送って下さい。

 少しおこづかいを一緒にいれますので、
 むだづかいしないように使って下さいね。

 では、又、お手紙を出します。

 仕事場のでんわ番号なので、
 るすばんでんわになっている事が多いので
 でんわするときは、ちゃんと名前をいってください。

 ではまた
 身体に気をつけて元気でいてね。

 追伸
 パパの写真を三枚見て下さい。
 貴、絢ちゃんの写真を一枚ずつでもいいですからください」





初めて

読んだような


記憶にない

内容だった。




思えば僕は
お小遣いばかりを

楽しみにしていて

父の気持ちを汲み取らずに
電話も、年賀状も、手紙も写真も


何も応えていなかった。
 

 

 

 

何も・・・。

 

 

 


僕はなんて
自分勝手だったんだろう・・・。




その後も

父からの手紙は


数ヶ月ごとに

届いていた。

 

 



「私の方は、

 仕事がいま少しうまくいきません」

「いつも思い出して

 すまないと思っています。


 いつかきっと、

 なんらかの形で二人には

 

 父親らしい事を

 してあげたいと思いますので、


 どうか元気に

 過ごして下さい」




どの手紙も

全く記憶になかった。

 

 

 

 

“すまない”なんて

思う必要なかったのに。

 

 

 


そのうち、


元気じゃなくなったのは

父の方だった。

「状態が今少し

 良くないとのことで、
 

 もう少し

 入院をするそうです」




そして

平成7年11月18日、

 

享受49歳、

 

 



肝硬変症(C型)・食道静脈瘤・

十二指腸潰瘍を患いながら、

 

再生不良性貧血で

亡くなった。




2度目の海には
行けなかったが、

父親らしいことは
気持ちだけで充分だった。




父親が、死んだ。

その事実は
心の奥に住み着いた。




もう東京に行っても
二度と会うことはできないし

大人になって
酒を交わすこともできない。




親が死ぬということは


命のバトンを

受け継ぐという事だ。

 

 



その時、

僕の魂は


少し重く、

そして強くなっただろう。




自分の人生、

父の分も


精一杯生きなきゃと思った。




後悔しないように。
命を無駄にしないように。




僕は拳を握りしめ、


夜空の星を、

ずっと眺めた。

 


⇒『第1話 47万円の扉』へ続く